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治癒魔法の間違った使い方~戦場を駆ける回復要員~  作者: くろかた
第三章 生と死を操る魔物 
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第六十九話

お待たせしました。

第六十九話です。

 夜、日の光は失せ、森の中は暗闇に包まれる。

 雲で月が隠れているからか、月の光は差してはいない。普段ならば唯一の光源である月光が無い事に陰鬱な気分になるが、今夜は別だ。ネクロマンサー討伐を決行するには絶好の機会だ。

 僕、アマコ、アルクさんは森の入り口で村長さん達が来るのを待っていたが、村長さんとその後ろの人達を見て、僕は素直に驚いた。


「こんなに集まるとは思いませんでしたよ」


 農具や古びた剣を持った十数人の男達は村長を先頭にして、こちらに緊張した面持ちでやってきた。


「皆、それほどこの状況を良く思ってはいなかったからな。だが、わたし達だけでは立ち向かう勇気が無かった。こうして戦う意思が見せられたのも貴方達のおかげだ」


 村長の言葉に照れながらも、僕も一層気を引き締める。

 村の人達の協力を得られたとして、もし僕がネクロマンサーを倒すことに失敗すれば、ネクロマンサーの怒りはそのまま村人たちに向けられる。

 そうなった場合は、心苦しいが徘徊するゾンビ達の四肢を潰し、動きを封じていくしかない。アルクさんの魔力にも限界があるから、僕が率先して行うしかない。

 それに――、


「村長、伝えるのが遅くなりましたが、僕は回復魔法を得意としています。なのでネクロマンサー討伐後で構いませんから僕のところに怪我人を連れてきてください。すぐに治せます」

「ウサト殿……気遣い感謝する」


 戦う前に治癒魔法使いって明かして不安を煽る訳にはいかないから、あえて回復魔法を得意って設定でいく。

 怪我人が出ても治す人が居る、という安心感から安堵の表情を浮かべる村長。僕と村長の会話が終わったのを見計って、アルクさんが村長さんと、後ろにいる村の男達に話しかけ始めた。

 恐らく、今夜の作戦のことを彼らに説明しているのだろう。騎士という職についているからこそ、集団行動のノウハウを知っているアルクさんはやっぱり頼もしい人だ。

 改めてそんなことを思いながら彼らを見ていると、隣で外套で頭をすっぽりと覆ったアマコがこちらを見上げ話しかけてきた。


「ウサト、ブルリンは連れて行くの?」

「ブルリンは、僕達の仲間って伝えても村の人達が怖がっちゃうのは分かっているから今夜は悪いけど留守番だ。それより魔法の調子は大丈夫? 今日は君の魔法が頼りだ」

「全然大丈夫。それに私は夜目が利くから、暗いとこでも頼りになる」

「ははは、それは頼もしい」


 僕もリングルの闇で慣れているとはいえ、完全な暗闇の中を迷いなく進むことはできない。その点、獣人であるアマコの目は本当に頼りになる。


「一緒に戦うのは初めてだけど、君とならうまくやれそうだ」

「……そうだね。なんだかんだで初めて」


 なんだ、こいつ緊張しているのか?

 何時もなら『ウサトどうしたの? 気味が悪い程に素直なんだけど』とか言いそうなもんだけど、返ってきたのは予想に反しての共感の声。こちらとしても気恥ずかしい上に、一瞬どもってしまった。

 ……少し緊張を解くために冗談でも言ってみるか。


「ま、話に聞いたネクロマンサーの実力的にはそれほど手古摺るとは思えないけど、もしピンチになるようなことがあったら―――」

「あったら?」

「僕が君をおぶる」

「はぁ?」


 初めてだよ、君のそんな冷え切った声を聞くのはね。

 勘違いするな、と手を横に振った後に人差し指を立てた僕は懇切丁寧に「ぼくがかんがえたさいきょうのせんじゅつ」について説明する。


「君が予知して、僕が動き攻撃する。単純だけど、無敵のコンビネーションを発揮できると思うんだ」

「……」

「その為には君に予知に集中して貰わなくちゃならない。動きながらでは短い瞬間の予知しかできないならば、僕が君をおぶって代わりに動く役割を担えばいい。そして、君は僕に敵が次にどう動くか、何をするか、どう動けばいいかを指示する」

「……」

「反射と予知で一気に相手の行動を先読みして最高の一撃を叩きこむ。即ち、僕と君が組めば最強ということになる」

「……」

「……ごめん」


 フードの奥で無表情でこちらを見上げるアマコにビビる。

 というより顔が見えないから、やけに光る瞳が嫌に目立って恐ろしすぎる。そのまま無言で顔を背けてしまった。

 ……てか、彼女の耳にあたる頭頂部の部分がいやに動いているのが凄い気になる。


「ウサトさん!」

「んん?」


 不意に僕を呼ぶ声。

 そちらに目を向ければ、こちらに走って来るネアさんの姿が見えた。家の仄かな明りと村の人達の松明の火で幾分か明るく見えるが、それでも暗い事には変わりない。

 危なげない足取りで僕のところにまで走り寄って来た彼女は息を整えながら、僕の方を見て―――、


「うえぇ!?」


 ―――突然、抱きついて来た。

 まさかまさかの突然の抱擁にテンパるを通り越して一周回って冷静になってしまった僕は、困惑しながら周りに助けを求める。

 しかし、アルクさんと村長と村の人達の半数……というより三十代と四十代ほどの大人たちは微笑ましいものを見るようにしているが、もう半分の二十代ほどの若者たちは恨めしいといった視線をこちらにぶつけてくる。

 そしてアマコは僕を見上げて絶句している。


「……」


 こんなの僕の役割じゃないぃ……。

 カズキとか先輩の役割なんですけどぉ。この状況が訳分からな過ぎてもう感触とか感じる余裕もない。というより、どうして彼女は突然に抱きついて来た?

 吊り橋効果で惚れられたなど甘い話などありえない。この村のおかれた状況でそんな浮かれた感情を抱いている場合ではないし、なにより知り合ってから一日しか経っていない彼女が僕に親愛以上の好意を抱くこと自体考えられない。

 一目惚れだとしても、それは一時の気の迷いだ。旅立たなくてはいけない僕に向ける感情じゃない。

 とりあえず、彼女の肩を掴み背中に回された腕を解く。

 少し名残惜しいと思ったのは心の内に秘めておこう。


「心配せずとも僕は大丈夫です」

「………え?」


 なんだその反応は。

 目を見開き困惑する彼女だが、僕は構わずに言葉を紡ぐ。


「この村の人を苦しめているネクロマンサーは僕が叩きのめします。この村を、村に住む人達、そしてネクロマンサーに操られている亡骸を助けます。だから、安心してここで待っていてください」

「っ……………ありがとうございます……っ。本当に、私達の為にここまで力を尽くしてくれて……」


 僕の言葉に何故か動揺したネアさんは何度か頭を下げると、少し離れた所へ下がっていってしまった。

 ……なんか、さっきの抱擁を先輩に知られたらとんでもないことになりそうだなぁと思う反面、とても惜しい事をしたと思う僕がいる。

 実際、女性に殴られたり足蹴にされたり罵倒されたりしたことはあるけど、抱きつかれるという優しい対応はされたことがない。

 これ以上考えると、自分がローズに受けた仕打ちに涙しそうになるので、アルクさんと村長の方を向き、出発を促す。


「アルクさん。そろそろ出発しましょう」

「……そうですね。皆さん、準備はできていますか?」


 アルクさんがそう言うと、村の人達が勇ましい声で松明を掲げた。

 気合は十分。なら後は―――憎きネクロマンサーを倒しに行くだけだ。




 道中は不気味な程にゾンビとは出くわさなかった。

 洋館の周囲に集中しているのだろうか、それともバラバラに散らばって自由にさせているのか分からない。

 だけど、誰一人として怪我をする事も無く洋館を視界に収められる距離にまで近づけた。洋館は不気味な存在感があり、その周囲にはちらほらとゾンビらしき人影が見えた。多分、視認できる以上の数がそこらじゅうに潜んでいると考えて良いだろう。

 松明を持ち、先頭を歩いていたアルクさんが立ち止まり、僕とアマコの方を向く。


「ここで別れましょう。私達は館の正面からゾンビを引きつけるので、二人は館への侵入を試みてください」

「分かりました。じゃあアマコ、行くぞ」

「うん」

「気をつけてな、ウサト殿」

「村長と皆さんも、くれぐれも無理はしないでください」


 村長と村の人達に見送られながら、整地された道から暗い木々のある林の中へアマコと共に入っていく。

 暗いな、やっぱり。


「アマコ、先導してくれ」

「うん……はぐれないようにね?」

「分かってるよ」


 被っている外套を外し前に出たアマコに付いて行きながら、僕も何時ゾンビと遭遇しても迎撃できるように拳を握る。


「ウサト、止まって」


 声を潜めたアマコの言葉に脚を止め、身を屈める。

 数秒ほどすると、近くの茂みががさがさと音を立て、呻き声と共にゾンビが通り過ぎる。

 ……アマコが居なかったら絶対に見つかっていたな。

 やっぱり予知は凄すぎる。


『ウォォォォォォ!!』


 後方から野太い男たちの大声が聞こえてくる。

 後ろを見れば、洋館の入り口から少し離れた場所にいくつもの松明の光と、鼓舞するように叫ぶ村の男達とアルクさんの姿が見えた。

 その声を聞いて、近くを通っていたゾンビはぎょろりと目をアルクさん達の方へ向け、明りに集まるカナブンのようにのろのろとした動きでそちらへ向かって行った。


「……アルクさん達は陽動を始めたようだね」

「この隙にどんどん行こう」


 ここまでは作戦成功。

 後は僕とアマコの頑張り次第だな。

 今一度気を引き締めながら、移動を再開する。館の裏手に回り、ゾンビの目が届かない事を確認して林から出て、窓の真下にまで近づく。

 音を立てずに窓に手をかけると、なんの抵抗も無く開いてしまった。


「……鍵はかかっていないみたいだ」


 魔物相手に言うのもなんだけど、不用心だな。

 罠の可能性もあるけど、ここまで来て引くという選択肢はない。それに入ってしまえばこっちのものだ。

 アマコと共に館の中に入り込む。

 入り込んだ部屋は不自然な程に小綺麗で、その小綺麗さが逆に不気味に思えた。


「……何体か、いるな」


 部屋の外からゾンビ特有の唸るような声がそれほど遠くない場所から聞こえる。息を潜めながら、扉の前に近づき、アマコに予知を行うように目配せする。


「すぐ外には居ない。扉の外は廊下がある。凄く広い、でもその先を歩いて、曲がり角……見つかった」


 外は広い廊下があって、そこから先に進もうとすれば曲がり角で鉢合わせるってところか。

 本当は避けたいところだけど、後々面倒になるのは避けたい。


「よし、ならそいつを手早く無力化して先に進もう」


 窓際の方に歩み寄り、埃の被ったカーテンを剥ぎ取る。それを肩にかけ再び扉の方へ近づき、ドアノブに手を掛ける。

 ……ゾンビの出処を知ってしまった今となっては非常に心苦しいけど、やるしかない。


「アマコ、来るタイミングを教えて」

「……任せて」


 互いに頷くと同時に扉を開け放ち、アマコが指示し廊下の角の方に移動する。

 この時点までにゾンビが出ないと分かれば思い切った行動もできる。角に待ち伏せしながらアマコの指示を待つ。


「ウサト、今」


 彼女の言葉と同時に、迷いなく角の外へ飛び出して目が合ったゾンビの両肩に手加減無しの拳を二発叩きこむ。

 さらに吹き飛ばないように、浮きかけた片足を思い切り踏みつぶし、そのまま薙ぐように脚を振るい両ひざを叩き折る。

 最後に肩にかけたカーテンを口に巻き付け無力化完了。

 眼下には、四肢を砕かれ、叫ぼうにも口を塞がれそれもかなわないゾンビが転がった。


「……ドン引きだよ」


 一瞬の出来事に顔を青くしたアマコが僕にそう言った。

 ただ、目で確認して殴って、つま先で押さえつけて、そのまま蹴りで膝を折っただけ、それだけの話だ。

 …………できるんだからしょうがないじゃないか。


「全然見えなかった。ゾンビの肩から先が吹き飛んで、次の瞬間には脚が折れて地面に転がってたんだもん。ウサトがとうとう気合いでゾンビを倒しちゃったのかと思っちゃった……」

「君は僕をどんな超生物だと思っているのかな……? ハハハ、ただ僕のイメージに目と体がついてきた、それだけのことじゃないか。ハハハ」


 うへぇ、とアマコの口元が歪むのを横目で見ながら、床に転がっているゾンビを持ち上げる。

 確かに慈悲も無し、手加減無しで無力化しようと思えば、生きている人間にだってコレができる。ハルファさんも多分同じことができるだろう。でも、だからといって僕は人相手に本気で殴ることは……多分、ない。

 近くの部屋に縛ったゾンビを放り込んで、館の中の探索を再開する。

 あぁ、全く……喧嘩は苦手だよ。






 洋館の中は思っていた以上に広く、そして拍子抜けするほどに警備が手薄だった。

 最初に会ったきり、ゾンビにも遭遇しない。

 だけど、館内にある程度の手入れがされているところを見れば、誰かしらが掃除を行ったと見える。


「しっかし、ここに住んでいるやつは骨董品集めが趣味なようだな」


 廊下の端に綺麗に陳列されている鎧をコンコンと拳で叩きながら、呆れる。

 これが同型の鎧が並んでいたのならこんな反応はしなかった。なにせ今、僕達の目の前に並んでいるソレはどれも違うデザインで尚且つ持っている武器も剣、モーニングスター、それに―――、


「それになんだこれ……ハルバードって言うのかな? こんな大きい武器、普通の人では持つことすらできないぞ」


 僕の身長を優に超える程の斧の刃がついた槍。

 そのハルバードを持たされている鎧も全長二メートルという相当な大きさだ。

 鎧、武器の種類も全く共通点が無い。まるで博物館のようだと、的外れの感想を抱きながら、通路を歩いていると鎧を眺めていたアマコがおもむろに口を開いた。


「それほど古いものじゃないと思う。私が旅をしている時に見た事のある鎧がある」


 と、いうことは骨董品と言う訳ではなく、比較的新しく造られたものが何故かここに置いてあるということか。

 鎧の形に統一性が無いのは、単純にこの館の主の趣味か、それとも―――、


「アルクさんの言っていた……あの噂の事が関係しているのか……」


 ここ数年は無かったという、奇妙な行方不明事件。

 実力のある者達が突如消える不可思議な噂の原因が目の前の光景がソレと関係あるとしたら、行方不明の事件も何もかもがネクロマンサーの所業と言う事になる。

 でも、そうなると一つ腑に落ちないことがある。


「何で、ネアさんや村の人達はそれを教えてくれなかった……?」


 勿論、村の人達が噂のことも知っているという前提の話だ。

 少なくともこの付近で数年前まで人が消える事件が起こっていたのなら、ここに住む村人たちはネクロマンサーの仕業と関連付けるだろう。だが、聞いた話ではそんなことは一切知らないように思えた。

 ……僕の考え過ぎならそれでいいのだけど。


「待って」

「……どうした?」

「この先に、明かりのある部屋がある……」


 廊下を歩いていると、不意に歩みを止めたアマコが僕を呼び止め、そう口にした。

 明かりのある部屋、とうとうネクロマンサーと相対する時が来たと言う訳か? 警戒しながら道を進んでいくと、確かに隙間から明かりが漏れている扉が見えた。


「中にネクロマンサーは居るか?」

「……居ない」


 部屋の中の様子を予知で見たのか、困惑した反応をしているアマコ。

 勘付かれたか? 一応アマコに予知を続けて貰いつつ扉の前にまで近づき両開きの扉を開く。

 最初に目に入ったのは、明かりを灯す魔道具の小さな光と―――、


「な……っ!?」


 図書館さながらに天井までに届かんばかりに敷き詰められた本。

 個人が所有するにはあまりにも多すぎる蔵書に動揺しながらも中に入り、魔道具が置かれている所にまで歩み寄ると、積み上げられている本の一つを手に取る。

 全体が茶色く、それでいってボロボロの本を裏返すと本の題名が目に入る。


「カ……ギの勇者の記録」


 最初の著者名らしき名前が虫食いで読めないけど、勇者について記された本、というか手帳みたいだ。

 勇者と言っても恐らく先輩とカズキのことを指すのではなく、先代勇者のことだろう。興味がそそられ、手帳を開いてみる。

 乱暴に扱えば崩れそうなくらいに脆そうなページを慎重に捲るも、ほとんどのページがところどころ虫食いで良く読めなかった。


「読めないか……。というより、流石に流し見だけじゃ読めるものも読めないよな普通」


 そう思い、手帳を閉じようとした時、ある一文が目に入り手を止める。

 ページの中心の不自然に空いた空白にデカデカと記された一文。


 ―――彼は人を憎み、我らを愛した。


 彼ってのは勇者のことだよな? なら勇者は人を憎んで、誰か別の……種族を愛していた、という事なのか? 全然分からない。そもそもこれに載っている事が本当の事かどうかも分からないし。

 でも気になるので、持って行こう。

 盗みと変わりない行為に、若干の忌避感を抱きながらも手に持った本をコートの胸ポケットに差し入れる。ネクロマンサー相手とはいえ、罪悪感を感じてしまうな……。

 何気なくもう一冊本を手に取り、目を通す。

 しかし―――、


「あれ? 読めない……おかしいな」


 それは先程の手帳とは違って、表紙と背表紙にも何も書かれてはいない……なんとも怪しい黒い本。

 そもそもの話、この世界に召喚された時、僕達には言語理解の魔法がかけられているはず。それに少なくとも僕は読み書きができるようになっているにも関わらず、この本の文字が読めない。

 試しに他の本に目を通すと普通に読める。

 つまり、この本がおかしいということになる。


「アマコ、これ読める?」

「ん? なにこれ?」


 予知に集中していたアマコに渡してみる。

 すぐに本を開き目を通すアマコだが、次の瞬間には目を見開き、信じられないといわんばかりの目で僕の顔を見た。なにかおかしいものでも見つけたのだろうか、明らかに尋常じゃない反応を表すアマコに声をかけると、やや震えた声で彼女は口を開いた。


「嘘……ウサト、これ……魔術の本だよ」

「……魔術? 君にはそれが読めるの?」


 この世界ではあまり聞きなれない言葉に僕は思わず呆けた声を返してしまう。


「読めない。でも、読めないからこれが魔術の本だって分かった」

「アマコは何でそれが、その……魔術の本だと?」

「一度、故郷の書庫で見た事があるけど……それと同じなの。……ウサト、これはね、読めないことが正しいの」


 読めないのが正しい?

 どういうことだ? それって誰も理解できないんじゃないかな?


「ウサト、これはマズい。もしかしたらネクロマンサーは、魔術を扱う魔物かもしれない」

「……それってやばいの?」

「やばいなんてものじゃない……」


 焦る彼女に、どれだけ事態が深刻かを理解させられる。


「魔術はね。常人がその人生を懸けて運良く一分野を扱えるくらい難しいものなの。でも、言い換えれば長い年月努力すれば習得できなくもない『技術』とも言える」


 ……人生懸ければ扱えるって厳しすぎるだろ。

 誰だよ、そんなけったいなものを作ったのは。少なくとも作った奴は人間ではない。


「魔術は一時だけど系統強化と同じようなものと考えられていた時もあるけど……今となっては扱える人なんていないの。だって覚えられるか分からないものに時間をかけるより、今ある魔法を極めた方が何倍も有意義だから」

「それは、そうだろうね」


 初めて魔術という言葉を聞いた僕でもすぐに分かった。

 魔術は人間にとっては欠陥だらけの技術ってことだろう。そもそも習得難易度からして人が挑戦していいものじゃないのは丸分かりだ。

 だけど、今僕達が追っている敵は人間じゃない。


「ネクロマンサーはどれくらいの寿命がある?」

「人間の何倍もあるのは確か」


 ……そうだよなぁ。

 しかも、性質が悪いのはこの本がなんの魔術について書かれているのかが分からない事と、この書斎にどれだけの魔術の本があるか分からない事だ。

 魔術ってのがどれほどのことができるかは分からないけど、決して甘く見ていいものじゃない。


「早く見つけ出そう。嫌な予感がする」

「うん……」


 魔術という不可思議な存在。

 それは僕達にどのような影響を与えるのか。漠然とした不安を抱きながら僕はアマコと共に書斎を後にし、再びネクロマンサーの捜索へ向かうのだった。










 ウサト殿とアマコ殿が洋館に侵入してから少し時間が過ぎた。

 私と村人たちで館周りのゾンビを集め、私の炎の魔法を中心にゾンビを倒していく。

 幸い誰も傷つくことなく順調にゾンビ達を陽動させることができているが……。


「……おかしい」


 順調にいきすぎていることに不満がある訳ではない。ただ、ゾンビがこちらの思い通りに動き過ぎている。

 そんな癪然としない違和感が、言いようもない不安を抱かせる。


「試されているようだ……」


 襲ってくるゾンビを炎を纏わせた剣で切り伏せる。周りを見れば、村人たちが農具でゾンビを押しのけ、剣を持った者が四肢を落とし動けないようにしている。

 大体のゾンビは動けないようにしたが……まだまだゾンビは出て来る。ほっと一息ついて額に滲んだ汗を拭っていると、古びた剣を持った村長が後ろから声をかけてきた。


「流石ですな、アルク殿」

「いえ、私一人では手に負えませんでした。皆さんがいてこそ私も思う存分力が振るえます」


 村の人達のおかげで背中から襲われることなく、安心して目の前のゾンビ達と戦える。

 そして、不器用な私でも眼前の敵に集中して戦えるのならば、村の人達を守る事が出来る。


「……ウサト殿は、うまくやってくれているのか……」

「彼なら大丈夫でしょう」

「……信頼しているのだな」

「勿論。仲間ですから」


 私は、彼が魔族ひしめく戦場を駆けた戦士だということを知っているし、どんな相手にも屈しない強靭な精神を持っている事も知っている。

 そんな彼が、ネクロマンサー如きに不覚をとるなどとは微塵も思っていない。

 しかし、そろそろ援護に行っても良い頃だろう、もしウサト殿がネクロマンサーを見つけられなくてもこちらで館内で目立つように動けば二人の助けになる。

 背後に居る村長に、洋館に突撃する旨を伝える。


「村長、ここにいるゾンビ達を倒し次第、洋館に乗り込みましょう。恐らくですが、館の中にもゾンビは居るはずです」

「……―――」

「……村長?」


 反応を示さない村長を怪訝に思い、振り向こうとしたその瞬間、村長が振り下ろしたであろう剣の柄が私の手首に打ち付けられ、剣を叩き落とされる。


「……っ!! 村―――皆さん?! 何を―――っ!?」


 突然の凶行に驚愕し、反射的に距離を取ろうとするが今度は先程まで一緒に戦っていた村の男達までもが私の手足を押さえつけてきた。


「ぐ……くっ、どういうことだ!! 裏切……違う、これはぁ……ッ」


 腕を抑える村長に声を掛けるも、村長の目は虚ろなことに加え、ご老体とは思えない程の凄まじい力で押さえつけられ振りほどくことができない。

 それは私を押さえつける他の者も同様だった。


「操られている……のか!!」


 村人たちが私達を罠に嵌めたのではない。

 村人たちを操っている者が私達を罠に嵌めた。

 だとしたら、村に訪れた時から私達は―――、


「……っいけない、ウサト殿!!」


 まだ洋館にいるであろうウサト殿とアマコ殿に警告せねば……ッ。

 叫ぼうとすると操られた村人たちに押さえつけられ、無理やり膝立ちにさせられる。


「くっ……」

「思った通りに、面白い」


 背後からの声。

 頭を押さえつけられ振り向けないままに、近づいてくる足音と共に聞こえたその声に私は体が凍るような感覚に陥った。

 気付けば周りを取り囲んでいたゾンビ達は、私の後ろを見て微動だにせずに見つめており、まるでその姿は―――主の命令を待つ下僕のよう……。

 そして、生きている人間を操る……そんな魔物は一つしか知らない。


「そういうッ、ことか……ッ!! 貴女が、貴女こそが……ッネクロマンサーだった!! そして―――」

「ク、クク……聡明ね。貴方からは沢山良い話が聞けそう」


 私のこれ以上の発言を許さないのか、拘束している者の一人が頭を押さえつけ、そして無理やり首元を晒される。


「……っ」

「でもね、今日のメインは貴方じゃないの」


 背後から近づいて来た第三者は、拘束された私の首に牙を突き立てた。

 瞬間、身体から力が抜けると同時に、徐々に意識が朦朧としてきた。


「ぐ、あ……が」


 首に牙を突き立てられた事に依り、暗示にかけられてしまったのだろう。背後の”彼女”が私の推測した通りの存在ならば意識の有無に関わらず、彼女のいいなりになってしまう。

 だが、もう抗う事は出来ない。


「ウサト殿……アマコ殿……。すいま、せん。私が……俺がもっと早く、気付ければ……」


 四肢を押さえつけていた拘束が解け、地面へ倒れ込む。

 瞬間、消えかけた意識の狭間で、私は―――、


 瞳を血の様な赤色へと変えた、凄惨な笑みを浮かべた少女の姿を見た。


第三章はここまでがプロローグみたいなものです。

そしてここからが、本番です。


今までの彼女の行動を振り返れば、怪しさ満点でしたね。

今回出てきた魔術ですが、習得難易度が高すぎるので、扱える人は出て来ません。加えて、魔法と比べて使い勝手も悪いです。


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