第八十八話
何時もより早めの更新です。
第八十八話です。
エヴァの体と、地面から飛び出した半透明の鎖に繋がれた何か。
それらは、ゆらゆらと蠢き、不気味な呻き声を発している。
「よりにもよって何で骸骨なんだよ……ッ」
「ア、ァ……ァァァ!!」
鎖に繋がれているのは、人間の骸骨。下半身が欠け、胴体と頭だけとなったそれの首には鉄の首輪が嵌められており、ガチャガチャと音を鳴らす。
僕をあざ笑うかのようにカタカタと歯を鳴らしている様相は、怖いなんてものじゃない。
「しかも、たくさんいるしぃ……!」
加えて、それが地面と、エヴァの体から溢れる様に出てきている。
数にして、だいたい二十くらいか……? 地面から頭だけ出している骸骨もいるけど、どういうことかそれ以上出て来る気配はない。
「その身を委ね、我らの為に囚われろ。同胞よ、行け、食らえ、解放の為に」
「っ、来るか!」
エヴァの周囲に浮きあがった骸骨たちが、僕めがけて殺到する。
咄嗟に構えを取るが、はたしてこいつらに物理攻撃は効くのだろうか?
「とりあえず殴って確かめる!!」
邪龍の時と同じだ。
相手取ってみない事には分からない。
先行して突っ込んで来る骸骨の一体に拳を突き出し、頭蓋に直撃させる。
『ァ―――キヒッ、キャハッ』
「む……」
拳の直撃を受けて額が割れる―――のだが、耳障りな笑い声を上げると、すぐに青白い炎に包まれ元通りに戻る。
攻撃は効くけど、効果は無し、か。
続けて噛みつかんばかりに大口を空けて突っ込んで来る骸骨を避けながら、小さく舌打ちする。
速さはそこそこ、強度は脆い、だけどすぐに修復される。
彼女の周囲には、蛇がとぐろを巻くように鎖に繋がれた骸骨が旋回しており、その中の数体は、彼女の隣で控える様にじっと僕を窺っている。
目玉の無い空洞に見つめられていることに、言い様の無い気持ち悪さを感じながら、襲い掛かって来る骸骨を手刀で叩き落とす。
「考えろ考えろ……」
どうすれば彼女を、あの鎖の骸骨から助けられる?
単純にこいつら全部を剥がせばいいのだろうか。それとも、彼女の意識を覚ますべきか?
だけど、彼女の意識はあの呪いによって乗っ取られている。そんな状態の彼女をどうやって起こす? 何時もの様に力技でなんとかなるとは思えない。
「っ、危な!?」
腕を大きく広げて噛みつこうとする骸骨を、転がって避ける。
そもそも、こいつらは何だ。
呪いと言っても意思がある。しかも、こいつらは王―――恐らくサマリアールの王族と、先代勇者を憎んでいる。
「てかっ、また先代勇者と間違われるとかっ、先代勇者はとんだ疫病神だなぁ!!」
上半身を後ろに逸らすと同時に、頭の上を通った骸骨の胴体を蹴り上げることで、そのまま宙返りする。こうしている間にも、骸骨は一斉に襲い掛かって来る。
キリが無い。
ゾンビは治癒パンチが効かなかったけど、こいつらには治癒魔法どころか物理攻撃すらも効かない。中途半端に砕けば、すぐに修復して襲ってくる始末だ。
いくら僕でも、長くはこいつらを躱しきれない。
「一発で倒れないなら―――粉々に砕くまで!」
相手は呪い―――邪龍の時のように本気でやっても問題はないだろう。
加えて、エヴァの体を蝕んでいる奴らだ。手加減なんてする必要も無い。
僕は避けることを止め、庭の石畳を踏み抜くほどの力で前方へ飛び出し、二体の骸骨の頭部を鷲掴みにする。
「ァ、アァ……」
「ァ……イ……タ」
「僕の師匠の得意技だ……食らっとけ!!」
そのまま骸骨の頭を握りつぶし、石畳へ叩き付ける。
バキィン、という音と共に粒子となって砕け散る骸骨。
秘技、ローズ式アイアンクロー……いや、流石にローズはここまでしないけど、僕なりのアレンジを加えてみた結果、こういう技になった。
「ォ……オォォォン」
「次は、お前だぁ!!」
続けて側方から襲い掛かって来た骸骨を、腕を振り回す要領で掴み取り、勢いに任せて近くに植え付けてある木に激突させる。
上半身ごと粉々になった骸骨。
先程地面に叩き付けた二体の骸骨も、徐々には再生していっているようだけど、先程より大分時間がかかっているように見える。
どうやら、ここまで崩されると再生に時間がかかると見た。
「シャァ……アァ!」
「おっと」
続けて、襲い掛かって来た三体の骸骨を同様の方法で握り潰し、再生しにくいように粉々にする。
対処法さえ分かれば、簡単だ。
こいつらが噛みついたりとか、掴みかかってきたりとかしかしてこないから楽なこともあるけどね。
「よし、この調子で潰して行くか……ん?」
手を鳴らしながら、次の標的を定めようと残りの骸骨を見やると、そいつらは僕を取り囲むように浮遊している。
取り囲まれた? いや、これは……先程感じた敵意が薄れて、別の感情が見て取れる。
「怖がって、いるのか?」
躊躇するように、こちらを窺っている骸骨に僕は首を傾げる。
……こいつらには意思があるのか?
「ま、どうでもいいか。どちらにしろ問答無用で襲ってきた時点で、言葉が通じるような奴等じゃないのは分かり切っているし」
そっちから来なくなったなら、迷わずエヴァを助けさせてもらおう。
念のために周囲を警戒しつつ、操られているエヴァがいる方向に体を向ける。
エヴァの周囲にはさっきと同じように数体の骸骨が旋回しており―――、
「……ちょっと待て」
エヴァの隣でこちらを様子見ていた骸骨の姿がいない?
数え間違いか? いや、戦っている途中で骸骨の数は把握したはずだ。
消えた……のか? 僕が骸骨を倒したせいで存在が保てなくなったとか? だけど、僕が先程砕いた骸骨はゆっくりとだが再生している。
呪いによって発生した大量の骸骨の内の数体が消えた―――異変としては些細なものだけど、無視していいことじゃない。
ここを飛び出して、エイリさんや、城の中にいる人達を襲っている可能性があるからだ。
その可能性を考え、一刻も早くエヴァを助け出そうと彼女の元へ足を踏み出そうとしたその瞬間、突然、地面から白い腕が飛び出し、僕の脚を掴み取った。
「―――っ!?」
「ァ……ハハ……」
地面から通り抜ける様に顔を出したのは二体の骸骨。
そいつらはがっしりと僕の脚を、その細い腕で掴むとカタカタと笑い始めた。
不覚ッ! まさかこの距離から地面を通して攻撃できるとは思わなかった。てっきり、エヴァの足元から呪いが飛び出していると思っていたから、足元は全く警戒していなかった。
クソ、僕を動けなくさせたことで、周囲で浮かんでいた骸骨達も再び動き出した……!!
「奇襲攻撃はお手の物って訳かよ……!! だがなぁ、捕まえたくらいでカタカタ喚いてんじゃねぇぞ!!」
掴まれた脚を踏み鳴らし、拘束を剥がす。
しかし、脚の骸骨に気をとられていた僕の腕に、一体の骸骨が掴みかかり、カタカタと鳴らす歯で噛みついて来た。
団服の上から圧迫されるような痛みが走る。
―――たすけて……。
―――ゆうしゃさま……。
―――いたい、いたいよ……。
「ぐ、あ、あぁぁ!?」
なんだ、さっきと同じ頭痛が……!?
それに、何かが頭に流れ込んで……。まさか、こいつら、最初から僕に攻撃を加えるのではなく、噛みつくことが目的だったのか……ッ!!
頭の痛みに、骸骨を振り解く力が抜ける。その隙を見計ったように、周囲で様子見をしていた骸骨達が一斉に僕の体に絡みつき、勢いよく噛みついて来た。
視界が分裂するように、いくつもの映像と声が強制的に映し出され、苦悶の声を上げる。
「ぐう、ぅ……離れろ……」
噛みつく力と言っても、そんなに強くはない。
それよりも頭の中を駆け巡る声と見た事も無い風景―――まるで、何十の別々の視界を同時に見せられている感覚に、吐き気と凄まじい頭痛の方が堪える。
「やば、まずい、かも……」
初めて受ける攻撃―――。
こいつらは精神的に僕を弱らせるつもりだ。
今まで通りの戦い方では……勝て、ない。
「なんてもんに取りつかれているのよ!? 全く、手が掛かるわねぇ!!」
混濁する視界に前後不覚に陥っていた僕の頭上から、鈴の鳴るような声が降ってくる。
僕の肩に何かがピタリと留まる。
その次の瞬間、体に見覚えのある紫色の文様が走った。
「ィッィィ!?」
「ヒ、ァァ!?」
全身に行き渡る様に広がった文様は、しがみついていた骸骨達をバキィンと、弾き飛ばした。
それと共に、頭痛が嘘のように消え去り、視界も元に戻る。
頭を横に振り、立ち上がった僕は、肩に乗っているフクロウ―――彼女に礼を言う。
「か、ハァ、ハァ……ありがとう、助かったよ。ネア」
「それより、なんで目を離した隙にこんなことになってんのよ!? なに呪いを発動させちゃってんのよ!?」
それはこっちが知りたい。
翼でエヴァを指して、状況の説明を訴えてきたネアに苦々しく笑い、安堵の息を漏らす。
君が来てくれなきゃ本当に危なかった……。
「すぐに説明する。だけどそれは―――」
「ァ、ァァァァ!!」
「ウゥ、ゥァァァァ!!」
あいつらと戦いながら、だけどね。
僕とネアを睨みつけ、怒るように鎖と歯を鳴らした骸骨を視界に収めた僕は、乱れた呼吸を整え拳を構えた。
ネアに救われた僕は、骸骨の攻撃を躱しながら先程までに起こったことを説明していた。
その間、ネアは僕の体に魔術を掛けてくれているのか、骸骨の攻撃を受ける度に、団服に紫色の文様が浮かび出る。
さっき、僕を噛んでいた骸骨がはじき飛ばされていたから、これが解放の呪術ってやつなのかな? 内心、使えないなどと思っていたけど、意外なところで役にたつものだ。
「なるほど、そういうことね」
「解決法が見つかったならっ、さっさと教えてほしいなぁ!!」
襲ってくる大量の骸骨を拳でいなしながら、肩の上で静かに考え込んでいるネアに必死に言い放つ。てか、君、どうして僕の肩にいるのに微動だにしていないんだ……!?
結構な勢いで動いているのに、全然落ちる気配が無いぞ。
「ウサト、これの対処法は簡単よ。私が今、ウサトにかけている魔術をあの娘に打ち込めばいい」
「……そんな単純なものなの?」
「ええ、あの趣味の悪い屍共はあの娘を媒介にしてここに召喚されているの。彼女さえ無効化しちゃえば、こっちのもんよ」
「それはつまり、その中継役である彼女を呪いから引き離せば、こいつらは消えるってことか?」
「その通りよ! なによ、分かってるじゃない!」
なんで今、褒められたのかな。
そんなに頭が悪い様に見えるのかな、僕。
だけど、これは僕には思いつかないような解決方法だな。改めて、この子がいてくれて良かったと思える。
……エヴァが中継役ってことは大本の呪いは別の場所にある、と考えてもいいのか?
「だけど、魔術を打ち込むのは貴方の仕事よ」
「君がやるんじゃないのか!? ……僕は魔術なんて使えないぞ」
「そんなこと分かっているわよ。だけど、今、私と一体化している貴方なら話は別よ。ウサト、手を上げて」
骸骨達から一旦距離を置いた僕は、彼女に言われた通りに両手を上げる。
すると、ネアの小さな体から魔術の紫色の文様が僕の体へ伝わり、腕を伝って両手に集まった。
「これは……」
「私が魔術を発動して、体に流す。貴方はただ何も考えずに拳を振るっていればいい。その『拘束の呪術』なら、邪魔な骸骨を短時間だけど無効化できるはずよ」
「これこそ、鬼に金棒ってやつか……!!」
魔術の籠った両手を握りしめ、眼前の骸骨共を睨みつける。
拘束の呪術の威力は、僕自身が良く知っている。コイツを骸骨に打ち込めば、例え再生しても封じることが出来る。
「でも魔術を打ち込む瞬間、今私が貴方にかけている魔術を解かなくちゃならないの。その瞬間、貴方は無防備になるわ」
「……僕の心配はいい。耐えられない痛みじゃない」
「その迷いない言葉が、無茶よねぇ……。さーて、来るわよ! 初の試みだけど、成功させてよね!」
「ああ!!」
彼女の激励に応え、エヴァが居る方向へ全力で飛び出す。
壁になる様に浮遊している骸骨達―――その一体の顔面に大きく引き絞った左拳を打ち込む。
「ハァ!!」
砕けた粒子と共に数体の骸骨を巻き込んで吹っ飛んだ骸骨は、地面に打ち付けられると、拘束の呪術によって縛り付けられ、カタカタと痙攣し始めた。
骸骨を殴った左手の魔術は、さっきの一撃で消費されてしまったが、直ぐにネアが魔術を補充してくれる。
なんというか、これは、うん。
治癒パンチと組み合わせると拘束と治療を兼ね備えた、凄い技ができそうだ……。
「うっわ、えっぐ」
「魔術に集中しろ!! 次が来るぞぉ!!」
えぐいのは僕も思ったけど、口には出さないでくれ。
だけど、これなら再生されても問答無用で動けなくすることができる。例えそれが短時間とはいえど、僕には十分すぎる。
エヴァ目掛けて一直線に突き進みながら、拳を振るい襲ってくる骸骨共を羽虫のように落としていく。一気にエヴァの元まで距離を詰めた僕は、隣で魔術を行使し続けているネアに声を掛ける。
「ネア、準備をしておけ!!」
「分かってるわよ!」
僕の声にネアが少しだけ小さな頭を傾げるが、既にエヴァの姿は目前にまで近づいている。
最初に呪術を食らわせた骸骨も、動き出しているだろうし、手早く彼女を呪いから解放してあげよう。
拘束の呪術が伴っていない左の拳を開き、エヴァの目前に足を止めると同時に彼女の頭に左手を添える。
「今だ!!」
「行くわよ、解呪!!」
ネアが魔術を発動すると同時に、僕の体を覆っていた魔術が消え―――って、あれ? なんで解呪に解呪を掛けるんだ?
ネアの行動を疑問に思うが、その間に背後から迫っていた骸骨が僕の体に絡みつき、噛みついてきたことで思考を無理やり中断させられる。
「く、ぐ……ネ、ア」
「対象を『呪』に定める!! 抗う術を以て、これを退ける! これで―――」
頭痛に苛まれ、揺れる視界の中でエヴァの頭に触れている左手から、彼女にネアが発動した魔術が流れ込む。
それが、エヴァの全身を覆うように展開されると、周囲にいた骸骨達は何かに引きずり込まれるように地面へ消えて行く。
僕に噛みついていた個体も同様に、力が抜ける様に歯を外すと弱々しく消えて行った。
「……エヴァ!」
骸骨達が消えた事で、解放された彼女は前のめりに倒れる。
そんな彼女を抱きかかえ、地面に横たわらせた僕は、彼女の異変に気づく。
「髪が、青色に……ネア、これは……」
エヴァの真っ白だった髪が、色を取り戻すように青く、瑞々しい色に変わっていく。
それに、ネアがかけた魔術が未だに掛かっている。
どういうことだ、彼女に何が起こっているんだ……。
目の前の光景にただただ困惑していると、ピョンと肩から飛び降りたネアが思案気にエヴァの顔を見る。
「多分、この娘の存在を吸い取っていたやつらを引き剥がした……からだと思うわ」
「それでどうして髪の色が変わるんだ……」
「元々、青色だったってことね」
彼女の髪が真っ白だったのは、呪いのせいだったのか?
ということは、彼女はもう呪いから解放されたと考えてもいいのか?
「もう、この子は大丈夫なのか?」
「……いいえ」
「どうして? 君はエヴァの呪いを祓ったんじゃないのか?」
僕の言葉に、傍らで具合を見ていたネアはゆっくりと首を横に振る。
「違う。私が掛けたのは、耐性の呪術よ。今の彼女は、呪いに耐性を持っているだけだから、これが解ければまたさっきの奴らが……」
「……これはその場しのぎにしかならないって……?」
そう簡単に終わらせてくれないって訳か。
やっぱり、呪いの大本を叩く以外に手が無いな。
ようやく相手の尻尾を掴んだんだ。もう逃がさない、絶対に呪いをぶっ壊してエヴァを救う。
「……なんとなく分かったかも。この呪いの正体」
「なんだって? ネア、それは―――」
「ウサト様!!」
「「!」」
呪いの正体が分かったと言った彼女に話を聞こうとするも、家の扉から寝間着姿のエイリさんが血相を変えて飛び出して来たことで、彼女も僕も口を閉じる。
いつも冷静な彼らしくない様子に、僕はしまったと思う。
「エイリさん……これは」
まずい、この状況じゃ僕がエヴァを害したように見えてもおかしくない。
どう説明したものか。
動揺しながらも、なんとかエイリさんに説明しようと考えていたが、こちらに駆け寄って来た彼の足が止まる。
「……エリザ、様?」
「え?」
エヴァの顔を見て、そう呟いた彼はすぐにハッとした表情になって自分の目を擦ると、傍らで彼女を抱きかかえる僕を見る。
「……っ、窓から何が起こっていたかは見ていました! ウサト様が姫様を救ってくださったことは分かっております! とにかく! 姫様を寝室へ!」
「は、はい!」
エイリさんの指示の通りにエヴァを抱き上げ、家の方へ歩いていく―――のだが、
「……ああ、クソ。あの骨共がァ……」
月明かりによって作られる自分の影を見て、自分らしくない悪態をつく。
僕自身の影には異常はない。
しかし、僕が抱えている彼女の影は、体の半分以上が消え失せていたのだ。
残り少ない影は、まるで彼女の残りの命を指し示しているかのように思え、事態は最悪の一途を辿っている事を自覚せずにはいられなかった。
呪いの骸骨さん達は、精神攻撃を得意としています。
ウサトも慣れていない精神攻撃までは防げませんからね……。
今回は、ウサトとネアのコンビでの初戦闘です。
アマコとのコンビでは、相手の動きを先読みして戦いを制するタイプですが、
ネアとのコンビでは、彼女を介して魔術を格闘に組み込めるようになった感じです。