23 ダンジョンマスターになりましたよ
俺は少し進んだ所で足を止めた。最深部はもう少し先なのだが”休憩所”と書かれた部屋から微かな気配を感じたからだ。
先程の戦闘で気が張っているから気付けたのだろう、小さな気配に敵意が無いので非難した冒険者かもしれないな。
俺は扉を静かに開きつつ確認すると、中には人型の魔物が数体いた。
部屋の隅で固まるようにしながら開いた扉を警戒するように見つめている。その様子は明らかにおかしかった。
「スタッフさん無事だったんだ~。あ、大丈夫ですよ、この人達は部屋の管理の為に居るので私達に攻撃とかは出来無いんです~」
横から覗き込んだアリッサがそんな事を言いながら部屋に入り込むと中の魔物もそれを見て安心したのか警戒を解いて近付いてきた。
「あなた方も避難をして来たのですか?」
魔族を思わせる青白い肌と縦長に尖った耳、ダークグレーの髪をオールバック気味に纏め燕尾服を着た初老の魔物(男)が話しかけてきた。
その後ろにはやはり魔族を思わせる尖った耳を持つ男、こちらはやや浅黒い肌に燕尾服とどちらも執事風な装い、その背後に隠れるようにメイド服を着た女性二人がいた。
「いや、俺達は調査に来ただけだ」
ここでは敢えてコアの破壊とは言わない。暴走したコアを破壊した時どうなるか解らないからだ。
もしコアの破壊と共にこの四人が消滅する可能性があるなら抵抗してくるかもしれない。それに聞きたい事もあるから警戒はされたくないしな。
「まずはダンジョンマスターがどうなったか知らないか? コアの暴走なんて聞いた事も無いんだが」
「私達にも解りません、突然マスターとのリンクが切れてしまったので……」
”死亡”では無くリンク切れか、生きたままどうにかなったって事だろうか?
「その影響でしょうか、我々の制限が全て消えています」
「制限、……ダンジョンから出られないとかか?」
それに冒険者への攻撃不可とかも消えていると考えるべきだろう。
「はい、それに冒険者への攻撃もです」
ただのバカ正直なのか誠意から来るものなのか、ただ悪意が無いのは解る。
「そんな事を言って警戒されるとは思わないのか?」
「保身の為に黙って印象を悪くするよりも今は事態の収拾の方が大事ですから。それに私共は冒険者の世話役、非戦闘員として召喚されてますので戦闘に不向きですから、黙っていたとしても何も出来はしません」
……その後も色々聞いてみたが結局何も有力な情報は無かったので最期にこれを聞いておかないとな。
「もしコアを破壊したらお前達はどうなる?」
「解りません。本来であればコアの破壊は私共の消滅を意味しますが、リンクの切れた今ではそれも定かではありませんから。
ただ、生成されたダンジョンは消滅するでしょう。ダンジョンはコアの一部ですので私共と違いリンクは存在しませんので。それでも破壊した瞬間に消滅とはならないと思います、……多分ですが。
それと、私共の心配は無用です。もしコアと共に消滅しなかったとしても、外で生活していけるとは思えませんのでここに残るつもりです」
確かに、もし外で誰かに拾われたとしても、それは奴隷としてだろう。なら、その先に幸せがあるとは思えない。
だからといってこのまま生き埋めなんてのも却下だ。消滅しない可能性があるなら、生きていられるなら、生き抜くことが生者の義務だと思う。
「わかった。但し、コアの破壊の後に生きていたら一緒にここから出てもらう。出てからの事は俺が何とかするから心配するな。お前達だって別に死にたい訳じゃ無いんだろう?」
「「「「ハイ!」」」」
話が纏まった所で出発するか。あまり時間が経ち過ぎるのも良くないからな。
彼等には一緒に来てもらう事にした。あの部屋が安全な訳では無いしコアの破壊後にダンジョンがどうなるか解らないからな。
安全の為に先頭が俺、最後尾のアリッサが後方の警戒をするが最深部までが近かった事もあって途中で魔物に会う事無く最深部の手前に着いた。
「様子を見て来るからそっちで待っててくれるか?」
逃げ延びた冒険者の話だと襲ってきた魔物は二匹だというので安全の為に部屋に入るのは俺だけにして他は入り口から少し離れてもらう。
部屋はこれまでと同じく総石造りで八畳ほどの広さが有り、部屋の中央には腰ぐらいの高さの台座と、その上にハンドボールサイズの濃い紫色のコアが有る。そしてその横には人型のスライムモドキが立っていた。
魔物の一匹か? もう一匹は居ないのか? それとも暴走後に召喚された魔物で件の二匹は帰ったとかか?
「オヤ、ここに来れたという事は召喚した魔物達は倒されたのですか。ハタシテ貴方が強いのか、アノ魔物達が弱すぎたのか……。ドチラでしょうかね?
アノ冒険者達はBランクでしたから、ドチラにせよ貴方はそれ以上と見るべきでしょうか」
ブヨブヨと動きながら話しかけてくるが口らしいものが見当たらないのでどうやって喋っているのかは解らないな。
「”養殖”と”天然”を一緒にしない方がいいぞ、俺は天然物のDランクだ」
「コトバの意味は解りませんが、ランクだけで強さは判断出来ないようですね。デハ、貴方を倒して判断材料としましょう」
言い終わると同時に魔物の左肩辺りが槍の様に長く伸びる。高速で頭を狙って伸びてくる槍を最小限の動きで避けた。
「さっき、魔物を召喚したと言ったな。なら、コアは暴走したのでは無くお前の制御下にあるって事で良いんだな?」
相手に殺気を感じなかったのでさっきの攻撃は様子見だろう。質問しながら挨拶代わりにナイフを投げてみるが、避けようとすらぜずナイフは体を抜けて奥の壁に刺さる。
「ザンネンだが召喚したのは私ではない。アノカタはここの主を取り込み、ソノ能力を試す為に召喚した。ダガ、あの程度では使い物にならない。アノカタはそれで帰られた」
今度は右膝と胸の辺りが伸びてくる。先程より早いが避けられない程ではない。これも最小限の動きで避けるが、今度は起動を変えて向かってくる。それを器用に二回、三回と避けた所で槍は戻った。
しかし、”取り込んだ”か、吸収する事で相手の能力を使える様になるとか結構ヤバイ魔物がいたもんだな。
「で、お前はお留守番か? 場末のダンジョンのお守とか左遷じゃね?」
ピクリ、一瞬固まったように見えた次の瞬間、殺気が溢れ出すと共に魔物の体が壁に滲み込む様にして消える。
だが消えはしないだろう、可能性の一つを確かめる為に俺は背中の剣を抜いて床を切るように刃を走らせて試す。
這わせた剣先から飛沫が上がる……。不味い! 体の硬質化を考えるが俺の予想通りなら生半可な硬さじゃ貫通するだろう。
「ダマレ!」
次の瞬間、怒声と共に部屋全体から無数の槍が出てくる。そこに死角は無い。
ほぼ同時に硬質化ではなく皮膚を変化させた。イメージは、――ダイヤモンド。
鈍い音と共に攻撃を弾いた。前世で高圧で噴出させた水はダイヤも切れると聞いていただけに焦ったが、そこまでの威力は無かったらしい。もしそうだったら今頃は穴だらけだっただろうな。
ただ、無傷とはいかない。俺の能力にも限界はある、体を元に戻すと変化に耐えられなかった皮膚に無数のヒビ割れが出来て血を滲ませた。
死ぬよりはマシだが無機物系の変化は身体に様々な悪影響が出てしまう。
このローブにしても基本は布だ、無限収納や快適空間は存在するが所詮は布なので刺せば穴も開くし切れるし裂ける。暫くしたら自動修復はするが防御力は雀の涙程度しかないので頼れない。
次が来るかと警戒をするが、攻撃が無効だったと判断したのか二度目は来ない。俺が有効的な手段を見出せないまま周囲を警戒していると……
ドプンッ! 頭上から落ちてきた水に全身が包まれた。
溶かされるのかと思ったが、皮膚にそんな感覚は無いので窒息を狙っての事だろう。両手を動かすが水からは出られない。
先にコアを壊そうかと近付こうとしたが、固定されたかのように足が動かない。流石にそれはさせてくれないようだな。さて、どうするか……
「キサマは窒息するというのに落ち着いているな」
うん、そこなんだけどね、以前のカニとの戦闘後に水中戦も考慮してエラ呼吸を習得済みなんだよね。
毎回風呂付の宿に泊まってたのも半分が練習目的だったし。ここで敢えて言わせて貰おう、『こんな事もあろうかと!』
魔法が使えれば凍らせた後で割って出るとかしてるんだけどなぁ……。とか考えていると、逆に水温が上がり始める。窒息を諦めて茹で殺すつもりか?
これじゃ凍らせる事も出来無いか。固められればと思ったんだけど、俺は食材じゃ無いってぇのに茹でるなよ。
あ、いや。逆に水温が高いからこそ固められる方法が有るじゃないか!
俺はローブから白い粉末の入った容器を取り出してソレをブチ撒き、両手をバタつかせて水に混ぜる。次第に水が白く濁り始めると共に手に掛かる負荷が上がる。
ジュル状に固まり始める中、一箇所だけ濁らない部分が現れる。何だろうと手を伸ばした瞬間、ソレが逃げた。
「キサマ、何を混ぜた!」
その声には焦りが混ざっている。
「あぁ、片栗粉だ」
そして水溶き片栗粉は加熱すると化学反応によりデンプン質がくっつき粘度を増す。
更に”とろみ”の増した水中で魔物の核と思わしき物に手を伸ばすと、体を捨てる様に核が離れ、ベシャリと水溶き片栗粉が足元に落ちる。
「”テンネン”の意味は解らないがDランクがこれ程の強さとは、コレハ報告する必要がある」
そう言うと核は床に吸収される様に消えていった。
「それって、体のいい逃げ言葉だよな」
戦略的撤退と同じだ。
「ワレハ水魔アンダイン、ニンゲン憶えておけ」
ありがちな捨て台詞を残して気配が完全に消えた。あまり戦った感が無いが取り敢えずは勝利って事で良いんだろうな。
コアが暴走して無いなら慌てる必要は無いだろう、奥の直通の出口(一方通行)から出ようと皆を呼ぶ。
周囲を警戒しながら入るスタッフ達に続いて最期にアリッサが入ってきた。
そして水溶き片栗粉を踏んで滑る。期待を裏切らない彼女はそのまま台座の上にあるコアにしがみ付くと
『新たにマスター登録が更新されました、このダンジョンは一分後にリセットされます。退避される方はお早めにお願いします。繰り返します……』
――そんな放送がダンジョン内に響き渡った。




