第七十二話
お待たせしました。
第七十二話です。
※名前が似ているキャラがいるとの指摘を受けましたので、一部変更させて貰いました。
変更前セリカ・ベルグレッド
↓
変更後アーミラ・ベルグレッド
夜、僕とブルリンは洋館と村の中心くらいの場所で、準備運動をしていた。
これから、ネアの洋館へカチコミをかける手前準備運動は欠かせない、そう思ったので空いている時間で出来る限りの準備を済ませていた。
「ブルリン、外も中も敵で一杯だぞ。気を付けろよ」
「グアー」
心配いらないってか、頼もしい限りだ。
……恐らく、洋館の周囲と中にはゾンビが徘徊しているだろう。
操られている人達がいるかどうかは分からないけど、彼らも来ていると考えると下手な潜入では逆に身動きが取れなくなってしまう。
「ウサト、村の人達を見てきたよ」
「どうだった?」
ちょうど、村の人達の様子を見に行くようにお願いしていたアマコが戻って来てくれた。
彼女の報告次第で僕達が思い切りやれるか、できないかが決まる。
「皆いたよ。多分、アイツは村人たちを巻きこもうとしていないみたい」
「……そうか。ネアは、アルクさんとゾンビだけで僕達の相手をしようとしているのか。それだけで事足りると思われているか、それとも人質を取る必要が無いほどの隠し玉を彼女が持っているか……」
どちらにせよ、僕達がアルクさんを助けに行くことには変わりはない。
村人たちが居ないなら思い切りやってやる。
「馬も大丈夫だったし、テトラさんの家に置いてある荷物も大丈夫だと思う。あと、これ」
アマコが差し出したのは、布製の帯のようなもの。カーテンか何かを裂いたのかところどころほつれているように見える。
それを受け取り、今一度彼女の意思を確認する。
「本当に大丈夫? 衝撃とか色々凄いぞ?」
「私もアルクさんを助けたい。それに、ウサトがどんなに無茶苦茶なことをしても私は慣れてる」
昨夜、三階から飛び降りた時、こわわ、と言っていた少女とは思えないほどの力に満ちた言葉だな。
あえて何も言わずに彼女に背を向け、しゃがみこむ。すると背後から無言で近づいて来たアマコは、僕の首に手を回すと、軽くジャンプして背中に乗ってきた。脚もがっちり腰に抱きつかせ、しっかりと体を固定したアマコを確認した僕はゆっくりと立ち上がる。
「予想していたより、問題は無いな」
単純に言えば、僕がアマコをおんぶした。
これが僕とアマコの作戦。アマコが予知し、僕が動く。これがうまくかみ合えば、どんな相手も僕達に攻撃を当てることは不可能になるであろうコンビネーションになりうる。
「よし、このまま布で固定しちゃおう」
受け取った布で、きつくない程度に腰と胴体部分を固定する。
……やっぱり小柄な見た目も相まって軽いな。重さに関しては僕にとっては無いも同然だ。
「どこか辛いところとかある?」
「……ウサト、何も思わないの」
「え? ……ははは、そういうのを気にするのは3年くらい早いぐぇ―――」
首に回された腕に力がこもり、締め上げられる。
流石に息を止められるのはキツイ、ちょ、やめて……。顔を青くさせながら首に回された手をタップしていると、気が済んだのか腕を緩めてくれる。
「次は無い」
「……え?、あ、はい」
息を荒くしている僕の耳元に口を寄せたアマコは、これ以上なく冷たい声で一言そう呟いた。
お、思わず震えた声で返事してしまったけど、え、なにこれ? 知らぬ間に僕の生殺与奪がアマコに握られてる?
女の怒りは恐ろしいと聞いたことはあるけど、こんなタイミングで知りたくは無かったよ。
「ブルリン。準備はできているか?」
「グルァ!」
青色の巨体を震わせると共に雄叫びをあげるブルリン。
どうやら、こいつも準備が整ったようだ。
「アマコ、君は予知に集中してくれ。僕がいる限りどんな攻撃も妨害も君には及ばせない」
「大丈夫、心配してない」
ならよし。
僕もブルリンと並び、ネアがいる洋館の方を向く。
作戦は単純、一気にネアをボコってアルクさんとゾンビを解放する。
村人たちを解放……というのは、僕の中でまだ疑問に残るところがあるから、断言はしない。
彼女がどういうつもりで200年の間、村娘のネアさんとして、テトラさんの娘の代わりとして生きてきたのかは分からない。
だけど、それとは関係なしに、仲間は返してもらう。
「さあ……行くぞ!!」
「グオオオオォ―――!!」
僕にしがみつくアマコの力が強くなると同時に脚を踏み出す。
走り始めると直ぐに洋館の姿が見える。
洋館の三階、僕とアマコが昨夜飛び降りた大広間には唯一明かりが灯っている事から、彼女がその場所に僕達を誘っていることが分かる。
洋館周囲には数十体のゾンビの姿が見えるが、そんなものは今の僕にとっては関係ない。こいつらの相手は僕ではないからだ。
「ブルリン!! 露払いは任せたぞ!!」
「グルァ!!」
僕の前に飛び出したブルリンが行く手を阻むゾンビ達に体当たりを喰らわせながら突き進む。その光景はさながら交通事故。相手がゾンビでなければ、大怪我を負う事間違いなしの威力だろう。
だが、相手は体があれば動き続けられるゾンビ。骨が折れ、凹んだとしても何度でも起き上がる。
いちいちアレを相手している時間は僕達にはない。
外はブルリンに任せて、僕とアマコはそのまま洋館の中へ突撃する。
「礼儀正しくノックしてから入ると思うなよネアァ!!」
ご丁寧に修理されている扉を蹴破り、中でスタンバイしていたゾンビごと吹き飛ばす。
「右三体、左一体、階段三体」
「オーケー、殴る」
アマコからの簡潔な指示を聞くと同時に、左右から同時に襲い掛かって来るゾンビ四体に拳を打ち込み、壁に激突させる。
事前に来る場所が分かっていれば、対応も楽だな。
「このまま上に」
階段を駆け上がれば、予知の通りに三体のゾンビが現れる。
冷静に手を出して来た一体のゾンビの手を掴み、腕力で振り回して二体のゾンビ諸共地面に叩きつけ無力化する。
「真っ直ぐ一直線。三階、扉の前には誰も居ない」
成程、誰も居ないか。
アマコの言葉にさらに階段を昇る速さを上げ、一気に三階前でブレーキをかける。
「ちょっとウサト何を―――」
「なぁに、挨拶代わりだよ。ほんの些細な、ね」
戸惑うアマコに構わず、拳を引き絞る。
仲間であるアルクさんを操られたこと、僕達の旅が台無しになりかけたこと。
それに、僕が怒っていないはずがない。
「約束通りに来たぞ!! 引き籠り吸血鬼ィ!!」
怒号と共に木製の扉に拳をぶつける。
手加減無しに振るわれた拳は、扉を突き破らず、逆にソレを固定していた留め金ごと吹き飛ばした。
『よく来たわ―――って、危なぁぁぁぁ!?』
扉の奥にいたネアは余裕な面持ちで僕達を待ち受けようとしていたのだろうが、突如として自分目掛けて吹っ飛んで来た扉に、恐怖の声を上げ床に転がり込んだ。
扉はそのまま大広間の窓側に激突し、そのまま大穴を空けた。
「え、わ、私の館が……ちょ、ちょっと! 入り方ってものがあるでしょう!! な、直すの大変だったのよ!?」
「んなこと知るか!! 君なんかに構っているほど僕は暇じゃない!! 何かされる前に叩く!!」
「ひぃ!?」
血相を変えてこちらを非難するネアに構わず、握った拳を手刀に変え、意識を奪う事を試みる。
「ウサト駄目!!」
「っ!!」
ネアのすぐ前にまで近づき手刀を掲げた僕を、アマコが止める。
その声と同時に側方から何者かが近づいてくることに気づき、慌ててネアから離れると、先程まで僕が居た場所に力の限り振り下ろされたであろう剣が突き刺さっていた。
暗闇に映える赤色の髪、鈍色に光る武骨な剣。
そして、ここに来る前までは着ていなかった重厚な鎧。
ぜーはーと息を荒くしているネアを守る様に立ったアルクさんは、虚ろな目でこちらを見ていた。
「あ、危なかった。ふ、ふふふ、どう? 形勢逆転ね」
一転して得意げな顔で起き上がった彼女は、さりげなくアルクさんの後ろに隠れながら、こちらを挑発するような笑みを向けてきた。
隙を見て、ネアの意識さえ奪えば――、そう考え動き出そうとするも、それに合わせてアルクさんの体が、僕が跳び出そうとした方向にズレる。
「……行かせないつもりですか、アルクさん」
「……」
無言―――。
ネアの支配下に置かれようが、彼は自分が守るべき対象を守ろうとしている。長年、リングル王国の城門の守衛として勤めてきた彼の『守り』は簡単には出し抜けない。
「はぁ……まいったな」
ため息と共に、これ以上のネアへの攻撃は無理と考えた僕は構えた手を下ろす。
構えを解いたこちらに安心したのか、安堵の表情を浮かべた彼女は僕がおぶっているアマコを見て、首を傾げた。
「貴方達のその恰好は……。成程ね、アマコは予知に集中している訳ね」
「……アルクさんから聞きだしたのか」
「勿論。そして、ウサトのこともちゃーんと聞いたわ」
やっぱり知られてしまったか。
これ以上面倒臭くなる前に最初の接触で倒せたら良かったんだけどな。
「異世界から召喚されたんですってね?」
「そうだよ。僕はこの世界の住人じゃない。本当は君には知られたくなかったけど、こうなってしまったらしょうがない」
正攻法で行く、まずはアルクさんを気絶させてからネアを叩く。
その為には―――、
「アマコ、早速で悪いけど少し降りて貰うよ」
「……分かった」
ゾンビ相手ならまだ対応できるけど、この限られた空間でアルクさんを相手するのは、アマコを背負ったままの僕では厳しいところがある。
彼の操る本気の炎の魔法がどれほどの威力を持っているか、僕自身まだ把握していないからだ。
もし、彼が本気で炎の魔法を放ったらどうなるか、まず思い浮かぶのはルクヴィスでナックと戦ったミーナの炸裂魔法。彼女が扱うような広範囲に及ぼす魔法が放たれた場合は、僕はともかく、背中にいるアマコが無傷で済むとは言えない。
アマコに降りて貰い、戦える体勢に移った僕にアルクさんも無言で剣を構える。
「―――分かっていると思うけど、私は手加減なんてさせないわよ? 貴方の武勇伝も、強さも、頑丈さも、ぜーんぶアルクさんから聞いているから、彼には本気で戦ってもらうわ。それに、私もちょーっとだけ手を貸してあげたから」
「手を貸した……?」
……アルクさんに何かをしたのか? あの趣味悪い鎧を着せた事に何か意味があるのか?
彼の方を見れば、その虚ろな目と全身を覆う鎧以外には変わりはないように見える。
戦ってみないと分からない、ということか。
「―――やりなさい」
「っ!!」
彼女の声と同時に一気に腰を落としたアルクさんがこちらへ飛び出した。
剣の表面は炎を纏っており、斬るものを容易く両断できるであろう切れ味を内包していることが分かる。
「アルクさんっ……!」
「……」
上から振り下ろす一撃を後ろへさがることで回避しながら、治癒魔法を拳に纏わせる。
ゾンビ相手には僕の治癒魔法は意味を成さなかったが、生きている相手には有効だ。治癒パンチで一気に意識を奪おう。
その為には彼の剣を掻い潜り懐に飛び込まなければならない。
学園でのハルファさんとの勝負は、彼が棍を使っていたから僕も受けていられたけど、今度の相手は剣、当たれば切れる。単純なことだけど、それだけで全然違う。
それにアルクさんは剣の達人。不用意に飛び込めば致命傷を負う可能性がある。
「っぶな!?」
下から突き上げるような炎を纏った剣の切り上げが、僕の鼻先を掠める。
あんなの当たったら、火傷どころじゃすまない。ネアは殺す気が無いのだろうけど、僕を半殺し以上にしてもいいと思っているようだ。
半殺しにされても、治癒魔法で回復する自信はある。だけど、炎を纏った剣で切られるのなんてごめんだ。
この際、アルクさんに対しての情けも容赦も捨てて、一気に気絶させにいこう。
「すいません。殴ります」
炎剣の余波にも気をつけながら、横薙ぎに剣を振り切った彼の懐に飛び込み、剣を持つ手の右手を掴み、そのまま左手の治癒パンチを、彼の胸当てに叩きこむ。
確かな手応えと衝撃がアルクさんの体を貫く。
「これで―――」
決まった、そう言葉にしようとすると、アルクさんの胸当てに不可思議な文様が浮かび上がる。
僕の体を拘束していた時の魔術と似ている文様。それが胸当てを中心に足元へ移動するように明滅している。
まるで僕がアルクさんに与えた攻撃がそのまま外に流されたかのように―――、
「っ、まさか!? ―――っ!」
動揺した一瞬の隙をついたアルクさんは、剣を持つ側とは別の左手を僕の腹部に添える。
まずい、そう考えた瞬間にはすべてが遅かった。
「くそ……っ」
苦し紛れに治癒魔法を全身に纏わせたその時、アルクさんの掌から圧縮された火球が吐き出され、衝撃が僕の体を襲った。
腹部に火球を打ち込まれた衝撃は、僕を吹き飛ばすには十分すぎる威力があり、為す術無く僕は自分が蹴破った扉の横の壁に激突し、そのまま飾られている鎧に背中から叩きつけられた。
「……っ」
「ウサト!!」
慌てるようにアマコがこちらへ駆け寄って来るのを手で制しながら、起き上がる。
腹部の団服が黒く煤汚れているが、穴も開いていないし傷もついていない。
通したのが衝撃だけで火傷も何も負っていないから治癒魔法を施す必要はない……。
「……まさか治癒パンチのみならず、拳も効かないとは……」
「えーと、なんでほぼ無傷なの……?」
その質問には鍛えてますからとしか言い様がない。
そもそも、ローズの拳に耐えた僕にとってあの程度の衝撃、なんでもないね。しかし、アルクさんの着させられている鎧、あれは何だ? 吸血鬼とネクロマンサーとしての能力じゃないことは分かる。
あの文様からしてまず分かるのは―――、
「魔術か、二つ目の……」
「正解っ!」
当てられて嬉しかったのか、満面の笑みでこちらに人差し指を突きつけるネア。
「彼が着ている鎧には、私特性の『耐性の呪術』が籠められているのよ。性能は簡単、私が術式に組み込んだ攻撃は全て受け流される。でも、これには欠点もあってね、組み込める耐性は一つだけ、しかも限定しなくちゃいけないから効果も範囲もそれほど無いのよ。……もー使い勝手悪すぎて活躍の機会が少ない可哀想な魔術なの」
使い勝手が悪い、ね。
僕にしては最悪の類の魔術だ。拳での殴打も脚使っての蹴りも全て流されるとしたら、こちらに打つ手はない。
そんな僕の考えを察したのか、口角を三日月のように歪めた彼女は口元に手を当てる。
「フフフ、もしアルクさんを動けなくさせたいなら、そこにある剣でも斧でもとって攻撃すれば大丈夫よ? 後はそうねぇ。攻撃系の魔法とか使ってもいいかも! 貴方がアルクさんを殺してもいいならの話だけどねぇ! ハハハハハ!!」
……つまり、体術での物理攻撃は意味がないから他の殺傷しうる武器で彼を止めろ、と。そんなことは無理に決まっている。
そして僕が攻撃魔法を使えないのを知っている癖に意地悪く攻撃魔法のことを引き合いに出すなんて、地味に最初に決着をつけようとしたことを根に持っているな。
しかも凄いむかつく笑顔で煽って来るし。
「ハァ―――。魔法の次は体術も封じたか。流石に、今の僕では打つ手も何もない」
「なら諦める事をオススメするわ。アルクさんを倒しても、私にはまだ切り札が残っている。この状況で貴方がどうあがこうとも私の勝利は揺るがないわ」
諦めろ、……諦めるね。
……ハッ。
「バカ言ってんじゃねぇぞ小娘が。僕は絶対にアルクさんは見捨てないし、諦めたりもしない。たかが拳も蹴りも使えなくなったくらいで立ち止まると思うなよ」
崩してしまった鎧の腕を剥ぎ取り、両腕に嵌める。
鉄製の手甲。そう何度も耐えられるとは思わないけど、これならアルクさんの炎剣も受け止める事が出来るはずだ。
手甲を嵌めた手で髪をかき上げ、アルクさんの後ろにいるネアを睨む。
「君は知識だけで僕のことを知っているようだけど、僕がこの世界に来てから培ってきた経験、彼女から教えて貰ったこと全てを知っているはずがない」
「……っ、だから私は貴方を捕まえて―――」
「無理やり訊き出すとでも? それは君が捕まえることができたらの話だ。それと、君が知らない事を一つ教えよう。僕は―――負けず嫌いなんだよ」
さて、刃物を避けるのはともかく受けるのは初めてだ。
一瞬の油断が致命傷に繋がるぞ……!
両の拳を打ち付け調子を確かめた僕は、深呼吸しながら拳を構え、再びアルクさんと相対するのだった。
対ウサトメタ鎧騎士ARK VS 天然怪力怪獣UST
第二ラウンド開始ッ。
耐性の魔術は、俗に云う欠陥を抱えた魔術ですね。
魔術をかける対象を一つしか限定出来ない上に、指定できる耐性、範囲もかなり限られるので、ネアはゾンビや操ったものに対して用いる感じです。
本日(?)治癒魔法の間違った使い方、第一巻発売いたしました。
詳しい内容は、前書きに書いたキャラクター名変更と合わせて、活動報告の方に載せました。