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治癒魔法の間違った使い方~戦場を駆ける回復要員~  作者: くろかた
第一章 召喚、リングル王国
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第六話

 ローズに救命団へ入れさせられてから、一ヶ月が過ぎた。

 その間、僕の体は大きな変化を遂げた。

 まずは身体能力が格段に向上した。これは分かる、地獄の特訓の成果だ。

 走りこみから始まり、腕立て、腹筋等、段階的に各部を徹底的に鍛えた。この課程を終えることで僕は初めて、救命団にいる資格を手に入れた。

 ローズによると、体を徹底的に鍛えるのは戦場で敵からいち早く逃げる為。唯単に逃げるわけじゃない、怪我人を何人も背負った状態で全力に近いスピードを出せるようにするためだ。

 「速く動ければそれだけ速く助けられる」、訓練中のローズの口癖だった。

 「そりゃそうだ」と普通の人は思うだろうが、それを実行する事は中々難しい。戦場に放置された怪我人を文字通り運んでいくのだ。それなりの度胸とそれに見合った実力がなければ意味がない。

 それを一ヶ月経って自ずと理解した僕は、「今日の訓練も頑張ろうかなー」と意気込んでいたが―――


「外に出る」


 はい、訓練じゃありませんでした。僕のやる気を返してください。

 ……思えば、この世界に来て知っている場所が、召喚された城と救命団しかないという悲しい現実。

 召喚された当日にここへ拉致られたからね。

 特に目的は分からないが、とりあえずローズについていく。

 他の団員共は自主錬という強制メニューに取り組んでいるためここには来ない。

 まったく気の毒な物だ、と内心で強面共を嘲笑う。


「これを持て」


 ローズに渡されたのは、僕の身長くらい大きいリュックサックのような物。

 「これは何です」と聞くと、ローズは何も語らず、扉から町のほうに歩いていく。

 ん? どうしたトング。そんな死地へ行く兵士みたいな奴を見るような顔して、なんでもないなら別にいいけど。


「どうした?早く来い」


 入口で僕を待っているローズ。

 何か、嫌な予感がする。とてつもなく嫌な予感。

 逆らっても面倒くさいことになるので、大人しく従うしかないのだけど。



 初めて訪れる町は僕にとって新鮮な物だった。

 元の世界のような機械には溢れてはいないが、小さい頃に見た市場とにたような店が並んでいる。


「リングル王国は、商業が盛んな国でな。他の国からも出稼ぎに来る者も多い」

「そうなんですか……あっ」


 店でトゲトゲの果物を売っている狐のような耳が生えた少女が、挙動不審な様子で店番をしている。

 あれは、獣人というやつか。

 話には聞いていたけど実際目の前にすると、何か感動する。


「あまり獣人をジロジロ見るな馬鹿。お前にとって珍しいのは分かるが、奴らにとっては不快なものだ、獣人の国では即刻捕縛される事だって有り得る」

「あー、すいません」


 確かに、見世物じゃないんだから、そういう目で見るのは失礼だな。

 獣人の少女から目を逸らそうとすると、不意に目が合った。目を見開いた少女が、僕の顔を凝視している……これは――、


「……可愛いは正義ですね」

「は? 何言ってんだ? 訳の分からないことを言うな」

「あで!?」


 いきなり頭を小突かないでください。

 ん? でも、獣人は今のところ、さっきの少女しか見ていないんだけど……。


「他の国から出稼ぎに来るんなら、もっと亜人や獣人がいても良いと思うんですけど?」

「この国に亜人が入るのは比較的簡単だ。ロイド様は、心の優しい方だからな。……だがな、その道中に問題がある。盗賊、人攫い、殺し屋、そんなクズ共が目を光らせているのさ。亜人、特に獣人の中には貴重な能力持ちがいるからな。それに見た目も相まって奴隷として、高く売れる」

「奴隷……」

「勿論この国では奴隷制度なぞ設けちゃいないが……やってるところはやってんだよ。理解したか?」

「まあ、一応」


 理解はしたが、納得はしていない。奴隷制度なんて一般人な僕には決して理解できるものじゃないもんね!

 そういえばこの前、世界地図を見てみたが、獣人の国はリングル王国から遠い場所にあったな。


「ここに来るのも、彼らにとっては地獄ってことですか」

「そうだ。……次の場所へ行くぞ」


 相変わらず、ローズがどこに行きたいか理解できない。

 不意に視線を感じて狐の獣人の方を振り返る。彼女は、相変わらず僕を見ていた。

 少しも視線を逸らさずに、一心にこちらを見つめる少女。

 ……少し不気味だ、早く行こう。

 その後、僕は一度も振り返らずローズの後を付いて行くのだった。



 到着したのは、市場を抜けた大きな扉の前。

 あれ、この先にも町があるのか。すごいな、二重構造かー……。

 ……違うよねこれ。外に出るって王都の外かよ!!

 扉を見張っている衛兵にローズが話しかける。この一ヶ月で気付いたことがある。ローズは誰かと話すときは必ずガンを飛ばす癖がある。

 だって、今まさに門番の人がビビッてるもん。


「おう、久しぶりだなトーマス」

「ろ、ローズさん、きょ、今日はどのようなご用件で!」

「今日は、部下に外を見せようかと思ってな」


 これは訳すと「扉開けろ」と言っているようなものだ。

 さすがローズ、いるだけでその場にいる門番の人をビビらせてくれる。


「今、開けます!」

「おう」

「ローズさん、やり口が完全にチンピラなんすけど。あ、やっぱりなんでもないです」


 一ヶ月も一緒にいたらどのくらいでキレるのかが自ずと分かる。

 目から光る物を零しながら門番さん達が扉を開ける。扉を潜るときに、さりげなく門番さんに頭を下げておいた。


「ローズさん、今どこに向かってるんですか?」

「魔物がいる森だ」

「は?」

「ここから大体二時間くらいの場所にあるな」


 すいません。僕、貴女のことが分からない。

 え、この大荷物って、まさか【野営セット】!?

 僕にモンスターの徘徊する森で過ごせというのかこの鬼畜オーガは!?

 キョどる僕を完全無視したローズは、ズンズンと山道を歩いていく。

 いや、待てまだサバイバル生活しろとは言われていない! 希望を捨てるな僕!!





「着いたぞ」


 何か薄暗い森が目の前に広がっている。

 崖の上から、森を覗き込みながら、後ろで腕を組んでいるローズを見る。


「この森は『リングルの闇』という異名が付くほどの場所だ。ここでグランドグリズリーを狩るまで帰ってくるな。期間は問わねえ」


 サバイバル生活と、なんか課題与えられました。

 グランドグリズリーって、百年生きたブルーグリズリーがなる、危険な熊の魔物じゃないですか!! 本で非常に危険な魔物って書いてあったぞ!! アンタ僕のこと嫌いだろ!!


「いいや、嫌いなはずがないだろう」

「嘘つけぇ!」

「ああ、面倒くせえ。要点だけ話す、熊狩ってくるまで帰ってくんな。今のテメェならグランドグリズリーぐらい楽に倒せる。貴重品と食料は渡しておいた、分かったか?」

「ノウ!? っ、いやぁぁ、持ち上げないでぇ!」


 首を勢いよく横に振る僕、しかしお構いなしにガシリと背負っているリュックを僕ごと軽々持ち上げるローズ。

 この女、どんだけ怪力ッああ、やめてそんな野球選手みたいに振りかぶらない―――


「うらァ!!」

「ぎゃああああああああああああ!?」


 グルグルと空中を回転しながら、投げ飛ばされる。

 しかも、ローズの腕力が強すぎるせいか、勢いは一向に収まらない。このまま死ぬのかな僕。


 死因、救命団団長による部下投げ。


 シャレにならん。

 勢いも落ち、山なりに落ち始める。下は木々が生い茂る森。

 死んでたまるか……ッ。

 僕は、ぐるりと空を向く様に空中でバランスを変える。背には大きなリュック。これで衝撃を和らげてやる。腕で顔を守りつつ、衝撃に備えながら、僕はモンスターの徘徊する森「リングルの闇」に文字通り投げ入れられたのだった。



 着地の衝撃は、想定した威力より少なかった。

 森の木々がクッションになったこともあるが、この無駄に大きいリュックサックのおかげである。

 だが、僕は決してあの女に感謝しない。おそらく僕がグランドグリズリーを狩らない限り、あの女はまた僕をここに投げ入れるだろう。


「癪だが、ローズの言う通りグランドグリズリーを倒すしかないか」


 たかが、大きさ二メートルくらいの熊。

 地獄を生き抜いてきた僕には、熊ぐらい楽しょ―――


『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!』


「え……?」


 森のどこからか、大きな獣の雄叫びが聞こえる。その後に近づいてくる足音。

 僕はその場から、脱兎の勢いで逃げ出した。兎里だけにッ!!


「力で人は獣には勝てないものだね!! やっぱり頭をフルに使った戦術で倒すべきだと僕は思うんだ!!」

『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

「追ってきてるぅ!?」


 後ろを見ると、三メートルほどの白い毛並みの熊、グランドグリズリーが全力でこちらへ走ってきていた。

 森に入って早々にターゲットに遭遇したけど、想像以上に怖すぎる。

 あんな、爪や牙がでかい熊動物園でも見た事ないよ!


「どうするどうするどうする!!」


 熊と出会った時の対処法。

一、死んだ振り……は、都市伝説的な意味では信憑性があるけど何かやったら、食べられる気がする。

二、鈴を持って、追い払う……持ってねぇ。

三、逃げる……脚には自信がある。


 作戦は決まった。逃げるしかないな!!

 僕は走る。熊如きが僕の速さに敵うとでもォ!!


『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

「ついてくる!? ひぇぇぇぇ!」


 後ろを振り返らずとも分かる、奴は追ってきている。

 今更ながら思い出したけど、野生の熊は時速40キロから60キロのスピードを出すとテレビで見たことがある。

 即ち、この熊もそれに準ずる、それかそれ以上の速さを持っているとしたら……やばいなんてもんじゃない。


「……上等だぞ、このクマ公がァ。僕と君との一対一の勝負だ!! 僕を食いたければついてくるがいい!!僕は君を引き離すぜ!! さあ来――――」


『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

『グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

「……数を増やすとは卑怯なり!」


 ずるい!

 後ろ向いたら白い毛並みの熊と青い毛並みの熊二頭が、仲良く並んで走って来るんですもの。いつの間に増えたの?

 マトリョーシカなの?


「クソ! 邪魔だなぁ、このリュック!」


 でもこれを下ろすわけにはいかない。この中にはここで生き残るためのサバイバル道具が入っているはずなんだ。

 重さ的には、100キロほどだろう。何を詰め込んだらこんな重さになるか理解に苦しむが、ローズの事だ。きっと何かあると僕は信じている。

 しかしだ―――


「僕は何時まで逃げればいいんだろうか……」

『『『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』』』


 というか、僕は生きてこの森から出て行けるのだろうか。


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