07 そりゃ怒りますよ
思わぬ所で兄様と三ヶ月ぶりの再会を果たす。懐かしむ程久し振りでもないので反応に困るな……。取り敢えず説明くらいはしておくか。
「実は、かくかくしかじか」
「これこれうまうま、か、なるほどな。って分かるか!」
ノリ突っ込みとは兄様もやる様になったな……。とか冗談はさて置き普通に事情を説明していると知らない貴族が近付いてきた。
……まぁ、この中で知ってる貴族なんて兄様とサリーくらいだろうが。
そんな貴族は俺を値踏みするかの様に上から下まで眺めると、『フンッ!』と踵を反した。
何だこいつはと思っていると、『前に話しただろ、あいつがドイトン伯爵家の嫡男だ』こっそり教えてくれた。
なるほど、話通りのいけ好かない奴だな。
入れ替わるように、と言うか頭を下げるドイトン嫡男を無視するようにサリーが横を通り過ぎて俺達の所へ来た。
「この度は御招待頂き真にありがとうございます、サ-リャ様」
頭を下げて挨拶をした俺に『ここでもサリーでいいわよ、許してあげる』そう言ってスカートの裾を軽く持ち上げて挨拶を返してきた。
次の瞬間、聞き耳を立てていたであろう貴族達が一斉にこちらを注目した。当然その中には兄様とドイトン嫡男も含まれる。
取り敢えず周りは無視するとして、サリーに兄様を紹介すると、ドイトン……あ思い出した、アレクなんちゃらだ。そのアレクがサリーに話しかける。
「貴方の様な高貴な方が下級貴族、それも何処の生まれかも分からない混血種と話していては笑われます。慈悲深いとも言えましょうが相手は選ぶべきです。さ、あちらへ参りましょう」
中々に面白い事をのたまう奴だな、流石な俺でもムっと来るものがあるぞ。
そんな俺を他所に、行きましょうとばかりに手を差し出すアレク。それを冷めた目で見つめるサリーは手をアレクの手へと近付け
「そうですわね、貴方の様な血統主義者と話すなんて本当に慈悲深いと思うわ。おっしゃる通り相手を選ばせて貰いますわ」
そう言って差し出されたアレクの手を払い除けると俺とウィレス兄様の手を取って『行きましょ、お父様に紹介してあげる』と引っ張っていった。
アレクの横を通り過ぎる時、睨まれてたのは勘違いじゃないだろう。ザマァミロと言いたい所だが厄介事になるんじゃないかと心配にもなった。
会場の中心、その中でも一際貴族の込み合う場所に連れて来られると、貴族達がサリーに気付いたのか道を開ける。すると、人混みの中央にサリーに良く似た母親らしき女性と、その女性と腕を組む父親らしき男性の姿があった。
俺達はサリーに連れられてそのまま両親に紹介される。
「この度は御招待頂き真にありがとうございます。私はバーデンセン男爵家嫡子エルドニア・バーデンセン、公爵様におかれまして――「よい、
途中で言葉を遮られた……。何か気に触る事を言ったか? それとも下級貴族とは口も利きたくないとかなのか?
言葉に詰まり顔色を伺うが不快な様子は見て取れないな……。
「娘の恩人なのであろう? ならば畏まる必要は無い、主催者である余が許す故存分に楽しむがいい」
あ~、うん。分かったサリーは見た目は母親に似てるが中身は父親似なんだわ。
そしてどう挨拶すべきか迷っている兄様が隣に居るので助け舟を出すと、無難な挨拶を始めた。
「お初にお目にかかり光栄に存じます。私はレイグラート伯爵家嫡男、ウィレス・レイグラートと申します。公爵様御夫妻におかれましては御挨拶の機会を頂けた事、感謝の念に尽きません」
「うむ、聴き及んでおるぞ。若い身で近々爵位を継ぐそうだな、出来た兄弟よ。貴公にも許す故、畏まる事無く楽しむと良かろう」
えっ! 何それ、初耳なんだけど!?
ウィレス兄様は俺の驚いた顔を見てしてやったりな顔をする。……なるほど、俺を驚かせたかったんだな。にしても成人前に継ぐとか何をしたんだよ。
「在り難きお言葉、謹んでお受けします。爵位継承につきましては手続きを済ませていますので後は国王様からのお声掛かりを待つだけにございますが、今だ若輩の身なれば祖父には相談役として着いて貰う所存です」
「爵位に恥じぬよう頑張るのだぞ。それと、サリーよ。この者達はまだ不慣れな様子故この場はよいから着いていてあげなさい」
そう言うと他の貴族達との挨拶を再会したので俺達はこの場を後にした。
しかし、会場を見てみれば子供がとても少ない様だ。見かけるのは大人しそうな子供ばかりなのはこの夕食会が立食形式なので服を汚したりして迷惑を掛け易い為の対策なんだろうな。
ウィレス兄様は顔見知りらしい何人かの貴族へ挨拶をしに周り、俺とサリーも後に続いた。
挨拶も一段落着いて料理を軽く口にしていると、一人の男子が声を掛けてきた。
「参加を辞退したそうで、残念だったな」
ニヤニヤと笑いながらそれだけ言うと立ち去った。……何なんだあいつは?
疑問を他所に何人か話し掛けてきたがそちらは普通に挨拶をしたり、サリーとの関係を探りに来ていたりと様々だった。
そして夕食会も終わって帰る頃、『見て欲しい物があるから明日屋敷に来て欲しい』と告げてウィレス兄様は帰っていった。
俺は部屋へと帰ると、暫くしてサリーが『ダーリンお待たせ~』と言って入ってきた。……だからダーリンとか止めろって、後ろの執事が怖いから!
「公爵夫妻様の前でそんな事言うなよ」
「その事なんだけど、お父様に断られちゃった。男爵家の次男じゃ駄目だって」
テヘペロして軽く言うが、本当に婚約の事を頼んだのか。……まぁ、断られたなら安心だな。
上級貴族とかになると身分とか煩いもんな。でも、身分とか気にする父親には見えなかっただけに意外だ。
「あ、勘違いしないでよ。嫁に出すのに”将来家無し”には渡せないって事よ。だから実家を継ぐとか爵位を下賜れば文句は無いそうよ」
空恐ろしい事だな。……弟に継承権を譲ってよかったわ。
「それでね、前回の事もあるし後一~二回国王様のお目に留まればいけると思うのよ。だから今回の大会に出てみない? 枠は私の方で用意するから」
身を乗り出して期待感一杯で誘うサリーだが、……大会って何?
理解出来てなさそうな俺の顔を見てサリーが説明をしてくれた。
「武闘大会よ、今夜の集まりだって顔合わせみたいなものだったんだから。……本当に知らなかったの? てっきり観戦に寄ったのかと思ってたわ」
いやいやいや、そんなの知らないし出るつもりなんてもっと無いぞ。
「どうせ有名な冒険者なんかが優勝するんだろ? 俺じゃ冷やかしにしかならないって」
しかし、サリーの話だとそうでも無いらしい。王国主催の武闘大会なので優勝者は直接国王様からお褒めの言葉と褒美を貰えるそうで、防犯上身分の不確かな者の参加は認められておらず、貴族の推薦が必要な事から参加者は限られているそうだ。
そしてその貴族の推薦だが、推薦して負けると恥を掻くので余程の自信でも無ければ参加はしない。なので参加人数は少なく予選も無いそうだ。
その為参加するのは自領の騎士、貴族の次男三男が殆どだとか。だから俺でも勝てるかもしれないと云う事か。
しかも出場させた貴族は貴族で勝つ為に必死に手を廻すらしい。……そんな所へ俺を送り込むつもりだったのかよ。どちらにしても参加はお断りだ。
参加しない事に諦め切れない様子だが時間も時間なのでここでお帰り願って俺は寝る事にした。
そして翌日、俺は王都の貴族街にあるレイグラート邸へ向かった。
屋敷の入り口で名乗って入れてもらうと、そこにアダルもいた。
そして執務室らしい部屋に通されると中々にスリリングな話を聞かされる事になった。
お前を真似てみたと言って最初に見せられたのが領地の様々な現状をグラフ化したもので恐ろしい程の落ちぶれ具合が見て取れる。
ウィレス兄様の話によると、祖父と曾祖父の二代に渡って政策をしておらず、その前の代に貯めて在った資産を食い潰しているだけだった。
その状態は破産寸前で、もし領内で一度でも不作になればそれで終わると言う崖っ淵に立たされていた。
それを知った兄様が慌てて祖父に『このままだと恥を掻くから何も出来無いなら退位して家督を譲れ』と言ったそうだ。
貴族のプライドというやつだろうか、恥は掻きたくないとさっさと爵位を譲る事にしてケツを撒くって引っ込んだそうだ。昨日言っていた”相談役”とかは建前なんだろうな。
それから実家との絶縁を解いて相談の手紙を出し、兄様自身も出来る限りの手を尽くしているのだが、何せ破産寸前で先立つものが無い。
私財を売り払って対応しているが焼け石に水といった感じだそうだ。
そこで今回の武闘大会に参加しようとしたらしい。褒美もそうだが、優勝すれば領地での経済効果が望めるだろうからな。
しかし、参加するはずだったアダルが何者かに襲われ参加を辞退する事になる。おそらくはドイトン伯爵家の嫡男かその取り巻きの仕業だろうが、証拠が無いので何も言えない。
そういや夕食会でその辺言いに来た奴がいたなと思って聞いたら。案の定取り巻きの一人だった。
領地の方は父様に任せた方がいいだろうが、武闘大会の方は手が無い事もない。……そういう事なら参加してやろうじゃないか。
その日は色々と質問やアドバイスを繰り返して別れた。
後宮に帰るとサリーに参加の意思を伝える。とても喜んだ様子だが、それはそれで条件を付けるのを忘れない。
大会は明けて二日後なので今のうちにルールを聞いて対策を考える事にする。
――さて、どうしてやろうか。




