第五百五話
お待たせしてしまい申し訳ありません!
第五百五話。
エルフ族長の娘、フラナ視点でお送りいたします。
はじまりはとても静かで、突然の出来事だった。
エルフ族の隠れ里、森の奥深くに位置する私の故郷にソレは現れた。
真っ黒な暗闇で形作ったような異形の怪物。
不自然に口が大きく、まるで頭から四肢を生やしたような歪な形状をした生物は、森の深奥から溢れ出る様に飛び出し、群れで襲い掛かってきた。
でも運がよかった。
その時、巡回している戦士の一人が怪物に気付き異常を知らせる笛を鳴らさなかったら、私たちは抵抗できずに蹂躙されていたかもしれない。
いちはやく森から現れる脅威に気付いた戦士たちはすぐさま怪物の迎撃に当たることになったが、敵は私たちの想定を上回るほどに多勢で、理性のない獣のような獰猛さを持つ生物だった。
木々を食らって腹を満たし、隙があれば戦士達すらも食らおうとする。
常に飢え、ただ目の前のものを食らうためにひたすらに里を襲い、蹂躙しようとするその姿に―――私は、かつてカズキと共に相対した暴食の獣の姿を重ねた。
並みの魔物を大きく上回る体躯に大木を容易く呑み込み、嚙み砕く口と歯。
奴の歩く道にあるものに全て食らいつき、なにも残らないほどの怪物。
大きさこそ違うけれど、あの赤い瞳と暗闇のような姿は見間違えようもない。
私は直感的に、あの怪物がかつて戦った暴食の怪物に関係している何か、という考えに至った。
●
「全員放てぇぇぇ!!」
エルフ族の精鋭である戦士たちが番えた矢が一斉に放たれる。
魔力が込められた特殊な矢じりが直撃した怪物たちは、泥のように溶けて地面に崩れていくけれど、森の奥から次から次へと現れてくる。
「ッ、キリがないわね……!!」
怪物の襲撃から三日目の夜。
日が沈み、暗くなっても怪物の群れは依然として里を狙って襲い掛かってきている。
何度退けても、そう間が空かない内に戻って襲い掛かる怪物達に私たちは依然として防戦を余儀なくされ、相手の規模も分からないまままともに動くこともできない。
「姫様!! これ以上は保ちません!!」
「ここは我々で食い止めます!! 姫様は皆を連れて聖域へお逃げください!!」
「いえ、私は逃げないわ!!」
劣勢の状況に戦士たちがそう提案してくるけれど、私はそれを拒否する。
聖域への避難は本当の最終手段で、同時にこの里を捨てることを意味している。
それにこいつらの目的が里を襲うことじゃなく、私たちを獲物にすることなのは分かりきっている。
「必ず助けは来る!!」
文を出してからまだ一日。
リングル王国との距離を考えれば、普通に考えると文を出した時点で里を守るのはほぼ手遅れかもしれない。
けれど、リングル王国には空を飛べるカズキがいる。
彼が、私が想う彼なら今まさにこの場に向かってきてくれているはず!!
「次が来ます!!」
「っ、矢を……ッ」
さっきの斉射で矢がほとんど尽きてしまった。
こうも短い間隔で襲撃を受ければ、どれだけ矢を作っていたとしても足りない。
「打って出るしかないわ! ここを通すわけにはいかない!!」
「我々もお供します!!」
エルフの戦士達が剣と槍を手にして防衛のために積み上げた丸太を乗り越える。
私もサーベルに幻影魔法の魔力を纏わせながら、彼らを先導する形で怪物たちへと立ち向かう。
「ギッッギギギ!!」
「気色悪い生き物ね!!」
頭の大きい一頭身の身体に四つの足が生えた生き物。
暗闇のように真っ暗なその体と身体の半分まで開くその歪な大顎に僅かな恐怖を抱きながら、サーベルによる刺突を突き刺し幻影魔法を流し込む。
「ギギッ!? ギィィ!!」
「魔法が効いてくれるのが救いね……」
地面をのたうちまわる怪物は、すぐに動かなくなり泥のように溶けて空気に消えていく。
止めを刺した後でも奇妙な消え方をする怪物に僅かに顔を顰めながら、次へと向かう。
「皆! お互いを守りあって戦って!! 数で上回っても相手は本能で襲う獣!! 冷静に戦えば対処できない相手じゃない!!」
「「「はい!!」」」
今のところ数が多いだけ。
単体そのものはそこまで脅威ではないから、多対一に持ち込まれるようなことがないように立ち回ればまだ耐えられる。
「ギィィ!!」
「ギャッ!!」
「ギィッ!!」
防戦一方でも的確に一体一体処理していく私達を目にした奥の個体が、無理やり引き出したような掠れた鳴き声で合図のようなものをし始める。
その奇妙な動きに私達がそちらへ意識を向けると、鳴き声を上げた個体が傍にいたもう一体に食らいつき、その体を貪り始めた。
「なんだ、なにをしている!?」
「共食いだと!?」
「なんと悍ましい……っ」
一体だけじゃない。
近くにいた怪物達が一点に集まり、互いに食らいあいながら一つの塊へと変貌していく。
「普通じゃない」
あれは最早魔物とすら表現できない何かだ。
いつしかただ蠢くだけの真っ黒い塊になったそいつは、そこから四つの獣のような大きな足を生やし、最後に身体の半ばまで割くような巨大な顎を形成する。
「ギィィギャァァァァ!!」
そして、怪物は森に響き渡るような雄たけびを上げた。
その大きさは魔王軍との戦いで見た飛竜の二倍以上は大きく、その凶暴性と敵意は変わらず私達へ襲い掛かってくる。
奥の方を見れば、合体する前の怪物たちも溢れるようにやってきている。
「……里を捨てる!! 皆が逃げる時間を稼ぐわよ!!」
「「「はい!!」」」
状況が膠着すればカズキの到着を待つまで粘るはずだったけど、こいつを相手しながらは無理だ。
聖域へ皆を逃がす時間を稼ぐことに意識を切り替え、それと同時にここで命を失う覚悟を決めながら剣を構える。
「ギァァァ!!」
「っ」
怪物の大きく開いた顎が迫り私が魔法を放とうとしたその時、空から降ってきた一筋の光が怪物の胴体を貫いた。
「ギィィィ!?」
胴体に穴を開けられ苦悶の叫びを上げながら転がるように苦しむ怪物に一瞬呆然として、すぐに誰の魔法かを理解した私は、涙が溢れそうになりながら空を見上げる。
「カズキ! 来てくれた!!」
あらゆるものを消し去るカズキの光魔法。
閃光が飛んできたであろう夜空を見ると、そこには光の魔法を放つカズキ―――が、謎の黒い飛行物体の背に乗っている姿を見つける。
「……え?」
空を飛ぶ光魔法の……え、全然違う!?
カズキが足場にしているのは、真っ黒い三角のなにか。
エルフは視力が特別いいから夜目でもほとんど関係ないんだけれど、どう見ても謎の飛行物体に乗って夜の空を飛び回っている。
『カズキ、爆裂弾を撃つ!!』
『ああ!! やってくれ!!』
里の上を周回するように旋回したそれは、飛びながら空中でなにかを放つ。
緑色に光って見える丸いなにかは里の真上で破裂、そして里の周りにいる怪物達に振り注いだ後に――強烈な爆発を引き起こし緑の粒子をまき散らす。
「む、無茶苦茶な……!? いや、でも助かるけど!!」
里には治癒魔法を振りまき、怪物達には直接爆発する治癒魔法を落とす。
いや、爆発する治癒魔法ってなに!? 今、普通に受け入れちゃって考えてたけど普通爆発しないでしょ?!
「姫様、あれはいったい!? 化生共の新たな攻撃でしょうか!?」
「あー……うん、違う。でもこれ以上なく最強の援軍が来てくれたわね……うん」
緑の粒子は里とその周囲の森に降り注ぎ、傷ついた戦士達を癒していく。
そして、空を飛んでいたカズキと、彼が足場にしている……多分? ウサトを見上げる。
『治癒同調。カズキ、分かったか!?』
『フラナと皆の位置はばっちり把握した!! ウサト、暴れてこい!!』
『応!!』
ウサト(?)の背からカズキが飛び降り見慣れた光魔法を足場にし、その手から魔力を放ち何かを形作ろうとする。
里の上で空を飛んだまま光魔法を放出するカズキとは対照的に、緑の光を放ちながら夜空を流れ星のように旋回したウサト(?)から、ボッ、という何かが破裂した音が鳴り響くと同時にさらに加速する。
え、なんかあれ……こっちに来てな―――、
『治癒爆裂飛拳!!』
「全員伏せてぇ!?」
瞬間、ウサト(?)から何かが放たれ、それが今まさに森から飛び出そうとした怪物の群れへと向けられる。
咄嗟の判断で皆に伏せるように指示した直後に、群れをとんでもない緑の衝撃が包み吹き飛ばされる光景が視界に飛び込んでくる。
「「「ギャァァァ!!?」」」
さしもの怪物も人間のような悲鳴を上げ吹き飛ばされる中、空から一直線に突っ込んできたウサト(?)が真っ黒い飛行物体から一瞬で見慣れ………見慣れた? 人の姿に戻りながら地面へと降り立った。
「ギィィ!!」
「ふん!」
地面を削りながら着地したウサト(?)が怪物の首を掴むと同時に地面へ叩きつけ泥へと変え、それからさらに回し蹴りで数体を薙ぎ払う。
その姿はもう小さな嵐のようで、数を武器に襲う怪物共の勢いすらも無意味なものにして対処してしまっている。
「治癒爆裂拳!!」
下から突き上げるような拳を打ち放ったその瞬間、ウサトの眼前を上に吹き飛ばす形の衝撃波が吹き荒れ、なだれ込んだ怪物たちが一気に吹き飛び泥になって消し飛んでいく。
とてつもない勢いで登場し、意味不明な動きを見せた彼の登場に私を含めた戦士達は唖然とした表情をするしかない。
「ギッ、ギィィィ!!」
「こいつ、いつのまに!?」
「姫様!?」
カズキの光魔法を胴体に食らった大型の怪物がいつの間にか起き上がり、近くにいた私達を呑み込まんばかりに飛び掛かってくる。
この距離じゃ止められない。
目を瞑り、衝撃に身構えるも、痛みも衝撃も襲ってこない。
「……え」
恐る恐る目を空けると、私の目の前には真っ黒いマントを纏ったウサトが怪物が大きく広げた上顎と下顎を左右の腕で鷲掴みに止めている光景が飛び込んでくる。
怪物の噛み砕こうとする力に微塵も怯まずむしろ逆に押し込んでいる。
「ウ、ウサっ」
「ぬぅん!!」
体格差なんて関係ないとばかりに腕力だけで押し返すウサト。
それだけで後ろでひっくり返ってしまった怪物は、足をばたつかせながら起き上がって今度はウサトに襲い掛かろうとするけれど、相対する彼は臆せずに前に踏み出す。
「どうした? 来いよ」
「ギィィッ、ギガァァ!!」
挑発しながら近づくウサトに、怪物は肥大化させるように変形した前足を振り上げ叩きつけようとする。
でもウサトは動かない。
いや、軽く右手を上に構えようとするけれど、あまりにも防御としては頼りない。
「危ない!?」
怪物の攻撃がウサトに直撃し戦士達が悲鳴を上げると、ぬるり、とあまりにもあっけない動作で彼へ叩きつけられた前足が頭上に構えられた右手に払われる。
「……は?」
その声は後ろの戦士達か、はたまた私自身か。
避けるでも防御するでもなく、まるで虫を払うように流した。
あまりにも理を無視した挙動に頭が理解を拒否している中、怪物はそれでもウサトの肩に食らいつき―――その隣に分裂するように現れたウサトの強烈な回し蹴りが横っ面に叩き込まれる。
「ガァァ!?」
「い、今、肩を嚙みつかれて……」
ま、前に見せてくれた残像拳ってやつ?
あまりにも淀みがなさすぎて本物に見えてしまった。
「ギ、ギギギィィ……」
「……」
地面に頭を叩きつけられ、口から真っ黒な泥のような何かを垂れ流した怪物を無表情に見下ろすウサト。
「……治癒診断に反応がない。こいつ、実体がないのか」
『ウサト、舌を伸ばして攻撃してくる。その後に全身を使った体当たり』
「ああ」
「ギガァァ!!」
ッ、口を空けた怪物の口から何か飛び出してきた!?
目にも止まらない速さで顔目掛けて飛んできたソレを、ウサトは首を傾けて避ける。
「ギィィ!!」
逃げ場を塞ぐように繰り出されたその体全体を利用した体当たり。
迂闊に当たればいくらウサトでも……!! そんな焦燥とは裏腹にウサトは右腕を軽く構える。
彼の右腕を構えた瞬間、背中に輝く緑の円環から四つの光が右腕へと光が移動し———、
「ふん!!」
「———ギッ」
ババババァ!! という何かが一斉に破裂する音と共に怪物の巨体が後ろへ吹き飛んだ。
一瞬の出来事になにが起きたか分からなかった私たちの前には、樹に激突するまで後ろに吹き飛ばされ倒れ伏す怪物と、緑の魔力の残滓を拳から立ち上らせるウサトの姿があった。
「ひ、姫様」
大型の怪物を手玉に取るウサト。
あまりにも里の皆が知る人間からかけ離れた彼の姿に、戦士の一人がちょっと怯え気味に私に話しかけてくる。
「あの、彼は……人間のお知り合いでしょうか?」
「え、あ……えーと……知ってる人よ。もちろん味方で人げ―――」
「よくも好き勝手やってくれたな。皆、全力で守るぞ!」
『思う存分に動いていい。私が視てるから』
『腕の操作は任せろ!! お前を化物が恐れる化物にしてやる!!』
『私も頑張ります!!』
『グァァ!!』
ウサトの両腕が獣のような毛に包まれ、マントと身体から四本の腕が生える。
その凄まじい姿に戦士達が動揺する。
「腕が獣のように……!?」
「化け物……いや、我々を助けてくれているぞ!!」
「カズキ殿と共に来てくださった救援か!」
「まさか、シシェコンラッド様の化身!?」
なんかとんでもない勘違いが起きてしまいそう……!!
一瞬で人間かどうか証明するのが難しくなったことに頬を引きつらせた私は、現実逃避をするように頭を抱える。
「人間だったら……いいわね……」
「姫様!?」
いえ、だって少し見ない間にこんな風になっているだなんて予想できるはずないでしょ!?
本当に来てくれて助かっているし、ありがたいけれどいったいどうなっているの今のウサト!?
途中までウサトと断言できないフラナと、やりたい放題のウサトでした。
今回の更新は以上となります。




