第八十五話
お待たせしました。
第八十五話です。
王族を蝕む呪い。
沈痛な面持ちでそう言い放った彼の言葉に、僕はローズが以前話してくれたことを思い出した。
”治癒魔法は呪いを癒すことができない”
怪我や病気、体の害とみなせるものを癒すことができる治癒魔法でも、呪いという現象は治せない。
「あの―――」
「王、そろそろお時間です」
王族を蝕む呪いとは、どういうものか?
その呪いはエヴァにどのような影響を及ぼしているのか?
それを質問しようとした僕の言葉を遮るかのように、いつのまにか部屋に入ってきていたフェグニスさんがルーカス様に話しかけた。
「やれやれ、お前は本当に昔から空気が読めないな、フェグニス。……ウサト、すまないが僕は王としての仕事に戻るとするよ」
「……はい」
時間がないならしょうがないか……。
もし、次の機会があったら聞いてみよう。
「最後は沈んだ空気になってしまったけど、君との話し合いは中々楽しかったよ。―――フェグニス、ウサトを送ってやってくれ、ここで迷うと苦労するからな」
「かしこまりました。しかし、まるで経験があるかのようなお言葉ですね」
「……最初、最初だけだ」
と、いうことは迷ったことがあるんだ。
確かに城の中って迷路みたいなところがあるから迷ってもおかしくないな。リングル王国にいた頃は、救命団の宿舎に住んでたし、城を訪れてもメイドさんとか騎士さんに案内して貰っていたから迷うなんてことはなかったけど。
「それじゃ、娘をよろしく頼むよ」
「その言い方は少し悪意が感じられるんですけど……他意はないですよね?」
「はは……冗談だよ」
笑顔の後から真顔になるのはやめてください、冗談に聞こえないですから……っ!
笑みを引き攣らせた僕を見て、元の温和な笑みに戻したルーカス様は、悪戯が成功した子供のように笑いながら、護衛の騎士達と共に部屋から出て行ってしまった。
残された僕は、軽い溜息を吐きつつも立ち上がり、傍らで待ってくれているフェグニスさんの方を向く。
「フェグニスさん。案内、お願いします」
「分かりました。では、ついてきてください」
同情するような苦々しい笑みを僕へ向けたフェグニスさんは、後ろを振り向きエヴァの住む庭園へと続く道を歩き出す。
そんな彼についていきながら、僕はルーカス様が言葉にした呪いについて考える。
呪い。
元の世界の知識としては、恨み妬みが実害として影響を及ぼす霊的な現象。
又は、怨霊、悪霊、地縛霊、妖怪、呪術師、などが他者を苛み、文字通りに呪い殺すための手段。
僕の苦手なホラー系がこれに当たるな。
この世界での知識としては、ローズが言っていた物理的な呪い。
そして、ネアの言う魔術。例えば、拘束の呪術のような、相手の体を呪術で縛り付けるもの。だけど、僕はこの世界の魔術についてはほとんど知識がない。
これのどれかにエヴァ―――サマリアールの王族を蝕む呪いがあるとすれば―――可能性があるとしたら、ネアが扱っている魔術かな……? 話を聞いただけでも、この世界には様々な魔術がある。魔術が衰退しているという今ではなく、魔術が一般化していた昔ならば人を呪い殺す魔術を持っている術者がいてもおかしくない。
……待てよ、もしエヴァの体を蝕んでいるのが魔術に類する呪いだとしたら、ネアの解放の呪術が役に立つかも―――、
「―――サト様。……ウサト様」
「え? は、はいっ、どうしました?」
考えに耽っていた僕だが、前を歩くフェグニスさんの声に我に返る。
「王との対談はいかがでしたか?」
「対談ですか?……結果だけを見れば、僕が受け身になって話を聞いていただけですが、サマリアールの王であるルーカス様の思想、人柄がよく分かって……いい経験になったと思っています」
フェグニスさんの質問に正直に答えると、彼はふむ、と顎に手を当てる。
「王も、良い時間を過ごされたとお思いでしょう」
「僕としては面白い話も興味を惹かれるような話も、全然できなかったんですけどね……」
「いえいえそんなことはありません。事実、今日の王は何時もと違っていました」
「違っていた?」
なんだ、普段はあまり喋らない人なのか? それともあのフランクな態度は演技なのか?
疑問に思っていると、僕と並ぶように歩く速さを落としたフェグニスさんが、人差し指を立てる。
「奴隷についての話をした時の王を覚えていますか?」
「? ええ、ついさっきのことですし」
国を良くするために奴隷や獣人を利用している、という話……だよね?
それがどうしたのだろうか。
「あの時の王の言葉に、私はとても驚きました。なにせ、普段現実的な事ばかりしか言葉にしない陛下が、自分の国の奴隷には幸せになってもらいたいと吐露したからです。普段の陛下を知っている私達からすれば、ありえないことです」
「そうなんですか。どうして、僕なんかに……そのようなことを?」
「貴方が政治を知らない子供ということもあるでしょうが、それとは別に……ローズ殿の弟子、だからというのが大きいかもしれません」
彼女の弟子だから?
……下手なことを言えば何かしらの仕返しが来るとでも思われているのだろうか。
ローズはともかく、僕に対してそんな風に思われているとしたら今すぐこの場を引き返して、誤解を解きに行かなければならないな……。
「陛下が自身の理想を語らないのは、諦めてしまっているから。諦めているからこそ、理想を語り、実現し続けている彼女と貴方を重ねて、ずっと隠し続けていた”本音”が出てしまった……ということでしょう」
「……僕と団長は違います。全然似てません」
僕は、まだあの人と重ねられるほどに成長してはいない。
身体能力もそうだし、性格もあそこまで理不尽じゃない。
しかし、僕の言葉にフェグニスさんは小さく笑う。
「フッ、そうはいいますが、ルクヴィスで貴方が行った事を聞けばそうは思えない」
「う……」
ルクヴィスでの報告って、十中八九ナックの訓練の事だよね?
一体どこの誰から伝わったかは知らないけど、公の場でローズのマネして訓練させたのは失敗だったのかもしれない。
もしかしたら、他の国に僕の間違ったイメージが伝わって……真面目に、風評的にやばいんじゃないか?
「王は、エリザ様がいなくなってから、サマリアールの為にあらゆる手を尽くしてきました。この国を愛した彼女と、今ここに住むエヴァ様の為に―――」
フェグニスさんがそこまで言葉にした瞬間、ゴォーン、という大きな音が城の外から鳴り響いた。
通路の窓から外を見れば、城の前にある大きな塔の頂点にある銀色の鐘が太陽の光を反射させながら、鳴り響いていた。
ルクヴィスにも同じようなものがあったが、それの遙かに大きい鐘の音に驚いていると、僕と同じく脚を止め窓から塔を見ていたフェグニスさんが、静かに口を開く。
「数百年前……」
「はい?」
「数百年前の、話です」
静かで、話すのをためらうかのような口調に訝しつつも彼の言葉に耳を傾ける。
「サマリアールは大きな災厄に見舞われました」
「……」
「多くの民が死に、城も家屋も何もかもが破壊されつくした、サマリアール建国以来、最悪の出来事。遙か昔の出来事ですが、私たちはそれを忘れず、今の今まで語り継いできました」
サマリアールは一度滅びかけたってことでいいのかな?
今、こうして繁栄しているってことはなんとか持ち直したって事だし。
「誰もが絶望し、国を捨てようとしたその時、当時のサマリアールの王は国の復興と希望を願い、あの塔を作りました」
「災厄に見舞われていたのにも関わらず、あんな大きな塔を作ったんですか?」
「反対の声も多かったそうですが、王は人々に希望を見せようとしたんです。結果として、あの塔は希望に―――いいえ、崇拝の対象に変わった」
「……なるほど、祈りの国と呼ばれるようになったのは……」
「ええ。そういう経緯を経てサマリアールは祈りの国と呼ばれるようになりました」
数百年前の災厄、か。
僕には一つ思い当たるものがある。
―――邪龍と先代勇者の戦い。
サマリアールという国を舞台に繰り広げられた死闘。全快状態の邪龍を真正面から相手取った先代勇者の戦いが周囲に甚大な被害を与える事は間違いないだろう。
もう一度、なるほど、と呟きながら頷いていると、既に鳴りやんだ塔を一心に見つめている彼の異変に気づく。
「しかし、それは当時の王が求めたものではない。王が見せようとした希望は―――誰もが崇め、慄くような……唯一無二の存在、あれはその過程でできたものに過ぎません。我らが求めたのは―――」
「フェグニスさん……?」
僕に話しているというより、独り言のように呟いている。
そんな彼に恐る恐る話しかけると、我に返ったようにハッとすると、申し訳なさそうに頭に手を抑え、こちらに頭を下げてくる。
「……申し訳ありません。騎士長という立場……というより私の家柄は、あの塔と縁深い関係にあるので少し没頭してしまいました」
「僕としては面白い話を聞けたので、別に気にしていませんよ」
「そう思ってくださるのなら、幸いです」
その後、再び歩き出した僕とフェグニスさんは特に何事も無く、庭園に到着する。
相変わらず、エヴァが住んでいる結界の入り口には二人の騎士さんが立っているけど、僕の隣にいるフェグニスさんを見ると、足を揃え、ピシッと背を伸ばしている。
そんな二人の騎士を視界に収めたところで、脚を止めたフェグニスさんはこちらを振り向くと、懐に手を入れ何かを取り出す。
それは、僕がサマリアールの城にやって来た時に預けた小刀であった。
「ウサト様、この城に招いた際に預かっていたものをお返しします」
「あの……いいんですか? 仮にも刃物ですし、エヴァのいるところに持ち込んでも……」
「大丈夫でしょう。なにより刃物よりも貴方の拳の方が強い」
まあ、小刀なんて果物を切るときにしか扱わない。ましてや戦闘に用いる事なんてまずありえない。
差し出された小刀を受け取り、一応何か傷がないかを確認する。
「それは相当な業物のようですが、一体どこで手に入れたものでしょうか?」
「え? え、あー、その……サマリアールに行く前に立ち寄った村の人達に貰ったものです。……どうしてそんなことを聞くんですか?」
「私も剣士の端くれ、剣の良し悪しを見極めるのも仕事の内です。私から見て、その剣は、あまりにも美しく複雑……ドワーフが作ったものでしょうか? 普通に鍛造される鋼の剣とは明らかに違う製法で作られている。曖昧な言葉になってしまいますが、まるで―――この世のものとは思えない異常な剣、ですね」
「さ、さあ? 貰いものなのであまりよく分からないんです……」
「……」
な、なぜに無言?
先代勇者の武器だから普通ではないとは思っていたけど、日本刀の時点で製法が違うとでも言われちゃうのかよ。日本刀ってそんな凄い代物だっけ? 素人の僕じゃ、この小刀の凄さは全然分からないんだけど。
フェグニスさんの訝しむような視線から目を逸らしながら、僕は刀をベルトに差し、団服の裾に隠れる様にしまう。
「あの、ここまで送ってくれてありがとうございました」
「……気にしないでください。客人に礼儀を尽くすのは当然のことなので。それでは私も警邏へ戻ります」
そう言い深々とお辞儀をしたフェグニスさんは、城の方へ戻っていってしまった。
あまり刀についての追及が来なくてホッとしている一方で、僕はあの人に邪龍と先代勇者のことを言わなくて良かったと思っていた。
どうしてそう思ったのかは自分でも分からないけど、なんというか、危ういような気がしたからだ。
「……サマリアールが邪龍に、か。もう一度、手帳を読み返してみるか……?」
団服の裏地のポケットにずっと入れたままになっている先代勇者の手帳に手を当てる。
もしかするなら、邪龍とエヴァの呪いに関連性があるかもしれない……王族を死に追いやる呪いならば、その原因は現在ではなく、過去にある。
まずは考えられる可能性から当たっていこう。
腕を組み、考えながら結界のある方向へ歩くが―――、
「ん?」
―――視界の端に何か黒いものが横切るのが見えて、立ち止まる。
太陽が差し込む庭園に不釣り合いな真っ黒い影。
目を向けると、庭園に植え付けられている木の枝に見覚えのある真っ黒い鳥が留まっていた。どことなく呆れたような視線をジトーっと向けた黒い鳥―――フクロウは僕と視線が合うと、バサリと翼を広げ、こちらに飛ぶ。
無言で、フクロウが留まりやすいように右腕を掲げると、そこにゆっくりと降り立つように留まった。
僕の腕の上で誇らしげに胸を張ったフクロウは、意気揚々と小さな嘴を開く。
「フフフ、ウサ―――」
「よし、いいところに来てくれたぞ、ネア。アルクさんに頼まれて来たのか? まあ、ゆっくりしていくといいよ。とりあえず騎士さんを説得して君を中に入れて貰うように頼もう」
「へ?」
再会の挨拶といきたいところだけど、騎士さん達が見ている前でそんなことをする訳にはいかないので、彼女の頭に手を軽く乗せて口を閉じさせる。
「え? ちょ、ちょっと最後まで聞い……どうして三日ぶりに会ったのにこんな強引なの!?」
いやぁ、本当に丁度良いときに来てくれたな。
君がいればエヴァのことについて色々分かるかもしれない。あわよくば、役に立たないと思っていた解放の呪術が日の目を見れるぞ。
バタバタと騒ぐネアを連れて、庭園―――エヴァとエイリさんがいる結界の方へ歩き始める。
「……あ」
完全にネアを見た時のエヴァの反応を考えていなかった。
あの子のことだから、間違いなくこいつに興味を示すだろうけど―――まあ、調べて貰ううえで接触は避けられないからこれも試練だ、うん。
ウサトの持っている小刀は、人間が作ったものではありません。
というより、普通の剣を造る場合とは技術が違いすぎているので、この世界で鉄を打って刀を造りだすのは不可能に近いです。
四章は主にネアと共に行動していきます。
解呪はほぼ役には立ちませんが、彼女には頭脳的な方面で頑張らさせていきます。
『治癒魔法の間違った使い方』第二巻についての活動報告を書かせていただきました。
又、MFブックス公式サイト様にて、第二巻の詳細及び、表紙イラストが公開されました。




