第六十六話
お待たせしました。
第三章です。
二話ほど更新いたします。
暗く不気味な大きな部屋の中心に私は居た。
足元は高価そうな絨毯、頭上には不釣り合いなほどに綺麗なシャンデリア、でもそのどれもがボロボロで、よくみれば部屋全体が瓦礫に変わり、窓があっただろう場所は丸ごとくりぬかれ、真っ暗な外の景色が見えた。
何故ここに、という疑問はわいてこなかった。ただ目の前の状況を見逃さないように目を凝らした私は、自分の居る部屋の中に、ウサト、アルクさんの姿を見つける。
でもアルクさんは、とても疲れた様に剣を支えにしてウサトを見ている。
そしてウサトも私に背中を見せるように立ち、誰かに話しかけている。
『君はバカだな』
『………』
『後悔しているなら、何でもっとはやく気付かなかった。君が欲していたものは既にその手にあった。だけど、あろうことかそれを手放そうとした。君の意思とは関係なくね』
誰に、話しかけているのだろうか。
私の居る場所からはウサトの前に居る人は見えない。顔も見えない誰かはどうやら怪我をしているようで、壁に背を預けている。
よく見れば、ウサトはボロボロだった。彼の着ている団服は破れこそしていないが、酷く煤汚れている。こめかみから顎にかけて血の跡のようなものも見えるし、なにか激しい戦いをした後のように見える。
眼の前にいる人にウサトは何かを言った後に、目の前にいる誰かに近づき、しゃがむ。
その時、僅かにウサトの前に居る人の姿が見えた。ほんの一瞬、暗闇に包まれその顔こそは分からなかったけど、その口が三日月のように歪み、鋭利な牙が覗いた時、『私』の視界が大きく揺れる。
『ッウサト! 避けて!!』
前に飛び出そうとした『私』が叫ぶ。
それと同時に壁に背を預けた『誰か』はどこからともなく短剣を取り出しウサトに突き出した。彼が刺されたかどうかは背中越しでは分からない。
―――だけど、ウサトの足元に血の滴がぽたりぽたりと落ちるのが私には見えてしまった。
視界がぼやける。
まるで眠りに落ちるように目の前から遠ざかっていく光景に手を伸ばすが、『私』の視界は手を伸ばすだけじゃ届かない場所にいってしまう。
これからが知りたい。
ウサトはどうなった?
怪我をした?
大丈夫なの?
生きているんだよね?
また私は……一人になってしまうの……?
ぐるぐると恐ろしい想像が私の頭を回り、どうしようもなく怖くなる。
私の『これ』は何時もそうだ。肝心な所で、大事な所で、いつもいつも終わってしまう。私の意思を無視して、見せたい場面だけ流してそれで終わり。それから先もその前も映してくれない。
だから何時も目覚める時、見えるだけで何もできない自分が、どうしようもなく悔しくなる……。
母さんも何時もこんな思いを抱いていたのだろうか。
抗えない現実と未来に向き合わなくてはいけない……運命という名の理不尽に……。
「え? 僕が誰かに刺される夢を見た?」
「うん」
アマコから聞かされた夢の話に僕は顔を嫌そうに顰めた。
ルクヴィスから出て数日、道中、盗賊にも魔物にも会わないまま順調に旅を進めていた僕達。そんな折にアマコの話した予知はこれから先の旅の雲行きを曇らせるのに十分なものだった。
アマコの予知は確実に当たる。
彼女自身が手を下さなければ絶対に未来が変わる事が無い。僕に王国破滅の未来を回避させる様に促した時のように……。
「それは本当ですか? アマコ殿」
「何時かは分からないけど、遠い未来じゃないのはなんとなく分かる」
馬を引いているアルクさんの言葉にアマコが頷く。
「どこを刺されてた?」
「……分からない。お腹か脇腹あたりだと、思う」
腹と脇腹かぁ……。
「痛そうだなぁ……」
「……うん」
「……」
「……え、それだけ?」
「え?」
だって今更腹刺されたくらいで怖がる訳ないじゃん。
あの蛇との戦いの時はもっと痛い思いをしたし、それに刺されるって言っても結構小さいナイフだから当たり所が悪くない限りは直ぐに治して反撃できる。
正直、団長の拳の方が怖い。
知っているかアマコ、人は限界を超えた打撃を受け続けると何も感じなくなるんだぜ。
「……いや、いやいやいやいや、猛毒とか塗り込まれていたらどうするの……!」
「治癒魔法で治せるし……」
毒はあの蛇の時に経験済みだし大丈夫だろ。
「血とか出てたし……」
「どのくらい?」
「………ちょっとだけ」
ちょっとだけならかすり傷の範囲内。
「問題ないね」
「……」
「ちょっと待ってその目はやめて」
何を言っているんだろうこの人、みたいな理解の及ばない人外を見るような眼で見てきおったわこいつ。
どうして毒と怪我に耐性持っているだけで化け物扱いされるんだ。
……、よくよく考えれば化け物みたいだけどさっ、もっと凄いとか言い様があると思うんだよね。
「でも気を付けた方がいいかもしれません。アマコ殿が言った状況を考えるのならば、遠からず私達は厄介事に巻き込まれる事が確定しているという事です」
「そうですね、まあ、起こる事は確定しているので出来ることは限られているでしょうけど……。アマコ、僕の時みたいにその予知は変えられる?」
そう隣のアマコに問いかけると首を横に振られる。
それじゃあ僕はどうあってもナイフに刺されそうになるわけだな。
「今の内に腹筋を鍛えておくか? いや、刺される前に叩き折る? むしろ刺してくる人をボコった方が早いんじゃないか? どう思うアマコ」
「確定しているっていうのに何で覆そうとしてるの……」
そりゃそうだけどね、でももしこの予知を聞くこともアマコの見た未来に繋がる過程にあるのなら、やろうと思った事はやるべきだ。
やらなくて後悔するよりずっと良い。
「とりあえず訓練だね。ブルリン、お前もやるだろ?」
「グァ!?」
そうかそうかお前もやりたいか。
流石は僕の相棒だ。
嬉しいのか歩きながら僕の足を殴ってくるブルリンに笑いながら、アマコを見る。少し前から思っていたけど、アマコは少し細いな。これから先の旅を考えるのならば鍛えておいた方が良いのかもしれない。
「アマコもどう? 筋力をつけておくと、もしもの時に役に立つよ」
「絶対に嫌」
そんなに嫌がられるとは思わなかったよ。
明確な拒否の意思を表し、距離を取るアマコに軽いショックを受ける僕と、未だに足を殴ってくるブルリン。
そして、そのやり取りを見て微笑ましそうに笑うアルクさん。
僕達三人と一頭の旅はこんな感じで順調に進んでいるのだった。
「アルクさん、まだサマリアールには着かないんですよね?」
夜、道の端で焚き火を囲んで朝を待つ。暗くなると月明りくらいしか頼りにならないし、モンスターの動きも活発になる。それに暗い夜道を歩いて崖とかに落ちたら旅どころではないので、こうやって暗くなったら、僕とアルクさんの二人で交代して火の番をしている。
アマコは横になったブルリンに背を預け、既に寝ている。
まだ寝る時間には早いので、枯れ木を火に放っているアルクさんに、今後の旅について聞いてみた。
「まだ大分距離がありますね」
次の目的地、サマリアールはまだ遠い。
まあ、この世界には車も新幹線もないから、遠く離れた国へ行くにも時間がかかるのも当然だろう。それは分かっていた事だけど、他に問題がある。
旅をするにも食料とか水が必要不可欠。
水は川で取れるとして、食べ物はだんだんと少なくなってきているから、どこかしらで調達できればいいのだけど……。
「大分食べ物も減ってきましたし、どこかで調達できませんか?」
「そうですね……えーと、遠くない場所に村があるはずなので、そこで食べ物を少し分けて貰いましょう」
革製の鞄から取り出した地図を眺めたアルクさんの言葉に頷く。
村に寄るとかいかにもRPGみたいでワクワクするな。
「ま、最悪食べ物に困ったら僕とブルリンが魚とか動物を狩ってきますよ」
「グァー」
「面倒くさそうにすんな。お前が一番食っているんだからな」
「ははは、頼もしいです」
ぺしりとブルリンの頭を軽くはたく。
全く、お前が一番食っているんだからな。元野生の魔獣らしく狩りぐらいしてくれよ。
「しかし、うーむ……」
再度地図を見て、唸るアルクさん。
「どうしたんですか?」
「この村の周辺で、不思議な噂を聞いたことがあるんですよ」
「不思議な噂?」
村じゃなくてその周辺に? どういう噂なんだろうか。気になって聞いてみると、やけに神妙な表情をしたアルクさんが僕の方を向き口を開く。
「なにやら腕の立つ騎士や冒険者、盗賊が突如消息を絶つというものです」
「それは不思議じゃなくて、危険な噂では……?」
消息を絶つってかなり物騒だな。
僕達の世界で言う神隠し? 異世界召喚も似たようなものだけど、この世界での消息を絶つのは色々な原因が考えられるぞ。
盗賊に捕えられたとか、モンスターに襲われたとか、崖から落ちるとか……。
「いえ、消息は絶つのですが数カ月……長くて数年ほどするとけろりとした顔で姿を現す、というものです」
「何ですかそれ。その人たちは大丈夫だったんですか?」
確かに不思議……いや、僕からすれば不気味だな。
いなくなった人が何事も無かったかのように戻ってくるとか、一体いなくなっていた期間はどこで何をしていたのだろうか。
「私も風の噂程度にしか知らないのですが、皆一様に消息を絶っていた期間の記憶を失っているんです」
「記憶を……失う?」
「時を超えたとか何者かに記憶を奪われた等と様々な憶測が飛び交っていますが……」
「何者かの希少魔法、という線を考えればどんな可能性でもあり得そうなんですけどね」
元居た世界なら、行方不明とか神隠しとか言われて事件になるだろうけど、この世界に限っては魔法という常識の枠から外れたものが存在するから、ありえないとは言えない。
正直、こういう手の話は苦手だ。
というより、おばけとかのホラー全般が苦手だ。おばけは眼の前に現れたらどうしようもないって感じがするから怖いんだよね。それに殴れないし。
若干顔を青くした僕に気付いたのか、にっこりと安心させるような笑みを浮かべたアルクさんは手をゆっくりと横に振る。
「まあ、ここ数年は誰かが居なくなったという噂は聞かないので大丈夫だと思いますよ? 私としては商人や盗賊あたりが面白がって流した噂だと思っていますし」
「そ、そうですか……」
よかった。ここ数年ないなら大丈夫か。
僕達が通りかかる時に、神隠しに巻き込まれましたーなんて事態を想像しちゃったけど、そういうことなら怖がることもないな。
ファンタジーな世界にホラーはいらない、あってはいけない。
だいたいおばけなんていうのはね――――ッ。
「グゥ……」
うつらうつらと眠そうにしていたブルリンが、小さな唸り声を上げ茂みの中を見る。
「アルクさん」
「ええ……」
傍らに置いてあった剣を取ったアルクさんと目配せしながら立ち上がる。
ブルリンの視界の先の茂みに何かがいる。
モンスターかそれとも寝込みを襲おうとした誰か……どちらにせよ隠れてこちらを伺っている時点で僕達と友好的に接しようとしている訳じゃなさそうだ。
ブルリンにまだ寝ているアマコを任せ、僕と剣の柄に手を掛けたアルクさんはゆっくりと茂みに近づく。
「……」
見つけたらとりあえず治癒パンチでぶん殴る。
敵意がなかったら、後で謝る。
モンスターだったら遠慮なしに気絶させて放置。
幽霊だったら、皆を運んで逃げる。
拳に治癒魔法を纏い先行した僕は、がさりと茂みに手を掛け―――、
「ホ、ホホーゥ!!」
「うおぅ!?」
―――ようとした瞬間、黒色の物体が飛び出してきた。
驚きながら拳を引き、上方へ飛び去って行ったソレを見る。
「フクロウ……?」
大きな翼とまるっこいシルエット、やけに高い鳴き声を響かせながら黒色のフクロウは森の中へ消えていった。
僕と同じくフクロウを見ていたアルクさんは柄に添えていた手を下げ、フッと笑みを浮かべる。
「……どうやら、少し気を張り詰め過ぎていたみたいですね」
「ははは……そうですね」
まだ旅に慣れていないからか、アルクさんの言う通りに気を張り詰め過ぎていたようだ。
少し心に余裕を持って動いた方がいいかもしれないな。終始気を張り詰めて大事な時に油断してしまった、なんてことがあったら目も当てられないからな……。
先ほど座っていた場所に腰を下ろしながらそんなことを考えていると、ふと先程の事で気になったことがあった。
「てか……フクロウってあんな鳴き声だっけ?」
それに何で茂み、というか地面の方から飛んできたのだろう。
本物のフクロウの声も習性も知っているわけでもないけど、何故か異様にそのことが気になり、フクロウが消えた暗い森を何気なく見つめるのだった。
次話もすぐさま更新いたします。