第五百十話
二日目、二話目の更新です。
第五百十話です。
ルルガさんへの報告を終えた後、僕達はフラナさんとメイルさんにアマコ達のいるところまで案内してもらった。
向かった先は、木造平屋の建物。
ここまで来る過程で同じような建物をいくつも見たけど、エルフの建築様式はこういう感じなのだろうか。
とりあえず僕達も休むべく扉を開けて中に足を踏み入れる。
「あ、おかえりなさい!」
「ウサト、カズキ、結構早かったね」
僕、カズキ、ハンナさんの順で建物に入るとすぐにキーラとアマコが出迎えてくれる。
彼女たちに返事しながら家の中を見ると、建物内は部屋に仕切られてることもなく広々とした空間が広がっていた。
他にも来客用の布団や敷物などが並べられており、端の方には僕達が持ってきた荷物が置いてある。アマコとキーラが僕達がいない間に荷ほどきをしてくれていたようだ。
……なんかノノさんが既に熟睡していることがちょっと気になるけど。
端の方でちゃっかり布団に入って熟睡しているノノさんを見て、後ろのハンナさんが「え、嘘、もう寝てるの? 上司の私を差し置いて……?」と唖然としている。
「それにしても、元の世界のテレビで見るような感じの内装だな……」
「エルフの住処は結構こんな感じだな。でも別にこういう一室だけのものじゃなくて、さっき怪我人やルルガさんがいたところみたいに、個室で分けられている建物もあるんだ」
「なるほど……」
カズキの解説を聞いて、まじまじと内装を見る。
なんというか、個室じゃない分広々としているな。
「アマコ、ブルリンは?」
「ブルリンは一緒に来た飛竜と一緒に下の方の厩舎にいるよ」
「下の方?」
「うん。木の上は居住区で、地上では厩舎とか他の色々なところがあるんだって」
そうなのか。
いや、確かに森の中を馬で移動するなら、わざわざツリーハウスにまで馬を連れて行くのは非効率すぎるな。
エルフの隠れ里は横ではなく、縦に生活を広げていく感じなのかな?
「フェルムはどうしたの? 一緒に行ってたよね?」
「あー、あの子は怪我人の治療が終わると同化してそのまま眠っちゃったよ」
「……まあ、フェルムも疲れているだろうし仕方ないかな。……ひとまず、皆も座って休んで。さっきエルフの人が私たちのために食べ物を持ってきてくれたから」
アマコに促され、僕とカズキ、そして少し遅れてきたハンナさんが床に用意された敷物に座る。
僕もお腹が空いていたので、バスケットに入れられた緑色のパンを手に取って頬張る。あまり見慣れない色のパンにハンナさんが顔を顰める。
「ウサト君。そのパンなんか変な色してません? 食べられるんですか?」
「多分、山菜とか薬草が練りこまれたパンじゃないですか? 匂いも全然悪くないですし」
疑いの目を向けるハンナさんを横目にパンを食べる。
口の中にパン特有の甘さと、山菜の風味が広がる。
これといった苦みもないから、全然いけるな。
「うん。美味しい」
「ウサトの言う通り、このパンは薬草が生地に練りこまれたものなんですよ」
そう補足してくれたカズキも手に取ったパンを口にする。
「……それじゃあ、いただきます」
僕とカズキが食べるのを見たハンナさんも、恐る恐る両手で持ったパンを一口頬張る。
それから少し驚きながら手元のパンを見た後に、またもう一口と食べていく。
……どうやら気に入ってくれたみたいだ。
「アマコとキーラはもう食べたの?」
「うん。私達はもう食べた」
「ノノさんはパンを五つくらい食べてお腹いっぱいになってそのまま……」
ものすごい食べてるじゃん……。
隣でパンを食べながら聞いていたハンナさんも頭を抱えているし。
僕も苦笑いしながら一緒に用意されていたスープを器に注ぐ。
時間が経ってもまだ暖かいのはありがたいな。
「それで、治療と報告についてはどうだった?」
アマコの質問に一旦手を止めて答える。
「僕の方は怪我人は全員治療して、後は経過を見ていくだけだね」
「報告についても済ませてきた。これからの方針については……ちょっと訳アリっぽいらしいからルルガさんの決定を待つことになりそうだ」
「そうなんだ。特に心配はしてなかったけど、変にこじれなくてよかった」
安堵するアマコに僕も頷く。
当分はここが活動拠点になりそうだ。
……今のうちに話し合っておくか。
「カズキ、光魔法で作った壁はどれくらい保つ?」
「魔力で補強していけば二日は保つ。それ以上だと作り直す必要があるな」
あれだけの規模の魔法だ。
また作るのに相当な魔力と時間を要するはずだ。
「……魔力で補強する必要があるってことは、カズキは迂闊にここを離れられないってことか」
「あー、そうなるな」
「いざという時は僕が里の外に出て事態の対応に当たることになるわけだね」
この先どんな状況になるか分からないから、あらゆる可能性を考えておいた方がいいだろう。
これからの方針を決めるということについては……結局、ルルガ様の決定を待つしかないか。
「あのー、気になっていたんですけど」
「はい? なんでしょうか?」
軽く手を挙げたハンナさんの声に耳を傾ける。
「そもそもの話、エルフの隠れ里を襲っていた怪物ってなんなんですか? 私は姿を確認してないんですけれど」
「そういえば……ハンナさんは騒動の後に到着してたんですね」
「まあ、緑に光る怪物とは遭遇したんですけれど」
ハンナさんの小言をスルーし、改めて隠れ里を襲っていた怪物について説明する。
大きさこそ大きく違うが、カズキが最初に撃退した“暴食の獣”と似ていること。
頬まで裂けた口に鋭利な歯、一頭身ほどの体躯に鋭利な爪がある四つの手足が伸びる既存の魔物とは異なる真っ黒な怪物。
できるだけ分かりやすく特徴を説明していく。
「厄介なのは、そいつらが群れで動き、且つ合体して巨大化することです。体も自由に変形させることができるから、非常に厄介な生態をしていると思います」
「確かに厄介ですけれど、目的はなんでしょうか? 空腹を満たすためならわざわざここを狙う意味もないでしょうね」
「それは俺も気になっていました」
ハンナさんの疑問に、カズキが頷く。
「俺が最初に倒したデカい怪物は、エルフの里というより森そのものを標的……いや、餌として食らいつくそうとしていました。でも今日里を襲っていた奴らは、里に住む人たちに対する敵意を持っていました」
「そもそも別の案件という可能性は?」
「もちろんそれもあり得ます」
別件だとしたら、ある意味そっちの方が厄介だな。
関連性どころか解決のための手がかりすらも失ってしまうようなものだから。
「現状分かるのは、俺たちはまだ撃退しただけで奴らはまたやってくるということだけです」
「はぁ、最悪じゃないですか。ソレ」
落胆したようにハンナさんが肩を落とす。
ふと無言で話を聞いていたキーラがおずおずと手を挙げながら、口を開く。
「それで、族長さんの決定を待つのは分かりましたけれど……明日はどうするんですか?」
「……うーん、ひとまず里の復興の手伝いかな?」
「確かにそうだな」
僕の言葉にカズキも頷いてくれる。
カズキの魔法の壁だけでは正直心許ない。
なにかあって魔法が消えた時は里が無防備になってしまうから最低限の壁は用意しておきたい。
「守り切ったといっても多少は荒らされちゃったみたいだしな。俺も魔法の壁の様子を見ながら、手伝いとかしようかなって考えてる」
「いや、力仕事とかは僕達に任せて、カズキは防衛の要だから魔法に集中した方がいい」
むしろ里を取り囲む魔法の壁に綻びがあれば、また今日みたいなことになる。
だからこそ復興のことは僕達に任せてカズキには魔法の方に集中してもらいたい。
「私も縫い物とかできるようになったから、その手伝いもできるよ」
「あ、私もできますよ! 重い荷物も魔法で運べますし!」
アマコもキーラもやってくれるみたいだ。
あとは、キーラの闇魔法の力を借りて里周りの警戒もしなきゃならないな。
こればっかりは空を飛べる僕達だけにしかできないことだ。
「あ、私は遠慮しておきます」
と、思考に耽っていると、ハンナさんがはっきりとそう口にした。
思わずハンナさんを見ると、彼女はきょとんとした顔で手を横に振る。
「なーんで使者として来た私がこき使われなきゃならないんですか? 私はか弱い一魔族なんですから、そういうのは体力が有り余っているウサト君がやればいいんですよ」
「まあ、ハンナさんがか弱いのは共通認識ですけれど」
嫌そうな顔をするハンナさんに、同意するとなぜか肩パンをされる。
「え、なんで今殴られたんですか?」
「私の言う“か弱い”と、ウサト君の思う”か弱い”の意味が違うからです」
そんな理不尽な。
確かにハンナさんは魔族の中でも身体能力が低い部類だな、と思っているけれども。
「いや、そもそもハンナさんに強制するつもりはなかったんですけど……」
「あ、そうなんですね。それじゃあ明日は私はここに引きこもって―――」
「アマコとまだ幼いキーラが率先して頑張ろうとしているのに、この中で一番の年長者である貴女がまさか何もせずにいようって宣言するなんて……あっ、大丈夫です。全然気にしないで明日はここで休んでいてもらって構いませんから」
「私に罪悪感を抱かせにかかるのは卑怯すぎませんか……?」
ハンナさんにはこのくらいの対応がちょうどいいと理解してきた。
ハンナさんも僕に結構な頻度でツッコミをいれてくるようになったのでお互い様だろう。
「いや、僕の言葉でそう思ったならそうなんでしょうね!」
「え、これ喧嘩売られてます? 私普通に年上ですけどキレますよ?」
ここですかさずアマコに目配せをする。
一瞬の視線の交錯、それだけで意図を察したアマコが、隣にいるキーラに小声で何かを囁く。すぐに伝わったのかこくこく、と頷いたキーラがアマコと一緒にハンナさんの座る位置まで移動する。
「ねえ、ハンナさん」
「ふぅーッ、ふぅーッ……はい?」
僕に威嚇しはじめたハンナさんが振り返ると、そこには上目遣いのアマコとキーラ。
二人の姿にハンナさんの身体がピタリと固まる。
「ハンナさんも一緒に手伝お?」
「折角、ここでも行動するんですし頑張りましょう。……私達と一緒は嫌ですか?」
アマコとキーラの“お願い”にハンナさんが動揺を表すように視線を左右に揺らす。
それから少しの逡巡の後に僕の方を振り向いて、仕方ないといわんばかりに肩を竦める。
「ま、まったくもう……仕方ないですねぇ! お二人がそこまで言うなら私も手伝うこともやぶさかではない……みたいなっ?」
ちょろいなこの人。よくこれで悪女だったとか自分で言えたな。
一瞬で考えを改めたハンナさんは、上機嫌のまま僕に指を突きつけてくる。
「ウサト君はアマコちゃんとキーラちゃん、そしてこの私に平身低頭で感謝してくださいよ?」
「うん。アマコ、キーラ、ありがとう」
「私への感謝は? ウサト君?」
なんか交流すればするほど図太くなるなこの人。
感謝を催促するハンナさんを無視していると、カズキが部屋の方を見て首を傾げていることに気付く。
「カズキ、どうしたの?」
「ん? あー、少し気になったことがあってな」
「……ノノさんがどうかしたの?」
彼の視線は熟睡しているノノさんに向けられている。
二人には接点は特になかったはずだけど、なにかあるんだろうか。
疑問に思っていると、カズキがハンナさんへと話しかける。
「あの、ハンナさん」
「はい? なんでしょうか?」
カズキは訝し気な様子のハンナさんから、また部屋の端にいるノノさんへ視線を変える。
「俺って、そこの人と会ったことがあります……よね?」
「え?」
ノノさんと会ったことがある……? いつだ……?
魔王領内の遺跡で遭遇した時も実際に顔を会わせたのは僕だけだったし……。
そもそもこの前、ヴェルハザルに派遣された時はカズキはいなかった。
全く心当たりがなく首を傾げる一方で、ハンナさんはどこか得心がいったような表情を浮かべる。
「あー、会ったことがありますよ」
「ああ、やっぱりですか? それじゃあ、ヴェルハザルで俺が戦った飛竜乗りは……」
「ええ、その認識で間違いありません」
ヴェルハザル……魔王軍との最後の戦いの時か?
だとしたら僕達が魔王の策で分断された時の話かな? 疑問に思っている僕を見て、苦笑したカズキが説明してくれる。
「いや、ウサト達が地下に向かっている時に俺は空で戦っていたんだけど、やけに手強い飛竜乗りがいて苦戦させられたんだよ」
「へぇ、それがノノさんだったんだ」
「ああ」
空を飛ぶカズキを苦戦させるってすごいな……。
今はあんなだらしない顔で眠っているけど、やっぱり飛竜乗りとしては一流なんだな。
当時のことを思い出したのか、カズキは少し苦々しい顔で腕を組む。
「なんつーか、気迫が凄かった。飛竜が吐き出した炎をなんらかの魔法で強化してたり……なにより乗っている飛竜の名前を叫びながら一直線に突っ込んでくるから……なんというか、ものすごく攻撃しにくかった……」
「な、なるほど……」
カズキからすれば、絆が強い相手と戦うのはやりにくそうだ。
彼女のことを指導した立場でも、ノノさんの相棒である飛竜のショーンへの愛情は並みのものではない。
ある意味で僕とブルリンの関係性にも似ているかもしれない。
「実際、ノノは魔王領内でも結構有名なんですよ。勇者の貴方を足止めした飛竜乗りって」
「まあ、事実ですからね。ははは」
カズキを足止めしたとなると、有名にもなるだろうな。
「ヴェルハザルで訓練を施した時も、弱音は吐きつつも最後まで残りきった人ですからね。結構ガッツがある人ですよ、ノノさんは」
「どちらかというと、自分で自分を追い詰めたおバカの所業なんですけどね」
「え?」
どういうこと……?
何を思ったのかその場で立ち上がったハンナさんが、眠っているノノさんに近づく。
「この子、一応の上司である私を待たずに寝やがって……さっきまでこっちがどれだけ振り回されたと思って……ッ!!」
「ぷふぃぃぃ……」
頬を人差し指でぐりぐりするハンナさん。
口から空気を零しながらも尚、熟睡するノノさんに肩を落としながら彼女はこちらへ戻ってくる。
「はぁぁ、本当にしょうがない子ですよ。色々あって妙な縁ができてしまいましたけれど」
「初めて会った時も一緒にいましたよね」
「うっ、思い出させないでくださいよ……」
当時のことを思い出したのかハンナさんが顔を顰める。
本当に最初に会った時は悪女してたもんなぁ。
今は良い意味で見る影もないけれど。
「ふぁ……」
と、キーラが欠伸をする。
そういえば大分遅くなっちゃったな。
夜にここに到着したからしょうがないけど、明日のことを考えてそろそろ休むべきだろう。
「うん……そろそろ休もうか」
「そうだな。大分遅くなっちゃったし、明日に備えて寝るか」
僕の言葉にカズキが頷く。
布団はあらかじめ用意されていたようで、僕は脱いだ団服を壁に掛けて横になる。
魔具の明かりが消え、部屋が暗くなる。
ひとまず、今はカズキの光魔法の壁があるからしっかり眠ろう。
ちょろいハンナさんでした。
今回の更新は以上となります。




