第五十六話
今回は、二話ほど更新します。
「まあ……元気を出しなよウサト君」
「お、俺、ウサトが戦っている姿は初めて見たけど、凄かったぞ」
魔法学園での授業見学を終えた僕は、現在は案内された食堂で突っ伏していた。学園の食堂と言うだけあって結構な広さのレンガ造りの建物で、適当に昼食を済ませた後に、ここで小休憩していいのだが、僕は未だに模擬戦で迂闊なマネをしてしまったことを悔いていた。
「僕は何でこんなに考えなしなんだ……迂闊な自分に呆れてくるよ……」
二人はなんやかんやで凄い魔法を使う勇者って言われると思うけど、僕の場合どう見ても戦い方が魔法使いのそれじゃないし、何より評判が良いとは言えない治癒魔法。
例え尾鰭がつきまくった噂が飛び交ったとしてもおかしくはない。
「それは俺達も同じだ。よく考えずに参加したからウサトも出なくちゃいけない状況になってしまったんだし……」
「私も一時の感情に身を任せ過ぎた。すまない」
「謝らないでください。結果的に参加するように選んだのは僕なんですから」
二人は原因を作れど、僕が泥を被れば避けられた問題なのだ。
それで責めるのはお門違いだ。問題なのは、僕のせいでこの学園にどんな影響を与えるかだ。考えられるのは、僕と同じ治癒魔法使いのあの子への風当たりが強くなる、か。
……その前に二人に彼の事を話さなくちゃな。
とりあえず、あの公園で会ったルクヴィスの治癒魔法使いについて説明する。カズキは思案気な表情で僕の話を聞いてくれたが、犬上先輩は何か思う所があるのか腕を組んだまま首を傾げた。
「君はどうしたいんだ?」
「え?」
「その治癒魔法使いを助けたいのか?それとも苛めを受けないようにさせたいのか?」
同じような意味合いに聞こえるが、全然違う。
前者はこれから先も危害を加えられないようにすることで、後者はその場しのぎの―――僕達がここを発つまでの対策でしかない。
「正直、僕自身分かりかねます。ただ、そういうのを見逃せるほど畜生ではありません」
「……ま、私もウサト君が馬鹿にされた時は黙っていられなかったからね。少々違うが、大体それと同じだね」
「臆面もなくよくそんな恥ずかしい台詞が言えますね……」
「君は私達にとってもう大切な仲間だから、大事に想うのは当然さ」
突然の言葉に口元を手で覆いながら、そっぽを向く。
『お、照れてるのかな?』と茶化してくる先輩と『やめてあげてください……』と苦笑いしつつ彼女を諌めるカズキに目を合わせないようにする。
何でこう、この残念な先輩はこういう不意打ちをしてくるのだろうか。
いきなりは卑怯すぎる。
そっぽを向いたまま横目を向けると、はっと何かを思い出したような声を上げた先輩が優しげな表情からしたり顔になって僕の肩に手を回してくる。何だこの絡み方、さっきと違って凄い面倒くさい感じがする。
「あ、そういえばウサト君、今日は君の泊まっている場所に―――」
「それは駄目です」
「流れ的にオーケーって言ってくれてもいいじゃないかッ!ほら、私良い先輩!」
自分で言うか、自分で。
「宿の方は豪華な食事と寝床で我慢してください」
「豪華な食事も寝床もいらないよ、私はただ……ッただ……ファンタジーと暮らしたいだけなんだッ!」
「安心してください。貴方の言動がファンタジーだ」
何だよファンタジーと一緒に暮らすって、素直に引いたわ。
呆れた様なため息を吐いた僕を見て説得は困難と見た彼女は、突然立ち上がり僕の両肩を掴んで来た。周りの視線が集まっちゃう。
「ちょ、……抑えてください。僕は別に意地悪で言っている訳じゃないんですよ?」
「キリハはウサトに聞けって言っていたぞ!」
「あんた何時の間に接触しやがった!?」
訓練の時か!?どちらにしろ抜け目が無さすぎるだろ。
しかもキリハも僕に丸投げしてるしぃ!
「先輩、落ちついてくださいって!ウサトも困ってるからやめてください!」
流石に周りからの目を集めていることを良しと思わなかったのか、カズキが先輩を止めにきてくれる。
前ならこれで止められたはずなのだが、今回の先輩は往生際が悪かった。
「やめないねっ今度ばかりは退かないぞ私は……って、ん?」
肩を掴んでいた先輩が僕の背後を見て、首を傾げた。
さっきまであんなに錯乱していたのに直ぐに冷静になる辺り流石としか言いようがないけど、後ろに誰かいるのだろうか。僕も先輩の向いている方に顔を向ける。
「フフフ、楽しそうね」
「貴方方は何をしていらしゃっているのですか……」
金色の髪が特徴的な女性、グラディスさんとその後ろに控える様に佇むウェルシーさんが、僕と先輩を不思議そうな目で見ていた。
二人は僕達に用があるのか、前に座っているカズキの隣に座る。
……昼食を食べに来たわけではないようだな。
「貴方達に謝らないといけないわ」
「謝る?何でですか?」
全く思い当たりが無い。何でグラディスさんに謝って貰わなければならないのだろうか。むしろ、騒ぎの様なことを起こしてしまった僕が謝罪しないといけないと思うのだけど。
食堂に居る学生たちの注目を集めても尚、全く気にしても居ない体を保った彼女は僕達を一度見回した。
「昨日、貴方達が出て行ったすぐ後に、ここの教師達を集め魔王軍の脅威に対するリングル王国との協定についての話し合いを行ったの」
「なんでそれが僕達に謝る事に繋がるんですか?」
何か僕達にとって良くない結果になったのか?
「それはね……教師の中には書状の内容に否定的な者もいたのよ。勇者という存在に懐疑的で尚且つ魔王軍はそこまで強いのか?という疑問を抱いていたの。実力すら疑わしい貴方達のことは信じるに値しない、自分達はこの国の子供達を守るために居るという意見が多く出たわ」
「……私達は隣国からの使者とはいえ余所者。疑われても文句は言えない」
「でもね、そういうのは建前だけで本当は皆怖いのよ。魔王軍という物語でしかその戦いを見た事の無い彼等には魔王がとても強大な敵に見えた。だから必死になって反対した……けれど、この前の戦いでリングル王国が魔王軍との戦いに負けていたら次に襲われていたのは隣国のルクヴィスなの」
それはそうだ。
よく考えればリングル王国が魔王の手に落ちたその後、進撃した魔王軍はリングル王国を新たな拠点としてどんどん勢力を増やそうとするはずだ。戦いを知らない未熟な魔法使いが多くいるルクヴィスに戦う力があるとは思えない。
グラディスさんもそれを分かってのことだったのだろうか。
「いくら口で訴えても、貴方達の実力を伝える事は出来ない。私はウェルシーにかけあって少々無理な試みを行うことにしたの」
「それが私達を学生たちの訓練に参加させたということ、ですよね?」
「気付いてたの?」
「ウサト君が戦っている時、建物内でやけに彼の方を見ている人たちが多かったのでなんとなく察しがつきましたよ」
僕がハルファさんと戦い終わった後に言ったデモンストレーションとはそう言う意味だったのか。流石というべきか目敏いというべきか、こういう時の彼女はとても頼りになる。
しかし、そういうことは事前に言って欲しかった、必要があったとはいえハルファさんと戦うのは骨が折れたし、必要以上の注目を集めてしまった。……いや、注目を集めることに関してはこの人の目論見通りか……。
先輩の言葉にグラディスさんも苦笑するように口元に手を当てる。年の功を感じるその仕草と反して、茶目っ気のようなものを思わせる雰囲気だ。
「騙す形で申し訳ないと思っているわ。でも予想を大きく超え、異を唱えていた教師達も貴方達の実力を垣間見て黙らざるを得なかった……。フフフ、まさか素手で魔法固定されたものを破壊しちゃうとは思わなかったけど」
やっぱりあれを抜いちゃうのは普通じゃないのだろうか。
日々の訓練で自分の力が強くなっているのは分かってはいたけど、ここまでとは予想していなかった。やっぱり基本を継続することが大事だと痛感させられる。
心の中で納得していると、はっと何かを思い出したウェルシーさんが机を叩き急に立ち上がり、僕を必死の形相で見た。
「ウサト様!昨日も言いましたよね!?魔力の継ぎ足しは危険と!!それをあんなっ……あんな乱暴な使い方……間違ってますよ!?」
「あのですねウェルシーさん、逆の考え方をしましょう。あれが僕の戦い方、と」
「ローズ様みたいなことを言わないでください!」
僕はまだあの人の次元に至ってないのでまだ大丈夫です。
これ以上続けると説教が長続きしそうなので、取り敢えずウェルシーさんを落ち着かせ、さっきのグラディスさんの話を聞いて気になる事を質問してみる事にした。
「ハルファさんは貴方の差し金ですか?」
「ええ、でも最初に貴方に挑んだ女の子は違うわ。協力してくれたのはハルファだけ」
最初の子は違う……というとハルファさんはその少女が僕に模擬戦を申し込んだのを見計らい乱入してきたって事か。じゃあカーラさんもグルだったのか……?
あの人の感じからすると話を聞かされてなくても何でも許可出しそうな気がするけど。
「……本当に彼に任せてよかったわ。彼以外の魔法使いだったら実力を測る前に終わっていた。……流石は彼女の部下ね、人一人をなんの補助も無しに拳一つで飛ばすなんて普通じゃ絶対にできない」
「……ははは、僕なんてまだまだですよ。この前やった訓練なんてハルファさんの十倍以上ぶっ飛ばされましたからねー。しかも避けたら避けたで回し蹴りですよ?こんな理不尽あるのかーって話ですよー」
最初は死ぬかと思ったけど、慣れると大丈夫になったんだよな。
多分、脳内麻薬とかで痛みとかに鈍くなっているからだと思うけど。
「……そ、そう……」
「ウサト様、貴方は……」
え、今の笑うところなんですけど。
ローズどんだけバカ力だよ~的な反応が欲しかったのだけど。先程までニコニコしていたグラディスさんまで真顔に戻ってしまった。しかもウェルシーさんに至っては、『本当なのは分かっているけど何で貴方生きているんですか』みたいな目で僕を見ている。
「ローズさんすげぇ……」
「何者なんだろう、あの人は……」
カズキと先輩もそれぞれの反応を示している。特にこれといって意識していないのに変な空気を作り出してしまった。
「そ、そうだ、グラディスさん。一つお願いがあるんですけど」
「何かしら?度が過ぎたものじゃなければ許可できるけど……」
「ブルリン……じゃなくて、僕が連れている使い魔?魔物をこの都市で歩かせても良いですか?」
「使い魔を持っている子は此処にも沢山いるから構わないわ」
よし、許可を貰えた。
ブルリン待っていろよ、惰眠を貪っていられるのも今日限りだぞ。明日からしっかりと走らせてやる。
ブルリンと一緒に訓練できると知って少しだけテンションが上がっていたが、何故かウェルシーさんが遠慮気味に声を掛けたので彼女の方を向く。
「あの、ウサト様。ブルリンは使い魔ではありませんよ?」
「……え、そうなんですか?」
なんていうことだ。
じゃあ今度からブルリンの事をなんて言い表せばいいんだ……。
「どういうこと?ウェルシー」
「えーと、ウサト様は使い魔契約を行っておりません。というより必要がないと言った方が正しいかもしれません」
「必要が無い?」
使い魔契約とは、文字通り使い魔と契約すること?僕とブルリンは契約なんて言うまどろっこしい事はしていないからそうじゃないと言われたらそれまで……なんだけど、必要が無いとはどういうことなのだろう
「使い魔契約というのは、主となる者の血と魔物の血を媒介とした契約を行わなければなりません。加えて、魔物が主に屈服しなくてはならないという厳しい条件もあります」
「え、使い魔って色々な手順を踏まないと駄目なの……」
そんな面倒くさいものが使い魔を作る条件だったとは、契約書に書いてぱぱーんと出来るものじゃ無かったんだ。
でも、流石にしようとは思わないな、ブルリンを屈服させるのは嫌だし、そんなことしなくてもブルリンは僕を裏切らない。
「ウサト様とブルリン様の間では主従の関係も何もありません。そうですね……友人関係というものに近いかもしれません」
「へぇ、凄いわねぇ。使い魔契約もせずに魔物と……どういう魔物なの?」
「ブルーグリズリーです」
「…………ん?」
「?……ブルーグリズリーです」
何故か訊き返してきたので、もう一度答えたら固まってしまったグラディスさん。ウェルシーさんはやっぱりかぁ、と言う様に頭を抱える。何でこう僕の言ったことがおかしい感じになるんですか?
意味の分からない理不尽さに疑問を抱く。
前にウルルさんがブルーグリズリーは人に懐きにくいみたいな事言っていたけどそれなのかな。それとも危険な魔物だから使い魔にすることができない、とか?
「ま、まあ危険がないなら大丈夫よ。くれぐれも暴れまわらないように気を付けて」
「はぁ、分かりました。もしもの時は僕が取り押さえます」
「……普通なら嘘と疑うのに、貴方が言うとそう思えないのは凄いわね……」
グラディスさんが何かを呟いたような声が聞こえたが……とにかくブルリンを歩かせる許可を貰えたぞ。ブルリンが居れば訓練が全然違うからな、あいつを重り代わりにできるし。
「先輩、カズキ、この後はどうする?」
「そうだね、ブルリンの所に行かないかい?折角許可が貰えたんだし会いに行こう」
「俺は少し疲れたから宿に戻るよ。うん……先輩とウサトで楽しんできてください」
カズキは先に帰るのか。……僕と先輩を交互に見てからそう言ったのが気になるけど、先輩の言ったとおりに僕達はブルリンに会いに行こう。その前に宿の方に運び込んだ荷物を取りに行かなくちゃならないけど。
「じゃあ、そういうことだから私達は戻るよ」
「ええ、良かったらまた来てちょうだい。……そうだ、一週間後に月に一度行われる魔法の模擬戦があるの、対戦形式で行われる力試しで色々な魔法が見れると思うから、興味があったら見に来てね」
「一週間か……」
「書状の方は、まだまだ議論が続きそうなの。貴方達も手持無沙汰でしょうから気が向いたら、ね?」
対戦形式の模擬戦か、面白そうだ。
そのまま立ち上がり、グラディスさんに一礼した僕達は、そのまま学園の外へ行くべくその場を後にした。
待っていろブルリン……、何時までもゴロゴロしていられると思うなよ。
ウサト様達が食堂から出て行く。
その様子をグラディス学園長と見送っていた私は、彼らの姿が見えなくなったと確認すると隣に居る彼女に疑問を投げかける。
「話さなくて良かったのですか?」
「彼も思い悩んでいたし、今は言わない方が良いでしょう。彼とハルファの模擬戦に、教師達を説得する以外の意味があったという事は……」
勿論、教師達に皆さんの実力を理解させるという目論見もあった。その目論見は見事に成功し、スズネ様は圧倒的な攻撃力、カズキ様は技巧を凝らした魔弾での精密な攻撃、そしてウサト様は治癒魔法を斜め上で活用した人の域を超えつつある速さと力を用いた格闘戦。
流石に系統強化を用いた攪乱攻撃をするとは予想していなかったので、彼がハルファさんにそれをやったときは文字通り背筋が凍りつくような気持ちになった。
「…………」
「力、魔力、人種に拘った生徒達の意識を改革させるには火種が必要なのよ、ウェルシー。その為に、治癒魔法使いであるウサトと魔眼使いであるハルファにはその火種になって貰ったの」
ハルファさんとウサト様が戦ったことは偶然ではなかった。
本来ならば、彼よりも魔法使いとして強いスズネ様やカズキ様と戦わせるべきなのだが、敢えてグラディス学園長はそうはしなかったのは、彼等の戦いを生徒達へ見せる為にある。
「……治す事しかできない治癒魔法と見る事しかできない魔視、この二つの魔法は系統こそ違えど、在り方は同じ。だからこそ二人の戦いは生徒達、いや、此処に住む人々に見せる価値のあるものだった」
凝り固まった思想を変える為の模擬戦。
効果は抜群と言ってもいいだろう。強力な希少魔法と魔力の量で優劣を見定めていた学生たちは、自分達が見下してきた魔法を扱う者が、自分達よりも遙かに強いと無理やり分からせられたのだから。
強引な方法だが、これ以上ない程に有効的な矯正とも思える。
しかし、書状の為という理由もあるとはいえ、ウサト達に黙って事を進めるのは心を痛めた。
「フフフ……ウサトの行動は予想外過ぎるわ。折角宿を用意したのに、違う場所に泊まっちゃうなんてね……しかも貴方から聞いたらまさか獣人の彼らが住む所だって……此処に住む彼らは人が大嫌いなのに、それなのに……本当に不思議な子……」
「あ、あははは……」
これ以上可笑しいことはないとばかりにクスクスと笑う彼女に、ウェルシーも苦笑を漏らす。
異世界から召喚された三人の感性は本当に自分達の認識とはかけ離れている。この世界に触れて、見える全てのものに対してまるで子供のように目を輝かせるのだ。
特に……獣人であるアマコ様がウサト様と行動している姿を見ると、本当に頼りにしているのが分かる。普通ならば絶対に見る事の出来ない光景なはずなのに。
「人とは違う生き物を忌避しない彼だからこそ、この国の間違った思想を変えてほしい。どんな魔法でも光り輝く原石なのだと、自身が培った才能を無駄にしてはいけないと、求める限り人はどこまでも成長できるという事を……理解して欲しい」
この都市を任された責任者としてそう言ったグラディス学園長の瞳は何処までも優しげだった。
彼女自身、彼らにだけ任せるのは歯痒く思っているのだろうが、彼女はこの都市の長、今までの学園の状況を改善しようと思っても長としての立場故に迂闊にそれができなかった。だからこそ、国の外にいる彼らの力を借りた―――それは、彼らの力を証明するという建前を使ってでも成し遂げたかったから。
しかし、優しげだった表情は直ぐに渋いものへと変えた彼女は思い悩むように手を額に抑える。
「問題は、今日の模擬戦を見た子が早まったことをしないか……それが心配ね……」
グラディスさんとウェルシーさんに別れを告げ、学園の外に出た僕と犬上先輩は宿の前でカズキと別れて、ブルリンとアマコ、そして騎士さん達の居る厩舎の方へ向かっていた。
その最中、いやに上機嫌な先輩が隣を歩いているが、こちらとしては初めて此処を通った時の様に変な商品に目移りして何処か行っちゃわないかが心配だ。
「君と同じ治癒魔法使いの子って、午前の訓練に居た下級生のクラスに居たんだろう?」
「ええ、僕の顔を見てとても驚いていましたね。やっぱり、見た事のある顔が自分と同じ治癒魔法だったんで驚いたって所でしょうか?」
「多分、あまりにも自分とかけ離れているから驚いたの方が正しいかもしれないよ?何も知らないでみたら戦っている君は治癒魔法使いには見えないからね。カーラさんが君を治癒魔法使いと言ってようやく知ったんじゃないのかな?」
そう言う考え方もあるのか。
治癒魔法使いらしくないというのは自分でも自覚しているが、そうか、カーラさんに言われて知ったのならあの表情も納得がいく。
しかし、気絶から目を覚ました時いやに急いでいたのは何故だろうか。授業に遅れるから?数年に亘って苛められているならばこんな場所早く出て行きたいはずなのにそれはおかしいとは思うが。他に理由があるならば……。
「………」
いや、変な想像は膨らませないようにしよう。
無言で歩く僕に先輩も察したのか、何も言わず歩いてくれる。午後を過ぎたあたりなので、大通りは人が多い。僕や犬上先輩の事について広まっているのか、通り行く人が僕達の姿を見てヒソヒソと噂するようにささやいている。
こういう時に僕の団服は目立つ。目立つ為に作られたものなので当然なのだが、こういう時はこのデザインに歯がゆく思う。
「君の服は目立つな」
「脱いだ方が良いですか?」
「いやいや、その必要はないよ。君の服がただのオシャレではなく、ちゃんと意味のあるものだということは分かっているから。むしろ私も着たい」
「駄目ですって」
貸すなら大丈夫だけど、僕と同じものは作れないらしい。
この服はローズの着ているもう一着以外は作られていないらしく、服に使われている素材も何から作られたか分からない。
革とも布とも違う不思議な生地でできているのは確かだけど―――。
「ウサト君……前」
「はい?」
先輩が僕に前を見るように促す。彼女に従って前を見ると、そこには見覚えのある路地に人だかりが出来ているのが見えた。あの路地の先は朝、この国の治癒魔法使いの子が気絶していた広場がある。
……嫌な予感がする。
「行きましょう!」
「え、ああウサト君!?」
すぐさま路地の前にある人だかりに駆け寄り、人をかき分け路地の中を覗き込む。聞こえたのは轟音、何かが爆発したようなそんな音。
普通なら爆発音なんてしない。最悪の想像をしてしまった僕はその場から駆けだそうとすると、視界の端で朝、治癒魔法使いの少年の元へ集まっていた野次馬の男を見つけた。
「あ、あんたは朝のおかしな恰好をした……」
「何があった!!」
「ひっ、あ、朝の奴がまた痛めつけられているんだよ……。しかも今まで見た事ない位に……」
僕のせいか……ッ。
まさかこんな早く騒動が起こるとは思わなかったが、八つ当たりがしたいなら僕を直接狙えば良いものを……ッ。
内心沸々と湧き上がっていく自分に対しての怒りが、逆に僕を冷静にさせる。まずこの野次馬達を越えて広場に行こう。
「先輩!先に行きます!」
「ウサト君!!」
路地の壁を交互に蹴り上げ、一気に野次馬を飛び越える。下から驚愕する誰かの声が聞こえるが、今の僕は冷静になってはいるものの大人しくしようとまでは考えていない。
そのまま着地すると、ようやく広場の光景が見える。
広場にはあの治癒魔法の少年と―――あれは……僕に最初に模擬戦を挑んだツインテールの女の子!?それに取り巻きらしき男女の姿がある。
「実力を隠しているならさっさと出したらぁ?」
「……オレは……違う……って」
その手に火球とは少し違う橙色の球体を浮かばせた少女は取り巻きらしき集団と意地の悪い笑みを浮かべ、球体を少年目掛け放つ。
一方の少年は、朝よりも酷い状態のまま倒れ伏している。あの表情……魔力切れ!?
魔力切れのほぼ生身の状態で魔法を当てたらどうなるか……それを分かっているのかあの子は!?
「マズい……!」
急いで脱いだ団服を右手に巻きつけながら全速力で走り出す。
ものの数歩で少年の前へ辿り着いた僕は目前にまで近づいた火球へ団服を巻きつけた右腕を振るう。瞬間、はじける様に火球は爆発し小さな黒煙が一瞬だけ僕を包み込む。
『は!?』
だが大した魔法じゃない。団服も焦がす事もできない威力だが、人が食らえば大怪我になりかねない威力を秘めている。
黒煙を手で振り払い団服を着直した僕は唖然としている目の前の集団よりも先に、背後に居る少年の方へ振り返る。予想していた通り呆けた様にこちらを見上げていた少年に、手を翳し治癒魔法を発動させる。
「やっぱり魔力が切れてる……良く意識を保てたね」
「な、何で……オレと、おな……じ……」
限界だったのか、治癒魔法を掛けている途中で気絶してしまう少年。怪我は軽い火傷と……殴られたのか、顔に青あざがある。服をめくればいくらでも怪我が見えそうだけど……。
問題は治癒魔法使いである彼が自分では治せない程の怪我を負っていたという事だ。何分、いや何時間続けられていたのか?下手をすれば僕達が模擬戦を終えたすぐその後から行われていた可能性だってあり得る。
「ちょっと……勝手な事をしないでくれますか」
まずは、疲労も含めて全部治しちゃおう。
下手をすれば一生残る怪我もあるかもしれないからね。
しかし、よくこんな軽々しく人相手に魔法を使えるもんだ。僕の知るリングル王国の騎士さん達にはちゃんとしたモラルがあったのに……別に国の為に魔法を使えとここの生徒に強いる訳じゃないけど、こういうのは人としてやっていいことじゃない。
「おい!」
「ああ……?」
僕自身、苛々しているのか少し荒々しい声で応答してしまった。
僕の肩を掴み声を掛けた取り巻きの少年は振り返った僕の顔を見ると、声を失い後ずさる。
「気に入らないなら僕に直接言えばいいのに……」
「か、勘違いしているようですが……その彼と私達はお友達なの。関係ない貴方は手を出さないでくださる?」
「そうか、関係ないか………は―――っ」
これだよ。
もう本当に駄目だ、どうしていいか分からない。
全員気絶させて終わりにできればそれでいいんじゃないかな。
……短絡的になり過ぎちゃ駄目だ。冷静になれと心の中で何度も自分に言い聞かせながら、目の前の彼女らを見る。
五人……か。
「治癒魔法はね……君達の鬱憤晴らしの為の都合の良い魔法じゃないんだよ?」
僕は学んだ。
地獄と痛みと尊敬を。
彼女から教えて貰った魔法で沢山の人を助けられた。
断じて、サンドバックのように扱っていい代物じゃない。
「そもそも君のくだらない自尊心の為に存在している訳じゃない。僕はね、別に君が常日頃苛々してようが、むしゃくしゃしてようがどうでもいいんだ……。さっきの破裂する程度の魔法が生身の人にどれだけの怪我を負わせるか分からない程の無知な君でもね」
「無知、ですって?」
舐めきってやがる。
薄っぺらい友達っていう言葉で僕が引くとでも思っているのか?
その程度で見逃されるとでも?
無邪気な顔をしてれば許されるとでも?
「勇者の後を付いて来ただけの治癒魔法使いが……調子に乗るんじゃ―――」
「僕の上司の治癒魔法使いが言った言葉がある」
思いのほか僕は怒りやすい性格かもしれない。元の世界でも本気で怒る事なんて殆どなかったし、ここまで胸糞悪い物を見せられたのだって出来の悪い映画の時くらいしかない。
でも、これは流石に駄目だ。先輩とカズキがフェルムに殺されそうになった時とは明らかに違う怒りが僕の心に広がっていく。
丁度近くに植え付けられている木に左手を添え、力を籠める。添えた部分がメキメキと歪み、木全体が震える。
「治癒魔法を下に見るようなどうしようもない奴と関わっちまった時、遠慮なくぶっ飛ばしていい、と。まさにその通りに君達はどうしようもない……。何よりね、友達という言葉は……その場逃れの言い訳に使っていい言葉じゃない」
バキィッと握りつぶした木の木片を、そのまま粉々に砕きパラパラと地面に落とす。
それだけで、威勢の良かった少女は怯える様にさがる。その表情は僕への恐怖に染まっている。
「勇者についてきただけの治癒魔法使いが……なんだって?お前らにもこの子と同じ目に遭わせてやろうか?群れなきゃ何もできない小娘共が……」
一歩を近づくと、さらに顔を青くさせる。中には涙を浮かべている子までいる。その様子を確認した僕はゆっくりと肩の力を抜き、緊張を解く。
……これぐらい脅しておけば暫くは大人しくなるだろう。最後のローズの口調を少しだけ真似たセリフは効果抜群だったようだし。
流石に僕だって感情的になって年下の子に手を上げる程大人げなくないし、経験上、一度恐怖を植え付ければ反逆なんてしようとは思わないだろう。次に同じようなことをやったら、ブルリンも連れてきて今以上の剣幕で同じことをすればいい。
……でも、僕としては脅しというのはあまり進んでやりたい事じゃなかったけど……これで一先ずは一件落着、なのかな?後は背後で気絶している少年を寝かせられる場所に運び込めればいいのだけど―――。
「ウサト君、落ちついて」
「ん?」
ようやく人ごみから出てきた先輩が僕を落ち着かせようと、肩に手を置いてきた。
丁度良かった、場も収まった事だしこの子を何処に運ぶか相談しよう。
「ああ、先輩ですか。丁度今―――」
「君達、随分と治癒魔法使いを目の敵にしたいと見えるな……全く、実力主義もここまでくればただの弊害だ」
しかし、僕の言葉を聞かずに少女達のほうへ振り向く先輩は、挑発的にそんな台詞を少女達にいい放った。
先輩、まさか……僕が本当にキレていると思っている?
意気揚々と、僕の前に進み出る先輩。幾分かまともに見える先輩の登場で幾分か恐怖が薄れた少女は、むっとした表情になり先輩を見つめ返した。
「私と彼は余所者だ。そして国の未来を左右する重大な任を負っている―――だから、君達に手を下してはいけないんだ……悔しい事にね。……勘違いしないでくれ、君を倒すのは私達じゃないってことだ」
手を下してはいけない、その言葉で調子づこうとした少女達に釘をさすように薄ら笑いを浮かべた先輩はそう口にする。
怒っている理由が分かるけど、後ろで困惑している僕に気付いてくれるととても嬉しいです。
「い、一体、どういうことなの!」
「一週間後に対戦形式の模擬戦があるね?」
「っ!勝てるわけがないでしょ!!そこの怪物と勇者になんて!!」
「おい」
「ひぃっ!?」
怪物呼ばわりしたくせにその反応はおかしいだろ。少なくとも人に対しての反応じゃないぞ。
化けの皮が剥がれて僕への遠慮の無さが浮き彫りになってきた。そもそもこの少女にとって僕は完全に敵と見られてしまったから、しょうがないかもしれないけど……。
それよりも先輩の言った月一の模擬戦についてだ。一体どういう意図なのかは分からないが、昼間の模擬戦とは違い正式な学園行事には僕達は出られないんじゃないのか?
「………出るのは私でもウサト君でもない。君達がさっきまでいたぶっていた少年さ」
「……は、はぁ?そこに倒れている奴が私に勝てるとでも?」
ちょっと待って……先輩の意図が全く理解できない……このまま彼を戦わせても酷いワンサイドゲームになりかねない。そもそも当の少年も気絶しているし、僕も脅した手前口を出すこともできない。
少女は倒れている少年を見下し、先輩を睨み付けるも当の彼女は何処吹く風の如く薄い笑みを顔に張り付け、後ろに居る僕を親指で指示した。
「一週間で彼を君よりも強くする。―――このウサト君がね」
「は?……はぁ!?」
僕がですか!?
いきなり丸投げされ驚いた僕は、すぐさま事情を聴くべく先輩をこちらへ振り向かせ潜め声で話しかける。
「ちょ、ちょっと待ってください、どういうことですかっ」
「こういう問題は当人が解決させるのが一番いいんだ。少し荒療治だが、これ以外にいい方法が思いつかない」
「それはそうですけど……」
「それに治癒魔法についてはこの都市の誰よりも理解している君が適任だ」
彼を鍛える?たった七日……いや、気絶しているから今日と模擬戦当日は無理、実質五日しかない。
訓練にしても少なくとも僕と同じくらいの地獄を見せなくちゃ無理な域だと思うんすけど。
でも……脅しとこれ以外に方法があるかと言われたら何も思いつかないのが現状なんだよな……。自分の力でいじめっこに立ち向かう。ある意味この方法が少年のいじめをなくさせる最も有効且つ、最も困難な方法かもしれない。
沈黙を了承と受け取った先輩は、前へ向き直りさらに大仰に話をまくしたて始める。
「受けるも受けないも自由。……治癒魔法使いの彼に負けるのが怖いのなら……受けなくても構わないよ?」
「ハッ、冗談。そいつが負けたら覚悟しなさい……。勇者だろうがリングル王国の使者だろうが関係ない……報い……受けさせてあげるんだからッ!」
『せいぜいその出来損ないを強くしておきなさい』と、捨て台詞を吐くと少女は、くすくすと嫌味な笑みを浮かべる取り巻き達と共に大通りに通じる路地とは別の道へ歩いて行ってしまった。
残されたのは、こちらを覗う野次馬達と倒れ伏す少年と僕達。また面倒事に巻き込まれたなぁ、とため息を吐きながら
「いやー、ウサト君がキレてるところを見て焦ったよ。ここで彼女達に手を出したら書状どころじゃなかったからね」
「ていっ」
「あいたぁ!?」
とりあえず勝手に話を進めてくれたお礼に軽い手刀をお見舞いしておく。先輩も善意でしてくれたのは分かるが、とりあえずこうしておかないと気が済まなかった。
「な、なにをするんだい!」
軽くやったつもりなのだが涙目で頭を抑えた先輩は僕を見上げる。
背徳的な何かを感じたが、気付いてはいけない感情だと直感したので、気にせずに説明する。
「先輩、僕は怒ってはいましたが、別に手を上げるつもりはありませんでしたよ」
「え?……は、ははは……凄い怖い顔していたじゃないか」
「軽く脅してやめさせようかなぁ、と思って」
『軽く……?』
『嘘だろ、あれで?本で見たオーガのような形相をしていたぞ……』
『木の幹を素手で抉り取っていた……獣人以上の握力じゃなきゃ無理だぞ……』
『獣人?もしかして……仲間、なのか?』
………。
ま、まあ僕の演技力がそれほど凄かったという事だろう。まさかここまで関係のない野次馬達にまで引かれるとは思わなかったけど。
「でも先輩の出した提案も最良の結果に繋がるものに変わりはない。……問題は、この子が勝負に乗り気そうじゃないことです」
「勝手に決めてしまったのは、その……申し訳ないと思うけど、余計なお世話とも思えない」
「……確かに」
あの状況を見れば、なんとかしなくてはと思うのは当然だろう。
他ならぬ先輩なら尚更だ。
「それにしても、月一の対抗戦が私の想像通りのもので良かったよ。もし間違っていたら大恥をかいていた所だ」
「何で貴方はそこらへん含めて行き当たりばったりなんですか……」
所々適当な先輩に呆れつつも、少年の体に他に傷が無いかを確認する。
いくら治癒魔法でも体の欠損や心の傷は治せない。
さっきのように魔力切れの状態で、爆発する魔法なんて食らった時には下手をすれば死んでしまうかもしれない。
……凶器を持った子供程恐ろしいものはないと聞いたことはあるけど、本当に恐ろしい。人を怪我させる魔法を笑顔で放つんだもんな。
傷が残っていないと確認した後に気絶した少年を持ち上げ肩に担ぐ。
「軽い、な」
年不相応な少年の重さが彼の味わってきた苦しみを表しているように思えて、僕の心に得も知れぬ感情が沸き上がる。
治癒魔法使いを強くする方法、色々な方法があるけど……まずはこの子の意思を確認しなくてはならないな。
次話もすぐさま更新します。