閑話 弟子、リングル王国へ
お待たせしました。
今回は第二章に登場したルクヴィスの治癒魔法使いであるナック君がリングル王国へ訪れる話です。
リングル王国。
商業が盛んで活気のある国であり、魔王軍の脅威にさらされている場所。
そして、俺の師匠、ウサトさんが所属している救命団がある国。
商人の馬車に乗せてもらい、やってきた俺は初めて訪れる土地にドギマギとしながらもしっかりと歩を進め、リングル王国の門を潜った。
「ここまで送ってくれて、ありがとうございました」
「別に構わんさ。俺も久しぶりの二人旅で何かと楽しかったぞ」
商人の人に、ルクヴィスからここまで連れて来てくれたお礼を言った俺は、気を引き締めてリングル王国の街に足を踏み入れる。
「とうとう、来たんだよな……」
ここまで来るのにそう時間は掛からなかった。
グラディス学園長に直接退学届を渡して学園を辞めて、一応の家族である親に今まで育ててくれたお礼と縁切りの手紙を出して、最後に呼び出したミーナと少しだけ話し合った。
意外だったのは、グラディス学園長が分かっていたとばかりに俺の退学届を受け取ってくれたこと。そして彼女は俺に、なにもできなくてすまなかった、と謝った。
いきなり謝られたことに驚いたけど、俺を受け入れてくれた学園の長であるし、貴族の力は俺自身よく分かっているから、しどろもどろになりながらも学園長を赦した。それで終わればよかったのだけど、それでは気が済まなかったのか、学園長はリングル王国を行先とする商人に俺を一緒に運んでもらえるように手配してくれた。
自分で探そうと考えていた手前、かなり嬉しい話だった。
そして、ミーナとの話し合い。
これは……俺にとっては意味の無いものでは無かったと、思う。結局は喧嘩別れ……仲も良くなかったから喧嘩別れもないだろうけど。
唯一の心残りと言えば、もうちょっとだけキョウさん達と一緒に居たかったことかな。
この国に来て、初めて本音で話し合えた人達が彼等だったから、ルクヴィスを出る時は恥ずかしながらも外聞も無く泣いてしまった。
「おぉ……」
視界には活気に満ちた街の光景が広がっており、ルクヴィスのような子供の比率が高い国とは違い、大人の人数の方が多かった。
故郷とは違う貴族と平民というしがらみの無い、自由な場所。リングル王国の空気を肌で感じ取った俺はすぐさま高揚する気持ちを抑えるように深呼吸をする。
……いけないいけない、景色を楽しむためにここに来たのではない。
大事にカバンに入れて置いた手紙を取り出して、ここに来た理由を今一度思い出す。
「……よし」
ウサトさんに渡された紹介状。
これを救命団の団長に渡すことがまず最初にすること。そのためにはまず、救命団の場所を知らなくてはならない。
とりあえず近くのお店に近づいて、場所について教えてもらうべく果物を売っている若いお兄さんに話しかける。
「あの、すいません」
「んん? どうした坊主。見たところ外から来たように見えるが……」
「隣国のルクヴィスから来た者なんですけど、道をお尋ねしてもいいでしょうか?」
「ははは、そんな畏まらなくてもいいよ。で、どこを知りたいんだ?」
緊張気味に声をかけると、気前のいい反応がお兄さんから返ってきた。
彼の言葉を照れくさく思いながらも、行きたい場所に尋ねてみる。
「救命団ってどこにあるんでしょうか?」
「救命団かい? どこか具合でも悪いのか?」
「いえ、そういうことじゃなくて……」
「なら誰か治してほしい人でもいるのか? それなら救命団よりも診療所の方が近いよ?」
どうやら治癒魔法を求めて来た旅人と勘違いされてしまったようだ。
こういう時ははっきり自分の意見を主張することが大事だよな……。
あまり得意じゃないけど、勇気を振り絞ってやってみよう。俺は前とは違うんだ。
「あのっ、俺、救命団に入りたくて、その場所が知りたいんです。だから診療所ではなく救命団の場所の方を……って、どうしたんですか?」
思いのほか大きい声でそう言った次の瞬間、目の前でにこやかな笑顔を浮かべていたお兄さんも、周りにいた人達の動きがぴたりと止まった。
周囲の異変に「え? え?」訳も分からなく困惑していると、お兄さんがガッと両肩を強くつかんでくる。それに合わせ、周りの人達も早足で詰め寄ってきた。
「坊主、やめた方がいい」
「まだ若いんだ。無鉄砲に己を追い詰めることも無かろうて……」
「働く先を探しているなら雇ってあげるから……っ。自棄になっちゃ駄目っ」
「少年、君は勇気がある子だ。だがな、修羅の道を進む必要はないのだぞ」
「え、ええええええ!?」
今話していた男、近くで無言で座っていた老人、店番をしていた女性、通りかかった騎士、俺の言葉を訊いた周囲の人から詰め寄られて異常な程に止められる。
皆、純粋な親切心から言ってくれるのは分かるけど―――ウサトさん!? 救命団ってどんな認識されているんですかぁ!? これ、あれですよ!? 死地へ向かう戦士を止めるくらいの勢いですよぉ!?
「坊主が救命団に憧れるのは分かる。彼らは俺達、王国に住む民にとって英雄のような存在だ。だけどな、あの人たちは俺達とは違う世界を生きているんだ。……やれ魔獣を背負って走ったり、やれ奇天烈な雄叫びを上げて走ったり、終いにはローズ様、救命団の団長の拳を受けて吹っ飛ぶウサっ、じゃなくてお方の光景を見た子供だっている」
いくつか見覚えのある行動をしている人がいるのですけど。
というよりウサトさんって言いかけましたよね?
やはり、と言うべきかリングル王国でもブルリンを背負って走っていたウサトさんに戦慄しながらも頷く。
「あの、ウサトさんのことでしょうか?」
「そうか、知っているか。……彼……ウサト様は特に常識外れな人でな。それはもう口で言い表せないくらいに凄まじい人だったよ。本当に、滅茶苦茶な少年だった……」
どこか遠い目をするお兄さん。
一体、あの人は何をしたんだ。気にはなるけど、聞けば自分の中でかろうじて残っている常識が脆くも崩れ去ってしまいそうなので、聞かないでおこう。
「誰に紹介されたんだ? 悪戯で君みたいな子に救命団を薦めるとは……。君の勇気を弄んだのも、救命団を面白半分にからかおうとするのも許せないな……」
憤るお兄さんも、彼に同意するように頷く人たちを見て、俺は今一度思った。
やっぱり、救命団って凄いところだ、と。
だけど、このまま誤解させたままではいけない。
「紹介してくれたのはウサトさんです!! それに俺っ、治癒魔法使いだから、その……」
そこまで言い切って言葉に詰まってしまった。治癒魔法使いってことを自分からばらしてしまったからだ。
故郷でもルクヴィスでも返ってきたのは、侮蔑と期待外れと言わんばかりの冷たい視線。
もしここでもそんな視線を受けてしまったら―――と考え、怖くて目の前の人達の反応に恐々としていると、返ってきた反応は俺にとって意外なモノだった。
「ウサト様からの紹介!? は―――っ、そうかそうか、ごめんなぁ、変な勘違いをしてしまって」
「え……あ、はい」
驚かれたけど、その方向性がルクヴィスとは全然違う。
蔑まれるのでもなく、見下されるのではなく、むしろ喜びに近い感情を向けられ困惑してしまう。
周りを見れば、俺がウサトさんからの紹介で来たと知った街の人達は、先程までの必死の表情を緩めていた。
リングル王国のことについて語ってくれたウサトさんの言葉を信じていなかったわけじゃないけど、不安な気持ちはあった。治癒魔法が活躍する集団が周囲にどう思われているとか、どのような扱いをされているか。
実際に目の前の人達が真剣に想っている姿を見て、この国は俺みたいな治癒魔法使いを受け入れてくれる優しい場所だと思えた。
「ウサト様を見て、人は見かけによらないと分かっていたはずなのになぁ。俺もまだまだ常識に囚われていたってことか……」
「いえ、俺の言葉が足りなかっただけですし……」
常識に囚われたままでいいと思います。まだここに来て間もない俺でも、普段ウサトさんを含めた救命団がどれだけ突拍子の無いことをしているか分かるほどだし。
お兄さんの言葉に戸惑いつつ、周りを見れば、街の人達は皆一様に先程までの必死の表情を緩め、安堵するように胸をなでおろしていた。
「ウサト様からの紹介なら心配は無用じゃのう」
「ウサト様が認める子なら大丈夫そうね」
「それにしては普通だな。いや……いずれは彼らのように―――」
驚くほどに誤解が解けていく。
ウサトさん、貴方は本当にこの国でどれだけのことをしていたんですか……。なんか別方向の信頼を勝ち取っている気さえするんですけど。
「ねぇ、救命団へ行きたいの?」
「! ……え、ええ。そうです」
周りの反応に戸惑いっぱなしの俺に話しかけてくる声。
そちらを向けば、興味津々とばかりに目を輝かせたウサトさんと同じくらいの歳に見える女性が何時の間にかすぐ隣にまで近づいていた。
咄嗟に答えてしまった俺にうんうんと頷いた彼女は、俺の前にいるお兄さんの方を向く。
「すいませーん。私がこの子を救命団へ送っていきますよー」
「んん? おお!! オルガさんの妹さんじゃないか! 君が連れて行ってくれるなら安心だ。坊主、頑張ってな!」
? この人の反応からして、隣にいる女性は救命団となにかしらの関係がある人なのだろうか。
案内してくれる以上、親切な人には変わりないのだけど。
「さ、行こう!」
「は、はい」
でも、これで救命団まで行ける。
そう思いながらも、俺はその場にいた人たちに手を振りながらその場を後にするのだった。
●
「こんにちは! 私はウルル、18歳!! 君の名前は?」
歩き出してからすぐ、彼女―――ウルルさんは、自己紹介と共に名前を聞いてきた。
「え、ナっ、ナック・アーガ……いえ、ナックです。12歳です!!」
アーガレス、貴族としての名を言いかけたけど、すぐに言いなおす。
貴族としての名は捨てたから、今の俺はただのナックだ。少し語気が強くなりつつも、自己紹介をすると、にんまりと満面の笑みを浮かべたウルルさんは歩きながら、俺の頭を優しく撫で始めた。
「ふむふむ、ナック君ね。12歳かー、偉いねー」
「ちょ、ちょっと……」
完全に子供に対する反応に照れながらも、頭に置かれた手をどかす。
「ん、ごめんね。最近はククルちゃんも撫でさせてくれなくなったから、つい……」
「ククルちゃん?」
「ううん、こっちの話こっちの話」
誤魔化すように手を横に振るウルルさん。
「ウサト君に紹介されてリングルにやってきたんだよね?」
「ええ……聞いていたんですか?」
「そりゃあ、ねぇ。街を歩いていたら救命団に入りたいー! って感じの子供の声が聞こえて興味を抱かない方がおかしいよー」
そんなに大きい声を出していたのか。
今更ながら少し恥ずかしくなり、頬が熱くなる。そんな俺を見て、微笑ましそうに笑みを零したウルルさんは、続けて俺に話しかけてくる。
「ウサト君は面白い子だったでしょう?」
「……はい。とても凄い人でした。それに、俺の恩人でもあります」
「恩人? 彼はなにをしたの?」
「俺を鍛えてくれました。それはもう、追いかけまわされたり、蹴とばされたり、罵倒とか沢山言われましたけど、今は感謝の気持ちで一杯です」
「ちょ、ちょっとお姉さんにはその過程で感謝に至る経緯が分からないなー……」
しまった、訓練の内容だけだとウサトさんが凄い酷いことをする人みたいに伝わってしまう。
「あれれー、ウサト君の訓練方針が誰かと似ているよー……」と呟き、引いているウルルさん。
わ、話題を変えねば……。
「ウ、ウルルさんはウサトさんとどういった関係なのでしょうか?」
呼び方とか、街の人達のような敬称とは違い、親しみが込められているようなので、思い切って聞いてみる。
「関係? んー、頼りになるお姉さん? それは言い過ぎかな……。友達であることには変わりないよ」
「そうなんですか……」
「といっても、知り合ってからまだ半年も経ってないんだけどね。本当、あっという間に見違えるほどに成長しちゃったんだよねぇ。魔王軍が攻めてくることもあって、急いで強くならなくちゃいけないってこともあったんだろうけど」
魔王軍、リングル王国を侵略しようとしている魔王が支配する魔族の国の軍隊。ついこの前起こった戦いでは、ウサトさんは彼の師匠である救命団の団長と共に戦場を駆け、沢山の人を治していた。
たった三日程度の訓練しかしていない俺では三分ともたない場所で救命団としての戦いをしたウサトさんと救命団の仲間達。
そんな中にこれから俺は入ろうとしている。
「ウルルさんは、客観的に見て俺が救命団に入るのにふさわしいと思いますか?」
不安のあまり、情けない質問をウルルさんにしてしまった。
隣を歩くウルルさんは、悩む様に腕を組み唸った後にぎこちない笑みで質問に答えてくれた。
「んー? 分かんない」
「……そ、そうですか……」
ここはバッサリ救命団に入れないと言われなかったことを喜ぶべき、なのか?
「でも、ウサト君が勧めたってことは、君に見込みがあるって判断したんだと思う」
「見込み……ですか」
「あの子は、誰よりも団長さんの訓練の厳しさを知っているからね。団長さんと同じ治癒魔法使いで、なお且つあの人の厳しい鍛錬を乗り越えていけるだけの屈強さが彼にはある。そんな彼が君をここに送り出したということは、団長さんの訓練に耐えうるだけの心があるって判断したからなんだよ」
訓練に耐えうるだけの……心。
「私はまだナック君のことは良く知らない。だけど、ウサト君が救命団に推したのなら、大丈夫だと思うよ。ふさわしいかどうかは自分で決めるべきだけどね」
そうだ、俺を推してくれたのは他ならないウサトさんだ。
あの人が紹介状まで書いてくれたのに、何時までもうじうじ悩んでどうするんだ。もう後戻りはできない、俺はもうここに来てしまったんだ。
「悩めるなら今のうちに悩むと良いよ。……悩めるだけの余裕があるのは今だけだろうし」
「え?」
「さーて、そろそろ着くよー、ナック君!」
ちょっと今、さりげなく怖いことを呟きませんでしたか?
場合によってはこの後の展開に覚悟しなければいけないのですけど!? 俺の焦りを余所に鼻歌交じりに道を進むウルルさんについていく。
道を進んでいく毎に建物で溢れていた街並みは徐々に減っていき、緑が生い茂る木々が増えていく。そして、その先には林の中に続く道と、街とここを区切るような木でできた門が立て付けてあった。
その木でできた門には短く文字が彫っており、そこには―――、
「救命……団」
―――と、記されていた。
俺の呟きに嬉しそうに頷いたウルルさんは、門の前に歩み寄るとこれからそこを通る俺を迎え入れるかのように、腕を大きく広げた。
「さあ、救命団へようこそ、ナック君。本当は色々な所を案内したいところだけど、私はここまでっ! 次に救命団の仲間として会えるのを楽しみにしているよー!」
「……仲間? って、まさか!?」
「それじゃ、後はよろしく~!」
俺が声を返すその前に、街の方へ行ってしまうウルルさん。あっという間にいなくなってしまった彼女に呆然としていたけど、先程の会話を思い出し、思わず笑ってしまう。
「は、ははは、救命団って性格が濃い人が多いのかな……」
一見して普通に見えるウサトさんも、訓練になると人が変わったように言動が過激化するし。
―――待てよ。今、ウルルさん”後はよろしく”って言ったよな? あれは俺に言ったのか? どちらかといえば、俺の後ろへ向けて言った言葉のように―――、
「おい」
「!?」
街の方を見ていると、突然背後から近づいた何者かに襟を持ち上げられる。まるで猫をつまむかのようにつるされた俺は、背後からの野太い声にビビりながら後ろを見やる。
そこには―――、
「小僧、迷子か?」
「いけないなぁ、いけないぜぇ……君みたいな子供がこんなところに来ちゃよぉ」
恐ろしく顔の濃い二人の男がいた。
どちらも異様に体格が良く、その雰囲気も形相もまともでは無かった。
襟を持ち上げた男は、こちらに笑みを向けているつもりなのか、口角をこれ以上なく歪め語り掛けてくるも、あまりの迫力に声が出ない。
「ヒ……ェ……」
性格以前に顔が濃い人が来たんですけどぉ!?
すっげぇ怖いんですけどぉ!?
怒った時のウサトさんと同じくらい怖いんですけどぉ!?
「ミル、お前の顔はただでさえ悍ましいからそれ以上怖がらせるな」
「悍ましいってなんだよ!? そういうテメェーだって俺とそう変わらねぇじゃねぇーか!!」
「俺は自覚しているからいいんだよバカ」
しかも自覚しているしぃ!?
肩をガクガクと震わせながらも、手に握りしめた手紙のことを思い出した俺は、とりあえず目の前の強面の人達に見せることにした。
ウルルさんが言った通り、ここが救命団っていうのならこの人たちも救命団の人なのだろう。それに、この人たちの雰囲気が若干ウサトさんと似通っているし……。
「あ、あの……ここっこここここれぇ」
「あん? 手紙? わざわざ持ってきてくれたのか? ……!」
差し出した手紙を、いかつい顔の割にやけに親切な男が受け取る。
訝しげな表情を浮かべていた彼だが、手紙に記されている名前を見ると、目を見開いた。
「どうしたよ、アレク」
「ウサトからだ。団長宛てだな」
「おー、元気にやってんのかアイツはよぉ。ま、手紙送ってくるんだから大丈夫に決まってるか!」
パッと掴み上げられた襟から手が外され、地面へ下ろされる。
なんとか地面へ着地した俺に、アレクと呼ばれた男は目線を合わせるようにしゃがむ。
「ウルルが送ってきたのが見えたが、お前は……入団希望者か?」
「……はい!」
「よし。なら、これはお前が直接団長へ渡すべきだ」
渡した手紙を俺に戻したアレクさんは、ついてこい、と一言だけ言い放つとこちらの返答を待たずにどんどん先へ行ってしまう。
もう一人のミルと呼ばれた男の人は、俺の背中を軽く小突き歩く様に促す。
林の奥へ続く道、その先にウサトさんの言っていた救命団の団長がいる。
俺はごくりと唾をのみ込みながら、気を引き締めるのだった。
●
「救命団の宿舎ってこういう感じの場所なんだ……」
アレクさんとミルさんに案内された場所は救命団の宿舎であった。
二人は「団長を呼んでくるから待ってろ」と言うと、宿舎の中ではなく来た道とは別の方に歩いて行ってしまったので、俺は一人で宿舎の入り口前で待っているしかなかった。
「ちょっとキョウさん達の所と似てるなぁ」
やや古びているこの建物を見るとルクヴィスでのキョウさん達が住んでいた寮と似ているように思える。
あそこを離れてそれほど経っていないのに、懐かしい気持ちに浸っていると、アレクさんとミルさんが歩いて行った方向から誰かがやってくる。
二人が戻ってきたのかな? と思い、そちらを向くと見えたのは二人の大柄な男の姿ではなく、何かを引きずりながらこちらへ近づいてくる長髪の女性だった。
「……ぅ」
寒気がする。
これは、ウサトさんが本気で俺に訓練を施そうとしてくれた時の感覚に似ている。
漠然とした悪寒に苛まれながらも女性を注視していたが、木陰から日が当たる場所にまで出て来た女性の姿を見た瞬間、思わず驚愕の声を上げてしまう。
「え、ええええええ!?」
綺麗な緑色の髪にウサトさんと同じ白色の団服―――と、白髪、褐色の少女の襟を掴んだ右腕。
なんと女性は、白目をむいて気絶している魔族と思われる少女を引き摺っていたのだ。
右目を隠す前髪と、こちらを射殺すかのような鋭い眼光。何より驚いたのはウサトさんの言ったとおりに、肉食獣みたいな雰囲気を放っていること。
こ、この人だ……間違いない。どことなくウサトさんと似ているあたり、確実にそうだと断言できる。
「おう、お前が入団希望者か」
救命団の団長、ローズ……さん。
ウサトさんの師匠であり上司、そして俺が今から入ることになる救命団をまとめ上げている人。
彼女は俺に声をかけると片手で引き摺っている少女を、近くの芝生に無造作に投げ捨てる。
「ぐえぇ、え、ここは? う、思い出せない……」
芝生に落とされると同時に気が付いたのか、頭を押さえながら起き上がる魔族らしき少女。
見たところ困惑しているようだけど、それに構わず団長さんは視線だけ少女に向けて面倒くさそうに口を開く。
「少し休め」
「!? は、はぁい!! 全力で休みます!!」
休め、という言葉に一瞬だけ意外そうな表情を浮かべた少女だが、これ幸いとばかりに芝生に座り脱力する。
全力で休むってなんだろうか……? いやいや、そんなこと気にしている場合じゃないだろ。
とりあえず最初に俺は、手に持っている手紙を目の前の女性に突き出した。
「ナ、ナックと申します!! ち、治癒魔法使いで……ウサトさんに紹介されてここに来ました!!」
「……」
しかし差し出した手紙に対し、無反応。
もしかして何か粗相をしてしまったのか? 恐る恐る顔を上げようとすると、額にとてつもない衝撃が走り、思い切り後ろへ吹っ飛ぶ。
「ぎッ……おぉッ!?」
額を押さえながら着地すると、指を開いた状態のローズさんが愉快そうに笑っている姿が目に入った。
今されたのは、デコ……ピン……なのか? 嘘だろ、頭が吹っ飛ぶかと思うほどの威力だったんですけど。
「ふん、面白い。土台は出来上がっているようだな。その様子じゃウサトに鍛えられたか? そうなると、コレの中身はお前の紹介状ってところか」
恐々としている俺を愉快気に笑った彼女は、デコピンをした方とは別の手に持たれた手紙―――何時の間にか俺の手から取ったソレを見せつけてくる。
すると、近くで休んで(?)いた少女がバッと立ち上がりローズに詰め寄った。
「ウ、ウサトがどうしたって!? アイツ帰ってくるの!?」
「うるせぇ、後にしろ」
「ぶふぉ!?」
少女に炸裂するデコピン。
明らかに俺が食らったものよりも威力が高い一撃を食らった彼女は、思い切り後ろへ吹っ飛び元居た場所に滑り込む様に落下し、そのまま気絶した。
この瞬間、不用意な発言=理不尽だということを理解するに至る。
吹っ飛んだ少女を無視した団長さんは恐怖で動けない俺の目前にまで近づくと、アレクさんと同じように俺と目線を合わせる。
「一つ言っておくが、私はヤツより優しくはない。テメーが泣き叫ぼうとも、命乞いしようとも、倒れようとも慈悲の言葉はかけねぇ。人様の命を預かる役目を担っている救命団は、楽をすることも妥協も許さねぇ。それで構わねぇってんなら―――今日からテメェは救命団の一員だ」
嘘も誇張もない。
この人は言葉の通りに、俺に一切の慈悲をかけない。彼女の隻眼を見て、それを嫌が応でも理解させられてしまった。
……だけど、それがどうした。
そんなことウサトさんの訓練を受けて分かっていたことだ。
もう、覚悟はできている。
「今日からよろしくお願いしますッ!!」
これからだ。
貴族としてではなく、ルクヴィスで虐げられていた学生ではなく、救命団のナックとして。
これから―――俺の、俺だけの人生がようやく始められる。
尚、この後地獄を見るようです(フェルム巻き添え)
今回はリングル王国側の登場人物の様子をナックの視点で出させてもらいました。
できれば各章ごとにナックの話を閑話として挟んでいきたいと考えております。
次話から第4章が始まります。