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治癒魔法の間違った使い方~戦場を駆ける回復要員~  作者: くろかた
第三章 生と死を操る魔物 
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第七十一話

お待たせしました。


第七十一話です。

 ネア達が居る洋館から逃げ出した僕達は、村の近くの森に身を隠した。

 なぜ森に身を隠したかというと、村の人達全員がネアの支配下にあると考えたからだ。

 不用意に村に帰ってきたら豹変した村人たちが、僕達を捕らえに来るかもしれない。いくら治癒パンチという不殺の手段があれど、襲ってくる相手はなんの罪もない村人達だ。治せるとは言っても、できるだけ傷つけたくはない。

 それに、ブルリンに背負われていた時の僕はまだネアにかけられた魔術に拘束されていた。

 未だに満足に動かせない体を見て、魔術ってのはとてつもないものだと改めて認識させられる。なにせ、術式を壊したであろう右腕と両足さえも完全には動かせないのだ。

 このままではアルクさんを助けるどころではないので、森に逃げ込んだ僕はとりあえず体を休めることにした。

 ネアとのやり取りで疲れていた、ということもあるし何より拘束を壊すときの無理な魔力行使により無理がきていたのだ。

 そして―――、


「朝、か」


 目覚めて、最初に目に入ったのはだらしなく涎を垂らしているブルリンの顔。やけに柔らかな感触に包まれている頭の後ろを見れば、柔らかなブルリンの背を枕にしていた。

 僕は反射的にブルリンの顔を押しのけようと手を出そうとするが、昨夜のことを思い出した僕は、押しのけようとした手をブルリンの頭に近づけ、その頭を撫でつける。


「ありがとな。おかげで助かった」

「グフゥ」


 気持ちよさそうに呻き、鼻を鳴らすブルリン。

 その様子に満足した僕は撫でつけている左手を引き……って、左手?


「あれ、動くぞ」


 よく見れば体を覆っていた文様が消え失せている。

 拘束の呪術とやらは時間の経過と共に消えるって考えてもいいのかな? 魔術というからには永続的なものを想像していたけど、嬉しい誤算だ。

 一つずつ丁寧に術式を壊していかずに済んだ。

 立ち上がり体の調子を確かめる。異常は無い、拘束される以外に何かされた様子もないし、むしろ調子が良い。


「ははは、まさかあの魔術が拘束具的な感じで鍛えられたりして……」


 鍛えるのにちょっと良いと思ってしまった。

 僕はMじゃないけどね。

 そういえばアマコは何処に行った? 彼女も僕達と一緒に森へ入ったはずなんだけど、まさか一人で村の方を見に行ってしまったのか?

 いや、彼女だって伊達に長い距離を旅してきた訳ではない。こと経験に関しては僕よりも圧倒的に勝っているはず。

 そう思い直し、再びブルリンの傍に座り直した僕はその場でアマコを待つことにした。

 待つこと十数分、近くの茂みからアマコが出てきた。髪に葉っぱがついてはいるが、外見的に怪我も汚れもしていない彼女を見て安堵しながらも、彼女に歩み寄る。


「起きたんだ。……体は動く?」

「それはもう心配はない。この通りピンピンしているよ」


 腕をグルグルと回しながら元気なことをアピールすると、アマコは僕と同じように安堵しながら手に持った外套で包んだと思わしき包みを開いた。

 包みの中には、リンゴに似た果物がいくつもあり、彼女はそこから一つを取ると僕に差し出した。


「お腹、減ってると思って……」

「! ありがとう」


 アマコが持ってきてくれたものなら大丈夫だろう。果物屋で働いていたこともあるし、なによりそういう知識が豊富そうだからね。

 お礼を言いながら、果物を受け取った僕は果物の表面を団服で拭い齧りつく。

 果物特有の甘味と酸味が口一杯に広がる。

 うん、美味い。そう彼女に言うと、アマコも果物を一つ取り出して齧りついた。


「……ウサトが食べても大丈夫なら。私も大丈夫だね」

「凄い自然に毒味をさせたなお前」


 親切に甘えた結果がこれだよ。

 治癒魔法で治るといっても痛いものは痛いんだよ? ねぇ?

 ぶつくさと文句を言いながら元居た場所に座ると、アマコはブルリンの顔の近くに果物を置き、僕の隣に座る。


「それで、どうやってアルクさんを助けに行く?」

「ゾンビと操られた村人たちは敵じゃない。問題はネアの魔物としての能力と魔術だ」


 ネクロマンサーと吸血鬼のハーフ。

 まさかまさかのどんでん返しとはこの事だ。

 二百年も村娘を演じ続けた彼女の演技。あの涙混じりの言葉も、感謝の言葉も全て嘘だった。全て彼女の仕組んだことであるから当然のことだろうけど、それにショックが無いと言えばウソになる。

 だが、問題は彼女自身の戦闘能力が未知数だってことだ。

 今の所分かっているのは、ネクロマンサーとしての死者を操る能力。

 そして吸血鬼としての、血を吸った生者を操る能力。目を合わせた者を魅了するチャーム。

 最後に魔術を扱えること。


「正直な話、時間をかけて作ったっていう魔術での拘束は僕でもかなりきつかった。ブルリンは……ギリギリ大丈夫だろうけど、君は即席のものでも動きを止められるかもしれない」

「……気を付ける」

「うん。あの魔術の発動には条件があると見た。彼女自身口にはしていなかったけど、多分……対象に触れなければいけないということだと思う」


 そうでなくては僕にわざわざ抱きついてくるなんて行動はしない。あの時の彼女は確実に僕を捕まえたかったはずだ。それなら、より確実に警戒を緩めさせる為にあのような行動に出たと考えてもいいだろう。

 そうとなれば話は早い。

 要は彼女に触れられなければいいだけのこと。

 万全の状態ならばいくら村人とゾンビに襲い掛かられても対応できる。

 問題は彼女が持っている魔術が【拘束】だけではないという可能性があることだ。分かっているだけでも二百年という年月を生きてきたのならば少なくともあと一つは魔術が扱えるという事になる。


「他の魔術が使えるかは分からない。だけど、怖がっていてはアルクさんも救えない。それにそのアルクさんだって―――」

「操られて、敵になっているかもしれない、よね」

「……ああ」


 ネアは確実にアルクさんを操るだろう。

 そして、村人たちに暗示をかけられるのならば、アルクさんにだってかけられる。下手をすれば全力状態のアルクさんとの対決も考えなくちゃならない。

 そうなったら最悪だ。

 ……待てよ? アルクさんは既に噛まれていて、ネアの支配下にある。そんな彼を彼女が戦うための手段としてだけに使うだろうか?

 いや、恐らく彼女がまず最初にするのは、支配下に置いたアルクさん自身の記憶を探り、そして―――、


「やばい……」

「え?」

「僕と君のことがバレた……」


 僕は異世界召喚に巻き込まれた人間として。

 アマコは予知魔法という特別な魔法を扱える獣人として。

 それを知った彼女はどのような行動に出るか全く想像できない。ただ一つ分かるのは、そのことを知った彼女が頑として僕達を諦めることがなくなったということだ。


「はぁー……」


 ただの力が強いだけの治癒魔法使いっていう認識だけなら、相手もまだ侮ってくれただろうけど、まさか異世界人だって知ったら、彼女も必死に僕達を捕まえようとするだろう。

 面倒くさいったらありゃしない。


「ま、なるようになるか」


 果物をもう一個取って食む。

 今はしっかりと休養をとって体調を万全にすることだ。

 ……そういえば、団服に洋館から持ってきた手帳があったな。

 果物を持ちかえ、右手で団服のポケットに手を入れ、ボロボロの手帳を手に取った。

 僕の手にある手帳を見たアマコは首を傾げた。


「なにそれ」

「先代勇者について記された本……だと思う」


 よく中身を確認していないから、これが本当に勇者について記されたものとは限らない。

 夜までにはまだ時間がある。

 考えたくないけど、もう二度と読めなくなるかもしれないから少しくらい目を通しておこう。

 なんともなしに僕はその手帳をめくり始めた。




 私が彼のことを記す上で、まず注意しなくてはならないのは彼が自身を記録されることを嫌っているということだ。

 彼は己の功績をたたえられることを好まない。

 彼にとっての功績とは、命を奪ってきた数を意味する。

 多くの屍を越えて生きながらえてきたことを称賛されるのは、彼にとっては想像を絶するほどの苦痛だった。

 だが、私という傍観者が彼のその後を記さずにいられなかったのはひとえに彼の間違った姿が後世に伝わってしまうことを自ずと理解したからである。

 彼は一人だった。

 仲間も、理解者も、誰もいない。

 家も故郷も家族も、どこにもいない。

 暗い道をたった一人で歩き続け、多くの屍を乗り越えてきた、彼の両手は血で真っ赤に染まっている。

 きっと彼は人間達からも亜人達からも英雄と呼ばれるだろう。

 だけど、これを読んでいる誰かは分かってほしい。

 英雄なんてどこにもいない。勇者なんていう存在は勝手に作り上げられた偶像だ。どんなに強い力を持っていようとも、彼はどうしようもなく人間なのだ。

 これから書き記すは、一人の人間の話であり、遠い未来で償わされる私達の”罪”の記録だ。



「訳ありすぎだろ……」


 そこまで読んで、僕は一息ついた。

 何だこれは。勇者の闇が深すぎる。適当にページを捲って、読み取れる部分に目を通しても、一貫して勇者についての心情と彼が行ってきたであろう行為がつらつらと述べられている。

 これを書いた人がどういう人かは分からないけど、かなり先代勇者と近しい人だってのは分かる。


「先代勇者も魔王を相手取ったらしいけど、今と昔では全然違うように思えるな」


 少なくとも手記の読める部分を見ている感じでは、昔の魔王軍は相当えげつないことをやっている。

 捕えた人間を魔力の供給源としたり、洗脳、買収、とにかく今のようなただ進撃するようなものではなく搦め手、不意打ちを主としていた。

 うわ、これに至っては村どころじゃなくて一つの国に裏切られるように仕組んでいる。今と昔の魔王は本当に同一人物なのか? やっていることの過激さが天と地なんですけど。

 その企みを勇者と呼ばれた彼がことごとく打倒している。

 だけど文面からは、喜びも何も感じられなく、ひたすらに起こった事、事実がつらつらと記されている。これは歴史の本を読んでいる感じとよく似ているな。


「大変だったんだなぁ……本当に」


 ま、今を生きる僕には当時の状況こそ分かれども、ただ同情することしかできない。

 しかし、それにしても……。


「勇者ってのは、亜人にも慕われてたんだな」

「そうらしいね。私もそこはよく分からないけど、故郷では人間は嫌われていたけど、勇者を嫌っていたって話は聞かない」


 アマコの言葉にもう一度手帳の文面を読む。

 勇者が亜人達に何をしたかはこの手帳を見ても分からないけど、そこまで慕われることを行ったということなんだろう。


「……ん?」


 手帳に小さなメモが挟んである。

 そのページを開くと、手書きの絵が描かれており、文字が書かれてはいるがほとんど掠れて読めない。だけど虫食いではないから、専門家が調べれば読めなくはないレベルだ。


「ワニ? トカゲ? いや、翼がある」


 頬にまで裂けた口からは火炎のようなものを吐き、背中から生えた翼はまるで刃のように鋭く描かれている。

 巧い絵ではない、だけどその絵からは異様な不気味さを感じさせた。

 その隣のページにメモが挟まれている、恐らく持ち主からしてネアが読めるように直したものだろう。僕はそれに目を向けた。



 吐く息はすべてを腐らせ、爪を振り下ろせば地が割れ、尾を振るえば山が削れる。

 それは化物の片割れ、悪の道を往く邪龍。彼の者が森を通れば、草木は死に絶え生き物も貪られる。国を通れば水は腐り、住む人々は皆理由なく殺される。

 だが、その化物は彼によって倒された。

 戦いの場はサマリアール。突如として彼の前に降り立った邪龍は、周囲に毒と破壊を撒き散らしながら、襲い掛かった。

 これまで記してきたように、彼の魔法は強力極まりない能力を有するが、その攻撃は邪龍の強力な鱗の前では意味を成さなかった。

 戦いは三日三晩続いた。

 その間の戦いの様子は私自身見ていない。だが、彼が邪龍にとどめを刺す瞬間だけは見ていた。

 彼は、自ら邪龍の口の中に飛び込み、鱗の無い腹の中で己が力を注いだ短刀で心の臓を貫き、その命を終わらせた。いや、彼の言い方を借りるのならば封じ込めた、とでも言えばいいのか。

 彼曰く、今その化物は殺せないという。

 実際、心の臓を刺し貫かれ息絶えた後も、魔物のように粒子となって消えずにそのまま存在し続けているあの邪龍は不気味としか言えなかった。

 多くの魔族、魔物を葬ってきた彼に殺せないと言わしめる邪龍が危険な存在なのか、邪龍を行動不能にまで追い詰めた彼が規格外というべきなのか、私には判断できかねる。

 瓦礫が散乱する広場の中心で、直立したまま息絶えた邪龍を見上げた私はある懸念を抱いた。

 彼は殺せないではなく、殺さなかったのでは? という考えるのも愚かな疑問を……。

 そう私が問いかけると、彼は何も言ってはくれなかった。

 その無言が何を意味するのか、私には分からなかった。



「……」


 悪の道を往く邪龍。

 それはまあファンタジーにありがちな存在だけど、僕達の目の前に現れるのだけは勘弁してほしいな。この手帳に書いてあることが事実だとしたら、とてもじゃないが僕では敵わない。もしかすると先輩とカズキが一緒でも勝てないかもしれない。

 そう考えると、単体でこの邪龍とやらを倒した勇者は本当に規格外だったのだろう。

 ……先代勇者はガチチート。うん、こんな小説どこかにありそうだわ。


「ネアはどうしてこんなことを調べていたんだ?」


 彼女のことは良く知らないけど、この部分だけをピンポイントで調べる理由が分からない。

 それとも、彼女が単純に気まぐれで調べただけなのかもしれない。

 それはどうでもいいことか。


「ウサト」

「どうした?」


 不意に隣のアマコが声をかけてきた。

 開いていた手帳をしまいそちらを向くと彼女は少し思いつめたように表情を陰らせ僕を見た。


「昨日の夜、あの館で大広間を見たよね?」

「ああ、それがどうかしたの?」


 僕達が飛び降りたあの三階の部屋のことか。


「あの時、私あの部屋を見て……思ったの。予知で見た場所と似てるって……」

「それは……」


 今日のアルクさん救出作戦が不安なものになるのだけど。予知を見ることができるのはアマコだけだから、彼女が見た光景は言伝でしか知らない僕にとっては昨日見た大広間はそれほど気になるものではなかった。


「私の見間違いかもしれない。部屋中がボロボロだったし、なにより私自身あの部屋のことはおぼろげで……」


 だから、部屋を見たとき戸惑っていた訳か。

 あの時はネクロマンサーを探していたから、不用意な言葉で僕を混乱させないように配慮してくれたのかな?

 変に気を遣うあたり不器用な子だなぁ。

 しかし、アマコの見た光景とあの大広間の場所が同じならば、あそこの主らしき彼女が僕の前に倒れていた人、ということになる。


「ってことは、僕を刺すのはネアっていうことか……」

「多分……」


 決めた。あの小娘は出会った瞬間に治癒パンチで行動不能にしよう。

 心の中でそう決意していると、アマコが顔を俯かせる。


「ウサトは治癒魔法があるから心配ないって言っていたけど……アイツは魔術を扱えるから、もし呪われてしまったら……」

「……」


 呪い、か。

 そんな考えは全く浮かばなかった。

 確かに昨日、あんな簡単に彼女の罠にかかってしまったことを考えると、アマコが心配するのも分かる。

 だけど、恐れているだけじゃ何事も前には進まない。躊躇することも必要だとは思うけど、アルクさんが囚われている今、僕達はどうあっても彼を助けにいかなくてはならないのだ。

 元気づけるように彼女に笑いかける。


「僕が呪いなんかに負けるはずがないだろ? 昨日だって力技でなんとかしてやったんだ。心配いらないよ」

「……ウサトは人間離れしているし、普通の人じゃ考えないことを平気な顔でする変人で、それでも一応人間だから……心配なの」

「よし、君はもうちょっと僕のことを心配していようか」


 こいつ、凄い心配している顔でそんな事を言ってきやがった。

 僕は大きなため息を吐きながら、まだ寝ているブルリンに寄りかかる。


「君は予知に縛られ過ぎだ」

「……だけど、外れた事なんて無いし」


 外れたことが無いからさ。

 君の見た光景は確かに現実で起こる確定した未来だろう。だけど、それは君の主観的な光景だ。

 別にアマコの言っていることを否定している訳じゃないけど、それで悲観するのは少し違うと思う。


「君には僕の血が滴るところは見れど、直接的に僕が刺される光景を見てはいないんだろ? もしかしたら、その血は僕を刺そうとした人の血かもしれない」


 その人は壁に背を預けるように座っていて、それに僕の背に隠れて姿は見えなかったんだろ?


「ようするに、予知なんて捉え方によってはいくらでも展開は考えられるんだ」

「いくらでも……?」

「第一、僕が怪我人が突き出したナイフ程度避けられないはずがない。よしんば刺さりそうだったとしても即座にへし折っている自信があるね」


 見てから回避余裕でしたってね。

 折るのを腕かナイフかどうかは敢えて明言しないけど、今の僕の動体視力で防げないということはないと思う。傷と疲労も治癒魔法で治るし、不意を突かれてもローズの拳に反応できる僕にとって、視界に収めてからでも余裕で対処できる。


「でも、ウサトだってもしかしたら刺されるかもしれないじゃん」

「そうだね。それも一つの捉え方でもある。でも、『必ず』じゃなく、『もしかして』ならまだ希望が持てるって思わない?」

「う、それは……無茶苦茶だよ」


 不貞腐れるアマコに笑みを零す。

 アマコが不安に思うのは正直分かる。

 なにせ自分だけが未来の光景を見えるなんて、気持ちのいいものではないだろうから。

 彼女の言い方からすれば、見える未来は必ずしも自分の望んでいるものとは限らない。それをなんとかしようともできない。そんな無力感に苛まれる。

 リングル王国にいた時のアマコは、そんな思いを抱えながら日々を過ごしていたのだろう。

 だけど、今の彼女は一人ではない。


「僕を信じろ。僕も君を信じる」

「……大丈夫だって、信じていいの?」

「もちろん」


 内心、恥ずかしいことを言ってしまったと僅かに後悔しながらも、それをおくびにも出さずにアマコに頷く。

 いくら本心とはいえ、こういう言葉を口にするのは恥ずかしいものだ。


「……それじゃあ、もうちょっとウサトのこと……信じて、みる」


 アマコの言葉に満足気に頷く。

 すると、不意に立ち上がったアマコが真剣な表情で僕を見た。


「アルクさんを助ける時なんだけど、アレ、やろう」

「アレって?」

「……自分で言ったくせに覚えてないの?」


 一気にアマコからの信頼を損なった気がする。

 アマコからの冷めた視線を受けながら、腕を組み思考する。

 アレとはなんだろうか? アルクさんを助ける時、というからには何か作戦のようなものだろうか。


「……陽動作戦?」

「違う。……私が、私が……ウサトに……」


 頬を染め、唇を歪ませたアマコに僕は困惑する。

 君が僕に―――とそこまで考えた瞬間、ようやく彼女が何を言いたいのか分かった。

 つまりアマコは僕が言ったようなコンビネーション、のようなものをやろうと言ってくれているのだ。


「成程、アレか。あの時は冗談で言ったんだけど……」

「じょ、冗談なの……?」


 ガーン、とあからさまにショックを受けるアマコ。

 あの時は確かに冗談で言った。だが、考えとして至極真っ当に編み出したものである。だが、アレをやるには他ならぬアマコの意思が必要不可欠。


「いや、今は違う。昨夜のことを考えるとあながち悪い戦法じゃないと思う。勿論、君が良ければの話だけど」

「私は、アルクさんを助けたい。それに、信じるって決めたから」

「そっか」


 なら問題はないな。

 僕と君が組めば、一気にネアの元までたどり着ける。それに今回はブルリンもいることだし、コイツにも色々薙ぎ払って貰おうか。

 決行は夜、作戦は立てた。後は、僕とアマコのことを知ったネアがどう出るかが、心配だ。













「うーん。あれー、どこにいったかなぁ……」


 書斎の本の山を漁りながら首を傾げる。

 昨日、ウサトとアマコがやってきていたであろう書斎で何か無くなっている物がないか探していると、ある一冊の手帳が消えていることに気付いた。

 ウサト用の拘束の呪術を作った疲れと魔力枯渇で一時的に気絶していたせいで、明かりを消し忘れたままここを出て行ってしまった私が不用意すぎるのは分かっているけど、まさかこんな面倒なことをすることになるとは思わなかった。

 本の山から顔を出した私は、乱れた髪を整えながら手帳を探すことを諦める。


「数少ない勇者の記録なのに。もしかして持っていかれた? あれは普通の人間にとってはただの小汚い手帳同然なのに。あー、もう。まだ調べたいことがあったのに……」


 腕を組み、慣れ親しんだ古びた椅子に座り、思考する。

 それにしてもどうしてウサトは、もしかしたらアマコかもしれないけど、手帳を持って行ったのだろうか。


「興味本位? あの子が? 売ればもっと価値のある魔術の本ではなく、わざわざ歴史的価値の見出せない本物かどうか分からない手帳に?」


 それとも、彼に興味を抱かせるに十分な事があの手帳にあったか。

 勇者は人間に崇拝されている存在。

 今、絶賛復活中の魔王とその軍勢をたった一人で相手取った英雄。そんな存在を妄信的に崇める国があると聞いていたが、それはリングル王国ではないことは確かだ。

 

「彼が勇者に妄信するようには思えない。むしろそういうことに興味なさそうだし。……アマコは可能性はありそう。だって獣人だし、なに考えているか分からない子だし」


 どちらにせよ持っていかれた事には変わりない。

 幸い私には、彼らがどうして勇者について記された手帳を持って行ったかを知る情報源がいる。

 肘掛けに寄りかかりリラックスした私は、斜め後ろにいる『彼』を見る。


「ねえ、どう思います? アルクさぁん」

「………」


 書斎の扉の前で虚ろな目で佇んでいたアルクにそう声を掛ける。私の吸血鬼としての能力で支配下にある今では、彼にはなんでも話すことができる。

 出生、経験、友人関係、何もかもを聞き出すことができる。

 本当は意識のある状態で聞くのがいいのだけど、二日間観察した結果、アルクという男は絶対に味方を裏切らない心が強い男だということが分かった。

 人間としては好感が持てるけど、魔物としての私にとっては結構面倒くさいタイプである。


「ウサトはどうして勇者の手帳に興味を持ったと思う?」


 暗示をかけながらそう質問する。

 すると彼は抑揚のない声で、返す。


「ウサト殿は、勇者様と縁があります」

「…………は?」


 椅子から跳ね起き、盛大に近くに積み上げられた本を倒してしまった。

 勇者に縁がある? 何だソレは。何だその興味深すぎる話は。

 それはアレか? 勇者の異名を貰ったパチモンとかではないよね? 震える声でそう聴くと彼は首を縦に振る。


「もっと詳しく!……あ! やっぱり駄目、今のナシ。先にアマコのことを訊かせてちょうだい」


 最初にアマコについて先に知ってから、ウサトの事を訊こう。彼の話は、この二百年知り続けてきた知識の中で刺激が強すぎる。

 まずは珍しい獣人のアマコの方から聞いておこう。


「アマコ殿は、獣人で―――」

「それは知っているわ。そこは省いて」

「彼女は……獣人の国から母を救うためにリングル王国にやってきました」

「ふぅん、母ね」


 母、それはもう遠い昔の記憶。

 ネクロマンサーだった私の母様は物心ついた時に人間に殺されていた。吸血鬼だった父様も同様だ。かといって私は人間を恨んでいる訳でもないし、どちらかというと人間に報復されるような悪事を働いていた方が悪いと思っている。

 それは置いといて、あの国からリングル王国ね。

 凄い子だとは思うけど、それだけね。


「扱う魔法は……」

「感知系統の魔法でしょう? それも省い――」

「いいえ、それは貴女達を欺くための嘘です」

「え、あそこまで良くしたのに信用されてなかったの?」


 欺く気満々だった手前何も言えないけど。

 見破られているとは感じなかったけど、まさかあの時点から警戒されていたの?


「それじゃあ、アマコの魔法はなに?」

「彼女は、未来を視る。予知魔法の使い手、です」

「……」


 嘘でしょ? と自分でも分かるくらいに引き攣った表情でアルクに問いかけても答えは変わらない。

 予知魔法は獣人の一部にか発現しない希少系統魔法。その魔法を持つ者は獣人らが住む国の人々にとって貴重な存在であり、未来を詠む獣人族の姫、時詠み、と呼ばれている。

 勇者に縁のある人間に、時詠みの姫ですって?

 どういう組み合わせよ。普通じゃない。

 私は高揚で震える声で、核心に迫る問いをアルクに投げかける。


「貴方達、いや……ウサトは何者なの? 人間なの?」

「ウサト殿は―――」


 勇者と共に、異世界からやってきた、人間です。


 アルクの言葉が、一瞬私には理解できなかった。

 そして次にはある可能性が頭の中で浮上した。

 『勇者召喚』

 英雄を誕生せしめた、別世界から英雄たる素質を持つ者をこの世界に呼び寄せる転移魔法、いやこの場合魔法を用いての儀式、というべきか。

 それが行われた。


「あは」


 異世界。異世界、異世界、異世界。

 なんて素晴らしい未知。ようやくウサトが私に頑なに、お話してくれない理由を理解できた。

 言わなくて正解だ。

 これを知ったら、私は絶対に彼を手放さなかっただろう。

 宝物のように彼をここに縛り付けていただろう。

 こことは違う世界、三〇〇年の時を生きる私ですら想像できない謎に満ちた世界。

 最初はただの余興だった。退屈をしのぐにはちょうど良い人形だと思っていた。

 けれど、最初の邂逅でそれは興味へと変わった。

 そして今、私の思いは執着へと変わった。


「もっと彼のことを教えて」

「……はい」


 リングル王国へ二人の勇者と共に召喚。

 救命団と呼ばれる組織へと入り、そこで過酷な訓練を受ける。

 魔獣、ブルーグリズリーと使い魔契約を用いない純粋な信頼関係を築く。

 魔王軍との戦いに救命団として出撃し、多くの人々を救う。

 その果てに、魔王軍の主力の一人を無力化する。

 聞けば聞くほど、欲しくなる。

 異世界人というだけで価値があるのに、この世界に召喚されてからの方も興味が尽きない。しかもこれがこの一年以内に起きた出来事なのが信じられない。


「絶ッ対に捕まえる。あ、でもゾンビと村の人達じゃ駄目ね。アルクさん、ウサトは何か特別な魔法とか使う?」

「ウサト殿の武器は純粋な身体能力。治癒魔法は彼の体を作る要素にすぎない。身体能力で彼を上回る存在は、私の知る中では彼の師匠しかいないでしょう」

「わお、おっそろしーわ!!」


 館に帰った時、両腕が砕け足がへし折れたゾンビを見た時は、素直に引いた。

 叫ぶ間もなく一瞬でゾンビを片付けられるなら、ゾンビ以下の腕力の人間達では一秒ともたないだろう。

 また時間をかけて拘束用の魔術を作る、という考えもあるけど昨夜のことを考えると、同じ手にかかってくれるとは思えない。

 かといって私自身が出張って勝てるか? といえば無理だ。

 私の魔術は戦闘向きではないし、何よりあんな怪力人間に腕力で敵うはずがない。


「……そうよ。アレを使えばいいじゃない」


 この屋敷にある今は亡き父様の唯一のコレクション。

 勇者の手帳を調べるきっかけにもなった存在。

 私ははやる気持ちを抑えられずに書斎から飛び出し、一気に一階にまで駆け下りる。降りた先には、床に硬く閉ざされている地下扉。空からの日差しに不気味に照らされていた地下扉を、なんの躊躇もなく開け放つ。


「使う事はないと思ったけど、貴方じゃなければ捕まえられない化け物なのよねぇ」


 独り言を呟きながら、地下に飛び降りた私は、天井の隙間から差した太陽の光に晒されたソレを見上げ、嗤う。

 ゾンビでも人間でも魔物でも駄目。

 それなら―――、


「あは」


 天井までに届くほどの巨躯。

 大きく裂けた口。

 抉られた右目。

 切り裂かれた翼。

 片翼片目のバケモノの亡骸が私の前に悠然と佇んでいた。


今章から先代勇者の話が絡んできます。


今まで感想を送ってくださった皆様、ありがとうございます。

今話からでありますが、感想返信を再開したいと思います。

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