第六十八話
おまたせしました。
第六十八話です。
暗い夜空が日の出の朱色に彩られていく。
どこの世界でも太陽があることは変わらない。元の世界との数少ない共通点。その景色を横目で見ながらも僕はネアさんの家の前で、朝の訓練の為の準備運動をしていた。
なにがどうして早朝に訓練を行っているかと言うと、旅の都合上早寝早起きが基本となっていることと、旅の道中できないであろう訓練を朝のうちにやってしまおうという思い付きがあったからだ。
「……よし」
ひとしきりの準備運動を終えたら、近くに生えている木に近づき三メートルほどの高さにある脚の太さ程の枝を見上げる。そして軽く拳で叩き、頑丈かどうかを確かめる。
うん、大丈夫そうだ。
「ふッ……」
軽く幹を蹴り上がり、頭上の枝を掴み一気に体を持ち上げて、枝に脚を掛け逆さまになる。そしてそこから腹筋を始める。
アマコの見た未来から胴体の筋力強化は必須と考えた末の訓練方法がこれだけど、結局のところ効果はあるかどうかは分からない。でも無意味ではない。
それに、アマコの予知のことを抜きにしても訓練に身をいれなくてはいけない理由ができてしまったのは確かである。
「助けてッ……くださいッ……か」
腹筋を繰り返しながら、昨夜のことを思い浮かべる。
彼女が口にした事態の黒幕と、僕達がその問題に対しどのような判断を下したのかを。
●
「村を、私達を……助けてください」
涙交じりにそう口にした彼女に、僕がまず抱いた感情は戸惑いだった。
だけどそれは、ここに住む人達がそんな切羽詰った状況にあったことに驚いたわけでもなく、彼女の『助けて』という言葉を安易に請け負っていいのかという意味のものだ。
僕達は人助けをする為に旅をしているわけではない。国を、この大陸に住む人々の為に旅をしているのだ。道行く人を残らず助けて、本来の目的を達成できないこととなれば僕だけが責任を取ればいいという問題ではなくなる。
書状を任されている僕からすれば助けを求める彼女を拒まなければならない。
でも、救命団としての―――人の命を救う役割を担った集団の一員としての僕は、彼女とその村人たちを助けなければならない。
「まず話をきかせて。まずはそれから」
そう言うと、ネアさんが目元を拭いこくりと頷く。
「ゾンビ達は、二年ほど前に突然姿を現しました。出てきた場所は村はずれの墓地から……埋葬された村の人達が、突然ゾンビに変えられて蘇ってしまったんです」
「蘇ったゾンビ達は?」
「村をめちゃくちゃにして、沢山の人に怪我をさせた後に……外へ行ってしまいました」
二年前に突然姿を現した、というと魔王が復活した時期か。魔王の目覚めと何か関連性でもあるかもしれない。
それに、ゾンビの元はこの村で亡くなった人々。
悪趣味だな。いくら亡骸が必要とは言ってもわざわざ村人たちが手厚く葬ったであろう亡骸を利用し、尚且つ村を滅茶苦茶にさせるなんて、趣味が悪いとしか言えない。
「彼らは、ずっと見境なく私たちや通りかかる商人や旅人達を襲い続けているんです。そのせいでこの村にはほとんど誰も立ち寄らなくなり、そして……いつ彼らが襲ってくるかという恐怖は私達から笑顔を奪いました」
「ゾンビ達はどのような行動原理で動いているのでしょうか……」
「それは、分かりません」
思案気に腕を組むアルクさんの言葉に首を横に振るネアさん。
しかし、彼女は『ただ……』と言葉を紡ぐと、窓がある場所に顔を向ける。
「村から少し離れた洋館に、彼らを操っている黒幕が住んでいる事は分かっています」
彼女の視線の先は真っ暗な夜の暗闇が広がっているが、その先に彼女が言う洋館があるのだろう。
「でも昼夜問わずに屋敷の周りにはたくさんのゾンビがうろついて。それに私達じゃ……彼は倒せません」
「彼?」
ゾンビ達を作り出した首魁は男なのか?
彼、と呼ぶ人物を知っている体のネアさんは、僕達三人を見回した後に意を決したように口を開いた。
「ネクロマンサー。亡者の王、屍を総べる魔物が洋館に住み着いています」
ネクロマンサー。
またの名を死霊魔術師、それは限りなく人に近い魔物。死した者を甦らせ使役する彼らの種族的な能力は、人類のみならず亜人、獣―――屍を条件とするならば全てを操ることができる危険な魔物。
ネクロマンサーの大きな特徴は、強大な魔力と死者を意のままに操ることができるというものだ。
アルクさんの説明を頭の中で簡単にまとめながら、今日何度目か分からないため息を吐く。
「ネクロマンサーが相手なら此処の人達では厳しいのは当然です。今は定められた命令で徘徊しているゾンビ達も、ネクロマンサーという指導者の元で統率されて襲い掛かったものならば、厄介極まりない相手でしょう」
「アルクさん、そのネクロマンサー自身の強さはどれくらいなんですか?」
「本体はさして強くはありません。ですがネクロマンサーの強みは集団戦。ゾンビはいうなれば機能する限り動き続けられる手駒―――ウサト殿のような身体能力に特化した者以外は相手をするのは難しい。火の魔法を扱う私とて魔力も無限ではありませんから、長期戦になれば不利になるのは確実です」
……要するに、将棋でいう王将がネクロマンサーで、決して落ちない歩兵がゾンビって訳か。
面倒臭い相手だな。ゾンビの数もどれくらいか分からないし。
ゴロツキや盗賊相手ならばいくらでもやりようはあったけど、まさかネクロマンサーという危険な魔物を相手にするとは想像すらしていなかった。長期間での戦いを主眼に置くなら、ゾンビを少しずつ倒していき、最後にネクロマンサーを倒すという方法があるが、僕達は長く立ち止まってはいられない身。短期間での解決なんてまず無理だろう。
「あの……」
「ん?」
無言を貫いていたネアさんが声を掛けてきた。
「やっぱり……いいです」
「いいって?」
「私達は、大丈夫です。ウサトさん達には一度危ないところを助けてもらっているのに、厚かましくまた助けを求めてしまっている……。だから、もう、いいです」
沈痛な面持ちで途切れ途切れでそう言った彼女に、自分の頬が引き攣るのが分かる。
ほ、放っておけるわけねぇ……。そんな絶望したような顔でそんなこと言われて、はいそうですかって答えたらこっちが罪悪感に潰されるわ。
判断を仰ぐためにアルクさんに話しかけようとすると、それよりも早く彼が口を開いた。
「決定権は貴方にある。私はそれに従います」
僕が決めるのか……。
護衛であるアルクさんの立場上そうなってしまうのは当然のことだが、難しいな。
「勝算は、ありますか?」
「一応は。ですがウサト殿とアマコ殿の活躍が不可欠です……」
僕とアマコ?
どうしてその組み合わせなのかは分からないけど、一応の勝算があるなら乗ってみるのもありかもしれない。
でもその前に、アマコの意思も確認しておかないと……。
「アマコはどうしたらいいと思う?」
「……ウサトの決めた事に従う。でも、私としては助けたいと思う」
従うと言いながらさらりと助けたいってお前……。
両隣から視線を受け、ため息を吐く。
前を見れば不安気に僕の言葉を待っているネアさん。ここで見捨てるという選択はありえないな。というより今この娘を見捨てたら僕は一生後悔することになる。
「ネアさん、そのネクロマンサーってのは物理攻撃とか効果はある?」
「えっ!? そ、それは実体がありますから、効くと……思います」
唯一の懸念も消えた。
ネアさんと視線を合わせた僕は、胸の高さにまで手を上げ、拳を握りしめる。
「殴って倒せるならこっちのもんだ。さっさと傍迷惑なネクロマンサーぶっ飛ばしてこの村を平和にしよう」
埋められている人を操り人形にして村を危機に貶め悪趣味な魔物を野放しにしておくのも気分が悪い。
僕の言葉に口元を抑えたネアさん。余程、村の状況が切迫していたのか、見ているこっちが心配になる程に感動に打ち震えていた。
「ありがとう、ございます……っ。私、ずっと不安で……怖くて……」
「あー、泣かないで泣かないで」
喜ぶのはいいけど、泣くのは勘弁してほしい。
震えた声と共に、両手で顔を隠すように押さえた彼女に困惑しながらも声をかける。
「話は聞かせて貰ったよ」
「……! テトラさん」
手を拭いながら部屋に入って来たテトラさん。
目を赤く腫らしたネアさんは驚きの表情を浮かべ、隣に座ったテトラさんを見る。
「私が居ない間に話が進んでいたようだけど大体は把握したよ。ありがとう。この子のみならず見ず知らずの私達まで助けようとしてくれて……だけど、私達もあんた達にだけ任せるわけにはいかないね」
「と、いうと?」
僕としては、アルクさんと僕、そしてアマコとブルリンのサポートでやると思っていたけど、テトラさんは僕達だけにやらせたくはないようだ。
僕が聞き返すと、顔を上げたテトラさんは柔らかな笑みを浮かべる。
「明日、私が村長にかけあって、あの辛気臭い館に住むモンスターを村の若い者達と一緒に倒すように諮ろうじゃないか。……人数は多いにこしたことはないだろう?」
「ええ、むしろ多い方がより作戦が成功しやすくなります」
村の人達の協力が得られれば、アルクさんの考える作戦の成功率がより増す、ということか。
しかしながら、ゾンビにネクロマンサー、か。立ち寄った村でのイベントとしては随分とデンジャラスなことが起きる旅だ。
●
その後は、それぞれの部屋に戻りそれぞれ休息をとった。
僕としては久しぶりの柔らかな寝床で休めたから旅の疲れも大分取れて、アマコも獣人という身分を気にせずに安心して休めただろうから、正直ネアさんとテトラさんの厚意に甘えて正解だった。
内心で二人に感謝しながらも、訓練を継続する。
「フッ……フッ……フッ」
ネクロマンサーという厄介な相手をしなくてはいけないのだから、僕としてはできるだけの準備をしておきたいと思っている。
とりあえず筋トレだ。
弛まぬ鍛錬は決して自分を裏切らない。
深く速く熱く、疲労と負荷の先にある成果の為に体を鍛え続ける。
「って、訓練に没頭しすぎか、僕は……?」
ま、それも今更か。
休み無しに腹筋と治癒魔法を繰り返す事、数十分。
体が丁度良い感じに温まってきたので、木から降りてゆっくりと背伸びをする。
「うん……大分明るくなったな」
気付けば周りはすっかりと明るくなり、昨日までは気にもしなかった村全体の景色がよく見えた。
「見た目は平和な村なんだけどな……」
荒れたところも見られない、なんの変哲もない村。
だけど、こんな平和な村を危機に貶めている奴がいる。
……駄目だな、これ以上は思考が暴力的なものになってしまう。
「さて、やるか」
深呼吸をした後に、もう一度頭上の枝にまでジャンプし、今度は片腕だけで懸垂を行―――おうとしたのだが、扉の影からこちらを覗う人影が見えたことから一旦地面に降りる。
こんな早い時間から誰だろうか。首を傾げながら扉の方を向くと、僕が気付いている事にあちらも気付いたのか、遠慮気味に扉を開けて姿を現した。
「ネアさん?」
「すいません……」
出てきたのはネアさんだった。
なぜにこんな早い時間に彼女が……。
「あー、ごめん。起こしちゃったかな」
「え、あ、違いますっ! 私も何時もこの時間に起きるので、それでウサトさんが部屋に居ない事に気づいて……それで……」
「ははは、落ちついて。事情は分かったから」
外で訓練している僕に気づいて見ていた訳か。
この子の性格からして、いつ声を掛けていいか分からなくて出るにも出れなかったって感じかな?
ゆっくりと深呼吸をして心を落ち着けた彼女は、僕の方を見て興味深げに話しかけて来た。
「いつも、鍛えているんですか?」
「そうだね」
「あの、間違っていたらすいません。ウサトさんは体を動かすことと治癒魔法の行使を同時に行っているんですか?」
「んー、ちょっと違うかな」
最初の時点ではそうしていたけど、最近は違う。
魔王軍が来た後からは少し方針を変えて、鍛えている時点では治癒魔法を用いないことにしているのだ。
「治癒魔法は疲労も治せるから全然疲れなくなるのはいいんだけど、負荷を掛けた時点から治癒魔法を行使したんじゃ魔力の効率が悪いんだ。それに、鍛え甲斐がない」
「それでは……?」
普通の訓練には治癒魔法は用いずに、限界が来たら治癒魔法を掛け直し、また同じことを繰り返す。
破壊と再生の繰り返し、って感じかな? 少し格好良すぎだけど。
「限界を感じたら治癒魔法、それでまた限界がきたら治癒魔法、その繰り返しさ」
「まさか治癒魔法をそんな風に使うなんて。…………人間離れしているわけね……」
「ん?」
不穏な言葉に思わず聞き返すと彼女は慌てて、手を振りなんでもないと言った。
聞いてはいけない彼女の声を聞いてしまった。まさかさっきのが素? 大人しそうな顔して実はきつい性格なのか? ……考えないようにしよう。
内心の動揺を悟られないように平静を装う。
「そういえば、ウサトさんはどこの国のご出身なんですか?」
「え? 出身?」
異世界ですけど、なんて言える訳ない。
ある程度信頼し合える仲だったキリハ達とは違って、昨日会ったばかりの彼女に異世界召喚に巻き込まれた僕のことは話さない方が良いだろう。
「リングル王国だよ」
「ここから遠くない場所にある……、でもどうして旅を? ここを通ろうとしたことからサマリアールへ向かっているのは分かりますが、商人にも見えませんし……」
「うーん」
どこまで話していいか……。
とりあえず、アマコの予知とお母さんのことは話す必要はないだろう。ならば、魔王軍への危険性を知らしめるための書状を渡す旅をしている、ということだけ話せば十分か。
魔王軍との戦い、そしてその後の書状渡しの任を受けた事、ルクヴィスでの事を簡単に説明する。
勿論、僕の話は省いてある。
「大変な旅なんですね……」
「そうだね。でも、それでも僕達はやらなくちゃならない。なにせ、このまま何もしなければ国のみならず大陸全体が魔王によって危機に晒されるかもしれないからね」
「魔王、私が生まれるずっと前に勇者に倒された存在……」
生まれる前って……何百年も前の話だから生まれていないのは当然だろうに。
しかし、先輩とカズキの前の勇者ってどんな人だったんだろうな。魔王を倒した伝説的な人ってことしか知らないけど、どれくらいの強さだったのだろうか。
今になってはおとぎ話の存在だからそれを知る術はもう無いんだろうけど。
「それに魔族も、沢山の数で攻めてくると思うと……恐ろしいですね」
「魔族だっていざ会ってみれば予想していたより怖くはないよ? というより、うちで預かってる魔族なんて負けず嫌いのへっぽこだからね」
そういえば、ナックと会った時どういう反応するかなぁアイツ。
先輩風吹かせていびりそうだなぁ……ナックもナックで変に真面目だから普通に対応して余計調子に乗りそうだ。そしてローズに脅されて威厳が崩れるまで想像できる。
そんなことを考えて苦笑する。
「アマコさんのような獣人の方だけじゃなくて、魔族の方ともお知り合いなんですか。少し失礼かもしれませんが、珍しい、と思ってしまいました」
「自覚しているよ。団長、というか師匠の下についたその時から、僕は珍獣みたいなものさ」
自分で言ってて悲しくなってきた。
なんだ珍獣って……。
「でも、羨ましいです」
「……羨ましいって?」
密かに落ち込んでいると、なにやら悩ましい表情で遠くの景色を見るネアさん。
ん? なんだ、雲行きが怪しくなったぞ。
「私は生まれた時からずっとここに住んでいます。この景色も飽きれるほど見慣れていますし、村の人の顔も数も何もかも知り尽くしちゃっています。よって、外から来る人達だけが私の知らないことを教えてくれる。私の知識欲と好奇心を満たしてくれる……」
「テトラさんからは、教えてもらえなかったの?」
あの人は結構人生経験豊富そうだし。
僕の言葉にくすりと笑みをもらした彼女はこちらを全く笑っていない瞳で見つめ、無感情に口を開いた。
「……物心ついた頃から両親がいない私を拾ってくれたテトラさんからは、数え切れないほどに大切なことを教えてくれました。しかし、それにも限界がある。知識と言うのはこの世界に溢れ続ける宝……。貴方は重要な使命を背負ってはいますが外の世界で自由に生きられる。だから、私は貴方が……羨ましい」
「…………」
お、重ぉ。
ナックに続いてネアさんもかよぉ。僕はカウンセラーじゃないのにどうしてこう問題を抱えている人と知り合ってしまうんだ。
てか、何気に物心ついた頃から両親がいない事をカミングアウトされた上に、僕が羨ましいときた。
田舎から脱出したい若者の心境なの? 一体僕にどうして欲しいの? 治癒魔法は心の傷は治せませんよ?
「あっ……へ、変なこと言ってすいません! ウサトさんはなにも悪くないのに……」
「いや、僕も無神経すぎた。ごめん」
我に返ったのか、若干顔を青くしながら深く頭を下げた彼女に僕も謝る。
気まずいことこの上ない。……これもそれもネクロマンサーのせいだな、元はといえばそいつが操るゾンビのせいで外から人が来なくなってしまったんだし。
「……それじゃ、僕は訓練の続きをするよ」
「は、はい」
彼女も朝食の準備があるようで、もう一度こちらにぺこりとお辞儀をすると、早足で家の方へ戻っていってしまった。
「知識、か」
彼女の背を見送った僕はぽつりとそんなことを呟く。
確かにこの村にはお世辞にも満足に勉強できる空間はない。彼女にとって旅人や商人たちが口にする世間話すらも外界を知るための情報だったんだろう。
外に出ればいいんじゃないか、とは軽々しくは言えなかった。
彼女は僕と変わらないくらいの年で、女の子だ。そんな子がたった一人で盗賊やモンスターと遭遇するかもしれない外へ行けというのはあまりにも無責任すぎる。
「とりあえず最初の問題はネクロマンサーだな」
一人そう呟いた僕は、再度頭上の枝へと飛び上がり、訓練を再開するのだった。
昼時、僕とアルクさんはテトラさんの計らいで、村のリーダーである村長の住む家に招かれていた。
アマコは人前に出る時はいちいちフードで頭を隠さなくちゃいけないので、ネアさんと留守番をしており、この話し合いは僕とアルクさんと、テトラさんと村長さん、そして村の若者らしき男、計五人で行われることになった。
事前にテトラさんから僕達がネクロマンサーを倒そうとしていることを聞いていたのか、それほど説明することなく話が始まったのだが―――、
「……わたくし共としてはありがたい話だが……正直、あの魔物と戦わせるのは承諾しかねる」
立派な髯を蓄えた老人、村長が表情を渋くさせながらそう口にした。
「それは何故でしょうか?」
「下手にネクロマンサーの逆鱗に触れれば、この村が滅ぼされかねないからだ。そしてなにより、わたしは貴方達がどれくらい強いのかを知らない」
不用意に手を出して事態を悪化させたくはないってことか。
どうします、アルクさん? 横目でアルクさんに目を移すと、村長の言葉を予想していたのか剣の鞘に手を添えながら柔らかな口調で話し始めた。
「私はゾンビが苦手とする火の系統の魔法を得意としております。そして、隣のウサト殿はたった一人でゾンビの集団を一方的に蹂躙できるほどの身体能力を有しているので、戦闘力だけで言うならば手練れの魔法使いを凌駕していると言ってもいいでしょう」
「あのゾンビを……!?」
「こんな子が、ゾンビを一方的に……」
アルクさん……蹂躙って言い方は良くないと思うんだ。間違ってはいないけど言い方が悪すぎます。
ほら、村長さんと後ろの人が目を剥いて僕を凝視しているから……。
「テトラ、その話は本当なのか?」
「私は見ていないが、ネアがその様子を見ていたらしいよ」
「……あの子が嘘をつくとは思えない……」
テトラさんの言葉に腕を組み唸る村長。
「うぅむ、君達は……どうやってネクロマンサーを倒そうとしているのかね?」
「陽動作戦です」
「陽動、作戦?」
「ええ、私が囮としてゾンビ引き受けているその間、ウサト殿ともう一人いる仲間がゾンビの警戒網を抜けます。気付かれずに洋館に潜入したら、ネクロマンサーを見つけ次第倒す……というのが作戦です」
意外とシンプルな作戦だな。
されど単純ながらにやりやすい。
「そう簡単に、あの館に入れるのだろうか……?」
「そこは大丈夫です。仲間には探知に優れた魔法を持つ者がいますので」
ここでアマコの魔法が役に立つか……。
彼女なら予知ですいすいと警戒の穴を抜けることができるし、館の中のゾンビ達の動きをある程度把握できる。
そして陽動に目がいっているネクロマンサーの背後から僕がズドンと一発叩きこめば解決って訳か。
「どうでしょうか? 勝率は十分にある作戦だと思いますが……?」
「……」
アルクさんの言葉に暫し無言になる村長だが、十数秒ほどの沈黙の後に口を開いた。
「わたし達は無力だった……。非力な自分達ではネクロマンサーはおろかゾンビすらも倒せず、よしんばゾンビを倒せたとしても、次は大勢で報復され、大勢の怪我人を出してしまった……」
「……報復……」
「それにゾンビ達には……わたし達の親と友もいる。そんな彼らを相手するのは辛い……。でもそれ以上に、わたしが死んだその後、死したわたしの体が孫、息子、妻、友人、わたしがこれまで守ってきた村人に襲い掛かろうとすることが、なにより恐ろしい」
「村長……」
村長の沈んだ声に背後にいる村の人が沈痛な面持ちを浮かべる。
死んだ後の自分の体が見知った人達に襲い掛かる……相当怖いだろうな。そして、この人は多分……自分の知り合いだったであろうゾンビを手に掛けている。
「もううんざりだ。これ以上あの化け物の好き勝手にはさせておけない……。死者は安らかに眠っていなくてはならないのだ。ウサト殿、アルク殿、こちらからお願いする。協力させてくれ」
「願ってもないです。ですが、危なくなったら引いてください」
テーブルに手をつき深く頭を下げる村長。
そうだよなぁ……見知った人達の亡骸を人形みたいに扱われて、尚且つ戦わなくちゃいけないのはかなりきついはず。やっぱりネクロマンサーの能力は悪趣味すぎる。
さて、村の協力を得られるとして、僕としては一つ気になる事がある。
「アルクさん、いつ館に忍び込むんですか?」
「いえ、昼はゾンビの動きが活発化するので夜の方がいいでしょう。それに、暗い方がウサト殿も忍び込みやすい」
暗くなってからか。ゾンビに見つかる可能性が低くなるとはいえ、絶対に見つからないという保証はない。
それに洋館って言ったらホラーの定番。ネクロマンサーが根城としていることが事前に分かっているとしても怖いものは怖い。
「それでは、襲撃は今夜ということか?」
「ええ」
村長さんは、アルクさんが頷いたのを見て後ろの村の人の方へ振り返る。
「村の男達に声を掛けてくれ。今夜、あの憎きネクロマンサーを討伐する、とな。だが無理強いはするな、戦う覚悟のある者のみを呼んでくれ。無論、お前も例外ではない」
「はい、だけど村長は……」
「わたしは、村の長として彼らの戦いを見届ける」
「…………分かりました。皆に掛け合ってきます!」
村長の言葉に頷いた村の人は、こちらに一礼してから外へ走っていった。
これで村の人達の協力は得られる。後は夜までに準備を整えるだけ……。
窓の外に目を移す。ここからでは森に阻まれて見えないが、死者を操る魔物が住む館がある。往く手を阻むは大量のゾンビ達、そのどれもが強い腕力を有し、とてもしぶとい。
「待ってろよ、ネクロマンサー」
ゾンビ達はアルクさんと村の人達に任せる。僕とアマコは―――卑劣な死霊術師を叩きのめす。
戦意を滾らせつつも、表面上は平静を装いながら前髪をかきあげる。
「……なんという形相……頼もしいですな」
「本当にローズ様に似ていらっしゃる。それでこそウサト殿ですッ」
僕を見て何を思ったのか、慄くように声を竦ませた村長と声を弾ませるアルクさん。
なんだ頼もしい形相って、それにローズに似ているはないだろ。
僕はそこまで恐ろしい顔はしていないはずだ……多分。




