01 転生しましたよ
オッサンと呼ばれる五十代中盤、親の遺伝か頭のテッペンが薄くなり始めた独身男、北条 秋時。
趣味は将棋と囲碁だが学生時代から柔道部に所属して合気道の道場にも通っていた肉体派だ。
彼は公務員になった今も体が鈍らないように通勤は行きに一駅分歩き帰りの二駅区間はランニング、風呂上がりの柔軟も欠かさした事がない。
酒は誘われれば付き合う程度で自分から飲み歩く事も無くキャバクラには行った事も無い。
タバコも吸わずギャンブルも嫌いで終業後は真っ直ぐ帰宅すると家事をこなして寝るだけの単調な生活をしている所為か同僚には『何が楽しくて生きてるんだ?』と聞かれる程だ。
――その日も彼は仕事をしていた。
地方公務員として市役所に勤める彼は書類整理をしつつ部下に目を配る、もっとも窓際部署の課長の部下は二人しかいないのだが。
部下たちは所属する部署に不満があるらしく若干態度に出しつつも仕事をこなしていた。
脳筋とまでは言わないが小中高と運動部で勉強は並以下だった彼にとって公務員になれただけで満足で、その待遇に不満はない。
そんな彼は真っ白い世界に立っていた。確か仕事中だったはず、と頭に?を浮かべて周囲を伺うと、うっすらとした人影が徐々に輪郭を明らかにしていった。
それは大仏を思わせる風体の白い人型で何故かその傍に灰色のボロ雑巾が落ちていた。
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「ますは侘びを言わせてもらう、すまなかった」
そう言って頭を下げると『私しゃ神様だよ』と付け足したので。志○けんかよ!と心の中でツッコミを入れておく。
ツッコミ待ちをしていたのか一拍置いてから状況説明が始まる。……何でも俺は死神に間違って殺されたそうだ。
仕事中の突然死らしく職場では過労死だ何だと揉めたそうだがそもそも窓際部署に過労するほどの仕事は無いので心筋梗塞という形で落ち着いたらしい。
取り敢えず間違えた死神には罰を与えたと灰色のボロ雑巾を指さすと、気が済むまでボコって構わないとこちらに蹴り飛ばして来た。
……なるほどアレは死神の成れの果てか。酷いな、そう思えてしまう。
若い頃は散々喧嘩もしてきた俺だ、力の行使に抵抗は無かったがそれでもアレに暴力を振るう事は戸惑われる。
例え間違いとはいえ俺を殺した相手でもだ。……別に情けを掛ける訳ではない。喧嘩には終わり時があり、それを間違うと不幸になると知っているからな。それに意地の張り所も無い。
「まぁいいさ、何時かは死ぬんだし思い残す事も無いしな」
生きていたって退職して年金暮らしで余生を過ごすだけ、漠然とだが終わりが見え始めていた事も確かだ。
捨て鉢気味に言うとお詫びに転生後の希望を聞いてきた。一つはこのまま輪廻の順番を待ち人間としての転生、記憶は無くなるが安定と幸福を約束してくれた。
もう一つは異世界への転生だ、こちらは直ぐに転生出来るらしく記憶も無くさない。但し発展が遅れていて不便な事と、魔法が存在し魔物も住む世界だそうだ。
正直どっちでもいい、生まれ変わっても生きていく事に変わりはないさ。そう答えると笑われた、そして笑いながらこう言ってきた。
「じゃぁ試しに異世界行ってみるか? もし死んでももう一度だけ転生先を選べる様にしておこう」
何ともフレンドリーかつ豪気な提案をしてきたので思わず頷いてしまった。
そして特殊能力は何がいい? と聞いてきた。どうやら異世界転生にありがちな特典らしい。
マンガやアニメは数回見た事はあるが子供の頃で記憶に残って無いし、ラノベも読んだ事が無い俺にとって特殊能力とか特典とか言われてもピンとこない。
そういやアニメじゃ無いが昔特撮モノを見て真似た頃があったな、○○仮面とか○○戦隊とか……。 よし、一応聞いてみるか。
「変身とか出来るのか?その、能力?ってやつで強くなったり飛べたりだとか」
変身能力じゃな? 出来るとも、中々面白い能力を選ぶではないか。と何故か喜ばれた。
何でも最近の流行りは精錬・製造魔法や無属性魔法や魔術全般らしいがそんなの知った事じゃないマイノリティでも俺らしくだ。
ん? 何か思考が若返ってる気がするぞ? と気付いた違和感を呟くと、『転生に向けて精神が巻き戻ってる影響だ』と言われた。なるほど、精神がね……
って、ガキの精神で転生したくないから早くしてくれよ! とツッコムと、最後に赤ん坊時代は端折れるがどうする? と聞かれたので歩ける所からと答えた。
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「おっ?」
それが転生後の第一声だった。体感時間は一瞬で感慨深くも何も無い、取り敢えず精神年齢はそこまで若返ってないようなので安心しておく。
どうやら俺は仰向けに寝ているようで木目の天井しか見えないので横を向く。
柵? ベビーベッド? 歩ける所からと言った筈だけどなぁと思いながら柵を掴んで立ち上がり周囲を見渡してみる。
木造建築らしく部屋は八畳くらいだろうか、他にベッドが無い所から子供部屋なのだろう事が見て取れる。
窓には白濁色のガラスがはめ込まれていて光は入るが外は見えない。ふと、足元を見ると人形や丸みの多い積み木らしき玩具がある。
窓の反対側には扉があり、その右側の壁には小さなタンスとその上に花が活けてあった。部屋としては寂しい感じだが成長と共に増えていくんだろうと勝手に納得していると、扉が開いて女性が入ってきた。
「奥様っ! 坊ちゃんが、エルドニア坊ちゃんが立ちましたわ!」
いきなりの声とその大きさに驚いてバランスを崩すも一歩踏み込んでバランスを取る、なるほど確かに『歩ける所から』だな。
微妙に納得しつつもニュアンスによる意思のすれ違いに苦笑する。
そしてどうやらエルドニアが俺の名前らしい。あの口振りからして入って来たのは侍女か何かだろう、二十才前後だろうか幼さの残る顔立ちに茶色いショートヘア、目の色も茶色で顔もプロポーションも平均的な感じ。
若干身長が低い気もするがこっちの世界の平均なんて解らないので前世での見立てだ。マジマジと侍女らしい女性を見ていると、もう一人女性が入ってきた。
やや年上だろうか身長は頭一つ分高い。といっても比べた相手が若干低目なので少し高いといった所か、金髪ロングヘアーの結構なグラマラス美人だ。
彼女が母親なら勝ち組決定だろうな、まぁ父親を見るまでは安心出来ないけど。
俺が立ってるのを見て喜んでいる母親らしき人の足元に視線を落とすとスカートを掴むように立っている金髪の子供がいた。
パッと見三才くらいのたぶん兄貴だろう金髪美少年と目が合うとプイッと何処かへ駆けて行った。
そこで俺は立っていられなくなって尻餅をつくとそのまま後ろに倒れた。赤ん坊の体力なんてそんなもんか。
この世界の知識は生活していれば追々分かるだろうなと、そう考えながら意識が徐々に薄くなるのを感じながら眠りにつく。
――こうして俺の転生生活が始まった。