閑話 邪龍が消えたその後
本日二話目の更新です。
第七十九話を見ていない方は、まずそちらを―――、
「―――む」
邪龍が目覚めたと聞いて、少し経った頃。
魔王と他愛のない雑談を交わしていたシエルは、声を詰まらせた魔王の異変に気づく。驚愕とも困惑とも取れるその表情に、あぁ、このお方はこんな顔ができたのか、などと何気に失礼なことを考えながらも一応の専属侍女の務めとしてその困惑の理由を質問してみることにした。
「いかがなさいました?」
「邪龍が死んだ、な」
「はぁ……」
「言い方が悪かったな。既に死んでいる者を死んでいるというのは些か頭が悪い。この場合、ようやく本来あるべき姿に戻ったと言った方が正しいかもしれんな」
「本来ある姿?」
「魔素に帰ったのさ。魔物らしくな」
どうやら、恐ろしい龍が今しがた消えてしまったらしい。
いずれ朽ちると言っていたのは魔王だが、どうしてそんなにも驚いているのかと気になっていると、口元を抑え、くつくつと笑みを零した彼は、シエルの疑問を余所に深く椅子に腰かける。
「自然に死んだのではないな。少なくとも後一か月は暴れまわるだけの余剰魔力があったはず。だが魔素となって還った、それだけ体が朽ちていた? 違うな、数百年程度で朽ちるような奴ではない。―――考えられる可能性は一つ、何者かが奴を打倒した」
「……打倒したということは、勇者でしょうか? 話を聞く限りはとてつもない力を持っていると聞きましたが」
リングル王国の勇者、魔王軍に大きな損害を与えた二人の人間。
話に聞く彼等ならば、弱った邪龍を片づけることも可能なはず。そう思い、口に出してみると、目をつぶりゆっくりと首を横に振る。
「リングル王国の勇者か。確かに邪龍が復活した場所から比較的近い場所にあるが、違うだろう。勇者の素質を持つものは特徴的な魔力の波動を発している」
「……」
ちょっと待て、とシエルは魔王の発言に違和感を覚えた。
魔王は目覚めたその時から、城にいるはずだ。なのにどうして、勇者二人の魔力の波動とやらを把握しているのだろうか。
「ん、なんのことはない。多少疲れるが集中すれば長距離での魔力探知も容易だ」
「……出鱈目ですね。魔王様にとっては勇者の居所など簡単に割り出せるという訳ですか……」
「いいや、長距離の魔力探知といっても夜空に浮かぶ星々からたった一つの星を見つけ出すことに等しい。多少、特徴はあっても数ある中に埋もれれば見つけることなど困難だ、なにせ私は力技で探知しているに過ぎないからな。勇者に関しても、リングル王国侵略時に、魔力の波動を覚えただけだ」
しかも、これはとても疲れる。普段は全く使わないから無用の長物だ、と呟く魔王。
シエルからしてみれば魔力探知を力技でやってのける魔王の力に驚嘆するばかりである。
「だが例外があるとすれば……龍のような強烈な個性を持っている魔力が発せられた時だろう。龍という存在の魔力は須らく存在感を放っているから探知は比較的容易だ」
だから、現存している龍の数を把握できたという訳か。
確かに血が混ざりあった人間よりも、長い時を生きる龍の方が魔力も純粋且つ凄まじいほどの存在感を放っているに違いない。
「話を戻そうか。邪龍は何者かによって倒された―――倒したのは人間だろうな」
「人間、ですか……」
「邪龍の周辺には五つの魔力の反応が見られた。死霊術師と吸血鬼の混血種と魔獣、予知魔法を持つ獣人、炎魔法を持つ人間―――そして、治癒魔法を持つ人間」
「なんですか、そのイロモノばかりを集められた感じは……」
まともなのが炎魔法の人間しかいない。
魔物のハーフに、予知魔法持ちの獣人に、治癒魔法使い。聞けば頭が痛くなる者達が邪龍の周りに集中している。
「……サーカスでもやって、邪龍を倒したのでしょうか。ほら、笑い死に……みたいに」
「お前の冗談は面白いな。訊いているだけで腹がよじれそうだ。次も期待しているぞ」
ピクリとも表情を変えないで言われても全然嬉しくはない。
真面目に返され、頬を赤くしたシエルが羞恥に悶える。
「最早、どう邪龍を倒したかなんてどうでもいい。面白いのは倒したのが、種族入り混じる者達だということだ。少なくとも私が封印される前は、人間は自らこそが種族の頂点と主張する愚かな生物であった。それは今も変わらない、そう思ってはいたが……どうやら奴のようにおかしな人間もいるようだ」
額に手を置きそう呟いた魔王は、ゆっくりと立ち上がり彼方を見やる。
視線の先には真っ黒い天井しかないが、彼には別のものが見えているのだろう。
「だが、これは始まりに過ぎない」
この時、シエルは魔王の闘争に彩られた顔を目撃する。
子供のような無邪気さを感じさせると共に、背筋が寒くなる程の迫力を抱かせる壮絶な笑み。
「邪龍の咆哮は大陸に広がり様々な大きな変化を引き起こすだろう。見るのも悍ましい禁忌の呪い。現世を生きる神龍とその血族、そして我らが魔族もな。面白いことになるぞシエル、戦争だ、遙か昔に繰り返した闘争がまたこの世で始まるのだ」
魔王の言葉にシエルは何も答えられずに、無言を貫くのみ。
そんな彼女に目もくれずに、静かに笑みを漏らした魔王の声は薄暗い広間に木霊するのだった。
短いですが、魔王様サイドの話でした。
本日の更新はこれで終わりです。




