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砂屑奇譚

作者: 浅地 逸葉

それはそれは昔の話、 私がまだ豆粒にも満たない、小さな砂屑であった頃の話を致しましょう。


吹き荒ぶ空っ風の中カラカラと、時にはザヤザヤと、身を打ち震わせ細かに鳴きながら宙の真下の方を流れておりますと、頭の天辺からで御座いましょうか、将又、爪先の向こう側からで御座いましょうか、何やら犇き合う声の束を聴いたので御座います。


それは悲鳴同士がぶつかり合う不協和音、何とも御粗末で耳障りな雑音で御座いまして、耳を塞ごうにも私はただの砂粒で御座いますから塞ぐ手の平が有りません。


正しくは塞ぐべき耳も、頭も、爪先も、砂粒の私には無いので御座います。


物の例えですので聞き流してやって下さいな。


…おや、おや、「馬鹿馬鹿しい」なんて野暮なことは言わないで下さいよ。


そこいらに転がっている石や樹にも、五体が無くとも立派に意識というものが備わっているので御座います。


「では今すぐそれを証明しろ」と申されましても、どうにも、いやはや、証明する手立ては御座いません。


まぁ、まぁ、気狂いの胡乱な話だと思って聞き流してやって下さいませ。


話を戻しましょう。


私がその雑音の方に耳を傾けますと、何やら同じ言葉を何度も、繰り返し、繰り返し、呪文のように叫び立てているではありませんか。


「助けてくれよう」

「助けてくれよう」


私は気になって、「おおい」とそれに応えました。


「助けてくれよう」


沢山の黒い声の渦が、小さな私の体をブズブズと包み込んで行きます。


よく目を見開いて見ると、私の身体よりも大きなブヨブヨとした黄色い塊が、地面を埋め尽くすように生えているではありませんか。


宙に浮いたまんまだった私の身体は、そのテロテロとぬめった球体の表面に誘われるように、柔らかく着地致しました。


「助けてくれよう」


どうやら先程からの声の犇きは、この奇怪な塊達の中から湧き出ていたようで御座いました。


「どうしたい?私を呼んだのはアンタ達かね」


「助けてくれよう、俺達を助けてくれよう」


「一体何をどう助ければ良いんだい?」


「生まれたくない、生まれたくないんだよう」


黄色く濁った表面をテラテラと蠢かせながら、塊の中の一つが私に話しかけてきたので御座います。


「生まれたくない?」


「俺は昔、いや、最近だったか、ええい、どっちでも構わない。

盗みもやったし、人殺しもした、女子どもを犯したこともあるし、村を丸ごと焼き払ったこともある極悪人だった。

生きている内は何も恐いものなんてなかったんだ、なかったのに、死んで目が覚めたら俺は、ここにいたんだよう」


「アンタが何を話そうとしているのか私には全く分からないよ、もっと落ち着いて話をしてごらんなさい」


「落ち着いてなどいられるものか。 俺には時間が無いんだ、あれを見てみろ」


それは何とも形容し難い程醜悪な、恐ろしい光景で御座いました。


私と言葉を交えていた塊の真隣が、丸い表皮を激しく歪ませたかと思うと、ブチュリという炸裂音を発して爆ぜ、そこから〝白い化け物〟が飛び出してきたので御座います。


ヌルヌルとした体液を纏いながら、緩々と動き始める、白く透き通った長い胴体。


ああ、私が着地した場所は、蝿の卵の群れの上だったのか。


「次は俺の番だ、畜生、畜生、助けてくれよう、俺は死んで詫びたじゃねぇか、ちゃあんと死んで詫びたじゃねぇかよう、これじゃあ死に損だ、あんな姿で生きていかなきゃならないなんて死んだ方がマシだよう、助けてくれよう、生まれたくない、生まれたくないよう…」


彼は何度も何度も恨み辛みを切々と念仏のように唱えておりましたが、それも虚しく、やはり真隣さんのように蛆に成り果てると、卵の残骸をトボトボと踏み越えて、同胞達と遠くへ、遠くへ、行ってしまったので御座いました。


私は彼らの惨たらしい後ろ姿を見送ったあと、ふと、止めど無い不毛な妄想に取り憑かれたので御座います。


はて、砂粒であった前の私は、一体何であったのだろうか?

私が気付いた時には、私は既に砂粒だった。

さっきの蛆虫のように、私にも別な何かであった頃があるのだろうか?


生まれ出ることを嘆き苦しんでいたあの蛆虫も、時が経てば自分が人間であったことすら忘れて、蛆虫である自分を全うして死んでいくのであろうか?


そんな妄想に頭を膨らませていると、どこからともなく強い突風がザン、と吹き荒れて、私の身体を掬い上げ、また宙の真下へと放り投げたので御座いました。


そうこう風の中を流れている内に、気が付くと私はこうして人間になっていたので御座います。


「嘘を吐くな」などと、また野暮なことを言わないで下さいよ。

嘘は誠の中にしか存在出来ないもので御座いますれば、その逆もまた然り。


などと言いましてもその実、我が身に起こった出来事が夢か現か、私自身も判断しかねているので御座いますがね、ははは。


…さて、暇潰しくらいにはなりましたかな?夜も更けて参りました。

さぁ、御休みなさい。


退屈がっているあなたを満足させてくれるような、素敵な夢が観れるとよいのですが。



【砂屑奇譚、了】


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