第八十二話
お待たせしました。
第八十二話です。
『我が王、ルーカス・ウルド・サマリアール様が貴方様とお会いすることを望んでおります』
サマリアールの王様が僕を呼んでいる。
言葉にすれば簡単なように思えるが、これは異常な状況だと見てもいい。
「どうして、僕に会いたいと?」
「他国からの使者をもてなさないことを我が王は良しとはしません。それに、彼は少し……いいや、かなりの変わり者ですので凡そ私達の及びもつかない考えをお持ちです」
含み笑いと共に発された言葉にどう反応していいか分からない。
全く答えになっていないし、王様が変わり者という色々な意味で不安になることを話されてしまった。
……アマコもネアも心配だけど、今この人たちを追い返して僕達の印象を悪くするのは不味い。下手をすれば書状の応対に影響が出る。
この状況で僕が取るべき選択は―――、
「……アルクさん、アマコとネアのことは任せます」
僕が書状を渡して、アルクさんが二人を見つけること。
「一人で、行くつもりですか?」
心配そうな目で僕を見るアルクさん。
ま、僕が一人で書状を渡しに行くのは心配だろうね。てか、僕自身もうまくやれるか心配だ。
「大丈夫ですよ。僕だって一人で書状を―――」
「書状のことについては心配していませんよ。ウサト殿ならやり遂げられると信じていますから。それよりも私が懸念していることは……」
ちらりと、僕達の返答を待っているフェグニスさん達を一瞥したアルクさんは、その表情を厳しいものに変え、言葉を紡ぐ。
「恐らく、彼らがウサト殿に接触したことに何か理由があります。それが何かは分かりませんが用心するに越したことはありません」
「……はい」
僕と接触する理由、か。
治癒魔法くらいしか価値がないような気がするが……まさか、アマコが僕にお願いしたように僕に治して欲しい人でもいるのだろうか。
とにかく、アルクさんの言う通り用心しておこう。
「ご相談は終わりましたか?」
「ええ。……僕一人で行きます。それでも構いませんか?」
フェグニスさんへ振り向き了解の旨を伝える。
僕一人だけ、という答えに少しばかり目を見開いた彼は、驚きと安堵とも思わせる表情を浮かべる。
「こちらとしてはなんら問題はありません。むしろ好都合と言ったところでしょうか? 王は貴方一人だけを連れてくるように命を下されていますので」
「一人? 僕だけを呼んでこいと?」
「はい、貴方一人だけ」
「……」
……やばくない!?
一人で連れてくるように命令するとか完全に別の思惑があると言っているようなものじゃないか!?
僕って目をつけられるようなことしたっけ? ……よく考えれば、リングル王国とかルクヴィスで結構大胆なことをしちゃっているから、心当たりだらけだ……。
でも、行くと答えてしまった手前今さら断る訳にもいかない。
騎士に連行されるように囲まれた僕は小さくため息を漏らしつつ、背後のアルクさんを一瞥した後にサマリアールの城へと続く道を歩き出すのだった。
●
サマリアールの騎士達に囲まれ連れていかれるウサト殿。
その背中を無言で見送った私は、何故彼等―――サマリアールの王がウサト殿との話し合いの場を設けようとしたのかと思案する。
しかも、一人で来いとは彼一人の判断に委ねるであろう要件を出してくることは明白だ。もし、その内容が怪我人、病人の治療だったのならばウサト殿は迷いなく受けてしまうのかもしれない。彼の治癒魔法が回復魔法のそれを遙かに凌ぐ能力ということもあるが、彼自身の救命団としての誇りと矜持がそうさせるだろう。
「危なかった……っ」
「っ、アマコ殿っ!」
背後の路地裏から、焦燥したような表情のアマコ殿とネアが姿を現す。
すぐさま彼女の傍に近づき安否を確かめる。
「怪我は!?」
「大丈夫」
「私は大丈夫じゃないわ。いきなりこいつが引っ張って来るから頭をぶつけちゃったわ……」
涙目で頭をさすっているネアだが、彼女も大きな怪我はしていないように見える。
彼女の言葉から察するに、連れだしたのはアマコ殿と考えていいだろう。
「やはり、アマコ殿は自ら姿をくらませたんですね……」
「うん。ウサトには悪いとは思ったけど、そうしなくちゃ大変なことになっていたかもしれなかったから……」
「あの長剣、ですか」
「……私もよくは分からない。けど、何時もより集中していて良かった。予知で、突然ネアの変身が解けて……それで、慌てて彼女を連れて路地裏へ隠れたんだけど……」
フェグニスと名乗った騎士長が携えていた長剣、あれは普通の剣ではない事は一目で理解できた。柄尻の球体から、魔力のようなものを放出しているように見えたからだ。
魔眼を持っている訳ではないので定かではないが、アマコ殿の反応を見る限り私の推測はあながち間違っていないようだ。
「……『真実の剣』という名を持つ剣があると聞いたことがあります。『偽りを暴き、魔を装う化生の真実の姿を晒す』ことができる儀礼用の剣―――私自身、実物を見た事はありませんが……恐らくは……」
「それで私の変身という『偽りの姿』を暴いたって訳ね……」
サマリアールの国風を鑑みれば、真実の剣はこれ以上なく最適なものに違いない。
何せ、彼らにとって亜人とは”人の姿を偽る怪物”という認識であるからだ。勿論、亜人が人を偽っているという事実は無いのだが、ネアのように姿を変えられる魔物には効果はある。
騎士長フェグニスが、ネアの存在に気づいて近づいたかどうかは分からないが、結果だけ言えば、ウサト殿はサマリアール王の命令通りに一人で城に行くことになってしまった。
「アルクさん、これからどうする?」
「……待ちましょう。ウサト殿が戻ってくるまでに、宿を探しウサト殿を待つ」
「待つって言ったって、もし戻ってこなかったらどうするのよ? 私がフクロウに変身してついて行った方がいいんじゃない?」
「貴女の変身を強制的に解くことができる騎士長がいる以上、それは今取るべき手段ではありません」
彼女を城へ送るとすれば、ウサト殿が二日以上帰ってこなかった場合だ。
私個人としては、できるだけ早く帰ってきてほしいが、サマリアールの王がウサト殿とどのような話をするかによって違ってくる。
外にいる私はウサト殿を助ける事はできない。
「……頑張ってください、ウサト殿」
今はただ待つのみ、歯痒い気持ちを抱きながら、私は遠く離れた城を見据えて小さくそう呟いた。
●
フェグニスさんと数名の騎士と共に歩くこと十数分で、サマリアールの城の前に到着した。
本来なら、道中の街並みと背後に見える大きな塔などの景色を楽しみたい所だけど、僕を取り囲むようにしている騎士達と、それを見ているサマリアールの国の人々の視線でそれどころではなかった。
まるで、連行されている気分だ、などと思いながら黙って付いて行くと、景色はサマリアールの街並みから城内へと移り変わる。
「間もなく、玉座に到着します」
「はい」
赤色の絨毯、通路に飾られている煌びやかな工芸品。
見慣れたリングル王国の城と似ているようで、全く違う城内に目移りしながらもフェグニスさんに付いて行くと、大きな扉が目に入る。
あれが、王様がいる大広間への扉。
ごくりと生唾を飲み込みながら扉の前に案内されると、扉の側らにメイド服と酷似した服装を身に纏った女性が近づいてくる。
「お手数ですが、剣、短剣のような鋭利な刃物・武器をお持ちであれば、預からせていただきます」
そう言い、底の深いトレーのようなものを差し出して来るメイドさん。
一国の王と会うからには、それくらいのことは予想していたので大人しく腰のベルトに刺していた邪龍の体内から出て来た小刀を取り出し、トレーの中に優しく置く。
……て別に武器じゃないしね、これ。ただの切れ味の良い果物ナイフみたいなものだから、別に預けても構わないんだよね。
「それは……」
トレーに置かれた革の鞘に包まれた小刀は不格好にも思えたけど、それを見ていたフェグニスさんは食い入るように刀を見つめていた。
見た目は四十センチほどの短刀なんだけど勇者が持っていたらしい武器だし、分かる人が見れば凄い業物だって分かるのかな?
「どうしました?」
「……いえ、お気になさらず」
声を掛けると、ハッと我に返ると目の前の大きな両開きの扉に手をかけ、開く。
フェグニスさんに入る様に促され、広間へ足を踏み入れた僕の視界に最初に飛び込んできたのは、豪華絢爛な内装と―――一人、玉座に座る壮年の男性の姿であった。
「やぁやぁ、来てくれたか。ようこそ、サマリアールへ。君をこうして迎えることができてとても嬉しいよ」
王たる象徴、純白のローブと黄金色の冠をあろうことか玉座のひじ掛けに無造作に掛け、脚を組み、前のめりに肘をついている男は、僕の姿を見ると口の端を緩ませ、笑顔を向ける。
「僕の名はルーカス・ウルド・サマリアール、この国の王だ」
邪気も何も感じさせない、満面の笑み。
その男の雰囲気とでも言うのだろうか、気迫の様なものに僕の足は自然と後ずさる。
この人は悪い人じゃない、そんな印象を抱いたと同時に何故か信用してはいけないように思えたからだ。
●
ルーカス・ウルド・サマリアール。
サマリアールの王、僕が書状を渡す相手だ。
彼はリングル王国の王様のような謙虚というか温和な感じは無く、どちらかというと行動的で言いたい事をズバズバというタイプの人だった。
良く言えば型破りな人で、悪く言えば王様らしくない王様と思えた。こんなこと口が裂けても言えないけどね……。
「ふむ、魔王軍に対する対抗策としての連合を組もうってねぇ……。相も変わらず甘い男だ。君もそう思うだろ?」
「え、えぇ……」
こ、答えづらいし、フランクすぎませんかね?
そしてこっちが話を切り出す前に、あれよあれよと書状を渡すように促されて、そのままメイドさんに差し出された椅子に座らされてしまった。
あれ? 僕が予想していたのと全然違う。
ウェルシーさんが見せてくれたお手本とも全然違う。
ルーカス様、僕の予想と全然違う……。
僕の困惑を見て、ルーカス様の側らに佇んでいたフェグニスさんは、彼を窘める様に口を開く。
「王、あまりそのような言動は控える様に……」
「おっと、すまない。君はリングル王国側の人間だったな。だけど、あえて言わせて貰おう。ロイドには野心が無さ過ぎる。この書状だってそうだ。これには脅しの言葉も何も書かれていない。こういう訴えかけるものはな、多少誇張してでも相手に恐怖を抱かせるのが重要なんだ。だけど、それが無い。『助けてほしい』『一緒に魔王軍を倒そう』『大変なことになる』、そんな花を愛でるに等しい甘い言葉しか記されてはいないんだ」
……僕が言うのもあれだけど、甘いのは確かだ。
書状の内容については朧げにしか知らなかったけど、王様が書いた文章ならなんだか納得した。あの方が脅しの言葉を使うはずもない。
「だが、有能なことには変わりはない。例え甘さが目立つ為政者だとしても民が認めれば王だ。恵まれた臣下、恵まれた兵、恵まれた民―――国民のことを第一に考える心優しすぎるヤツの治める国はさぞや居心地がいいだろう。なぁ?」
「……はい」
王様とリングル王国のことを良く知っている。
もしかして、昔ながらの間柄なのだろうか? 王様同士の交流はギスギスとしたものを想像していたから、あまり仲良くしているところを想像できないけど……。
「皆に慕われる、それは王が求められる最も重要な要素の一つとも言える。……僕のようにあれこれしなくても、ロイドには皆が付いて行くからね」
「王は十分に慕われていますよ」
「多くを切り捨ててきたからな。ヤツを皆に支えられた王というならば、僕は切り捨てたものの上に成り立つ王さ。羨ましいよ、ヤツのように理想を語り、それを実現できる王としての威光がな。……ああ、羨ましい。いや、この場合妬ましいとでもいうのか? それとも憎たらしいか? どちらにしても、僕とは違う場所に立っている事は確かだな……」
憂いを帯びた声でそう呟いたルーカス様は、丁寧に書状を折りたたむ。
その挙動に、書状についての言葉が貰えると感じた僕は背筋を正し、彼の言葉を待つ。
多分、時間を置く様に提案されるだろうから、この国に滞在する旨を伝えなくちゃな。
「受けよう」
「え……?」
しかし、予想に反してルーカス様が口にした言葉は了承のものであった。
あまりにも簡単に事が済んでしまった衝撃で、呆ける僕。
「あの、え?」
「聞こえなかったかな? 書状の話を受けようじゃないか。僕達サマリアールはリングル王国に兵を出そう」
「……は? ……あの、あまりにも決めるのが早くないですか? もう少し話し合ったり……」
「話し合いなんぞ必要ないじゃないか」
大仰に腕を広げ、広間を見回す。
傍らにいたフェグニスさんも、メイドさん達も皆一様に呆れた様に、それでいて困ったような笑みを浮かべている。
まるで王様の発言に慣れているかのような反応だ……。
「これを読んで受けない方がおかしいだろう? 魔王軍だぞ? 何百年も昔に大陸中を蹂躙した悪魔の軍勢が再び大陸を闇に落とそうとしているんだ。余程の理由が無い限り、協力しない理由にはなるまい」
「ですが、一度目は断ったんじゃ……」
「一度目の侵攻は魔王軍に対しての情報が集まっていなかったから。だが二度目の撃退、召喚された勇者が瀕死の重傷を負った時点で、僕の中で魔王軍の脅威が最高にまで上がった。確信したよ、魔王軍を野放しにしたら大変なことになるってね」
やっぱり分かる人は魔王軍の危険さを理解できているんだなぁ。
なんだか、あまりにもあっさり受けてくれて怪しく思ってしまったけど、皮肉にもカズキと先輩の二人の勇者がピンチに陥ったという事実が、ルーカス様の決断を早めたのかもしれない。
「快諾してくださり、感謝致します」
感謝の言葉を送る。
よし、色々不安なこともあったけど無事サマリアールの協力を取り付けることに成功したぞ。この調子で行けば、大幅に旅を短くすることができるかもしれない。
だけど―――、
「さあ、君のここでの役目も終わったことだし―――次は僕の話だ」
―――それは簡単に終わってくれればの話だ。
書状をフェグニスさんに手渡し、ひじ掛けに手を置いたルーカス様の言葉に、やっぱりか、と呟く。
この人にとっては書状の話はあくまでオマケ。
本題は、これから……どんな話が飛んでくるか分からないけど、アルクさんに警告されたこともあるし、不用意な発言をしないようによく考えて言葉を選ぼう。
「僕に、なにをさせたいんですか?」
「ふむ、こちらが何かしらの思惑があって君を呼んだ事は予想していたみたいだな」
察しがいい、と感心するように頷くルーカス様。
「僕は、君達のことを良く知っている」
「それは、救命団の噂は魔王軍との戦いを機に広まったって聞いていますし……」
「僕が言っているのは、異世界からやって来た君達のことを言っているんだ」
「!?」
「邪を祓う日輪の光を纏う勇者、電撃を放ち雷の如く戦場を舞う女勇者―――異世界から召喚された勇者の資質を持つ二人と、その召喚に巻き込まれてしまった不幸な少年」
「……っ、どうして、そのことを?」
異世界の勇者として知られている二人ならまだしも、僕も一緒に召喚されたことまで知っている?
というより、興味を抱かれていたことに驚いた。
「他国へ密偵を送り込むのは当然だろう? 他国の内情を把握して臨機応変に対応する事が、無用な争いを避ける一つの手段でもある。……ま、戦無き今の世にそれが必要かどうかは分からないが……」
密偵……か、他の国のスパイが僕達のことを調べ回っているなんて思いもしなかったけど、それをどうして僕に話す? その話を聞いた限りでは、むしろ先輩とカズキに用があるとしか思えないのだけど。
「勇者の、二人が欲しいんですか? それで僕を……」
「違う。勇者は必要ない。確かに、君の言う通り、圧倒的な個人は確かに欲しい。だが、あれは駄目だ。あんなものは僕が持ってはいけない、持ってしまったのならば、きっと力に魅入られてしまうだろうからね」
二人を危険なものみたいに言われるのはちょっとカチンときたけど、言っている事はなんとなく分かる。
先輩とカズキは強い。体を痛めつける事で無理やり伸びしろを伸ばす僕とは違い、二人は持ち前の才能と努力によって異常な早さで成長していく天才肌の人間だ。
そんな二人という戦力を王様以外の人が持ってしまったら―――想像するのも恐ろしい事になりそうだ。
だけど、二人を必要していないなら、さらに疑問が深まる。
「それならどうして、治癒魔法使いの僕を呼んだんです? 勇者の友人という部分を差し引いたら僕の利用価値なんて治癒魔法くらいしかありませんよ?」
「利用価値。そう、言い方が悪いがそうだな。君を利用するとしても、ほとんど代替が効く。人質にするにしても、交渉の材料にしても、リングル王国に限っては他の騎士でも誰でも良い。だがな―――」
だが―――と、続けたルーカス様は、強い意志の籠った瞳を向ける。
「君は、救命団団長ローズから治癒魔法の術を受けた唯一無二の存在だ。だから僕は、君という治癒魔法使いが欲しい」
「……買いかぶり過ぎですよ」
かろうじて、そんな答えしか言えなかった。
想像していなかったからだ。まさか、先輩やカズキではなく自分が勧誘されるだなんて。
何かの間違いではないのだろうか? 淡い期待を持ってなんとか応対してみる。
「治癒魔法は、世間では役立たずとか、使えないと言われている魔法です。多少、動けるからといってルーカス様のお役に立てるとは到底思えません」
その言葉に表情を素っ頓狂なものに変えたルーカス様は、苦笑する。
「役立たず? 使えない? とんでもない!! それはここ数百年間争いらしい争いが無かったからさ! 回復魔法は誰でも使えるからそっちの方が有用? いやいやいや、それは頭の悪い奴らの思考だッ」
嘆かわしい、とばかりに首を何度も横に振るルーカス様。
語尾に力が籠った彼は、まるで演説でもするかのように大広間に響く大きな声で言葉を紡ぐ。
「あまりにも短絡的で愚かすぎる、なにがどうしてそんな思考に至る? どんな怪我でも治せるんだぞ? 熟練の治癒魔法使いは病だって治せる! 医者が薬を出す必要もなければ、治療の過程で苦しむ必要もない―――素晴らしい魔法だと、僕は高く評価しているよ」
「……え、えと、ありがとうございます。でも、それだと、僕以外の治癒魔法使いでいいんじゃ……」
「ただの治癒魔法使いじゃ駄目なんだ。―――僕が求めるのは、”ただ一つの例外”を成し遂げたローズという女性の治癒魔法だ。戦場を駆け、多くの人々を救済する。そんな子供が思い描くような理想を体現した治癒魔法使いが欲しいんだ」
ローズの治癒魔法。
普通の治癒魔法と、僕と彼女が扱う治癒魔法は同じようで違う。治癒魔法と身体能力を併せて運用するようにローズが確立させた、頭のおかしい訓練の先に得られる成果。
それを、彼は求めている。
「勿論、色々試したさ。希少な治癒魔法使いを何人も雇って、ローズや君と同じような治癒魔法使いを作り上げようと画策した―――が、大の大人でさえ音を上げて逃げて行ってしまった。やっていることは、彼女が部下に課している訓練と同じにも関わらずな」
「そりゃあ、逃げていきますよ。普通の人間はあんな訓練で嫌にならない訳がありません」
「君は耐えたじゃないか」
「耐えた訳じゃないです。耐えさせられたんです。嫌だといったら罵声と手が……いえ、なんでもないです」
「……大丈夫? つらくない?」
王様に心配されちゃったよ。
あれれ? メイドさんとフェグニスさんの目がどこか優しいぞ?
いたたまれなくなった僕は、しんみりとした空気を切り替える様に咳払いをする。
「コ、コホンッ。そういう勧誘をするなら、まずは団長を通してからにしてください」
「それは無理だね。彼女には話が通じる気がしないから」
「……」
不覚にも納得してしまった……ッ!
確かにローズにそんなこと言ったら、断るついでにしばかれた後に『変な勧誘に巻き込まれてんじゃねぇ!』って何故か僕も折檻を受ける姿まで想像できる。
「どちらにしろ、僕はリングル王国を離れるつもりはありません。ですが仮に、僕が貴方の勧誘を承諾したとして、この国で何をすればいいんですか?」
「君には部隊を作ってもらおうと思っていた。勿論、君が心置きなく訓練に励める空間を提供するし、必要なものはなんでも揃えよう」
「……異常なほどの待遇ですね」
「それだけの価値が君にあるとでも思ってくれればいい。魔王軍が出てから怪しい動きをする国をいくつか見つけてな、あまりにも不穏なので、僕としても色々対策をしておきたいと思っていたんだよ」
つまり、貴方は魔王軍以外と戦うことに備える為に僕を勧誘したってことなのか。
その為に僕を異常な待遇で迎えようと画策している。
……だけどなぁ、僕には自分の部隊とかそういうのが欲しいって言う野心はないし、必要なものっていってもそれほど思い浮かばない。
「心置きなく訓練に励める空間、それには非常に心惹かれますが……自分の部隊を持つということにはあまり乗り気ではありません」
「……リングル王国以上の待遇を用意するが、それでもダメかな?」
「ええ、僕はまだあの人の部下で居たいし、リングル王国で再会を誓った友達がいるんです。それに、まだ一人前と認めて貰っても居ないのに、自分の部隊だなんて手に余り過ぎて困っちゃいますよ」
「……そうか」
僕の言葉に、深く椅子に座るルーカス様。
慣れていない敬語だからか、所々粗だらけだけど言いたい事はちゃんと言えた。
後は、相手の反応を待つのみ―――。
反応を待っていると、腕を組み悩ましげに唸ったルーカス様は、ため息を零すと顔を上げる。
「だがなぁ、こちらも一度断られたくらいで『はい、そうですか』と納得することもできないんだ」
不敵な笑みでその言葉が放たれると同時に、広間の扉が勢いよく開け放たれ十数人の騎士がなだれ込む様に入り、座っている僕を取り囲む。
……断られたら無理やり承諾を得ようっていう魂胆か?
書状を受けて貰った手前、あまり事を荒立てたくは無かったけど、そっちがその気なら受けて立つぞ。ゆっくりと腰を浮かし、何時でも動けるように備えつつ、ルーカス様に目を向ける―――が、余裕な笑みを浮かべていると思っていた彼は、僕を取り囲む騎士達を見て困惑しているではないか。
「おい、フェグニス、少しばかりタイミングが早すぎるんじゃないか? それにこの人数はなんだ? これじゃあ、僕が悪者みたいじゃないか。見ろ、彼の顔を……まるでローズのようだぞ」
「申し訳ありません。ですが、言い訳させて貰うならば今の貴方は十分に悪者だと思われます」
「言ってくれる……。ああ、勘違いしないでくれ、別に無理やり君に了承を貰おうとは思ってはいない」
「え……そ、そうですか?」
「お前達も悪かった、一旦戻って良いぞ。ほれほれ」
周りにいる騎士達を、しっしっと広間から出させたルーカス様に、僕は困惑するしかない。
ま、まあとにかく、荒事に発展せずに済んで、よかった……のかな?
「無理強いして従わせるなんて、そこまで汚い事はしないさ。僕が提案するのは、少しばかり考える時間を設けようってことさ」
「考える時間? ……それは、どのくらいの時間を?」
「そうだな、大体三日から一週間といったところでどうだ? 君の旅に支障が出ない程度だと思うが、どうだ? その間に、君には我が国のことを知ってもらい、僕達も君のことを良く知ることができる」
正直、断るべきなんだけど、書状の件を受けて貰っている手前、断って相手の気分を損なう訳にはいかない。
まあ、一週間くらいなら大丈夫だろう。
元々、ここでそのくらい滞在しようと思っていたからね。
「分かりました。数日ですがお世話になります」
「よしっ、そうと決まったら君の旅の仲間には最高級の宿へ招待しよう。君が戻って来るまでの間に、不自由がないように取り計ろうじゃないか」
……ん? 僕が戻って来るまでの間?
聞き間違いだろうか? まるで僕が別の場所で寝泊まりするような言い方なんだけど。
「あの―――」
「そこの君、彼を”例”の庭園の方へ案内してやってくれ」
「かしこまりました。ウサト様、こちらへ。ご案内いたします」
あ、はいっ、じゃなくて例の庭園って何ですか?
僕もできればその最高級の宿に行きたいんですけど?
やわらかい布団で休みたいんですけど?
しかし、僕をここに留めることができて余程嬉しいのか、ルーカス様はどこから取り出したのか、コップにお酒を注いで、僕の声に気づいていない。
真昼間からお酒飲むとか大丈夫なのかよ、この人。
「……なんだか、大変なことになっちゃったなぁ……」
せめて、アマコとネアが見つかったかどうか、アルクさんに確認したかった。
……待てよ?
よく考えれば、ルーカス様は僕達のことを知るために密偵を送っていた。それには勿論、旅に行く際のメンバーも把握しているはずだ。それならば、獣人であるアマコが旅の仲間だということを把握しているという事なのではないか?
その推測が思い浮かんだ瞬間、嫌な汗を感じると共にどうしてそれを僕を脅す材料に使わなかった、と疑問に思う。
「いや、違うな……」
分かっていたんだな、そんなことで脅そうものなら僕からの真の協力は得られないと。
そういう事を踏まえれば、とりあえずは信用してもいいのかもしれない。
広間を出たメイドさんの後ろをついて行きながら、一つため息を吐いた僕は長く続く城の道を疲れた足取りで歩いていくのだった。
「到着いたしました。こちらが庭園です」
「……うおぉ……」
メイドさんに案内された場所、それは城の外れにある城壁に囲まれた庭園であった。
屋外のどこに泊まるのか、と普通は思うのだが今目の前にある光景を見て僕は思わず感嘆の声を漏らした。
なにせ、広大な庭園の一画に大きな円形型の透明なドームがあり、その中に二階建ての白く綺麗な家が建っていたからだ。
「これは、なんですか?」
「魔具で作られた結界です。これにより外と中で空間を区切ることができるので、屋内に入らなくとも雨風も防げる中々に便利なものなんですよ?」
「へぇ、魔具ってこういうものも作れるんだ……」
結界と聞いて、僕を閉じ込めるとか邪推してしまったが、メイドさんの笑顔を見る限りそうではないようだ。そこに安堵しつつ、円形の結界の入り口らしき扉に移動する。
結界に嵌め込むように作られた銀製の扉の前には二人の衛兵が佇んでおり、僕とメイドさんの姿を見ると恭しく一礼し、道を空けてくれる。
「外へ出たいときは、彼らにお申し付けください。食事に関しては……だ、大丈夫かと思われますので、気にしなくてもいいでしょう」
「え、何が大丈夫なんですか?」
「なんでもありません」
「でも、顔色が……」
「なんでも、ありません」
「……はい」
どういう訳か、お腹を押さえながら顔を青くするメイドさんの迫力に気圧される。
首を傾げながら、開け放たれた扉から結界の中に入る。
「何かあれば、ここを管理している執事にお申し付けください。私も近くに待機しているので、騎士を通じてお呼びください」
「分かりました……えーと、とりあえず、ここの執事さんに会っておいた方がいいでしょうか?」
「……そうですね。まずは彼に会った方がいいと思われます」
まず? その執事さん以外にも誰かがいるのか?
どこか引っかかった言い方をする彼女の言葉が気になった僕は、そのことについて質問してみようと思うと―――不意に、結界の中の白い家の扉がゆっくりと開け放たれたことで、そちらに意識が向き―――息が止まる。
「……!」
見えたのは、病的なまでの白。
肌も、髪も着ている服までもが白い少女。
触れれば壊れてしまうかと思う程に儚げな彼女は、後ろのメイドさんと、前にいる僕を交互に見てにっこりとあどけない笑みを浮かべる。
その笑みを見た僕は―――似ている、と思った。
邪気を感じさせない笑顔は、どことなくルーカス様のそれを思わせた。
彼女は、とたとたと僕の前にまで駆け寄ると嬉しそうに、二の腕程の長さの手袋―――ロンググローブに包まれた手で僕の手を握手するかのように掴み、ブンブンと縦に振る。
「こんにちわ!」
「あ、はい、えーと君は……」
「こんにちわ!」
「……こんにちは」
「貴方様が来るのを心待ちにしておりました。えーと、ウ……ウ……ウザト! そうウザト様ですね!!」
「……」
初めてだぜ、初対面で挨拶を強要された上に罵倒(?)されたのは。
背後で慌てて僕の名前を訂正するメイドさんの声を聞きながら、僕は精神的ショックのあまり目元を押さえながら、結界に包まれた空を見上げるのだった。
予想よりも、長くなってしまいました。
今回は、ウサトがサマリアールに勧誘されてしまう話でしたが、ルーカスはあれこれしてきますが、悪い人ではありません。
……あれこれしてきますが。
次回、箱入り娘……(グルグル目)




