第六十三話
お待たせしました。
二話ほど更新させていただきます。
「―――随分と思い上がったものね」
これから、俺とミーナの勝負が始まる。今目の前で戦っていた二人の年上の先輩達は互いを讃える様に握手を交わしている。健闘を讃えあう程の勝負であったと言えるし、俺自身そういう普通の魔法で誰かと戦うという夢を見た事が何度もある。
それは叶わない夢だったけど、形は違えど俺は治癒魔法と言う系統の魔法を持っているにも関わらずこの場に立つことができた。
少し周りを見渡せば、黒いローブの学生達に混ざって一際目立つ白色の団服を着たウサトさんの姿が見える。
「どんなに頑張っても変わらない。伯父様達から見捨てられたことも、最愛の妹から引き離された事も、そして変わらず貴方と私の魔法に天と地ほどの差がある事もどうしようもない事実」
そう、妹が居た。
下らない家の掟のせいで引き離されてしまった妹。
きっとあの両親の笑顔に囲まれながら幸せに暮らしているのだろう。妬みはしない、何せたった一人の妹で、唯一俺が家族だと最後まで想っていたんだ。俺の事はなんて伝わっているだろうか……どうせ、遠い場所で一人で頑張っているとか都合の良いことばかり言い聞かせているんだろうな。今になっても何故そこまで俺と言う存在を隠すことに必死になっているのか分からないが、今となってはどうでもいい。
「ミーナ、俺はもうどうでもいい。貴族に戻る事も、お前に仕返しする事も……どうでもいい」
「自ら貴族としての地位を捨てようとでも?ここでもまだやり直すことができる筈なのに貴方は愚かしい事にこの誇りある貴族としての名を捨てるの?ナック……ナック・アーガレス」
「おかしいことを言うな。俺はもう見捨てられた……お前の言う伯父様達にな。だからあのバカ共とは此処に入れられた時から他人同士だ」
「……なら、何故あなたは私の前に立っているの?私の魔法は痛い程よく知っているというのに、言っておくけど……今まではちゃんと手加減してあげていたのよ?それが分からない程おバカさんではないでしょう?」
そうだろうな。
人を嬉々として傷つける彼女でも本気の炸裂魔法を人に当てる事は無い。あくまで人が最大限に痛がる風に魔法を当てる。それが彼女が今まで俺にしてきたことだ。
予想通りの反応に呆れて笑みが零れる。
「気でも狂った?」
「―――本当はお前との約束なんて守る必要も無かった。何せ、道を示されたからな……でも今の俺じゃ駄目だ。あのどうしようもなく大きい背中に憧れてしまった俺はおこがましいことに『あの人と肩を並べたい』って思っちまった。俺は狂ってなんかいないぞミーナ、ようやく見つけたんだ。俺がこの一生を賭ける価値のあるものを……」
ウサトさんと会う前は何も無かった。
ただ今いる居場所から追い出されないように、必死に必死にその日を生きていた。未来の無い空っぽの毎日を生きていた俺に、道を……希望を示してくれた。
どんな罵倒やしごきを受けても感謝の念は変わる事は無い。何時か、俺もウサトさんのように強い治癒魔法使いになって、彼の居る救命団で肩を並べられるくらいにまで成長したい。
「それってあの治癒魔法使いの皮を被った怪物男の事?あんなのと肩を並べたいと思うなんて正気じゃないわ。私、悲しい、貴方が人とは違う生き物になることを望んでいるなんて」
「あの人は確かに怪物染みている強さを持っているのは認める。でも、どんな強さを持っていたって使う奴がどうしようもなければただの暴力だ。お前の扱う炸裂魔法のようにな」
「へぇ……」
目じりをつり上げる彼女。
しかし、あの三日間を超えてきた俺にとってはその程度の怒気、無いにも等しい。
「俺はミーナ、お前を倒してこれまでの自分と決別し、そしてルクヴィスという檻から抜け出る……」
まだ少し先の話になるけど、この模擬戦が終わって色々と準備を終えたらルクヴィスを出てリングル王国に行く。ここに居る理由なんて殆どないし……友達も居ない。でも……友達かどうかは分からないけど、キリハさん達と別れるのは本当につらいと思う。
本来、嫌われてもおかしくない人間の俺をぎこちなくではあるが迎えてくれたあの人たちに何一つ恩を返せずにいることが、辛い。
俺のその言葉が余程衝撃的だったのか、目を見開いたミーナは表情を嘲笑を交えたものから目を細め剣呑なものを感じさせるものへと変え、睨み付けてきた。
「……此処を出る?私の許しも無く?……面白い冗談ねぇナック。思い上がりも甚だしいとはまさにこの事を言うのね?少し痛めつける程度で済ましてやろうと思ったけど……気が変わった。幸い、伯父様達から『自由にしても良い』という言葉は貰っているの」
指を突きつけられる。
「貴方が泣いて許しを請い、ボロ雑巾のようにしてから一生私の奴隷として飼ってやるわ。光栄でしょう?」
「勝手な奴……いや、それは昔からか……」
そもそもこの話し合いでどうにかなるならこんな状況にはなっていない。ミーナの奴隷として一生を捧げるのは御免だし、ずっと此処で燻っているのはもっと嫌だ。もう一度、息を吐き集中する。
足を半歩広げたこちらに応じるかのように、ミーナが大きな白銀の盾を構えその手に魔力を放出させ始める。
「もう、お前を恐れない」
「言ってなさい。可愛い憐れな落ちこぼれくん」
語る事は無い。
今からが本番で、この五日間で俺が培った物をウサトさんに見せる時。
異様な程に静寂が支配する訓練場の中心に立ち、ミーナを見据えた俺は彼女が魔法を放つと同時に力の限り地を蹴りだした。
ミーナの掌から緋色の球体が生成される。
『炸裂』魔法。火系統の魔法で珍しいタイプの魔法系統であり、その特徴は瞬間的に熱した空気の爆発により対象を焼き、そして吹き飛ばす。体術でしか攻撃する手段が無い俺では相性が悪い魔法である。
しかもミーナは盾を持っている。
これがかなり厄介だ。恐らくあの盾は俺の攻撃を防御するためのものじゃ無い。自分の炸裂魔法から身を守るためのものと見ても良い。魔法に耐えうるだけの防御力によって、炸裂魔法での自滅という弱点をうまく補っている。
そこまで考えて俺は再び地面を蹴り、側方へ跳ぶ。
「……」
数瞬した後に先程まで居た場所に炸裂魔法の魔力弾が地面に着弾し小規模の爆発を引き起こす。その威力を観察しながら、ミーナの方へ向くと彼女は驚愕の表情でこちらを見ていた。
「貴方……」
「俺だって遊んでいたわけじゃないっ!本気で来い!」
「嘗めないでちょうだい……!」
続いて生成され放たれる魔力弾。
ミーナの言う通り、魔力弾の威力は俺に当てていた時よりも格段に強い。全然嬉しくはないけど、俺で『遊ぶ』時、ミーナは一応手加減してくれていたのは本当だったみたいだ。
でも圧倒的に遅い。
ウサトさんの投げる魔力弾の半分以下。正直、あの人を引き合いに出すこと自体おかしい事なのだけど、こう思わずにはいられない。
「遅すぎる……!」
訓練場の端から端まで走り抜け、先を読んで近づいて来た魔力弾を止まると同時に体を捻り避ける。
止まった隙を見計らって放たれた魔力弾もしゃがんで回避―――と同時に足元の小石を拾う。
間髪無く爆風を食らわせようとしたのかこちらの足元目掛けて飛ばされた魔力弾に先程拾った小石を放り投げ、地面に着弾する前に爆発させ、爆風に合わせて後ろへ跳び着地する。
「成果、確かに得ました……ウサトさん」
砂埃を払いながらも自分の力を実感する。
驕りはしない。しないけど、感謝の気持ちで一杯だ。
使えない魔法だと思っていたから、誰の為にもならない魔法だと思っていたから……こうやって自分の力の一部になっているのがこれ以上なく嬉しい。
「うぉ!?」
感動に打ち震えている間でもミーナの魔力弾は飛んでくる。
アイツの魔力弾の余波で砂煙が舞って視界が悪いにも関わらず撃ってくるあたり、さっきの俺の言葉にどれだけ怒っているか分かる……けど。
逆にこれはチャンス。
当てずっぽうで魔力弾を撃っているということはミーナは俺の姿を見つけていない。俺からしたら魔力弾を放ってくるミーナの位置は丸分かりと言ってもいい。
「だからッ!」
炸裂魔法の直撃は耐久力の無い俺では一撃で気絶する可能性がある。でも、近づかない限りは一生ミーナを倒す事なんて出来ない。
だからこそ俺は行く。
右の掌を地面に突き、両足に力を籠める。
「行くぞ!俺!!」
己を鼓舞し、砂煙の先に居るであろうミーナを見据え全力で地を蹴り走り出す。
放たれ続ける魔力弾に突っ込むこと自体自殺行為だけど、今のミーナは俺の居るであろう方向に我武者羅に撃っているに過ぎない。このまま行けばどれかしらの魔力弾と激突してしまうかもしれない、が……何も考え無しに走り出したわけじゃない。
放たれ続ける炸裂魔法の爆風の余波を受けながらも砂煙を払った俺はしっかりとミーナの居るであろう方向を見定めて、踏みしめた右足で思い切り跳躍する。
「うおぉ……!」
人一人と半分ほどの高さまで飛びあがった俺はそのまま砂煙の壁を突破し、ミーナの眼前へと跳び出した。
「……えっ?」
「食らえぃ!!」
勢いは止まらない。
ミーナへ斜めに落下するように突撃し、間抜けな表情を浮かべた彼女目掛けて踏み出した右足を飛び蹴りのように繰り出す。
「はっ、え!?飛……!?」
咄嗟に盾の先を地面に突きさした彼女はその後ろに隠れ、こちらの繰り出した蹴りを受け止める―――が、その程度の盾で俺の、俺の五日間の努力は防げない!!
「鉄板で俺の蹴りが防げるかよォ!」
「そんな、嘘!……きゃぁッ!?」
体の捻りを利用してさらに蹴りを捻じり込み、地面に突き刺した盾ごと彼女を蹴り飛ばす。
大きく吹っ飛ばされ地面に叩きつけられるように落下した彼女から目を離さずに着地しつつ、服についた砂埃を払う。
「もうお前には屈しない!ミーナ・リィアーシア!今日ここでお前との因縁を断ち切る!」
これが俺の力だ。
お前が、お前達が馬鹿にしていたあの人と俺の力だ!
指を突きつけた盾を支えにして起き上がった彼女に叫ぶ。地面に叩き付けられた拍子に口を切ったのか口の端から血が垂れているが他は盾のおかげで怪我はないと見える。でも、防御に使った盾は真ん中が綺麗に凹み、その部分から小さな亀裂の様なものが広がっている。
しかしそれでもミーナは立ち上がる。
「ハッ!上等……ッ私を本気にさせたことを後悔させてやるわ……!」
真ん中が綺麗に凹んだ盾を支えにして立ち上がった彼女は口元を乱暴に拭うと目を血走らせてこちらを睨む。怒気に混ざり殺気すらも感じられる強烈な瞳に怖気ぜずに構えを取る。
ここからは俺の知らない彼女との死力を尽くした戦いになる―――。
「強くなったな、彼は」
ナックとミーナの攻防を見ていた先輩は、感慨深げにそう呟く。
周囲を見回せば、教師と見られる人を加えた誰もが口を閉ざしている。
当然だ、僕が再現できる限りのローズのしごきを以て訓練を施したのだ。弟子が成長している姿を見て少しだけ誇らしい気持ちになる。
「彼が強くなったのは訓練のおかげです。でも、厳しい訓練を最後までやり遂げたのは彼の強さです」
それだけの苦しい思いをさせたし、僕自身心をとても痛めた。
だが、ナックは見事やり切った。たった五日間の訓練だけど最後の三日間は僕が予定していなかった苛烈な内容をやらせて貰ったんだ。
今、訓練場を魔力弾を回避しながら駆けまわっているナックを見て腕を組む。
「先輩からはたった五日間の訓練って聞いたけど……凄いな。さっきの一撃を見る限りあのミーナって女の子は一発良いの貰ったら倒れちまうんじゃないか?」
「いや、さっきで決めるべきだった」
「え、何でだ?」
カズキが驚きながらこちらを振り向く。
ナックとミーナの戦いから目を逸らさずに僕なりの分析を話してみる。
「想定したよりもあのミーナって子の反応が速いってのもそうだけど、正直ナックの強みは脚しかない。僕とは違い腕の力は並以下だから、さっきの蹴りが現状でのナックの最高の一撃と思ってもいい」
しかしあの盾、見た目にそぐわず硬いな。重さもそれなりだと思うから、下手をすれば腕力と言う点ではナックを上回っているかもしれない。
盾を壊せなかったのは痛いなぁ……。多分、ミーナもバカじゃないから次は無いぞナック。
「ま、後はそうだね。ナックは耐久力も無いから下手をすれば一撃で沈められるかもしれないね。いやぁ、流石に耐久力を鍛える為にぶん殴る訳にはいかないからなぁ」
「君が殴ったらナック死んじゃうからね!?」
「ははは……はは」
どうしよう、昨日一、二回くらい迎撃するために殴ってしまった。
でも治癒魔法かけてあげたからセーフだよね。ナック自身もけろりとした顔で起きていたし。
内心、動揺しつつもそれをおくびには出さずに振舞う。こんなん知られたら絶対ドン引きされるに決まってる……ッ。
「嘘はいけない。ウサト、嘘はいけない。しっかり白状して引かれるべき」
この子狐……。
にこりと笑みを作り先輩達に見えないように指を構える。すると僕の体の後ろに身を隠していたアマコは顔を真っ青にさせるとサッと額を手で抑え、引っ張った僕の団服で顔を隠す。
こらこら伸びる、伸びちゃうから……。
ターバンの如く頭を団服で隠したアマコに溜め息を吐く。
「はぁ……まあ、耐久力ならミーナも同じ。どちらも一撃でもいいのを貰ったら勝負は終わる。そしてナックと戦っているミーナもナックの一撃を真正面から受けているにも関わらず戦意を見せている所を見れば、彼女もただのいじめっ子じゃないことは明白。僕の予想では一度良い一撃を与えておけば怯んで動けないと思っていたからね」
「ミーナはあの年代の子供たちの中では、かなり『やる』方ですね。少し自信過剰な所が目に余りますが、自身の魔法の特性を理解した盾と魔法を主軸にする守りに徹した戦い方を好む魔法使いです。そんな実力を持つ彼女が何故私を怖がるのでしょうねぇ……疑問が尽きません」
ハルファさん……貴方の戦い方は魔法使いからすれば天敵そのものだし、戦い方そのものが危険だから怖がられるのは当たり前ですって……。
しかし、魔法と盾の魔法使いか。
厄介だな。盾を壊せば戦いを有利に運べるようになると思うけどナックには盾を壊す手段が少ない。
「―――でもナックは回避に徹した魔法使いだ。負けている部分はあれど、勝っている部分もある。むしろ最後の三日間で施した訓練は魔力弾を多用する魔法使いへの対策みたいなもの」
回避の先に活路を見出し、魔法使いを物理でねじ伏せる。
ローズ式サンドバックトレーニングの改良版、あえて言うならばウサト式シューティングトレーニングと名付けるべきか。新技、治癒魔法弾を用いての回避訓練により、遠中距離をリーチとする攻撃に対する回避能力を鍛えることができた今のナックに普通の魔力弾は効かないと言ってもいいだろう。
だが、あくまで効かないのは魔力弾だけなので副次的な影響は防ぐ事ができないのがこの訓練の弱点の一つだ。
「油断するなよ。いくら強くなったとしてもお前の弱点は打たれ弱い所だ。それを突かれたら……厳しくなるぞ」
治癒魔法は傷は治せど痛みは消せない。
君は僕のように打たれ強くはない。少しの判断ミスも致命傷に繋がると考えておいた方が良い。
「逃げ足が速いわねぇ!」
灼熱色の魔力弾が飛んでくる。
足を止めずにそれを回避し攻撃する隙を伺う。しかし先程の砂煙からの奇襲をさせない為か飛ばされる魔力弾の密度が先程よりも明らかに違う。そのせいか着弾と同時に広範囲な炸裂は起こらず小規模且つ凝縮されたより厄介なものになっていた。
「ぐぁぁ!?……流石に全部は躱せないか……!」
後方で炸裂した魔法により発生した熱風が背中を焼き焦がすかのように吹きこまれる。さっきのものより副次的な威力までもが強化されている……。怪我は思ったよりも酷いものではないけど痛みは治癒魔法の有無にかかわらず俺の精神を苛んでいく。
「そんなバカみたいに撃ち続けられるお前が羨ましいよ……!」
「生まれ持った才能ってやつねぇ!私って天才だから!!」
やっぱり同年代で明らかに頭一つ抜け出ているお嬢様の言葉は違うな。
自信に満ちている。自分が負ける想像など少しもしていない生まれながらに人の上に立つことを求められた才女。
対して俺は家から見離された落ちこぼれ。
魔力も並だし目つきは悪い。けどそんな俺でも出来る事がある。
「行くぞ!」
愚直なまでに鍛えられたこの足で魔力が尽きるまで走り続けること。
魔力弾を躱しながら盾を構えるミーナへの接近を試みる。当然の如く魔力弾を放ってくるミーナだが、ウサトさんの治癒魔法弾の速さに慣れている俺から見れば威力だけが脅威に過ぎない。
地を蹴るようにジグザグに走り、一気に彼女の元へ迫る。
「射程を超える……!」
炸裂魔法は使用者であるミーナ自身を巻き込んでしまうから近くでは使う事が出来ない。その弱点を突いて彼女を目前とした時、俺は勝利を確信する。
一撃―――蹴りの一撃でも入れば華奢なミーナを戦闘不能に陥らせるのは容易い。盾を構えその後ろに隠れる彼女に合わせ無防備な右側方へ跳ぶ。自ら視界を封じ防御に徹するのは予想していたから、その瞬間を見計らい勝負を決める。
「貰った―――」
確信と共に蹴りを繰り出す――――瞬間、盾を抑える腕の隙間から見えるミーナが笑っているのが見えた。いや、笑っているだけじゃない、こちらを見ている……!?まるで分かっていたと言わんばかりの表情で俺を見ている。
これまでにない悪寒を感じ繰り出そうとした蹴りを抑えようと、彼女から意識を外した次の瞬間―――ガァンッと無防備な頭に衝撃が襲う。
「が……っ」
一瞬視界が暗転し倒れそうになるが、歯を食い縛り必死に耐える。
クソ、何をされた?痛む頭を手で抑えミーナを睨み付ける―――が、睨み付けた先に居たのは、凄まじい勢いで突進してくる白銀の壁。
「くっ……がああ!?」
真正面から突き進んできたソレに反応こそ出来たが、身体が反応に反して動かない。無防備なままミーナが構えた盾にぶっ飛ばされ地面を転がり痛みに悶える。
「貴方って本当におバカさんねぇ……」
当の彼女は盾を掲げ上機嫌な笑みを浮かべ、苦痛に悶えるこちらを見下している。
盾、まさか俺が蹴りを繰り出す前に盾を振り回し、当ててきたのか……?そして怯んだ俺に構えた盾による突進を行った?
「盾はただの防御手段じゃない。少なくとも私にとってはね……ま、こんなの初見でしか通用しないけど、だまし討ちには最適なのよね」
「が……はっ……」
そう言い盾を軽く持ち直した彼女は、ゆったりとした動作でこちらを見下ろす。
額を切ったのか血が眉間を伝って滴る。治癒魔法を行使しようにも頭を打たれて視界がぐらついてうまく集中できない。集中できないんじゃ、治癒魔法の効果は半分以下―――直ぐに治る傷も治らない。
地面に膝をつきミーナを睨み付ける。
「言っておくけど、ただ脚と目が良くなった程度じゃ私には勝てないわよ?魔法使いは自分の系統魔法を理解した上で戦い方を選ばないといけない。勿論相手との相性もね。私と貴方の相性は……最悪。むしろ何で私に勝てると思い上がったのかしら?貴方なら理解していると思っていたのに……勝てる相手と勝てない相手の判別くらいはね」
勝てる相手と勝てない相手……此処の学生にとってのハルファさんのように俺にとっての絶対的な勝者が彼女だとでも言うのか……?
「でも褒めてあげるわ。良くやったじゃない、たった一週間でここまでやるようになるなんて正直驚いているわ。どう?今負けを認めれば特別に貴方を許してあげてもいいわ、これ以上痛い思いはしたくないでしょう?」
「……っ」
嘲りが籠められていない素直な称賛に正直かなり驚いた。
そしてあまりにも甘美な言葉にも感じられた。何せここで負けを認めれば許される、もしかしたら苛められていた頃よりも環境が良くなるかもしれない……そう思えたからだ。
しかし、俺の答えは変わらない。
「嫌、だ」
前より良くなる?そんなのはただの甘えじゃないか。確かに今まで見下され続けたミーナに自分の実力を認めさせたという事実は俺の中に微かな充実感を感じさせた。嬉しくない、と言えば嘘になる。いわば彼女のその台詞は俺の実力を認めさせたととれる言葉だからだ。
でも、それだけだ。
だからといって俺と彼女の絶対的な力関係は変わらないし、彼女に虐げられる日常は変わらない。
俺は下で、彼女が上―――絶対に覆せない関係。
「ふぅん……」
「俺はお前をぶっ飛ばす為に此処に居るんだ。負けを認めて良い筈がない……多分、屈してしまったら俺は一生負け犬のままだ……だから、もう屈したくない。親だった奴等にも、お前にも……確かにここで負けを認めれば前までのクソッたれな日常がちょっとだけ良くなるかもしれない。でもそれはウサトさんとの五日間を自分で無駄にしてしまうことになる。それは絶対に嫌だ」
「……そこまで大事にするもの?たった一週間の関係じゃなくて?」
「ああ……たった一週間だ……!その短い時間の中で感謝しきれない程のものを貰った!辛くて苦しくて逃げ出したくて……嬉しかった……!」
他人に期待したくなかった。
他人に期待されたくなかった。
両親に見放されて誰も心の底から信じられなくなった俺を……お世辞にも物覚えが良くない俺を、今こうしてこの場に居られるようにまで鍛えてくれた。
俺の勝利を信じてくれる、それだけで負けを認めない理由としては十分すぎるじゃないか。
「また信じていいんだって……治癒魔法なんていう厄介な魔法に目覚めてしまった日からドン底を生きていた俺にそう思わせてくれた!だからこんな敗色濃厚な状況でも、俺は絶対にお前に屈したりなんてしない!!」
「……ハッ、言うじゃない。バカみたいに頭から血を流して言う事がそれ?もっと自分の状況を考えてから言葉を選んだ方がよくて?」
「忘れるなよ、俺は治癒魔法使いだ……この程度何でもない!!」
膝をついた状態から立ち上がる。
もう傷は癒えた、皮肉にも先程の問答は俺に回復する時間を与えてくれたのだ。額を伝う血を手で拭い地面に散らす。
まだ戦える。
「そう、しょうがない。……続行としましょう」
「っ!」
ぎろりと鋭い眼光を向けた彼女がこちらに掌を向ける。咄嗟にその場から飛び去り彼女から距離を取る、もうさっきのような反撃は受けない。
さっきまで自分が居た場所に炸裂魔法が撃ち込まれ小規模の爆発が起こると、それを放ったミーナは嘆息するように額を手で押さえ距離を取った俺の方に視線を移す。
「やり方を変えるわ」
「……は?」
「追い込みながら適当に撃って行けば当たると思っていたのだけど、思ったよりもしぶとい貴方を捉えるのは想像以上に難しいわ。……だからやり方を変える」
そう言うと彼女は手に持った盾を地面に突き刺し、両手を肩程にまで上げ新たな魔力弾を生成する。
しかし今までのような一つの球体ではなく、五つに分かれた小さい魔力弾が彼女のそれぞれの手の平の上に浮いている。
これから行われるであろう攻撃が分かり、冷たい汗が流れる。
「フフフ、勇者のような化け物染みた芸当はできなくても、これくらいは出来るわ。狙いなんてつけないで貴方が居る方向に集中して投げ続ける。放たれた魔力は連鎖するように炸裂し逃げ場の有無に関わらず破壊跡を刻み付ける」
両手を合わせて十の魔力弾。
不敵な笑みを浮かべた彼女が腕を広げると共にその場を飛び退いた。
「逃げきれるものなら逃げてみなさい……」
瞬間、眼前に幾重にも重なる様に吹き荒れる爆風が俺の体に襲い掛かった。
ミーナは性格上かなり面倒くさいキャラです。
何より性質が悪いのは自身がナックに抱いている感情を良く理解しておらず、独占欲といった駄目な方向に歪んでしまっていることですね。
次話もすぐさま更新致します。




