22 進みましたよ
俺はアリッサから布袋を取り返すと背負っていた剣の柄に被せ直しながら睨みつける。彼女は何で隠すの?とでも言いたげに首を傾げた。
目立ちたくないからだが今更言っても遅いだろう。今度から紐で縛っておくか?それだと咄嗟の時に抜けないか、何か考えておかないとな。
特別な装飾を施した剣だ、他国なら兎も角この国の人間なら見れば一発でバレるだろうな。この国じゃそれなりの武器屋の壁にはレプリカが飾られている。
しかもレプリカの販売は国で禁止されているので持ち歩けるのは本物だけなのだから……。
行く事を決めた俺達にギルドマスターは荷物の中からダンジョンの地図を出して広げて見せた。
道を指でなぞりながら最深部までの道順を説明し始める。が、そんな説明が不要な程にこのダンジョンは区画整理されていた。
各階層が通路を挟む形で4ブロックに分かれており其々のブロックに魔物が割り当てられている。
一階ならスライム・グレイウルフ・コボルト・ゴブリンの四種が各ブロック内で出現数まで固定されて部屋の中央で待機しているらしい。
しかも全滅させても一定時間で自動沸きするが部屋から出れば追って来ないので比較的安全に必要数だけ狩れ、部屋から出て来る事も無いので目当てのモンスター以外と交戦する必要も無い。
説明を聞いた俺は言葉を失う。呆れを通り越して怒りさえ覚える位に。
「手前はバカか! こんな方法でランクを上げさせても自力が無けりゃ死ぬのは目に見えてるだろうが。それに気付かないコイツ等も大概だが手前がやってる事は遠回しな殺人だ!」
そう、これは冒険者の養殖だ。地元の冒険者がこのダンジョンだけでランクを上げた場合、おそらく外で冒険をすれば簡単に死ぬだろう。
ギルドで討伐依頼を受け同じ事を淡々と繰り返していればランクが上がるなら、ここでのランク上げは安全で単調なルーチンワークでしかない。
「どうせ自分の管轄に高ランク者が大勢居れば本部からの運営費が多いとか自分の評価が上がるだとかそんなくだらねぇ理由なんだろうが、それで実力に見合わない依頼を受ければどうなるかは解るだろうが」
ここでBになった奴が外で依頼を受けたらどうなるか、ランクを信じて護衛を頼んだ方は災難でしかないだろう。実力がE程度なら全滅もありえるのだから。
「いいか、これはもう冒険者と依頼主の間だけの問題じゃない。ランクを管理するギルド全体の信用問題だ」
ギルドが提示するランクが当てにならないなら依頼を頼む者なんて居なくなるだろう。採集程度ならまだしも護衛依頼の様に依頼主の命に直接係わるなら尚更だ。
護衛依頼の大半は商人だ、信用を無くしたギルドに商人は来ないだろう。それ所かその機会を利用して商人ギルドが護衛の斡旋等の業務を手広くこなし、結果冒険者ギルドは吸収合併されるか悪ければ消滅するだろう。
「俺はただの冒険者だ運営に直接係われる立場じゃないが、このダンジョンに係わった冒険者全員を再試験させて適正ランクにすべきじゃないか? もちろん支部の予算を使ってだ。手前の不始末で冒険者に負担を掛けさせんじゃねえぞ」
そこまで言うと地図をひったくる様に取って歩き出す。ダンジョンの入り口には立て看板があり『ダンジョンマスターとコアには攻撃をしない様に。詳しくは最寄のギルド支部まで』と書かれていた。
俺はそれを蹴倒すと無言でダンジョンに入っていく。ギルマスが背後で何か言いたげに睨んでいたがそんなのは無視する。
ダンジョンの通路は石造りで大人四人が並んで歩いても余裕がある程広く、中央には白線が引かれ片側通行を指示する矢印まで付いている。
天井も高く大人が剣を振り上げても問題は無い。またその天井には様々な光苔が付着しておりカラフルに周囲を照らしている。
通路を歩いていると何かが浮くようにしながらこちらに向かって来る。地図には表記が無い事から暴走後の魔物で間違いないだろう。
得体は知れないが、浮いているので念の為に背中の剣を抜いて構える。神聖銀は霊体にもダメージが通ると聞いていたからだ。
剣を縦に一振り、手応えが無いまま何かはスゥっと消えていった。……って、あれで終わりか? 弱すぎね?
呆気に取られながらも進んで行くが出会う魔物に強さは感じられない。そんな俺を見てアリッサは『やっぱり強いですね~』と感心する。
嘘くさく聴こえるが本音なのだろうな、本当に嘘くさいが……
そんなアリッサは地図上の罠の位置に来ると手馴れた感じで簡単に罠を外す。その様子は熟練を思わせるが、それがこのダンジョン内だけに通じる事だと教えないと危険だろうとその事を告げる。
「大丈夫ですよ~、ここ以外でも罠を見つけるコツが有るんです~」
「それは意外だな、ちなみにコツってのはどんなんだ?」
それが分かれば解除は無理でも避ける事ぐらいは俺にも出来るだろう。しかし帰ってきた答えは彼女らしいものだった。
「簡単ですよ~、こう触りたくてウズウズしてくる場所には大抵罠が仕掛けてあるんです」
アリッサは触りたそうな顔をして両手をワキワキとした仕草をする。いや、それ一番危ない感知の仕方だから。それ以前に俺には無理っ!
その後も危な気も無く進んで行く。途中、部屋の中で無限沸きする魔物と暴走後の魔物が戦っていたりするが見ない振りをした。
地下五階まで降りると、そこで足を止める。ダンジョンの作りそのものに変化が見られ始める。
石壁と天井が所々崩れ土の露出が見られる、暴走がダンジョンそのものにも影響し始めているのだろう。地図だとこの階層にマスタールームが有る筈だが……
チリチリと肌にプレッシャーの様なものを感じて剣を構えると、先を睨みながらアリッサに下がる様に指示する。
通路の先から現れたのはバイソンヘッド、ミノタウロスの上位種と緑色のトカゲと黒い人型の何かが二体、合計四匹がこちらに向かってくる。
見た事の無い魔物と数に緊張が走る。丁度いい、アトラクション感覚で緩んでいた心が引き締まるのを感じると、全身に強化を使って魔物に向かって駆け出した。
先ずは地を這うように向かってくるトカゲの頭に剣を振り下ろすが、走る軌道を変えて壁を登り天井をそのまま走り抜る。
狙いは後方のアリッサか! 弱い奴から狙うのは本能からだろうが、それをさせるつもりは無い。頭上を抜けようとするトカゲの尻尾をジャンプして掴むとそのまま地面に叩き付け、その腹を剣で引き裂く。
トカゲを倒す事で他の魔物に向けた背中からヒュっと風を切る音が聞こえ急いで音の方に剣を振りながら魔物の方へ向き直す。
キンッ! と鉄を弾く音が聞こえ、足元に30cmくらいの鉄の針が落ちた。
その向こうで黒い人型が右腕をこちらに向けている。どう飛ばしたかは解らないが二発目が無い事から連続で飛ばすのは無理なのだろう。
避けると後方のアリッサに当たる危険があるので打ち落とすしかない俺としては連射が利かないのは助かるが、そんな俺との射線を遮る形でバイソンヘッドが斧を振り回しながら突進してくる。
振り下ろされる斧を剣を振り上げて弾くが、バイソンヘッドは頭を下げて角で刺しに来る。
俺は咄嗟に右手を剣から離すと体をずらして角を避けながらその頭を硬質化した右肘で迎え撃つ。
骨と鉄のぶつかる様な鈍い音が響き俺は二メートル程後ろに押されるが、そこでバイソンヘッドの動きは止まり、頭部を陥没させてその場に倒れた。
念の為に剣を頭に突き立てると、またしても針が飛んできたので剣を振り上げて弾く。が、その針の真後ろからもう一本針が向かって来た。
咄嗟に剣の柄でその針を叩き落とすが、その隙を突く様に人型のうちの一体がこちらに向かってきた。
早い動きで間合いを詰めながら腕を真横に振るが、何も持っていない腕では届く間合いでは無い。
――そう思った次の瞬間、微かに聴こえた空気を裂く音に腰を落とすと頭上を何かがかすめる。
今の音に僅かな空気の震えが混じっていた、おそらくワイヤーの類だろう。
空振りした事で隙だらけになった胴を切ろうと剣を振るが横に飛んで剣をかわされる。と、同時にその背後から飛んで来る針を剣を引き戻しながら剣の腹で針を受け止める。
なかなかに見事な連携だがそこまでだ、速さはあるが少々パワー不足だったな。二度目のワイヤーを硬度を増した左手で掴み強引に引っ張ると同時に人型の腹を剣で薙ぐ、その重い手応えと共に体が上下に別れた。
その手応えに肉を切る感覚は無い、まるで無機物を切った様な……。
俺がその手応えに気をとられた瞬間、体を切られて崩れ落ちる人型の右腕が真っ直ぐにこちらを向き、『カチン』と金属音が聞こたと同時に鉄の針が手首辺りからから射出された。
人型の腕は俺の顔面を正確に捉え、その距離は50cmも無い。咄嗟に体を反らしながら両手で針を掴み、そのまま落ちた人型の頭を踏み砕く。
バキッっと硬いものが砕ける音、やはりこの人型は人形か何かだろう。一瞬目を向けて動かなくなった事を確認する。
今のは焦った、まだ何処かに油断が有ったのだろう。俺もまだまだだな。
だが、こうしている間にももう一体が針を飛ばしながら突っ込んで来た。咄嗟とはいえ両手で針を掴んだ為に剣は床に落ちたままで拾っている余裕は無い。
飛んでくる針をかわしつつ手に持った針を投げて牽制するが人の手では真っ直ぐに飛ぶ事無く簡単に弾かれる。
人型は左の手の平から剣を出すとそのまま左腕を振り下ろす。俺は左手を遣り過ごして一撃入れようと一歩下がるが、剣が頭上でもう一段階伸びる。
ここまで変則的な攻撃が続くと予想も付な、俺はその攻撃を右手の剣で受け流すと同時に左手の剣で胴を薙いだ。
素手だったので仕方無いとは云え腕を変化させてしまった。身体強化ならまだしも腕を剣に変えたのだ、遠目にもそれが不自然だったのはアリッサにも解っただろう。一応剣を持っている様に見せたが……
俺は両腕を元に戻すと落とした剣を拾う。両腕に多少の違和感が残ったものの戦うのに問題は無いだろう。
戦いが終わった事でアリッサは近付いて来たが戦いを感心するばかりで俺の両腕については何も聞いてこなかった。
気付いてるのか気付いてないのかは解らないが瞳を輝かせて『凄いです~』とか言って纏わり付いて来るので気にしてないんだろうと思う事にした。
余計な事を聞いたら薮蛇だろうしな。
敵の強さは増したがまだ対応出来る。道幅が広いとはいえ来るのは正面だけなので対応出来たが、これが外なら苦戦しただろう。外の連中を守りながらとか無理過ぎる。
もしこれ以上強い奴が出て来るなら外は見張るだけ無駄だろう。養殖冒険者では全滅するのが目に見えている。とても応援が来るまで持ちはしないか……
どうやらこのままダンジョンコアを破壊しに行くしかないな。
――俺は地図を確認するとこの先にあるマスタールームへ向かった。




