21 キャンプを張りましたよ
少し遅めの朝食を食べながらアリッサはやれ中級者なら凄くオイシイ狩場だの、わりと安全に狩れるだのと熱心にダンジョンの説明をしている。
俺はそれを右から左に聞き流す。だって、興味ねぇからな。何が悲しくて薄暗い穴に潜らないといけないのか訳が解らん。
普段から街道を反れて歩いてる俺は他の冒険者より魔物との遭遇率は高く収入はそこそこある。それこそ街に寄った時は毎回風呂付の割高な宿屋に泊まれる位には稼げているのだ。
外はいいぞ、広大な大地と遠くに見える山々は植物によって彩られ、まさに一枚の絵の様な景色。
土と草木の匂いを乗せた風が体を抜ける様に流れ、微かに聞こえる動物達の声が心を癒す。
だとういうのに、なっんっでっ暗くて狭くて湿った所を勧めるかな。そんな場所が好きなのは黒くて硬くてテラテラ光ってて足の速い生物くらいだろう。
それにしても、これだけあからさまな態度で興味なさげに聞き流してるのに何でコイツは話すのを止めないんだろうな?
あれか、コイツもおんぶ目的とかか? ……ないな、単に旨い狩場を紹介したい
だけだろう。そもそもパーティーを組むつもりも無いが。
俺は少し硬いパンをスープに浸して口に放り込み、スープの残りも飲み終えると席を立つ。
「ごっそさん。わりぃが俺は旅が好きなだけでダンジョンとか興味ねぇんだわ。礼はここの食事で十分だから気にすんな。じゃぁ、もう行くな」
残念そうな顔をしていたが無理強いするつもりも無いのだろう。彼女は深々と頭を下げてお礼を言うとその場で見送った。
必要な物は昨日買ったし、まだ時間もあるのでこのまま次の街を目指す。俺が街の西側の出口付近まで来ると、見知らぬ男に呼び止められた。
「すみません、冒険者の方ですよね? ギルドから召集が掛かりました、強制ですので本部に来てもらう必要があります。
急用が有る場合でも同じですので、その場合は本部で説明をして支部長の許可を取ってからにしてください」
それだけ言うと足早に他の冒険者らしい人達にも声を掛けて走って行った。さっきの物言いからして急用とか言って逃げる奴も居るんだろうな。
さて、これで降格とか除名なんてのも詰まらないから本部に顔を出すかな。嫌な予感しかしないんだが……。
さて、召集された割に人数が少ないな……。いや、首都から結構離れた事を考えれば十分田舎か。
街と言ってもそこまで冒険者はいないのだろうな、ギルドの一階部分に入りきれるだけしか居ない。ざっと三十人欠けるくらいか。
たまたま街を通り過ぎる商人達と支部長が何やら話している。どうやら護衛依頼で他の街で雇った冒険者の扱いについてだが、商人達からすれば納期や鮮度などもあって長逗留はできないとの事だ。
そりゃまぁそうだろう、『時は金なり』なんて言葉もあるくらいだ。中には滞在費と今回の損害、商いが出来無い日数分の保証と失った信用を【言い値】で保証が出来るなら、と言う商人までいた。
何だかんだと言い争いが続いたが結局支部長の方が折れて商人達と護衛はギルドから出て行った。が、それに紛れて護衛の振りをして出て行こうとする数人の冒険者が見咎められた。
落ち着いた所で支部長の説明が始まった。
「この街から南西に少し行った所にあるダンジョンでダンジョンマスターが魔族に殺された。これによって制御から離れた魔物がダンジョンから流出する恐れがある。
残念な事に今居る君達のランクでは深部のダンジョンコアの破壊は無理だと思われるので、他の街から高ランクの冒険者が来るまで交代でダンジョンから出てくる魔物を討伐して付近に被害が出ない様にしてもらいたい。
これはギルドからの強制依頼なのでこの件が片付くまでは残ってもらう」
うん、色々と突っ込み所が満載だな、まず……
「ダンジョンマスターがダンジョン内で死んだ場合、コアはマスターを再生させるしダンジョン外で死んだ場合や再生させるだけのポイントが不足していた場合、コアは停止するんじゃなかったのか?」
これはこの世界の常識だ。ダンジョンマスターが死んでコアが暴走なんて聞いた事が無い。
ってか、何でダンジョンマスターが魔族に殺されるんだ? カテゴリーでいえばどっちも魔族だし、そもそも”魔族に殺された”って何で解るんだよ。
「たまたま居合わせた冒険者によると魔族二人が突然現れ、次の瞬間にはダンジョンマスターが消されたそうだ。
そのまま戦闘になった冒険者達だったが、一人逃げるのが精一杯だたそうだ。その者も今は治療を受けている最中だ」
何か腑に落ちないというか、……えっと、その場に居た冒険者達はボスともいうべきダンジョンマスターを前にして何してたの? 口振りからして戦闘中に襲われたんじゃなくダンジョンマスターが殺されてから戦闘になったんだろ?
そこの所を移動中に聞いてみたら、そのダンジョンの成り立ちから話し始めた。長くなるかと思ったが到着する前に説明は終わった。
要約するとこうだ、ダンジョンが出現した当日、偶然見つけた冒険者は討伐をせずに当時の支部長の所へ連れて行ったそうだ。
『作り始めて数分で冒険者に見つかっちゃった、まだ一部屋しか作ってなかったのに:ダンジョンマスター談』
そこで話し合い(命乞い)がされた結果、以下の通りの決まりが出来た。
①、冒険者はダンジョンマスター及びダンジョンコアに攻撃してはならない。
②、ダンジョンマスターは冒険者に攻撃してはならない。
③、ダンジョンマスターはダンジョン外へ魔物を出してはいけない。
④、入り口とは別に深部から直通の出口を作る事。
⑤、各階層に魔物の来ない休憩部屋を設置する事。
⑥、新しく部屋及び階層を作成する場合、支部長に相談する。(魔物の配置移動もこれに含む)
⑦、ギルドは一定数の冒険者をダンジョンから出入りさせる。
尚、ダンジョン内での魔物との戦闘は自己責任とする。
こうして初心者から中級者向けの比較的安全なダンジョンが出来上がった。
……って、なんじゃそりゃ?!
んでだ、ランクBとCの混合パーティーが深部まで辿り着いて軽く会話をしてた時に魔族が突然現れて戦闘になったらしい。
仲間が倒され、敵わないと直通出口から逃げて一番近い街に報告に来たそうだ。
そして今居る冒険者にCランク以上が居ない為にコアの破壊は諦めて出入り口の死守をして応援を待つ事にしたんだと。
ちみにコアの暴走については前例が無いので支部長にも解らないそうだ。
しかし、そもそも応援がくるのか、その中にBランク以上が居るのかも解らないまま交代で出入り口見張るとか正直ツライわ。
俺達は何班かに分かれて入り口の見える少し離れた位置にキャンプを設営し終えると、最初の班が入り口付近へ行くのを見送った。
入り口付近は広い草原で障害物は無い。入り口は土で出来たカマクラの様に盛り上ったドーム状になっていて降りていく感じの作りだ。
聞いた話だとダンジョンは総石造りで土の露出は無いそうだ。
残った冒険者達はキャンプ地の中央付近に集まってミーティングを始めた。
支部長が役割分担を決め、幾つかの説明をし終えた後、冒険者達からの質問に答える。俺からも聞きたい事があったので様子を見て聞いてみた。
「所で、そのBランクが勝てなかった魔族が出てきたらどうするんだ?」
素朴な疑問で悪いが可能性はあるだろ?
「狭い室内とは状況が違うから何ともいえないが、この人数なら何とかなるかもしれないだろう。
その場合はオレが先陣を切るし、もし無理だと判断したらその時は逃げろ」
つまりぶっつけ本番で出たとこ勝負、後は現場の判断で臨機応変。と……
無計画も甚だしいな、オイ! そんなのに巻き込むなよ。
「そういや領主の騎士とかは動かないのか?」
伯爵ともなれば普通いるじゃん? 騎士とか衛兵とかさ、仮にも北には他国との国境も有る訳だからな。うちは男爵だから兵士は居なかったけど自警団(狩猟班)はあったぜ。
「要となる騎士は大会で再起不能、騎士の半数は王都で”合同訓練”って名目で王国預かりとなっているが、領主の息子にヤケを起させない為の力削ぎだ。
実力の有る者が選ばれて残っているのは新兵ばかりで頼りにならないさ」
あ~、そんな事もあったね~。大会の弊害がこんな所にも出たか……。
一番近い街まで早馬を使っても片道二日、そこから冒険者を集めて移動となると早くても六日はキャンプして過ごすのか。急ぐ旅じゃ無いとはいえ、何とかならんもんかなぁ。
そんな中、いつの間にか俺の背後に来ていたアリッサが手を上げて爆弾を投下しやがった。
「ハイハーイ! ランクは低いですけど、この人絶対強いですよ~」
そう言って俺が背中に背負っている剣の布を取った。そう、この街で彼女に見られていたので仕舞うに仕舞えなかった勝者の剣だ。
それを見た支部長は驚いた後、考える素振りを見せる。このやろう、余計な事を教えやがって……。
俺はアリッサを睨めつけるが当の本人は『何ですか?』とでも言いたそうに首を傾げるだけで反省の色は無かった。いや、そもそも悪いと思ってないか。
「そうだな、コアの破壊は無理でも中の様子を見てきてくれないか? 即席で悪いがパーティーを組むとして今居るCランクは……」
あぁ、そういう流れね。そしておんぶしかいないんだろ?
「ランクはどうでもいいが、弱い奴なら足手纏いだからいらねぇぞ。子守しながらダンジョン攻略とか勘弁してくれ」
「それもそうだな、罠とかも一人で出来るならそうしてもらえるか?」
あっ、罠か……。そういや罠に関しては無知だわ。前世でだって罠なんか見た事も無い。
これは頼るしかなけど……、弱い奴しか居ないんだろうな。
「罠に関しては素人だが、最低でも自分の身ぐらい守れる奴にしてくれ」
「ハイハーイ! 罠なら任せてください~」
元気良く手を上げるアリッサ、お前……。
支部長から『そうしてくれるか』と言われ、二人で行く事になる。
アリッサは嬉しそうに『これで少しはお礼が出来ます~』と、準備を始めた。
いや、それ以上の迷惑を掛けてるから!
――俺は心の中でそう叫んだ。




