12 実験しましたよ
目が覚めて体を起こすとその軽さに疑問を持って自分の体を確かめる。あの時の死闘の後が何も無かった。体中の打ち身や裂傷だけでなく折れた筈の肋骨の痛みさえ消えている。
あれからどれくらい寝込んでいたんだろう? 改めて周囲を確認すると、ここが麓に建てた拠点である事が解った。そばで雑魚寝をしている人達を起こさない様に静かに外に出た。
空は白み掛り夜明け前を告げていて、山から来る冷たい風がより一層意識を覚醒させる。
『起きたか少年』足元から聞こえた声の方を見ると白い蛇が物影から出てきた。
「怪我が治ってるみたいですが、貴方が?」
「うむ、ワシの責任でもあるしな。じゃから騒ぎを大きくせんように皆が眠ってから少し体を貸してもらって治療させてもらったよ」
そういって尻尾で額を指した。何とも器用な真似をするもんだな。
額に触れるとそこには例の感応石が張り付いていた。寝ている間に体を動かして額に貼り付けて魔法で治癒をしたとの事。
人の体を乗っ取れるのかと少し怖くなったが、人間は自我が強いから意識がある時は動かせないのと、気絶していても歩かせたりは出来無いそうだ。
ただ、感応石を通じて魔法を使うには相性が良かったらしく完治出来てよかったと言われた。
「それで、何処までが貴方の仕業だったんですか?」
「ふむ、巨人を山頂付近から呼んだのはワシじゃが、あの狼共は誤算じゃった。まさか血の匂いに釣られて来るとはのぅ……、本当にすまんかった。それでどうなんじゃ、忌避は治ったかの?」
「試してないので解りませんが、忌避はまだ残ってると思います。ただ、それで腰が引ける事は無いと思います。……多分ですが」
最後の方は自信が無く自然と声が小さくなったが、試してみない事には解らないのも事実だ。それでいきなり魔物をまた呼ばれても困るんだけどな。
「ふむ、大丈夫じゃろう。少なくとも以前の少年なら”試す”などとは口にしなかったのではないか? それに、まったく忌避無く斬れる者もそうはおらんよ」
そう言われて気付く。確かに生き物相手に死を”試す”なんて考えは以前には無かった事だ。俺の中で何かが変わったって事なのだろうか。
それと、この事とは別に初めて会った魔術師だったので魔法を教えて欲しいとお願いしたが断られてしまった。
「残念じゃがワシにはワシの生活も有るし、そう何日も体から抜けてられのじゃよ。もし、少年がワシの所に来るのなら教えてやらんでもないがの。
ただ、ワシに師事を仰ぎたいのであれば余計な知識を得ずに無知のまま来る事じゃな。間違っても三流魔術士なんぞに教わるでないぞ」
偏った知識や間違った解釈は力を弱めるだけだと付け加えてると、別れを告げて白蛇は離れていった。もうあの中に魔術師の爺さんは居ない気がした。
んー!、と伸びをして振り返るとスランが驚いた顔で立っていた。もしかして、会話を聞かれたかな? 何処からだろう?
『お前、体は大丈夫なのか!?』そう言って体を触りまくられた。くすぐったいし、俺にソッチの趣味も無いんで止めてほしいんだけど……。
安心したのか確認し終えると何でだと聞いてきたので、爺さんとの会話を聞かれてなかった事に安心した。
「あ~、通りすがりの魔術師に直してもらった!」
自分でも可笑しな事を言ってると解るが事実なので胸を張って答える事にした。
何か納得いかない顔をしたスランだったが、これ以上何を聞いても無駄だと思ったのか溜め息を一つして『忌避も治ったようだな』と俺の頭に手を置いた。
何で解るのだろう?と、首を傾げると小屋の裏手を指差して『あれで解らない訳無いだろう』と苦笑いされる。
そこには大量の毛皮が干してあり、側には山の中腹からでも持ってきたのだろう雪で作ったカマクラモドキとその中に肉が冷やされていた。
「どれもほぼ一撃だ、それで解らないなら冒険者を辞めてるよ」
それもそうか、そういや巨人の肉は無いのか? 辺りを見渡す。
「言っとくがは大きすぎて巨人は運べないぞ。と言うか、良くあんな奴に勝てたな。はっきり言って無茶のしすぎだ、危ないと思ったら逃げて来い」
うん、それも思ったけどね。ただ……
「もし逃げた先にも魔物が居て挟まれたら嫌だし、巨人を連れ帰ったら誰か死ぬかもしれないなぁと思ってさ」
また溜め息を一つ、『だからってお前が死んで良いって事でも無いんだぞ』
まぁ、そうなんだけどね。取り敢えずゴメンナサイをして素振りでもしようかと立て掛けてあった剣に手を伸ばす。
その腕を掴まれて今日一日は寝てろと言われてしまった。しょうがないので今日は一日寝てすごそうかな。
翌日の朝にスランと一緒に哨戒活動、目的は警戒と一応の確認。オークがいたので正面から突っ込んでの一閃、一撃で首を刎ねた。
あまり気分のいい事では無かったけどいけた。スランもそれを見て安心したようだったので午後からはまた一人で哨戒活動させてもらえるようにお願いした。
お昼は狼のステーキだ、と言うか多分無くなるまで狼の肉料理だろうな。山の麓付近は荒地で、中腹から上は雪で覆われている。何が言いたいかと言うと”野菜”が食べたい! 後、パンか米類。
肉は嫌いじゃないけど肉だけが続くのはストレスでしかない。スラン達は平気なようだけど、俺としては米・野菜・汁物が無いと食事とは思えない。
野菜や魚と違って肉は食べ続けてると体臭がキツくなるんだよぉぉぉおおぉぉ! とか叫びたくなるけど今は我慢しないとな。
周囲に人が居ないか確認してこれから色々と試してみるつもりだ。昨日、横になりながら考えてた事がある。これからも魔物と戦うなら変身能力は今後も使う事になるだろう。そのバリエーションや熟練度を身に付ける必要性もだ。
なのでこれから帰宅まで可能な限り練習する事にした。
先ずは今出来てる事の再確認。筋力の上昇を限界までしていくと、体中が隆起していくっ! いててててっ!!
限界前に内臓や骨が筋肉に押し潰されそうだし隆起した筋肉が皮膚を引き裂きそうになる。
「いってー! 肉体が限界について来れないのか~」
そこで最初の【変身】を思い出す、きっとあれは限界を受け入れられる体に変身していたんだろうな。今後もし限界まで上げるなら肉体そのものを変化させる必要がありそうだ。
次に俊敏さだな。……こっちは問題無さそうなので百メートルくらい先の木まで走ってみるか。
ゴンッ! 速過ぎて止まれなかったし、何より目が付いていかない。動体視力も上げて反応速度を上げないと無理だな。咄嗟に肉体硬化出来てよかったよ。
次は今防御にも使った肉体硬化だけど、……取り敢えず付近の岩を殴ってみた。うん、こっちは問題無く手に痛みは無かった。筋力増加もすれば砕けそうだな。
あ~、うん。硬くなっても限界はあるわな。皮膚が弾けた様に裂けて血が出てきたよ。まぁいいや、次の準備だと思っとこう。
最後は再生。これは問題無いみたいだけど、このままの状態で自然回復ってするのか二時間ぐらい様子を見て再生を解除してみよう。
あ、駄目だ、戻ったら血がタラタラと流れだしたよ。まぁ浅いしほっとけば治るだろう。再生は変身をする直前の常態を維持か。
さて、再確認は終わったので次の実験にかかろう。まずは硬さ、と言っても肉体硬化では所詮人間の限界は越えられないと解ったので――
ゴスッ! うん、岩に穴が開いたな。何をしたかと言うと右手人差し指を金属に変身させての刺突だ。もちろん筋力上昇してだが効果は見ての通り、岩に穴が開きました。ただし、生身の手首が痛かった。グキッってなったよ、グキッって。
と、言うわけで想像するのはエストックだ。腕を円錐状の槍の様に尖らせて岩に向かっての刺突! ザシュ、ガゴッ!
あ、岩が割れた。まぁ、殴ったりとかしてたし、それ以外は予想道りだな。
一旦腕を戻して……。うん? 右腕に若干の違和感があるな。肘の曲げ伸ばしや手をグーパーと繰り返すも動きが鈍いし何より腕全体が紫色。
考えてみれば腕を無機物化したら血が流れないんじゃないか? 危なかった~、某DQのアスト○ンなんてやったら即死してたじゃんか!
でも頭と胴体意外なら短時間変えるのは問題無さそうだな。あとは数回こなして体が慣れるとか、能力が上がればラッキーって所だな。
そんな実験をしていたら日が傾き始めたので戻る事にした。晩は当然狼の肉だ。調味料もハーブも無いので焼いただけ。
塩コショウくらい持って来れば良かったなぁ。ちなみに野生の狼なので肉が硬いです。……数日煮込むか? 加える野菜が無いや、ブイヨン欲しいなぁ。
その後も暇を作っては実験を繰り返す。その度に痛い思いをしたり死にかけたりしたが、まぁ当面の課題と指針は立ったし良しとするか。
――そして一ヵ月後、俺達は報告の為に一旦街に帰った。




