第七十七話
お待たせしました。
第七十七話です。
「行くぞブルリン!!」
「グルァ!!」
共に邪龍へ挑む僕とブルリン。
向かってくる僕達に邪龍は訝しみながらも、敵対者である僕達を叩きつぶすべく頭を高く上げ唸り声を上げた。ブルリンと二手に別れ、邪龍の側方に移動した僕は、視界の端でアマコと一緒にいる彼を見て小さく呟く。
「頼みますよ、アルクさん……」
『邪龍を引きつける』
目が覚めたアルクさんが最初に指示したことが邪龍の陽動であった。
僕とブルリンで邪龍を攪乱し、時間を稼ぐ。一人で邪龍を引きつける事はかなり難しいけど、ブルリンが一緒ならできる。
「無理に攻撃しなくていいぞ!」
「グォゥ!」
分かっている、と言わんばかりに返してくるブルリン。
ようやく思う存分に暴れることができて嬉しいのか、嬉々として邪龍から繰り出される攻撃を跳んで避けている。僕自身も時折牽制代わりの拳を食らわしながら一定に邪龍の意識をこちらへ向けさせている。
重要なのは大きなダメージを負ってはいけないということ、あくまで本命は”今”じゃない。
「煩ワシイ!! チョコマカト!!」
「っ、大振りになるほど隙が生まれる!! ブルリン!!」
横薙ぎに振るわれる右爪をしゃがむように避け叫ぶ。すると、空いた右側からブルリンが猛烈な体当たりを邪龍の横っ腹にぶちかまし、その巨躯を大きく揺さぶる。こちらから視線が外れると、今度は僕が邪龍の腕に拳を叩きこみ、思い切り転ばせる。
「ナイスだ、ブルリン!!」
やっぱり、一人より二人……いや、この場合は一人と一頭かな?
こいつと一緒に戦うのは二回目だけど、一緒に過ごして来た時間はそれなりにある。だから、僕はブルリンのことを分かっているし、ブルリンも僕のことを分かっている。
これ以上に頼もしい仲間はいない。
僕とブルリンのどちらかが邪龍の視界に必ず入る様に移動し、どちらかの注意が逸れたら攻撃していく。奴も片方にしか目が無いから、死角からの攻撃には反応できない。
「これも一種の、コンビネーションってやつなのかな……」
一人では近づくことすらままならなかったけど、仲間がいればこれほどまでに簡単に邪龍を封殺とはいかないまでも圧倒することができる。
……ま、相変わらず口内に瘴気を溜めている邪龍には手出しできないから、決定打は無いに等しいんだけどね。
「ソノ程度デ我ヲ倒セルトハ思ウナヨ!! イクラ貴様ガ勇者デアッテモ奴ニハ及バン!! 憎キ奴ヨリ弱イ!!」
「随分と邪龍ってのはお喋りだなぁ! 何百年も眠っていると口数も多くなるものなのかッ?」
「~~~!!」
バク転するように吐き出されるヘドロを避けて、軽口を言う。
こと挑発に関しては僕に一日の長があると見た。なにせ、罵詈雑言のボキャブラリーは救命団に入ってから異様に増えたからね。
それに、こいつも煽り耐性が無くて扱いやすい。
「我ニハ、イカナル攻撃モ効カヌ! 勇者デサエ我ノ体ヲ貫クコトハ叶ワナカッタ!! 勇者ニ遙カニ劣ル貴様ラクズ共デハドウアッテモ我ニ傷一ツツケルコトハデキヌ!!」
「……ハッ、言ってろよノロマ。小物のように捲し立てやがって、そんなに抵抗されるのが怖いのかよ? あ?」
「貴様ノヨウナクズニ我ガ臆スルカァ!!」
コイツを見ているとほとほとアイツを思い出させる。リングルの森で戦ったあの蛇。
結局、アイツの止めを刺したのはローズだった。彼女が来てくれなければ僕とブルリンはきっと死んでいただろう。
あの体験があったからこそ僕は死を実感することができたし、ブルリンという相棒を見つける事が出来た。だけど、後になって考えれば凄い悔しかったんだと思う。
彼女に最後に手を貸して貰わなくちゃ死んでいた自分が情けなかった。
だけど、今こうしてブルリンと一緒に戦ってみて、この邪龍との勝負が、あの蛇との勝負に限りなく似ている状況だと感じた。あの時の僕達と違うのは、後二人頼れる仲間がいることだ。
それに、さっきお前は勇者でさえ貫くことができなかった、と言ったな?
「確かに生前のお前は強かっただろうさ。劣化しているであろう今でも十分に強いんだから、きっと僕の想像できない程の強大な力を有していたんだろ? だけどなぁ―――ッ!!」
僕の目の前に滑り込んだブルリンの背を踏み台にして、高く跳躍し、邪龍の喉元に回し蹴りを叩きこむ。
噴水のように吐き出される瘴気、苦しみのあまり大きな手を地面についた邪龍は驚愕の面持ちで、奴の前に着地した僕を見る。
「っ、ク、ガ……」
「本物の勇者を知っている僕にとっては、今の劣化しきったお前なんてただのトカゲにすぎないんだよ」
僕の知っている彼女ならきっと溢れ出る雷で毒もろとも邪龍を内側から焼き尽くしただろう。
僕の知っている彼ならば神々しいほどの光の光弾を巧みに操り邪龍を攻略しただろう。
そんな二人を知っているからこそ、僕程度に手古摺っているこの邪龍がどんどん滑稽に見えてくる。
「ヴ、ヴ、ギザ、マァァァァァ!!」
喉を潰され、ただただ瘴気を垂れ流し僕をかみ砕かんばかりに突っ込んでくる邪龍。流石に、あのヘドロと濃度が極めて高い瘴気にまみれたの口の中に突っ込む程の耐久力は無い。
噛みつかれでもしたら、顎の力と毒で十秒と保たずに死んでしまうだろう。
だけど―――、
「いいのかな? 僕だけを見ていて?」
「グォォォォ―――!!」
目が血走り、こちらしか見えていない奴の顔が僕の目と鼻の先まで近づいたその時、奴の横っ面に、大きく爪を振るったブルリンの一撃が直撃する。
衝撃で大きく横に顔を逸らされた奴は、僕を素通りしその巨体を大きく転がし地面に倒れた。
「お前の相手は僕だけじゃないんだよ。ブルリンをただの魔物と侮るなよ、僕の相棒はどんな相手にだろうと向かっていく命知らずな奴だ」
ただしローズを除いてなッ!!
……あれだけ攻撃しても邪龍にはほとんど効果は無いだろうな。元々の耐久力が異常ってこともあるだろうけど、何より今の奴はゾンビだ。
先代勇者が傷つけることができなかった怪物がゾンビになり、より不死性が増してしまった。
「だけど、ゾンビになってしまったからこその弱点がある」
邪龍に聞こえないように、小さくそう呟く。
「ウサト!!」
再び拳を構え邪龍の陽動に戻ろうとすると、アルクさんと共にいるアマコが声を張り上げ僕の名を呼ぶ。
「来たかッ!! ブルリン、奴の注意を!!」
ブルリンに邪龍の相手を頼み、すぐさま後ろのアマコとアルクさんの元まで下がる。
彼女が僕を呼んだという事はアルクさんの準備が終わったということ、ならばこれから先は僕の仕事だ。一息つく間に二人の元へ辿り着いた僕は、額にじっとりと汗を浮かべたアルクさんから差し出された―――ハルバードを掴む。
「ウサト殿、後は任せます……!」
「はい!」
アルクさんの魔力が纏われた武器、ハルバードの刃は赤熱に輝き僕の周囲を明るく照らしていた。
アルクさんが口にした邪龍を倒す為の作戦。
それは力技に等しい荒業ともいえる無謀なものだった。
―――炎を用いての斬撃で邪龍の鱗を切り裂く―――
確かに、ゾンビと化した邪龍には炎は有効だろう。だけど、今までの感覚からして生半可な炎では奴の皮膚を焼くことすらも至難の業だ。それに僕の全力の攻撃さえも効かなかった奴の体を切り裂く、それがどれだけ難しいことが分からない彼ではないはずだ。
唯一炎を扱えるアルクさんも、僕の治癒魔法で怪我が無い状態とは言えども無くなった魔力までは回復できない。とてもじゃないが、今の彼では無理だ。
僕のその言葉に彼は―――、
『ええ、だから私ではなくウサト殿がやるのです』
僕が持っているハルバードにアルクさんの全ての魔力を籠め、炎の刃を作り出す。
それを持った僕が邪龍の胸部にまで近づき、膂力と炎で切り裂き心臓を潰す。
鋼の刃が赤熱するほどの熱量と、僕の力が合わされば、もしかしたら―――という憶測が混じった作戦。だけど邪龍を倒せる可能性が少しでもある分、試す価値はある。
「私が手を離したら、この刃は瞬く間に熱を失ってしまいます。もしただの刃に戻ってしまったのならば、私の魔力もほぼ底を尽きかけているので、手だてはありません。だから―――」
「チャンスは一度ってことですね」
「ええ」
未だにアルクさんの魔力に包まれているハルバードを見ながら、邪龍を見据える。
奴はこちらに気づいているのかどうか分からないけど、陽動をしてくれているブルリンの方に意識を向けていることは確かだ。
邪龍の心臓を狙うには、奴の真正面からトップスピードでの一撃を叩きこまなければならない。威力が足りなければ鱗は貫けず、火力を損なえばただの鋼の刃と化す。
躊躇すれば、この作戦は無駄に終わる。ビビるなよ、僕。
「行きます!」
「はいッ!!」
アルクさんがハルバードから手を離すと同時に、地を蹴り邪龍へと走り出す。爛々と光と熱を放つハルバードの刃を横目で確認しつつ、邪龍の胸部へ狙いを定め一直線に脚を進める。
「このまま―――」
突っ走れば―――そんな言葉が頭に浮かんだ時、ブルリンの方に気を取られていた邪龍がその隻眼をぎょろりとこちらへ向けると、なんの予備動作も無しに大量の瘴気を地面へ吐きつけ、その体と周囲を瘴気で覆い隠した。
「っ、嘘だろッ」
目の前で広がっていく瘴気に思わず足を止め、歯噛みする。
この程度なら治癒魔法を纏って入り込んでも大丈夫なレベルだけど、恐らく中に入った僕を待つのはどこから来るか分からない邪龍の無慈悲な攻撃。
「クソッ、そういうことか!!」
奴は僕達がしようとしていることを分かっていたのだ。
だから、ハルバードを熱しているアルクさんを止めようとはしなかったし、大人しく僕とブルリンの相手をしていた。
奴も僕に対しての対策を講じていたのだ。まともな方法では僕を捉える事が出来ないのが分かっていたから、確実に僕を殺す為の策を弄してきた。
「行くしかない……ッ!!」
チャンスは一度だけなんだ。
ここで脚を止めたらそれこそ勝機が無くなる。
博打覚悟で瘴気の中へ飛び込もうとする―――が、そんな僕の背後から突然小柄な何かが飛びついて来た。
「アマコ!?」
後から追ってきたのか、勢いよく飛びついて来たアマコががっしりと僕の首と腰にしがみついていた。
一体何を、と困惑しながらそう口に出そうとすると、それよりも早く彼女が叫ぶ。
「私がウサトの目になる……!! このまま行って!!」
「……っ、よしッ掴まってろ!!」
彼女の意図を察し、自分と背中にいる彼女を包み込むように治癒魔法を展開し、止まった脚を動かし瘴気の中へ飛び込む。
前方も足元すらも不明瞭な視界の中を真っ直ぐ突き進む。
邪龍からの攻撃なんて恐れることはない。何せ、僕の背中には最強の目を持っている少女がいる。
「しゃがんで!!」
身を屈めると、頭の上を巨大な何かが通り過ぎる。
「後ろへ跳んで、左に大きく回り込んで!!」
バックステップと同時に、大きく左へ迂回し瘴気の中を突っ切る。
アマコの言葉を一言たりとも聞き逃さないようにし、邪龍の行動、攻撃に対応していく。
……やっぱり、僕の考えた通りに最強のコンビネーションだな。
こんな時に考えるのもアレなんだけど、少し感動している。
「瘴気から出る!! アイツの正面だよ!!」
「おぅっし!!」
ハルバードを両手で握りしめ、大きく後ろへ構える。
そして前方が瘴気が薄く晴れてきていることが分かると、さらに地面を踏みしめ加速する。瘴気の壁を越え、月に照らされる空間に飛び出した先には―――こちらに叩き付ける様に大きな尾を振るう邪龍の姿。
思わず脚が止まりそうになると、首に回している腕にぎゅっと力を籠めたアマコが心配いらないとばかりに静かな声で囁く。
「大丈夫、彼がいるから」
彼女の言葉と同時に、真横からブルリンが飛び出しこちら目掛けて振るわれた尻尾を体全体を使って防ぐ。
その姿は、あの日蛇と初めて一緒に戦った時のブルリンの姿と重なった。すれ違いざまに僕を見るブルリンの瞳に、思わず頷いてしまう。
ああ、そうだなブルリン。
僕とアマコだけのコンビネーションじゃない。アルクさんもお前もいる。
だから、『皆』の力で邪龍を倒す!!
「うおおおおおおおおおおおお!!」
「ッ!?」
声を張り上げ、一直線に邪龍目掛け走る。
越えて来るとは思っていなかったのか、ギョッとした表情で慌てて巨腕を振るおうとする邪龍。だけど、生憎こちらの方が早い。
三メートル手前にまで近づいた僕は、跳び込む様に大きく右へ構えたハルバードを全力で横薙ぎに振るう。
「ぬぅぅん!!」
邪龍の鱗と激突した瞬間、赤熱した刃が奴の表皮を焼き焦がす。
効果アリ!! そう確信すると共に、ハルバードを押し込みそのまま勢いに任せて振り切る。
刹那、手元でバキィィンと何かが折れる音が聞こえる。ハルバードの刃がある柄の先程から折れ、遙か後方に飛んでいった音だ。
「―――」
飛んで行った刃には目もくれずに、刃を振り切った邪龍の鱗を注視する。
時間にして数秒ほどだが、とてつもなく長い時間に感じられた。
駄目か……、諦めかけたその時、ボッと邪龍の鱗に火が付くと同時に、横一線の斬撃が邪龍の胸部に刻み付けられる。
「―――っしゃァ!!」
胸部の傷口から煙のように溢れ出る真っ白な灰。
苦悶の声を上げる邪龍の声を聞きながらも、その灰の奥で異様な輝きを放つ物体を見つける。
「心、臓……なのか?」
それは灰に埋もれながらもゆっくりとした鼓動を刻む赤色の心臓。
いや、そもそもが体から切り離されているはずなのに、鼓動を刻み続けている物体を心臓と呼んでもいいのか? 他に内臓にあたる部分が見られないから、まるでこの部分だけ無理やり生かされているようだ。
しかも、これにはもう一つおかしい部分がある。
それは切り離されても尚動き続けている心臓に突き刺さっている刃物。
銀色の反った刀身に、金色の鍔、真っ黒な柄―――、元の世界、日本に生きる僕にとってある意味で見慣れた刃物が邪龍の心臓にあたるものに突き刺さっていた。
「なんで、刀なんかが……」
「ヴヴ、ヴォォォォ――――!!」
「ウサト!! 何してるの!?」
「……っ、く」
そうだ、考えている暇はない。
アマコの言葉に我に返った僕は邪龍の傷口に腕を突っ込み、心臓に突き刺さっている刀を掴み取る。模造刀でも何でもない本物の刀の感触に息を吞みながらも、力の限りに引き抜いた。
すると、半狂乱になって叫んでいた邪龍は途端に動きを止めた。
「カ、ヴ、ウソダ、我ハマダナニモ破壊シテイナイ、殺シタリナイ……オノレ、マタシテモ我ハ、勇者ニ敗レルノカ」
動きを止めた邪龍の体がどんどん灰になっていく。
まるで、奴をこの世に継ぎ止めていた楔が消え、本来の魔物としてのあるべき姿に戻る様に消滅していく。
「我ハ、ヤツニリ、ウ、サレタ、マ――――」
ついには体全体が灰に変わり消えた。
残ったのは、山のように積まれた灰だけだった。その灰の山を前にした、僕は安堵のあまりその場に座り込む。
「た、倒せた……のか?」
「やったんだよ、ウサトっ!」
背中から降りたアマコが嬉しそう両手にぎゅっと握りこぶしを作ってそう言った。周囲を見れば、ブルリンもアルクさんも無事だ。誰も死ぬことなく、邪龍を倒すことができた。
「やった、か……」
自分の手の中にある刀を見て僕の中で湧き上がった感情は、邪龍を倒せた喜びではなく、先代勇者に対しての疑惑であった。
「先代勇者は、一体……どんな考えでこれを突き刺したんだ……?」
邪龍の心臓から抜き取った刀。長さは、四十センチくらいで、刀身は眩い程の銀色で柄の色は黒。
こういうタイプの刀は脇差とでも言うのだろうか。……それはどうでもいいとして、気がかりなのは、これを抜くと同時に邪龍は解放されるように灰になって消えたということだ。
訳が分からない。
手帳を読んでいる限りでは、先代勇者は邪龍の心臓に刃を突き立てて倒したって話だ。
だけど、さっきの邪龍の状況と、突き刺さったままの刀を考えれば勇者はただ倒しただけとは考えられない。
「どちらにせよ、相手が邪龍とはいえ殺してしまったことには変わりない」
「それは、違うよ」
「ん?」
無意識に呟いてしまった言葉をアマコが強く否定する。
「あれは、なんというか殺すとかそういうものじゃない……気がする。だからあれはウサトが殺したんじゃなくて解き放ったって言った方が正しいかもしれない」
「……ははは、ありがとう」
殺すではなく解き放った、ね。
アマコの言葉を嬉しく思った僕は、苦笑しつつも彼女の頭をぽんぽんと撫でる。アマコは少し照れるように斜め下に視線を向け、表情を綻ばせる。
しかし、その緩んだ表情はすぐに厳しいものへ変わる。
「……ウサト」
「ああ、分かってる」
大丈夫、忘れている訳じゃないよ。
邪龍を倒して終わりじゃない。
まだ一人、今回の事件の大本の原因が残っている。
「アマコ、僕を彼女の元へ案内してくれ」
半壊状態の洋館を見上げた僕は、疲れた体に鞭を打ちながらも本日最後の仕事をするべく立ち上がるのだった。
戦闘はこれにて終了です。
正直な話、この話がやりたいが為の対邪龍戦といっても過言ではありませんでした。
後二話ほどで第三章が終了します。




