第六十二話
二話目の更新です。
六十一話を見ていない方はそちらを先に読んでください。
残り二日の訓練はダイジェスト代わりの日記でお送りします。
訓練日記
三日目
ウサトさんに言われたので日記を書いてみることにした。
今日は俺が生まれ変わった日だ。こう書いてみれば恰好良く見えるかもしれないが実際はミーナに怯えて逃げて、ウサトさんに助けられてようやくスタート地点に立ったようなものだ。依然として自分が臆病で卑怯な小僧と言う事には変わりはないし、ウサトさんの言う訓練も満足にはできていない。
でもようやく俺は始まったのだ。
ウサトさんが勧めてくれた救命団、本当は自分が行っても良い場所なのか凄い悩んだ。何せ、ウサトさんが所属している場所だ、俺みたいな奴が入って迷惑にならないだろうか。後々考えると、そういう想像ばかりしてしまう。聞けば、ウサトさんの師匠である人が恐ろしい人であるとか、そういうことしか知らない訳だけど、実際どうなのだろうか。淡い希望を抱いてみるならば、今のウサトさんの厳しさがその人の厳しさであって欲しいと思う。恐らくそれは脆くも砕け散ってしまうであろう希望なのは分かり切っているのだけど。
訓練のことについて書こう。
まず一言として訓練はミーナのいじめよりもきつかった。
昨日の訓練でどれだけウサトさんが手加減してくれたのかをしっかりと理解できた。本人は演技とかうそぶいているけど、多分、あれもウサトさんの一面に違いない。あんなに怒鳴り散らして、自分が見ていない時もギリギリと凄まじい歯軋りをして不機嫌さを醸し出しているあの人が演技をしているとは思えないからだ。何せ間違うたびに転ばされて罵倒されて踏みつけられてからの治癒魔法、この流れからしてどういう演技なのだろうか、正直良心とか温情とかを訓練開始時に何処かへぶん投げた位の表現具合だ。
訓練の時のウサトさんは怪物、訓練以外のウサトさんは人間、俺の中ではウサトさんはそういう立ち位置になった。
今は日記を書いているけど、こうして書いているだけで手が震えてくる。体に問題はない、何せ治癒魔法が万全に効いている状態にあるからむしろ体調は万全だ。この震えは恐怖からだろう、あのウサトさんの善と悪の裏表の差異が、俺をこれ以上なく不安にさせるのだ。
あの笑顔の裏で明日の訓練の予定を考えていると考えると震えが止まらなくなるし、温厚な状態のウサトさんへの不敬が明日の訓練にどれだけ響くと思うと今度は脚の震えが止まらない。
駄目だ、もう文字を書く気力が無い。
訓練三日目、日記、ここで終わります。
四日目
未熟 で すいま せん
日記片手に廊下で気絶してしまった。
ペンを片手に日記に手を伸ばしたまま気絶するなんて初めての経験だ。キョウさんの慌てた様な声がとても強く記憶に残った。
気を取り直して日記を書こう。
今日の訓練はまず罵倒から始まった。
ウサトさん曰く、俺は耐久力がとてつもなく低いらしい。といっても常人並の耐久力らしいけど、ウサトさんの目指す治癒魔法使いにおいては俺の体は紙にも等しく、救命団の団長に殴られたらそのまま全身の骨が粉々になる程だという。その為に今日は魔力を練る訓練と合わせてその対策を講じる為の訓練をした。
ようやくまともに魔力も感じれるようになってきたから手応えを感じていたんだ。
これで治癒魔法を安定して使えるなって思ったんだ。
違った。
違いすぎた。
昨日、自分は新しく始められたとか書いたような気がしたけどあの文は訂正する。始まってすらいなかった。そもそもが魔力を感じるということ自体が、ウサトさんの治癒魔法の本格的な訓練の始まりだったんだ。
訓練はより苛烈に。
罵倒はより激しく。
そして何より訓練自体が様変わりしたせいで、訓練前に楽観視していた俺は死にそうな目にあった。
新しい訓練は、魔力弾をただひたすらに回避するもの。耐久力が弱点なのでその部分を補うために攻撃に当たらなければいい、という逆転の発想をついた訓練……だけれど……。
あの人の治癒魔法は使い方間違いすぎている。
何で、魔力弾にして投げつけて来るんだあの人。
むしろ、何で魔力弾を投げているんだあの人。
絶対生まれる種族間違えているだろあの人。
ミーナ以上の球速なんですけどあの人。
何と戦う事を想定した訓練をしているんですかあの人。
しかもどういう訳か、当たれば魔力弾で吹っ飛ばされるし、当たったらあの人『受けているんじゃねぇ』とか言いながら怒鳴り散らしてくるし、無理ですって言ったら、胸倉掴まれて『僕は拳だったんだぞ!!まだ魔力弾なだけマシだろ!!』とか素に戻って言われて何も言えなくなるし。
治癒魔法の魔力弾だから痛みも何もないのだけど、衝撃だけはあるので当たった部分が殴られたみたいな衝撃を感じるのが本当にやばい。
でも俺も治癒魔法使いだからできるのかもしれない。
ちょっと試してみる。
無理だった。
そもそも腕力で飛ばすようなものじゃないし、そもそもが重さも何もない魔力弾であれだけの衝撃が出せる時点であの人にしかできないものだという考えに至るべきだった。
あの人、本当にどれだけ力が強いのだろうか。
勿論、訓練は此処で終わりな訳ではなかった。
ウサトさんの魔力を回復させる休憩を除けば、一日中延々と魔力弾を避けさせられた。
この訓練は本当に頭が可笑しい位に凄いと思う。何せ疲れない。治癒魔法が籠められた魔法弾に当たれば込められた魔力分だけ回復するから、ずっと動き続けられる。しかも、不本意ではあるけどほとんどの魔力弾に直撃しているから絶えず治癒魔法が体に行使されている状態にあるので、昨日以上に魔力を感じる事が出来た。
その分、ウサトさんの魔力は消耗が速いらしく訓練の終わる頃には魔力が尽きる寸前だったらしい。
こちらも身体じゃなくて心が摩耗したように落ち込んでいる。精神状態は身体に影響すると授業では聞いたことあるけど、今の俺はまさにその状態だと思う。
もう何にも興味を示さないし、実際この日記を書いている時も何処かどうでもいいような気持ちになってくる。もうミーナと戦う事よりも明日の訓練をどう生き残るか、という思考しか抱けなくなっているあたり、相当やばい状態なのは間違いないだろう。
駄目だ。
よく分からないけど駄目だ。
今日は寝る。日記、終わります。
五日目
訓練最終日。
ただ訓練のことしか考えられなかった。
視界に入る野次馬共も、俺を苛めていた人たちも全てどうでもいい。
走って 吹っ飛んで 怒鳴られて 吹っ飛んで 吹っ飛んで 走って 吹っ飛んで 吹っ飛んで 怒鳴られて 避けて 吹っ飛んで 吹っ飛んで 走って 吹っ飛んで 吹っ飛んで 怒鳴られて どなり返して 吹っ飛んで 殴り掛かって 蹴り飛ばされて 吹っ飛んで 走って 避けて その繰り返しをずっとして一日が終わった。
結局、ウサトさんの放つ魔力弾は数えるほどしか避けられなかった。
ウサトさんは『やりすぎたか……?』と、呟いているけど俺にとってはもう十分な程だ。
ありがとうございます。
ウサトさん。
そして覚悟しろ。
ミーナ。
私怨でも復讐でも仕返しでもない。
俺がお前という因縁を断ち切って前を向くために、救命団の団員として、ウサトさんの隣に並べるようになる為に。そしてこれはウサトさんにも言っていない事だけど、この勝負はあの両親と、忌まわしい家と決別するためのものだと思っている。もう魔法の良し悪しに何か囚われないで俺だけの人生を始める為に、俺は 俺は……もう屈しはしない。
ミーナを倒す。
培ってきた全てを賭けて、アイツをぶっ飛ばす。
「………」
そこまで読んであたしはナックの部屋の前に開いたまま落ちていた日記を閉じた。
そして思った。治癒魔法の訓練は人すらも鬼へと変えてしまうものだと、数日前は気弱とすら思えた少年が、今やその鋭い眼光に相応しい少年に変り果ててしまった。
「大丈夫なのか、これ……?」
件の少年は既にミーナとの戦いの場へ行ってしまった。
自分も今から向かうのだが、今日起こるであろうミーナという少女にとっての恐怖の模擬戦がどうなるかは想像に難くはない。
「……きっと、ウサトがなんとかしてくれるさ。うん」
例え大怪我をしたとしてもウサトが何とかしてくれる。
現実逃避気味にうんうんと頷き、手に取った日記帳を彼の部屋の机の上に置いた後に、学園で待っているというキョウとサツキの元へ行くべく支度を始めるのだった。
ナックとミーナの戦いが行われる今日。
僕とアマコは学生で賑わう学園の入り口の前に立っていた。ナックとは少し前に別れて、ブルリンは厩舎の方で留守番だ。試合があるナックは別として魔物であるブルリンを流石に大勢の中に連れて行くわけにはいかないからこその判断である。
アマコにブルリンを連れてこなかった理由を話すと「そんな配慮できたんだ……」と驚愕されたのは遺憾だけど寛容な僕は治癒魔法デコピンで許してあげた。額を押さえて悶絶するアマコ?知らんな。
「ウサトー!」
「お、来た」
恨みがましい目で睨み付けて来るアマコを華麗にスルーしていると、僕を呼ぶ声。
声の方へ眼を向けると、犬上先輩とカズキがこちらに歩いてくるのが見える。僕達が此処で待っていた理由、それは先輩とカズキを待っていた事に他ならない。
ナックとの訓練中ずっと会っていなかったから先輩が好き勝手しないか的な意味で心配になっていたし、それとは別に会いたかったからだ。
「やあ、ウサト君。数日ぶりとでも言えばいいのかな?……アマコは、どうしたの?」
「ウサトに苛められ―――」
「数日ぶりですね!カズキも元気だった?」
「ああ!ウサトも大変だったみたいだな!」
アマコが面倒くさい人に助けを求めようとしていたので、妨害すると同時にカズキへ挨拶する。先輩から話を聞いているのか、カズキはニカッと爽やかな笑みを浮かべて来る。
相変わらず笑顔が眩しい爽やかイケメンだぜ……。
「そっちはどうしてた?」
「こっちはこっちで大図書館とかで魔法の練習とか……此処だけでできる事とかやってた。本当はウサトも一緒にって思ってたけど……事情があったからしょうがないよな」
「君もナックの訓練で忙しいと思うからできるだけ邪魔しないように、と思ってね。できるだけ会わないようにしていたんだ」
「そうだったのか……すいません変な気を遣わせてしまって」
でも良かった。
演技とはいえ僕のローズをイメージした罵倒を見せなくて。自分ではよく分からないけど、キリハ達には恐ろしく見えたようだからね。
「ウェルシーさんは?」
「彼女ならグラディスさんの所に用があるってさ。多分、書状に関係することなんじゃないかな?」
確かに書状を渡してから一週間以上過ぎているからそろそろ結論が出ているかもしれないな。訓練中に書状の結果が出たら……と考えてヒヤヒヤしていたけど、何事も無く今日を迎えられて一先ず安心って所かな。
「それじゃ、行きましょうか?まだ時間には早いですが」
「早いに越した事はない。行こう」
「ウサトが訓練をつけてあげた子がどんな戦い方をするかスゴイ気になるなぁ」
これから見に行くのはナックとミーナの模擬戦。
この五日間で十分に戦えるだけの訓練はしてきたつもりだけど、もう僕にできる事は無い。後はナック自身の力に掛かっている。
「……アマコ、何してる。置いて行っちゃうよ……?」
「このぉ……絶対許さない……許さないぃ……」
全く、デコピンくらいで大袈裟すぎだよ。
しょうがないので恨みがましい目で未だに見て来るアマコを脇に抱える様に持ち上げ、カズキと先輩と並ぶように歩く。フードを被った少女を小脇に抱えて歩くシュールな光景に見えると思うけど、そんな視線は此処でナックの訓練を始めてから飽きるほど浴びているから気にもならない。
「ウサトくん、ナックは大丈夫なの?」
されるがままに抱えられているアマコを訝し気に見ながらも先輩がそんなことを訊いてきた。
「大丈夫ですよ。僕としても出来る事は全部やったと思いますし」
「それは君を見る周りの視線は関係あるのかな……?」
「……さてね」
早速気付きやがったぞこの先輩。
しらばっくれる様に笑みを浮かべ、周りを見れば目が合った学生全員がサッと目を逸らす。何だその反応、僕はチンピラか何かですか?
「それほど凄い訓練をして此処の人達を驚かせたってことだよなっ!」
「あ、ああ……凄いかどうかは分からないけど。僕なりの訓練をさせて貰ったよ。先輩もそんな面白そうなものを見つけたと言わんばかりの目をしないでください。僕なりの訓練といってもただ走ったり、魔力弾を避けたりとか地味なものしかやっていないんですから……」
「物は言い様だね……」
黙れいこの子狐が。
笑っているカズキにぎこちない笑みを浮かべながらも、せめてもの仕返しとばかりに抱えているアマコをゆらゆらと揺さぶる。
酔え、酔ってしまえ!内心そんなことを思いながらゆらゆらと揺らしていると僕とアマコを先輩が訝し気に目を細め、こちらをジッと見つめている事に気付く。
「君は、随分と彼女と仲良くなっているね」
「え?まあ、それなりに一緒でしたから」
「一緒、一緒かぁ……」
何をとち狂ったのか、少し前を歩いていた先輩は一度前を向き直ったその後、急にこちらへ体ごと振り向き両の手の指を絡めやや上目遣いで僕を見た。
「……嫉妬、しちゃうな……私」
可憐という言葉が相応しい美少女である先輩が上目遣いとか、元の世界では男女関係無く卒倒ものだな、と思う。実際、僕も卒倒する自信がある……元の世界に居た時の先輩ならね。
「あ、そうすか。それでカズキ、魔法の練習って何やってたの?」
そんな今更乙女なことしても、貴女の残念具合は変わりません。
上目遣いのまま固まった先輩をスルーし、カズキと共に通路を進む。
「んー?そうだなぁ。前に的に当てる時に見せたあれをもっと使いやすくしようか色々工夫していたんだよ。いまいち、操作に集中しなくちゃいけないのが難点だったからなぁ」
「僕なんて魔法を放つことすらできないからなぁ。でも別の見方をすれば意外な方法で問題は解消できるかもしれないよ?」
「お願いちょっと待ってぇ!!」
カズキと楽しく話しながら歩いていると、背後で固まったままの先輩が突然僕の肩をガシィッと擬音が付きそうな勢いで掴んで来た。
何ですか、面倒くさい。
「もっとするべき反応があるだろう!!枯れてるのか君は!?」
「失礼しちゃいますね。打算的じゃなければ僕は何時だってときめきまくりですよ。刹那で恋に落ちていますね」
「『あ、そうすか』で済ませる方が失礼だろう!?私は美少女なんだぞ!?もっと初々しく照れろ!」
「貴女がそれを自覚してやっているのが悪いって気づいてください……」
自分で美少女言うのもアレだけど、実際この人は誰がどう見ても美少女なのであながち否定できないのが凄い所だ。でも見え見えの罠に掛かる程マヌケではないつもりだし、何よりその悔しそうな顔が面白……って違う違う、違うぞ僕、ローズになりきっている内に心までサディスティックになりかかっていたみたいだ。
少し深呼吸し、こちらへ縋り付いて来た先輩の手を外しそのまま立たせる。
「はいはい、ドキッとしました。これでいいでしょう?じゃ、先に行きましょう」
「くぅぅ……なんていう屈辱……心なしか前よりSになっているような気がするよ……」
頬を真赤に染め唸る先輩を歩かせて僕もその後に続く。
すると、その様子を見ていたカズキが一層に明るい笑みを浮かべた。
「ははは、やっぱり先輩とウサトは仲が良いや。見ていて安心する」
「……そうだね、二人と一緒で僕も安心するよ」
彼の言葉に否定せずにそう答える。
ひねくれていると言われていても、こういう時は正直になりたい。
……やばい、今度は僕の顔が熱い。やっぱりこういう柄にもないことは言うんじゃなかった。せめて先輩を前に向かせつつ、抱えているアマコに見えないよう顔を手で押さえる。
「ウサト、どうしたの?顔を押さえて……角でも生えちゃったの?」
「落ち着いたわ。君の余計な一言で」
この子狐は僕をどんな怪物だと思っているのかな。
角も何も人間だから生えないからね?
訓練場には沢山の学生達が集まっていた。
訓練場中央に四方の枠の中で二人の学生による模擬戦が既に行われており、その戦いを学生達が取り囲むような形で観戦している。
『はあああああああ!!』
『今度は俺が勝ぁぁつ!!』
「へぇ、これがそうなのか」
アマコをその場に降ろした僕は、先輩達と共にゆっくりと観戦できる場所を探しながら模擬戦を眺めると近づいたからか四方の枠の中で戦っている二人の学生の姿がより鮮明に見える。
戦っている学生の二人はどちらも木剣を手に持っており、雄叫びと共にお互いに違う魔法を放ちつつ剣戟を繰り広げている。その模擬戦を興味深げに眺めていた先輩は、ふと何かを思ったのか僕の方へ振り返った。
「やっぱり魔法使いの模擬戦ってこういう感じなんだね。ウサトくんやハルファくんのような勝負とはまた違う」
「そもそも僕みたいに肉体派な魔法使い自体少ないからむしろこっちが普通なんですよ」
ハルファさんは魔眼の先読みを用いた格闘術。
僕は言うなれば治癒魔法と身体能力に任せた力押し。
僕の場合は喧嘩殺法といっても差し支えは無い程に野蛮的だけど、この時点で普通の魔法使いの基準で測ること自体間違っているだろう。
「魔法と武器を合わせた戦い方は結構あるらしいんだけどな。流石にウサトみたいに素手はあまり見ないな」
「ははは、そもそも武器とかいらないからなぁ」
救命団の僕には刃物はあまり必要ないからね。
治癒魔法弾っていう新しい技を習得した今、ますます普通の剣とかはいらなくなってしまった。というより現代人的な感覚と、蛇と戦った時に使った木の槍を使った感覚からして僕に刃物は合っていないという考えに至ったのだ。
でも、キリハの使っているような籠手は少し欲しいと思った。
ないものねだり、という訳じゃないけどそんなことを考えながら適当に観戦できる場所を歩きながら探す。歩く僕達に気づいた学生達が奇異の視線で見てくる中、見覚えのある灰色の髪の少年がこちらに声を掛けて来る。
「皆さん、お揃いですね」
「こんにちは、ハルファさん」
「君も模擬戦を見に来たのかな?」
柔和な笑みを浮かべ近づいてくるハルファさんに挨拶する。
ナックとの訓練中に何度か姿を見かけたけど、会って話すのは訓練一日目以来かな?
「ええ、こういう催し物は好きなので見に来ちゃいました。……本当は参加したいのですが私の相手は決まって棄権してしまうので……ハハハ」
「……そ、そう」
急所ばかり狙ってくる君が恐ろしいだけだと思うけど……。
実際、僕もハルファさんと戦っている時にヒヤヒヤする場面も沢山あったし。残念そうに肩を竦める彼に苦笑いしつつも、彼が先程いた場所にまで移動する。
「ここは良く見えそうだね。不思議とここだけぽっかりと人がいなくなったし」
「ええ、ウサトさんが来てより見やすくなりましたね」
………何その僕が周りの学生達に怯えられているみたいな言い方。違うよね?ハルファさんにビビっているんだよね?急所攻撃怖いよね!?頬を引き攣らせて周りに目を向けると、またもや目を逸らされ距離を取られる始末。
「な、納得いかない……」
「本当に何をしたの?明らかに君を見る目に畏怖が籠められているのだけど」
「おや、知らないのですか?ウサトさんは此処で―――うぷっ」
口を滑らしそうになったハルファさんの前に即座に回り込み口を塞ぎ、自身の人差し指を立て静かにするようにジェスチャーで伝える。
コレ ヒミツ イイ?うまく伝わったのか、顔を青くさせ頷く彼に満足した僕は、澄まし顔で先輩の方へ振り向く。
「此処では何もありませんでしたよ?」
「……ええ、何もありませんでした」
「………怪しいよ!?今のやり取りの全ても色々な意味で怪しいし一体私達が会っていない間に君は何をやらかしたの!?」
誤魔化しきれなかったのか先輩が息を荒くして詰め寄って来る。
力押しで誤魔化せるような人じゃないとは分かっていたけど、どうしようか……。先輩をどういなすか考えようとするも、それよりも前に僕に詰め寄る先輩をカズキが抑えてくれる。
「あまり詮索するのは止しましょうよ。ウサトだって知られたくない事の一つや二つもありますよ」
「ぐ、むぅ……た、確かに……」
別にバレたらバレたで構わないのだけど、知られないことには越した事はない。
内心抑えてくれたカズキに感謝しつつも模擬戦の方へ意識を向けようとすると、今度はハルファさんが僕に話しかけてきた。
「……ウサトさん。その子は……?」
彼の視線の先に居るのは、僕の後ろに隠れる様に立っているアマコ。
「ん?ああ、この子はなんというか、旅の仲間って感じだね」
「私と似たような魔力をしていますね。しかし違う、白い魔力が目に集まっているように見える、感覚からして私よりも高度な魔視?……ナックくんの訓練の時も見かけましたが、彼女は一体……?」
「……うーん」
「……いえ、言いたくなければ結構です。魔眼に関する魔法の難儀さは他ならぬ私が一番良く理解しているので」
察しが良くて助かる。
アマコの予知は獣人特有の魔法だから分かる人には一発でバレてしまうからね。
しかし、ハルファさんの魔眼は凄いな。アマコの目の魔力だけ見て、凡その当たりを付けている。もしかしたら、予知に類する魔眼、という当たりまでつけているのかもしれない。
「話を変えましょう。キリハから伝言を預かっているんです、ウサトさん達を見かけたら伝えてほしいと言われたので」
「キリハ達から?」
「自分達が一緒に居ると体裁的に色々マズいだろうから別の場所で応援している、とのことです」
「そっか……ありがとう。伝えてくれて」
「いえいえ。普段、人間を頼ろうとしない彼女がこうして伝言を伝えるということをしてくれるのは私自身にとっても嬉しいことです」
何か心境の変化でもあったんですかねー、ニコニコしながら僕を見て来るハルファさんの言葉をスルーする。
キリハ達は別の場所で見ているのか……アマコとは違って顔を隠してもすぐにばれちゃうからね。一緒に見れないのは少し残念だけど、しょうがない。
しかしナックの模擬戦は何時だろうか、朝話を聞いた限りでは今回の模擬戦の参加者はそんなに多いとは聞いていないからすぐの筈なんだけど。
目の前で行われている戦いはもうすぐ決着がつきそうなので訓練場の周りを試しに見回してみると、訓練場の校舎へ続く方の入り口近くに、黒髪の短髪の少年と特徴的なツインテールの少女が並んでいるのが見えた。
「あ、居た」
「ナックだね。それにあのミーナって子も居る」
先輩も同じく見つけたのか、目を瞬かせながら並んでいる二人を見ている。
僕としては模擬戦本番でナックがミーナに怯えてしまって動きが鈍る事を心配していたけど、今の彼の様子を見る限り心配はいらなさそうだ。何せ、隣に居る彼女が露骨に挑発するようにナックに何かを話しかけているが、当のナックは微動だにせずに模擬戦が行われている場所を見つめている。
訓練の成果、というより心が擦れるという副次的な効果が良い意味で作用したのかもしれない。少し厳しくし過ぎた感があったけど、これはこれで結果オーライだね。
「さあ、後はあの子を倒すだけだぞ」
模擬戦終了の鐘が鳴る。
歓声と共に去る二人の学生と、新たに戦いの場に立つナックと白銀の盾を持つミーナ。
あの得意げな表情を見る限り、盾という絶対の防御手段を持って安心しているようにも見えるが、あまりナックを舐めていると痛い目にあう。
そもそもが人を治すだけが治癒魔法じゃない、ましてやナックの治癒魔法をそういう形にしてしまったのは他ならない彼女だ。それがどういう意味なのかは……身を以て知ることになる。何せ他人に治癒魔法を行使できない彼に僕は治癒パンチという相手を傷つけない技を教えていないのだ。下手をすれば、素手のナックの攻撃によって大怪我を負うかもしれない。
「その為に僕が居る。だから思う存分にやってやれナック。君を見捨てた薄情な親も嘲笑った奴等も今やその全員がお前には追いつけない―――誰も、お前の速さには追いつけない」
この五日間の苦行の成果を、今日この時に見せてみろ。
次回からナックVSミーナです。
今日の更新はこれで終わりです。
ここまで読んでくださってありがとうございました。




