第九十一話
更新が遅れてしまい申し訳ありません。
第九十一話です
昼間、アマコ達のところへネアが行ってから数時間が過ぎた。
既に太陽は沈んでおり、結界内の家の窓から見える城には松明の光が点々と光っている。
目の前のベッドには未だに目を覚まさないエヴァが寝かされており、僕はベッドの横に椅子に座って彼女にかけられた魔術が解けないか見守っていた。
「……ネアはうまくやっているかな……」
かなり悪どい顔をしていたから大丈夫だとは思うんだけど、彼女は肝心なところでドジをやらかすところがあるから不安な気持ちもある。
「ま、こういう時こそ信頼しなくちゃ駄目だな」
僕は僕で、彼女の計画通りに動いていこう。
まずはネアが最初に指示していた通りに体を休める。
次に、エヴァにかけた耐性の魔術がなんらかのアクシデントで消えてしまわないか見守ること。
そして、その耐性の魔術の光が弱まってきたなら結界の外に彼女を運び、ネアが戻って来るのを待つこと。
この三つの指示を言い渡したネアは「脳筋の貴方でもこれくらい覚えられるでしょ?」といらぬ気遣いを発揮してくれたので、お礼に治癒デコピンをしてあげたら泣いて喜んでくれた。
「……大分弱まってきたな」
ベッドの上で眠るエヴァを守っている耐性の呪術の光は昼間に見た時よりも弱くなっている。
「そろそろ、か」
予定通りに、彼女を外に運び出そう。
といっても、僕は呪いを破壊しなくちゃいけないので彼女を運ぶのは執事であるエイリさんだ。
本当はルーカス様に他の騎士達の助けも借りた方がいいんじゃないかって思ったけど、ネアがそれを拒否したので僕とネア、そしてエイリさんだけで呪いの破壊を行うことになった。
エイリさんは既に協力を申し出てくれているので、後は彼を呼ぶだけだ。
「―――ウサト様、失礼します」
扉がノックされる。
ん? エイリさんか?
「丁度良かった。そろそろ呼びに行こうと思っていたので……って、どうしたんですか? エイリさん」
扉を開け放ったエイリさんはなんというか苦々しい表情をしていた。
そんな彼に疑問に思うが、エイリさんが扉の手前で一歩下がり横にずれたことでその理由が分かった。
「やあ、来てしまったよ」
「……は? ルーカス様?」
エイリさんの背後からひょっこりと姿を現したルーカス様。
え? なんで? ネアに言われた通り静かに事を進めるべく、この方には作戦のことについて伝えていないはずなのに……。
「なんでここにいるんですか!?」
「エイリに聞かせて貰ったよ。今夜、呪いを壊しにいくのだろう?」
咄嗟にエイリさんを見ると、彼も渋い顔をしている。その様子を見る限り、報告こそすれどルーカス様ご自身がここへ来ることは予想してはいなかったようだ。
エイリさんは僕に申し訳なさそうに一礼すると扉を閉めてしまった。
「ル、ルーカス様……」
「皆まで言うなウサト。僕だって王である以前に一人の父親だ。大事な娘の命を救う時に、ジッとしていられる訳が無い」
「ですが、ルーカス様に何かあったらこの国はどうするんですか!?」
「僕に何があっても優秀な大臣が何とかやってくれるさ。なに、僕を何十年も支えてきた者達だ。僕の身に何があっても後は任せられるくらいには信用しているさ」
「そういう問題ではありませんっ!」
快活に笑ったルーカス様に、僕はどう言っていいか分からずに頭を押さえた。
これはもう何をいっても駄目な気がする……。
「しかしウサト、無断で城の中を徘徊しようとするのはあまり褒められたことではないよ。下手に怪しまれれば、最悪騎士に捕まっていたかもしれないんだぞ?」
「……できれば、誰にも騒がれずに事態が解決できればと思っていたんですが……」
捕まってしまうという考えが無かった訳じゃない。だけど、呪いは強力な精神攻撃を得意としているから、下手に人を集めれば何が起こるか分からないのだ。
剣を持っているであろう騎士なら尚更だ。精神が耐えきれずに錯乱して、同士討ちっていうことになりかねない。
「……ルーカス様、護衛の方は?」
「勿論。結界の外にフェグニスと四人の騎士を連れてきている」
「そうです、か」
フェグニスさんが来たか。ネアの言った通りのことにならなければいいのだけど。
だけど、来てしまったならしょうがない。
「……呪いの大本にはできるだけ、近づかないようにしてください。近づくのは僕だけで騎士達にはエヴァを守らせてください」
「君だけで大丈夫なのか?」
「呪いは強力な精神攻撃を行います。対処できるのは、恐らく僕だけです」
正確には耐性の魔術を扱うネアだけだ。
今はエヴァに魔術を付与しているけど、一つの対象にしか付与できないというデメリットがあるので、呪いを破壊する際はエヴァの魔術を解呪し、僕が耐性の魔術を纏わなくてはいけない。
「とりあえずエヴァと一緒に移動しましょう」
「……エヴァを動かして大丈夫なのか?」
「魔術が解ければどのみち呪いはどこからでも襲ってきます。なので優先的に狙ってくるであろう僕の近くにいてもらった方が安全なんです」
もう一度、エヴァを媒体にして呪いが発動されるようなことがあれば確実に彼女の存在は消えてしまう。
一応、僕より先にエヴァだけが呪いに狙われた場合の手段は考えているけど、できればそれをやりたくはない。
そうならないように内心祈りつつ、椅子にかけていたコートを着込み準備を整える。
「―――お父、様……ウサト、さん?」
「「!?」」
準備を整えていた僕の耳に、小さな声が聞こえた。
その声にルーカス様と同時に振り向くと、ベッドには横になったエヴァが薄く目を開けていた。
「エヴァ、大丈夫なのか?」
「えと……大丈夫です。あの一体、何があったんでしょうか?」
近寄ったルーカス様の顔を見て、ゆっくりと体を起こした彼女は、そう訊いた。
覚えていない? 記憶が混濁しているのか?
「あれ、それにお父様はどうしてここに? お仕事で忙しいのでは?」
「……ハハハ、仕事なんてもうとっくに終わらせているさ」
「へ、そうなんですか? なら今日は一緒ですね」
嬉しそうな笑みを零したエヴァ。
しかし、自分の視界で揺れ動く髪を手に取ると、彼女は驚きの声を上げた。
「私の髪が真っ青になってます!?」
そういえば彼女は自身の髪の色が変わってしまっていたことは知らなかったな。
いきなり呪いのことを話して、彼女を動揺させる訳にもいかないので、事情があって僕が使った魔術によって色を変えたということにしておこう。
話を聞いた彼女は、うーんと首を傾げながら青色の髪の毛を弄んでいると、ふと何かを思い出したように顔を上げた。
「―――あ、お父様がいるなら今すぐおもてなしの準備をしなくちゃ!」
布団をどけて起き上がった彼女は、ゆっくりと足を床に下ろす。
「……え」
「エヴァ、あまり無理をしなくても……エヴァ?」
ベッドから足を下ろした彼女の動きが不自然に止まったことに気づいた僕は、少し身構えながら彼女を注視する。
彼女の視線は下を向いており、僕も彼女の視線の先を見れば―――、
「影が、無い……?」
「!!」
しまった……!?
月明かりによってつくりだされた影は、彼女が着ているワンピースと―――半分だけ残った体だけを形作っていた。
不自然に浮いているようにも見えるワンピースに、顔を上げて僕を見たエヴァは自身の体を抱きしめる様にしながら震えだした。
「ウサ、トさん……っ、あ、あああ……私、なんてことを……っ」
「エヴァ、どうしたんだ。大丈夫か!?」
「さ、触らないでください! 私に、触れては、いけません!」
肩に手を置こうとしたルーカス様から這うようにして離れるエヴァ。窓際まで移動した彼女は、僕を見ると『ごめんなさい』と小さな声で呟いた。
この様子からして、呪いに操られている時も意識はあったようだ。
……誰とも知らない奴に体を乗っ取られた上に、僕と同じようにサマリアールの民の怨嗟の声を聞かされていたであろう彼女が、こうなってしまうのも無理はない。
「ウサト、どうしたら……」
「ルーカス様、僕に任せてください」
どうしたらいいか分からず動揺しているルーカス様にそう言って一歩前に出る。
自信はないけど、僕が彼女を落ち着かせるしかない。
「ウサトさんもっ、私に近づいちゃ駄目ですっ。また、呪いが……」
ベッドの傍まで近づくと彼女は両手で頭を抱えた。
恐らく、僕があの時彼女に触れてしまったから呪いが発動してしまったと思っている。
それもこれも性質の悪い呪いのせいなんだけど、彼女は自分に触れると誰かが酷い目にあってしまうと思っているようだ。
僕がそれ以上近づいてこないと分かると、彼女は顔を上げた。
「私……貴方に消えて欲しいなんて思っていません。一緒に消えてしまえばいいなんて、そんなこと、思うはず、ないんです……信じて、ください」
「……大丈夫、ちゃんと信じているよ」
あの骸骨共、まさか彼女が僕を消してしまえば一緒にいられるとかそんなことを言ったのか?
呪いから解放されたい一心で必死なのは分かるけど、どうにも許せないな。
憤る気持ちを抑え、僕は冷静に彼女に語り掛ける。
「君はあの時、呪いに乗っ取られていただけなんだ」
「……っ」
「今は魔術で君を呪いから遠ざけているから操られる心配も無い。だから安心していいんだ。ほら」
手を抱え込むように隠しているエヴァの前に、右の掌を差し出す。
僕の手と目を見て、彼女は怯える様にゆっくりと震えた手を伸ばす。
戸惑うように手を引きながらも、ひんやりと冷たい手が僕の掌に乗せられる。
「あ……」
呪いが発動した時は僕が彼女の手に触ってしまったことが原因だったけど、耐性の魔術によって呪いが追い払えている状態にある今の彼女に僕が触っても何も起こらない。
……ネアがいない今ではそれは時間の問題だけど。
「ね、大丈夫でしょ?」
「……は、い」
微かに安堵の息を漏らした彼女は僕の手を握りしめた。
良かった、落ちついてくれたようだけど―――でもこれすっごい恥ずかしい。今更自分の行動がキザすぎて今すぐこの場でもんどりうちたい衝動に駆られる。
「ウサト」
「……はい? って、あ」
内心恥ずかしさのあまり悶絶していると、隣にいたルーカス様が僕をジッと見下ろしていることに気づく。
僕は、ルーカス様からエヴァの方へ視線を変えた後、顔を真っ青にさせる。
「えっと、これは、その」
必要があったとはいえ一国の姫の手を握るとか非常識にも程があった。
そりゃ父親のルーカス様だって口では娶ってくれればー、とか冗談は言っていたけど、いざこういう状況では「どうして愛娘の手を触っているのかな」と言ってきてもおかしくは無い……!
「やっぱり娘を貰う気はないかな?」
「え?」
「そっちの話ですかッ!?」
無表情で僕を見てなにを言うのかと思ったらそれですか!?
驚きに顔を上げたエヴァと僕に、しめたとばかりに笑みを見せたルーカス様は続いて言葉を紡いだ。
「いやはや、こういう時こそ真の想いというのが分かるものだ。いや感服した。これには流石の僕も認めざるを得ないね。娘を頼むよ、ウサト」
「さも貴方様が渋っていたような言い方はやめてください……」
流石の僕って……滅茶苦茶ノリノリだった気がするんですが。
頑固な父親の要素なんて一つも見当たらないくらいの言動だったんですが。
「さて、この話は娘を救った後にしよう」
「……え? 冗談で済ますつもりはないんですか」
なんかとんでもないことが、エヴァを救った後に待ち受けてしまった。
「あの、お父様……救うとは……?」
「今からウサトが君の呪いを解きにいくのさ」
「ウサト、さんが……」
「まあとにかく、詳しい話は移動しながら説明しよう」
僕を見て呆けたエヴァの前にしゃがみこんだルーカス様は、彼女の背と膝に手を入れ持ち上げた。
僕が途中まで彼女を持ちましょうか? と聞くとルーカス様は―――、
「この役目は僕に任せてくれ。……もしかすると……いや、とにかくここを出ようか」
「……分かりました。それでは、僕の後ろをついてきてください」
ルーカス様が何を言いかけたのか僕には分かってしまった。
呪いの破壊に失敗することは、僕がこの城に魂ごと縛られ、そして彼女が消えてしまうことを意味する。
「最後になんてさせませんよ」
失敗する気は毛頭ない。
全力でサマリアールの呪いをぶっ壊す―――僕は一層の気合いを入れて扉から出るのだった。
次話から解決編?に入ります。
最初に書いたものが一万字を超えてしまったので、二つに分割しました。
次話の更新は明日を予定しております。




