15 植えましたよ
『荷は農民殺しです』
サラっと恐ろしい事を言い放つファーレ。いや、俺も”農民殺し”が何だかは知っている。
農民殺し、あれは性質の悪い雑草だ。その繁殖力は高く季節を問わず増え続けるので見つけたら焼き払えが農民達の常識だ。
根を横に伸ばせば、そこから新芽を出して無制限に増え続ける。刈るにしても根はもちろん葉や茎の一片でも残せばそこから新たな根を伸ばし、数日で周囲を占領する。
畑で見かけよう物なら周囲の土ごと処分する程徹底しなければならない雑草だ。なので収穫直前の畑で見つかれば涙ものだ、場合によっては収穫を諦めてでも排除しなくてはならない。
また、気候に関係無く暑かろうが寒かろうが痩せた岩だらけの土地でも我が物顔で増殖し、一年中花を咲かせる姿は農民達を更に苛立たせる。
もしここが実家なら、持ち込んだファーレは間違い無く母様に殺されていてもおかしくはなかっただろう。
ただ、そうした農民達の頑張りも在って一部では絶滅したとも思われている。そんな雑草を兄様が探していた? ……マジで?
そんな俺の疑問を吹き飛ばす勢いで兄様は立ち上がると『本当か!』と叫びながら執務机の上にあったベルを鳴らした。
すると執事が部屋に入ってくる。兄様は執事に伝令兵を四人連れて来るように言うと机に戻った。
「今書類を書くから待ってろ!」
急いで書類を作成した所でノックの後、部屋に入って来た執事に馬車の用意をする様に言いつけ、同時に入って来た兵士達に兄様は書類を渡す。
「この書類を領内の全街にいる街長に届けて来い。それと、お前は一度広場に行ってクランにエルが来た事を伝えて作業を急がせて来い」
『分かったら急げ』と兄様の徒事でない反応に目を丸くするファーレを横目に、得体の知れない不安が俺の脳裏をかすめた。
館を出ると外には箱馬車が用意されており、その傍には従者のザンとラズ、それにブルーがいた。
ザンはコルト街付近で魔物に襲われていた従者で、ラズとブルーそれに先程名前の出たクラン、そしてこれにストロを咥えた四人がコルト街で兄様の取り巻きをしていた子供だ。
あいつ達追って来たのか? 兄様、意外に人望あるんだな……
兄様は俺とファーレに箱馬車に乗るように言うと、ラズとブルーに荷物の積んであるファーレの幌馬車で付いて来る様に命じる。
従者に行き先を継げて馬車を走らせると兄様が話し始めた。
「さてと、まだ”表立って探してもいない”農民殺しをどうして持って来れたのかは気になるが、まあいい。
それで? いくらで売る気だ? 欲していたのは事実だ、面倒な駆け引きはいいから値段を言え」
うわぉ! 商人相手にストレートに出たよ、兄様怖い者知らずだな……。
ファーレは少し考える素振りをしてから口を開く。
「正直言って”あの荷”に関しては半信半疑だったんですよね~。先輩が持ってきたので出所も不明ですし……
ボクとしては、今回の交渉材料にでもなれば”儲け物”くらいの認識しかなかったので話の通った今では正に”荷物”でしかないんですよ」
……そういや酒場でも”先輩”とか言ってたけど誰だろうな? 何か凄い情報網持ってそうで怖いな。
「だが、只とは言わないんだろ?」
「そうですね、運んできた手間もありますから。……これからあの荷を使いに行くんですよね? その全容を教えて下さい、情報と交換と言う形でどうですか?」
なるほど、なまじ小金を受け取るより情報の方が価値があると踏んだか。
「いいだろう。だが、知った所でアレは金にはならんぞ」
「それを見極めるのはボクですので、例えそうだとしても領主様には何の損も無いでしょう?」
「ウィレスだ、領主様などと堅苦しい呼ばれ方は好かない」
その後は軽い話をしながら街から北西へ走る事二時間程で目的地に着いた。
そこは何も無い原野に、不可思議な施設? アレは何と言えばいいのだろう……
高さ一メートル程の板で隙間無く区切られた四角い空間は二万平方メートルくらいあり、中央には小さな小屋が建てられている。
区切られた空間のその先には民家より二周りくらい大きな小屋が五十メートル間隔で横に三軒並んでいる。
三軒の小屋には光取りの窓は無く、代わりに壁の一つ、屋根に近い部分に長方形の穴が開けられていて、まるで巨大な郵便受けだ。
入り口はあるが高さが普通の扉の半分くらいしかない。
俺とファーレは首を傾げる事しか出来ずにそれらを眺めていると、ラズとブルーが生木の枝の先端に油を塗って燃やし始める。
俺は、それに似た光景を故郷で見た事がある。
昔、とある食材の話が出た、とても貴重で美味しいと……
兄様達はソレを取りに森へ入った。今の様に生木を焚きながら。そして街をあわや壊滅寸前まで追い遣る惨劇が起る。
怒ったソレは森中の生き物全てに襲い掛かった結果、動物も魔物も森から逃げ出し、その一部が街へと来た。混乱し突っ込んでくる魔物達、恐怖で逃げ惑う人々。
怪我人が続出し、勢い余って民家に突っ込む魔物によって半壊する家々、それは怒りが静まるまでの七日間続いた。
……あれだけ起こられたのに懲りずにやる気か?
ラズとブルーは白煙を纏って奥の小屋の周りを回って小屋を煙で覆うと、兄様は農民殺しを持って柵の中へと入って行く。そして暫くして兄様が出てくるとラズ達も帰ってきた。
やり遂げた顔の三人に、俺は呆れた顔で言い放つ。
「ここから北は他国の領土ですよ? もし何かあれば国際問題になるのは解ってますか?」
俺の言葉に『何で?』と首を傾げる三人……
「解らないならいいです、この事は父様に手紙で報告します」
そこまで言うと流石に慌てる三人だったが、言い訳を用意していた。
「大丈夫だ、問題無い。この辺りに人は住んでいない」
「それでも犠牲者が出る可能性はあるでしょう」
行商人とか冒険者とか、中には道を歩かない人だっているんだ。
「魔物に襲われたからと言ってそこの領主が罪に問われはしないだろ?」
それは野生の話であって、小屋まで建てて飼ってたら通用しないだろが……
「アレは放置された民家に勝手に住み着いただけで飼っている訳ではない。そもそもアレは人の飼える物でもないしな」
「だが利用するつもりなんだろ?」
「当たり前だ、誰の物でもない無いんだから盗みにもならないだろ」
そんな子供の屁理屈みたいな……、あ、子供か。
そんな俺と兄様の遣り取りに『何をしようとしてるんですか?』とファーレが聞いてきた。
「「養蜂だ」」
聞き慣れない言葉に『養蜂?』と聞き返す。
養蜂は蜂蜜の採取を目的として蜂を飼う事だと説明をすると
「なるほど、だから一年中花を咲かせる農民殺しが欲しかったんですか、でも蜂の巣なんて小さな物からじゃ赤子の拳程度も取れませんよ……」
そこでファーレも奥の小屋が何かに気付いて後ずさる。
「え、もしかして。……冗談、ですよね? あのサイズって」
そのまさかだ、あの小屋にはトータル数万匹の蜂型魔物が入っている。そしてそこから蜂蜜を取ろうと計画しているのだ。
ホーネットは大人の拳を横に二つ合わせた大きさで、尾には強力な毒があり、顎は人の骨を簡単に砕く力が有る。
基本は普通の蜂と同じで花の蜜を集めて生きているが、その実雑食だ。蜜の取れない時期は動物を襲って食料にする。
強力な顎で肉を噛み千切り、口から分泌する酸で器用に丸めて肉団子を作って巣へと持ち帰る。
別の蜂型と違い攻撃性は低いとされていて巣に近付かない限りは襲って来ないと言うのが一般的な見解だ。
実際、ある程度巣に近付くと目の前をホバーリングしながら顎をカチカチと鳴らして威嚇をし、さらに近付けば数を増やしてくる。
それを無視して一定距離まで近付くと集団で遅い掛かって来る。つまり余程の馬鹿でも無い限りは襲われる心配が少ないのだが……
その巣を壊して蜜を取ったらどうなるのかを故郷で実戦したのが兄様達だ。
大人しい魔物ほど怒らせると怖いと実感させる事件だった。何処で聞いたのか生木を燃やして出る白煙に弱く、動かなくなると知って取りに行ったらしい。
あの後、森を追われた動物達はエサを求めて畑を荒らしまくった事もあり、甚大な被害となって復興に数年掛かった程だ。
説明を聞いて『これは情報としてはお金になりませんね』と顔を引きつらせるファーレ。
そうだろう、農民殺しと養蜂のダブルパンチだ常識があれば絶対にしない。
「でも、一定量を定期的に卸せるなら儲けにはなりますね」
「だろう? それに国境に魔物の巣が並んでいれば攻めて来ずらいからな、その分警備に掛かる費用が減らせる」
あ、これは国境に這わせる形で畑と巣を伸ばすつもりだ。
駄目だこいつ……早くなんとかしないと……。
とはいえ、俺が言っても止める訳が無いので父様に手紙を出すしか無いんだろうな。それまで問題が起きなきゃいいが……。
帰りの馬車の中で兄様は安全性についての説明をした。聞く限りでは農民殺し対策は万全そうなのでそれだけは安心出来た。
そうそう、学校の話も本人に聞いてみた所、色々と興味深い話が聞けた。
テストはやはり簡単だったそうで、卒業課程までほぼ満点だったそうだ。それで卒業扱い出来無いかと打診したそうだが、そんな前例を出すと後々金で卒業を買う貴族が出てくる可能性があるからと断られたそうだ。
実技は父様仕込で問題なかったと云うか、そもそも貴族に教える実技はそこまでレベルが高くないそうだ。
もちろん騎士見習いなども通っているので強い生徒もいるにはいるが少数なので一般貴族向けの授業は大した事が無いんだとか。
歴史や経済などの座学で少しミスがあった程度で然程問題は無かったらしい。
算術については教師以上出来たそうだが、これは仕方無い。
元々【星組】の神父が教師だったし、神父がとても熱心な人だったので俺は思わず数桁の掛け算の暗算方法や、関数や因数分解など説明出来る限りの数学を教えた所為だ。
一応授業で教えているのは分数の掛け算割り算と面積の求め方迄で、それ以上は放課後に希望者だけ集まってという形にはなっている。
正直やり過ぎた感はあるが後悔はしていない。その結果、テストで教師以上の実力を見せ付けたんだと……。
最後に魔法だ、これは故郷の学校には無かったので何故出来たのかというと、この館の書斎に魔道書が二冊あったそうで、その内の一冊が凄く解り易くて直ぐに上達したそうだ。
本のタイトルを聞いたら【体感式魔術の呼吸法】と【語呂合わせで覚える詠唱呪文】なんて答えが返ってきた。なんとも怪しいタイトルだな。
ちなみに、取り巻きの四人も読んだそうだが、ラズは二冊とも読んでも魔法が使えなかったそうで、ブルーは初級、クランとストロと兄様は中級を使えるまでになったそうだ。……魔道書すげぇ。
『お前も読んでみるか?』と聞かれた。興味はあったけど、以前爺さんに偏った知識や先入観は上達を遅らせると言われたので断った。
まぁ、あの爺さんがどの程度の魔術師か知らないけど、教わるなら学校とかがいいな。……行く気無いけど。
「オレは今迄コルト街を何処にでもある辺境の街くらいにしか思ってなかったが、あれは異常だぞ。あの村の子供なら誰でも学校に受かると思う。
それに比べて外の平民は読み書きすら出来無い人が殆どだ。うちの館にしたって文字が読めるのは執事と侍女長で書けるのは執事だけだ。
この事実を知った時には愕然としたぞ。慌ててラズ達を呼んで侍女達に読み書きや計算を教えている所だ。
出来ればそのまま学校も建てたいが予算が無いからな、まずは税金以外の方法で財源を増やしたかったんだ……」
それで養蜂か、……無茶しやがる。
「それとお前に剣術指南や対戦願いが多数来ているから財源の確保と街の発展のために相手をしてやってくれ」
――馬車が館に着く頃、兄様がそう言った。




