第九話
『無残』―――その言葉が当てはまるほどに蹂躙された死体。
それは、僕がローズに倒せと言われた魔物、グランドグリズリー。四肢が歪な方向に折れ、身体のいたる所に何か大きな生物に噛みつかれたような傷跡があった。
傍らには、もう一匹のブルーグリズリーが同じような状態で放置されていた。
「……これは、ないだろ」
「クゥ……」
「こんなの、あんまりだろ……」
食われもせず、ただ無残に殺された二頭の魔物を見て、歯がゆい思いをする。
得物を横取りされたからではない。
僕が怒っているのはもっと別のことであった。
「……ローズに、ぶっ殺される」
僕自身、熊が殺された場面を見た訳じゃない。でも、誰が見たって明らかなほど壊されつくしていることから、ほぼ一方的に蹂躙されたのだろう。
ここら一帯にグランドグリズリーを相手にそんなことができる魔物は一匹しか知らない。あのツチノコみたいな蛇だ。
この森に放り込まれる理由になったグランドグリズリーが殺されたとなれば、僕はローズにこいつを倒したという証明ができない。
「キュ……」
「……やばい、やばいやばい……!」
この熊から牙かなにかを引き抜いて、ローズに持っていけばそれで誤魔化せてクリアにできるかもしれないが、あの出鱈目女のことだ。
僕の挙動を怪しんだら、即座に真実にたどり着いてしまうだろう。
当り散らすかのように木を殴りつける。メキメキと軋む音が聞こえるが、そんなことに気が回らないほどに混乱していた。
そんな時、冷静な思考ができない僕の耳に、ウサギの注意を呼びかける鳴き声が聞こえた。
「ッ! 奴か!?」
すぐさま逃げ出すべく足に力を入れようとした僕だが、藪の中から出てきた小柄な青い影に警戒を解く。
「グゥ……」
「ブルーグリズリーの、子供?」
出てきたのは体長一メートルほどのブルーグリズリー。
そいつは、僕に目もくれずに二匹の熊の亡骸に近づくと悲しげに鳴き声を上げる。
「………グゥ……」
「……」
僕はあまり褒められた人間じゃない。
善意で人を助けたこともなく、悪意で人を貶めたこともない。ただ、何もしない普通の男子高校生だった。ローズに散々虐められて中途半端に強くなっても、その本質は変わらない。
どうあがいても僕は負けず嫌いな男子高校生なんだ。
負けず嫌いな僕は、ローズに負けを認めるのが気に入らない。
僕の獲物を取られたことも気に入らない。
僕の決意が無駄になったことも気に入らない
でも、それ以上に……目の前の悲しげな声を上げる小熊の光景が気に入らない。
「なあ」
「グッ!?」
矛盾しているのは分かっている。
僕は本来、グランドグリズリーを倒す側。僕が今の状況を作っていたかもしれない。
でも――、
「敵は討つ。だから見てろ。最高の蛇肉をお前にくれてやる」
これが僕の自己満足、あの蛇は僕が倒す。
今度は逃げない、戦ってやる。
―確かな決意を持って、小熊に背を向けた僕は、かつてない凶悪な敵に立ち向かうべく歩き出す。