第九十三話
お待たせしました。
第九十三話です。
目の前で、大きな鐘が爛々と燃えている。
その光景に私は感嘆の声を漏らした。
「わぁ……」
「グアー」
現在私とアルクさんとブルリンは、銀色の大きな鐘が吊り下げられている塔の一番上にいる。
銀色の鐘が融けて燃えている様をブルリンの背の上で眺めていた私は、少し離れた場所で炎を纏わせた剣を払い鞘に収めたアルクさんに話しかけた。
「……これって、大丈夫なのかな? 大事な塔の鐘を壊しちゃって……」
「ははは、多分駄目でしょうね。いやー、どうしましょうか」
困ったように笑った彼に私は肩を落とし、被っていた外套を外す。
今夜私たちが行った事は、サマリアールの塔に設置されている鐘の破壊。正直、ネアが提案したことだから最初は怪しんだけど、ウサトが呪いってやつを破壊する為に必要なことだというので協力することにした。
私たちがやったことは単純。
まずは少しでも戦力が欲しいというので、予知魔法で誰にも気づかれないように宿を出てブルリンを厩舎から連れて来る。
そして鐘を壊した後に私たちの所に衛兵が押し寄せてこないように、あらかじめ塔の警備をしていた騎士達の行動を私が先読みし、アルクさんとブルリンに気絶させてもらう。
最後に全ての準備が整ったら、アルクさんが強烈な炎の魔法で鐘を両断する。
アルクさんが剣に炎を纏わせた時点で計画の成功を確信したネアは―――、
『ここは貴方達に任せるわ。私はウサトと一緒にまだやることがあるから』
と、言って先程城の方へ飛んで行った。
「そろそろこの場を離れようかな……」
鐘を破壊した私達はこの場を離れなければいけない。夜とはいえ王国の中心にある鐘が壊されていることに外の衛兵が気付かない訳が無いからだ。
逃げる準備に取り掛かるべくアルクさんに話しかけようとすると、彼は未だに赤く熱を持っている鐘を見て、表情を渋めていた。
「……アルクさん。さっきの炎を使うのってあまり好きじゃないんじゃ……?」
「そうですね。己惚れているつもりはありませんが、私の炎は危なすぎる」
アルクさんがネアに操られている時、彼女はアルクさんが本気で炎を使うのが好きではないみたいなことを言っていた。
「収束して放てば生物の骨までを容易く焼いてしまうであろう業火―――ネアに操られていた時はただ炎を撒き散らしていただけに過ぎなかったのが幸いでした」
確かに、操られていない彼が放った炎はネアに操られていた時と違って剣に炎の力が極限にまで集められているようにも見えた。
……というより、こんな大きな鐘を容易く両断できる時点でどれほどの威力が込められているかは一目瞭然だ。
温和なアルクさんがこの炎を使いたがらない理由も分かる気がする。
「ですが……」
立ち上がった彼はカチャリと剣が納められた鞘を持ち上げにこりと何時ものような温和な笑みを浮かべ口を開いた。
「私の力が人助けの為に必要とされているなら喜んで振るってみせましょう」
「そっか……でも、あまり無理はしないでね?」
「ははは、それはウサト殿に言ってあげてください」
アルクさんの言葉に、それもそうだねと返して微笑む。
きっと……いや、絶ッ対にウサトは無茶をする。
邪龍と戦った時のように自分がしなくてはいけないことをやり通そうとするはずだ。
「グゥ……」
「うん、分かってる。ウサトは大丈夫」
小さく唸るブルリンの頭を撫でながら、ここからそう遠くない場所に見えるあの城を見る。
今、ウサトはあそこにいる。
「私達ができることはこれまで。ウサト、無事に帰って来てね」
離れた場所で誰かを助けようとしている彼に向けて、私はそう呟いた。
●
「何をした……!?」
ギロリとこちらを睨みつけたフェグニスさんは、剣を引き抜き切っ先をこちらへ向けた。
「何をって、見れば分かるでしょう? 僕の仲間がサマリアールの塔の要を壊した」
「そういうことではない! 貴方の仲間は部下が見張っていたはずだ!」
先程までの丁寧な口調を崩したフェグニスさんの言葉に、僕は呆れたように肩を竦める。
「全員を? 本当に面白い冗談ですね。単純に見張りが甘かっただけなのでは?」
実はネアがどうやって鐘を壊そうとしていたか聞いていなかったので、内心焦っていたりする。
それを悟らせないように不敵な笑みを浮かべ、フェグニスさんに言い放つと彼は苦々しい表情を浮かべた。
「そんなはずは……。……っ!」
「ん?」
しかし、すぐにはっとした表情で肩の上にいるネアを見た彼は腰の剣を引き抜いた。
そして、剣を逆手に持った彼は柄尻の球体に手を添えこちらに向ける。
「剣よ! 彼の者の偽りを暴け!!」
詠唱と共に、柄尻の球体が眩い光を放つ。
その光に照らされたフクロウは、ゆっくりと僕の肩を離れるとポンッという音と共に黒髪赤目の吸血鬼の少女へと姿を変えた。
「あらら、変身が解けちゃったみたいねー」
「「「!?」」」
その場にいた誰もが目を見開き、黒髪赤目の少女―――ネアを見る。
……なるほど、こうやってネアの変身が解けるのか。僕と彼女が一緒に行動している時にフェグニスさんと遭遇しなくて良かったな。
「ネ、ネネネネアちゃんが、ひ、人の姿になっちゃいました!?」
「フ、フフフ、もう僕は驚かないよ。そうさ、フクロウが人に変わったからなんだというんだ……人がフクロウに変わったって全然おかしくないさ」
後ろで混乱している親子二人には後でちゃんと説明するとして、今は眼の前のフェグニスさん達に集中しよう。
「人間……いや魔物!? しかもその姿は、ウサト様の仲間にいたネアとかいう娘!?」
「ようやく気付いたわねぇ。本当に私達のことを侮り過ぎじゃないの? 獣人に魔物に騎士、それと怪物のパーティーにただの娘が入れると思っているのかしら」
あ、あれれー? 僕の仲間に怪物なんかいたっけなー?
狼狽するフェグニスさん達に、ネアは虚仮にするように笑う。
その様子に耐えかねたのか、フェグニスさんは悔しげに肩を振るわせてネアからこちらへ視線を移す。
「人に化ける魔物など、然う然ういないはず! ウサト様、貴方は一体何をこの城へ連れて来た!」
「何を? 見た通りただの使い魔でしょ? それ以外に何があるんですか?」
「高い知能を持った魔物が人に下るはずがない! それを知らないほど非常識ではないでしょう!?」
ま、それはフェグニスさんの言う通りだ。
面倒くさいから適当に答えようかなと思っていると、フェグニスさんの言葉を聞いていたネアが、腕を組み僕より少し前に出た。
「分かってないわねぇ。貴方は一体こいつの何を見て来たの? いい? ウサトは非常識な存在なのよ」
失礼だね、君。
勝手に契約したのは君の癖にどうして僕が非常識と言われるのだろうか。
「どうせ。ウサトが自分たちの常識の範疇にいる存在だと思い込んで、罠に嵌めようとしていたんでしょ?」
「……ッ」
「呪いの供給源は外にあるからウサト一人ではどうにもならない? いくら強くてもこの脳筋治癒魔法使いは子供だから、仲間と離してしまえば突っ走ることしかできないって?」
いくら僕がまだ十七歳のガキだからって、そこまでバカじゃない。
「ま、実はその通りなんだけどね」
「おい」
どうして君が認めちゃうんだよ!?
「だーけーど、この私がいるからにはウサトが悪質な呪いに囚われるということはありえないって話よ。逆を言えば、ウサトは私がいなければ何もできなぐぅいん!?」
「それは言い過ぎだよ」
「~~~ッ! デコピンはやり過ぎだと思わないの!?」
涙目で額を押さえているネア。
一応、かなり手加減しているし、治癒魔法があるから大丈夫なはずなのだけど……大袈裟だなぁ。
うー、うーと唸っているネアとそんな彼女を呆れている僕に、ふるふると肩を震わせたフェグニスさんは凄まじい剣幕を向けてくる
「……あの鐘が……、あの鐘が何のためにあるのか分かっているのか!? この国の希望だぞ!」
「希望なんてものじゃないでしょ。あれはただ魔力を集めて呪いに送り込む供給装置じゃない。それをよくもあそこまで大それた存在に祀り上げたわね?」
「……ッ」
額を摩りながらそう言い放ったネアの言葉に怯むフェグニスさん。
「ちょ、ちょっと待ってくれ……供給装置とはどういうことだ?」
呆然と後ろで沈黙を保っていたルーカス様が、恐る恐るネアにそう訊いた。
その質問にネアは肩を竦める。
「言葉の通りよ。あの塔が呪いに魔力を与え続けたのよ」
「まさか僕達が信じ続けていたあの塔が……王家を……エリザとエヴァを苦しめて来たというのか……。だが、その魔力はどこからくる? 供給というからには、どこかしらから集めてくるのだろう?」
彼の言葉に頷いたネアはつまらなそうに返答する。
「祈りよ」
「祈り、だと?」
「あれに祈りを捧げたら、ほんの少しだけ魔力吸い取られて、塔の一番上にある鐘に集められるの。サマリアールの民が王国の未来を思って祈りを捧げるから祈りの国と呼ばれるようになったのに、まさか王家を蝕む呪いを補給していたなんて……皮肉な話もあったものねぇ」
魔具か何かを用いて祈りを捧げたものから僅かな魔力を吸い取り、それを呪いへ供給する。
何百人の魂を縛り付けている呪いが機能し続ける為には大量の魔力を要する。それを補うために塔を崇拝の対象にして、希望の象徴としてサマリアールの民に祈らせた。
ネアの言う通り、皮肉な話だ。
「どうやって、気付いた……?」
気付かれるとは思っていなかったのか、驚愕の面持ちのフェグニスさん。
「ハァ? そんなものウサトから貴方の話を聞いてすぐに気付いたわよ。鐘のことも最初に鐘を聞いた時から気持ち悪い感じがビシビシと伝わっていたし」
だからここに来た時あの塔を見て気持ち悪いとか言っていたのか。
結局、ほとんどネアの手を借りてしまったな。
お礼はこの件が片付いてからにするとして、今は目の前のフェグニスさんをなんとかしよう。
僕は心を落ち着かせながら、ゆっくりとした口調で彼に問いかけた。
「供給源である鐘が壊された時点であの呪いはいずれ消滅するでしょう。ですがそれではエヴァの奪われた命と体は戻ってくる可能性は限りなく低い。エヴァを助けるには、僕達が直接呪いを破壊しに行くしかないんです。だから―――」
無駄な戦闘をして時間と魔力を浪費するわけにはいかない。
あの塔を壊した時点で呪いの消滅というタイムリミットがついてしまったのだ。
「―――これが最後の警告です。貴方にまだ良心が残っているなら、そこを通してください」
「……」
僕の言葉にフェグニスさんは表情を少しも動かさずに、無言で右手をゆっくりと掲げる。
その合図と共に彼の部下の騎士たちは剣を引き抜いて、こちらに敵意を向ける。
「通す気はない、か」
貴方達が僕達に剣を向けるならば、こちらも相応の対処をさせて貰おう。
「はぁー……ルーカス様」
「……構わない。アレはもう国に仕える騎士ではない。妄執に取りつかれた裏切り者だ。遠慮なく叩きのめしてしまえ」
後ろにいるルーカス様に最後の確認を取った僕は、隣にいるネアを見る。
彼女は上機嫌に笑うとポンっと音と共にフクロウに変身し、僕の肩に飛び乗って魔術を発動させる。
「やるぞ。ネア」
「随分とおバカな連中ねぇ。この程度で私の隣にいる化物を倒せると思っているのかしら?」
「ナチュラルに僕を化物扱いするのをやめてくれ……」
「フフフ」
僕も治癒魔法を発動させると、両手に治癒魔法の緑色の光とそれを覆う紫色の文様が浮かび上がる。
一日休んで体調も魔力も万全。
今から戦う相手は、今の状況を作り出した原因の一端を担っている人達だ。その人達が僕達の邪魔をするというのならば、力技で突破していくしかない。
「スゥー……フッ!」
先手必勝!
ゆっくりと大きく息を吸った僕は、未だに構えを取っていない騎士の一人に、一息で肉薄する。
まさか、いきなり僕が突っ込んでくるとは思ってもいなかったのか、酷く動揺する騎士と目が合う。
「なっ、は!?」
「遅い!」
「ぐぉえぇ!?」
慌てて剣を構えようとする騎士の腹部に拳を打ち付ける。
騎士は腹部を押さえて白目を剥き、拘束の魔術の影響で身動きが取れずにそのままブルブルと震えたまま倒れ伏した。
拘束の呪術と治癒魔法の拳、治癒拘束パンチ……いや、語呂が悪いから治癒拘束拳と名付けよう。
「まず一人……ん?」
「「「「……」」」」
残りの四人の騎士達が動きを止め、怯えたように僕を見る。
なんですか? その、まるで凶悪な魔物を見るような視線は……。
見た目は重傷に見えるけど、無傷ですよ? むしろ治癒魔法のおかげで前より健康になっていることもある。
「安心してください。命に別状は無いはずです。だから安心して殴られてください」
「言動が完全に悪役だわ……。これはあれね、前々から化物染みているとは思ってはいたけど対人戦では本当にえっげつないわねー」
ネアが何か言っているような気がするけど、騎士達が再び剣を構え出したので拳を構える。
「一人で相手をするな! 囲んで動きを制限するのだ!!」
後ろから剣を構えたフェグニスさんが指示を出すと、四人の騎士たちは僕を取り囲むべく散開する。
そう簡単に取り囲まれる訳にはいかないので、僕も応じる形で前に飛び出す。
「いくら凶悪な身体能力でも!」
「この数ではぁ!」
左右に大きく跳んだ二人と、僕の気を引き付けるために真正面から来る二人。
僕は一気に眼前の二人に接近し、片方の騎士の肘と胸当てを掴み力技で振り回す。その際に、隣で驚愕している騎士も巻き込むように床に叩きつけ、治癒魔法と拘束の呪術を流す。
「ぐぁ……!?」
「う、ごぉ!?」
「治癒投げ改め、治癒拘束投げ……これで三人っと」
「「うおおおおおお!」」
「……!」
気絶した騎士から手を離すと、今度は左右からの二人の騎士の攻撃。
僕は冷静に治癒魔法弾を作り出し、左から来る騎士に投げつける。
「フンッ!」
「うぁ!? なんだ、目つぶ……ッ、ぐ!?」
「ん?」
ん、なんだ? 治癒目潰しをしたのはいいけど不自然に硬直したぞ?
「卑怯な!」
左で体を震わせて悶えている騎士に目が行っている間に、鋭い刺突を繰り出してくる五人目の騎士。
「悪いけど、僕は騎士じゃないんでね」
小さくそう言葉にすると同時に半身になる形で刺突を避け、カウンター気味の治癒拘束拳を叩きつける。
膝から崩れ落ちる騎士を見下ろした僕は、そのまま背後を振り向く。
さっき、治癒魔法弾を食らわせた騎士を気絶させなくちゃ……って、あれ?
「……もう気絶しているし」
なんだか顔を押さえたまま白目を剥いて倒れている。しかも、涙と鼻水で顔が凄いことになっているし。
どういうことだ? この人は治癒魔法弾を受けただけだから、まだ全然戦えたはずなんだけど。
……まさか、治癒魔法弾にも―――、
「って、うぉ!?」
「チィ!」
なぜか気絶していた騎士に気を取られていたせいか、フェグニスさんの攻撃に気付くのが遅れてしまった。
すぐさま後ろに下がって、拳を構えると肩の上にいたネアがバサバサと僕の頬を叩きながら怒る。
「ウサト、なにボーッとしているのよ!? 貴方はともかく私は弱いのよ!?」
「いや、僕も剣で斬られれば痛いんだけど」
「普通は痛いで済まないわよ!? このバカぁ!」
避けたんだから、そこまで必死に怒らなくても……。
怒るネアを鎮めて、フェグニスさんの方に向き直る。
「貴方で最後です」
「なぜ……」
小さな声でフェグニスさんが何かを呟く。
「はい?」
「なぜッ! 貴方はそれほどまでの力を持っていてリングル王国の救命団であろうとするのです!? 貴方ならば相応の地位につけば多大な成果を挙げられるはず! 多くの民を助けられるはずだ!」
必死にそう言葉にした彼に、どうしてかため息が漏れる。
彼の言う多くの民はサマリアールの人達だけで、それ以外は入っていない。自国の人のことだけを考える姿勢は凄いことだけど、僕にとってはその言葉は酷く自分勝手なものに聞こえた。
「やっぱり、貴方は分かってない」
「なに……?」
「僕が救命団にいるのはあそこが僕の家だからです。それに立場なんて関係ないですよ、僕が行動する理由はいつだって単純です」
後ろにいる、ルーカス様とエヴァを一瞥してから前を向いて照れくさくなりながら笑う。
「助けたい、死なせたくないって思ったから、今ここにいるんです」
魔王軍との戦争の時も、先輩とカズキの時も、アマコの時も、ナックの時も、ネアの時も、皆同じ気持ちで行動してきた。
これ以上の理由なんて必要ない。
「……」
僕の言葉に、どこか諦めたような表情を浮かべたフェグニスさんは剣を構えた。
こちらも治癒魔法を纏い、治癒魔法弾を右手に生成する。
続けてネアが拘束の呪術を手に流したことで、どうして治癒魔法弾を受けた騎士が倒れていたか理解できた。
「一瞬で終わらせる」
「そう簡単にやられるほど、私は弱くはない……!」
いいや、貴方は何もできずに終わる。
僕は治癒魔法弾をフェグニスさん目掛けて投げつけると同時に彼目掛けて走り出す。
「その技は知っている! 軌道さえ読めれば! はぁ!!」
横に振るった剣が的確に治癒魔法弾を切り裂いた。
「そうでしょうね」
騎士長と呼ばれる貴方なら僕が投げた治癒魔法弾くらいは切り払えるだろう。しかも、それ自体は治癒魔法の塊だから、逆に貴方を回復させてしまう。
だけどそれは―――その治癒魔法弾が普通のものだったらの話だ。
「―――ぐ、な!?」
治癒魔法弾を切り払ったフェグニスさんの剣を持っている両腕が治癒魔法の光に包まれると同時に紫色の文様―――拘束の術式によって縛り付けられる。
「言ったでしょう。僕は一人じゃないと……!」
「おの、れぇぇぇ!」
両腕が動かず、苦渋の声を上げるフェグニスさんに治癒拘束拳を三度叩き込む。
三発分の拘束の呪術により、完全に身動きが封じられたフェグニスさんは直立したまま動かなくなった。
「気絶したか」
勇者を求めた王族は恐ろしい呪いに苛まれ続けて、勇者を求めた魔術師の一族は次の勇者の為に呪いを何百年も護り続けた。
捉え方によっては、この人もサマリアールの呪いに囚われていたのかもしれないな。
「ねえねえ、ウサト」
「ん? どうしたの?」
立ったまま気絶しているフェグニスさんを見て少し思いつめていると、若干引いているネアが声をかけて来た。
「まさか貴方、その……魔力弾に魔術の特性を付与したの?」
「無意識にやっていたんだけど……いやぁ、やってみればできるものだね」
僕がやったことは簡単、治癒魔法弾に拘束の呪術の効果を付与しただけだ。
着弾した拘束の呪術が付与された治癒魔法弾は対象に当たれば、短い間だけど相手の動きを制限することができる。
多分、知らない間に気絶していたあの騎士の人も、呪術の効果が付与された治癒魔法弾を顔面に食らって、顔が全く動かなくなった恐怖で気絶してしまったんだろう。
我ながらなんともえげつない技を編み出してしまったものだ。
「うっわー、私って魔法とか使わないから知らなかったけど……本当にウサトは予想の斜め上のことをするわね……発想が相手を行動不能にする気満々じゃない」
「でも相手は最終的に無傷だからいいじゃないか」
「えぇ……その考えはないわ……」
感嘆、というよりドン引きしているネアにどことない理不尽さを感じる。
ま、誰かに引かれるのは慣れっこだ。とにかく、治癒拘束拳に治癒拘束投げに加えて、また新たな発展技を作ってしまったな。
これは新しい名前を考えなければ……!
「名付けて治癒拘束弾、だな」
「ウサトって壊滅的にネーミングセンスが無いのね……」
ネアの呆れを含んだツッコミに少し傷つく。
でも、これでようやく呪いと対決することができる。
「……そうだ。ルーカス様とエヴァは怪我とかはしていませんか?」
フェグニスさん達との戦いの最中に後ろの二人に被害が行っていないか確認するべく、後ろを振り向く。後ろにいる二人は唖然とした表情を浮かべていたけど、ルーカス様に抱き上げられているエヴァがハッとした表情になると、すぐに目をキラキラとさせる。
「ウサトさんって人間離れしていますね!! 本当に凄いです!」
「……」
「こ、こらエヴァ! いくらなんでも正直に言い過ぎだよ!?」
今気づいたよ。
呆れながら人間離れって言われるよりも、尊敬の籠った眼差しで言われた方がずっと心に深く突き刺さることに、ね。
肩の上で爆笑するネアを小突きつつ、僕は少し肩を落とす。
「……ルーカス様、フェグニスさん達はどうしましょうか?」
「この様子じゃ当分は目を覚まさないだろうから、今は放っておいてもいい。時間が惜しいからね」
「分かりました」
確かに今は時間が惜しいな。
魔力を供給している鐘を壊してしまったから、本体の呪いが消滅してしまうかもしれないのだ。呪いを破壊する前に自然消滅してしまったら、サマリアールの王族と民は呪いから解放されるけども、既に体と魂を奪われたエヴァはずっと奪われたままになってしまう。
そんな事態は絶対に避けなくちゃならない。
「それじゃ、先を急ぎましょう。途中でこいつのことも説明します」
ネアを指差してそう言うと、ルーカス様は頷く。
気絶したフェグニスさん達を放置したまま僕達は通路の先へと進み始めるのだった。
ネアとのコンビネーションでウサトの技がパワーアップ(?)しました。
かなり効力が落ちていますが、拘束の呪術は相手の動きを止めることができるので、ウサトの攻撃で弱らせて拘束したり―――なんてこともできます。
治癒拘束弾は完全に初見殺しですね。
次話でようやくサマリアールの呪いと相対します。
今週は予定が立て込んでいるので、更新の方は少しだけ遅れてしまうかもしれません。