閑話 隠れ里へ
お待たせしてしまい本当に申し訳ありません。
今回は閑話、元魔王軍第三軍団長のハンナ視点でお送りいたします。
魔族とエルフ族との交流。
それは私達魔族がリングル王国以外の勢力と正式に関わることになる初めての催しだ。
その内容は魔族から代表者を派遣し、エルフ族の族長に直接親書を届けるという簡単なもの。その際にリングル王国を通じて他国にそれを共有し、不信感を抱かせないように手順を踏んで行う。
様々な方面に配慮し、その上に慎重を重ねて行う大事な催しだが、なぜかその魔族とエルフ族間の交流の使者に私が選ばれてしまった。
「……なんで使者が私になるんでしょうか……はぁぁぁ」
「何度目ですか、それ愚痴るの」
「うるさいですよ、ノノ」
魔王領の空を飛ぶ飛竜の背の上で、それを操るノノに愚痴を零す。
愚痴くらい吐いても全然許されるでしょ。
だって――、
『ハンナ、お前をエルフ族への使者に任命する』
———と魔王様に単刀直入にそう命じられてしまったら断れるはずがない。
え、できることなら魔王領から出たくないんですけれど? だなんて正直に言った日にはアーミラさんにしばかれることは間違いないだろう。
「にしても、辛気臭い顔すぎますよ。ハンナさん」
「貴女は能天気すぎるくらいでしょ」
空を飛ぶ飛竜、その背で手綱を握っている後ろに一つに結った水色の髪と、魔族特有の角が特徴的な女、ノノの呑気な声にため息が漏れる。
徒歩とか馬とかの移動だと魔王領内の道中で色々と不便があることから、空を飛んで進める飛竜で向かうことになったけれど……なんともまあ、この子とは腐れ縁みたいになってしまったなぁ。
「私は面倒な日々の訓練をサボれるから全然いいんですけどね! ねえ、ショーン!」
「ガァァウ」
嬉しそうに鳴き声を返す……ショーンと名付けられた飛竜の首元をノノは優しく撫でつける。
ノノと腐れ縁ということは、この子ともそうなんだな……。
そういえば、初めてウサト君と遭遇してひどい目に合わされた時も一緒にいたわ。
「今から行くのはエルフの隠れ里ですよ。あちら側から正確な地図はいただいているので問題はありませんが……気を付けて進んでくださいね」
「そこらへんは任せてください! 私、魔王領1の飛竜乗りなので!!」
驕りは良くない、と言いたいけれど実際一番の飛竜乗りだ。
この子、見た目はちんちくりんでもあの恐ろしい光の勇者の足止めをしたので、一部の元魔王軍兵士の間で傑物扱いされている。なにがおかしいって、それが別に勘違いされているわけでもなく単騎で足止めしていたのが事実だってこと。
「はぁぁ、面倒です……こういうのはアーミラさんとかの方が絶対適任だと思うんですけどねぇ」
「あの方はそれ以外の業務でお忙しいと思いますけど」
「それはそうですけどね」
警備関連を元第一軍団長のネロさんが統括しているので、以前のように悪人に魔族の子供が攫われるという事件は起こらなくなった。
でも、大地に根付いていた勇者の力という“毒”がなくなった影響で、都市に移り住む魔族への対応や、都市外の集落などに住む人々へ送る物資の管理などでものすごく忙しくなっている。
というより、その業務の一環を私も担っていたので普通に魔王領を出る前もそこそこ忙しかったりしていた。
「魔王様直々のご命令なんですから、真面目にやった方がいいんじゃないですかー」
「真面目にはやりますよ。でもエルフ族って結構堅物なイメージがありますからね」
「私的にはハンナさんも結構な堅物な気がしますけど」
「は? なに?」
「なんでもありません!!」
余計なことを口にしようとしたノノを黙らせる。
エルフは人間どころか他の亜人との交流も最低限に留めているくらいに閉鎖的な種族だ。
そんな彼らと関わらなくてはいけないと今から考えると気が滅入ってしまう。
「そういえば、そっちではコーガ君とかは真面目にやっているんですか?」
ちょこっと話を変えてみる。
ウサト君がリングル王国に帰ってから、コーガ君は真面目に隊長をやっているのか。
私は管轄が違うから、たまに見るくらいでよく知らないけれど……。
「あー、コーガさん……隊長は以前よりはちゃんとしてますね。たまに遅刻したりはしますけれど、その数がグッと減った感じです」
「へー、ちゃんとやっているんですね」
「そこらへん、大分ウサトさんと奥さんに矯正されたみたいです」
多分、ニルヴァルナの王女のことを言っていると思うけれど、あれはまだ奥さんではない。
でもああいうコーガ君に強く出れる強引さを見る限り、相性もそれほど悪くないんじゃないかって思う。
コーガ君本人は素直じゃないから、多分否定するだろうけど。
「それに、ウサトさんがいた頃に比べれば今は全然天国みたいなものですよ。げへへへ……」
「あぁ、治癒魔法使いがいないから」
治癒魔法使いがいないから訓練にも限界がある。
……なんか限界があるのは当然なのに、それに違和感を抱く時点で私も毒されているのでは……?
「その一方でヴィーナは物憂げな顔をするようになりました」
「絶対ろくでもない理由でしょソレ」
「ご主人様……って呟いていましたね」
本当に碌でもない理由だった。
あの悪魔に慕われている悪魔みたいな人って構図が意味不明すぎる。
「あれ、いつかなにかやらかすんじゃないの?」
「んー、まーそれはないですよ。なんだかんだで私達、仲良くやれてますし。だって、訓練の前では魔族も悪魔も人間もなんも意味なんてないんですから」
「急に眼から光を失うな怖い」
からからと笑いながら平坦に呟いたノノが怖い。
軽くため息をつきながら改めて飛竜の背中から見える景色を見回す。
「……変わってきてますね」
まだここは魔王領の上空……ではあるけれど、以前のような鬱々とした雰囲気は薄れてきている。
もしかしたら、この先魔王領も人間の領域のように普通に作物が実るようになるかもしれないと考えると……先の戦いで魔族が敗北したことは悪いことではなかったのかもしれない。
「勝っていたら、きっとまだ戦いは続いていたでしょうね」
生きるために人間の領域へ攻め入り、リングル王国に勝ったとしてもそれを周りの国が許すはずがない。
今度は手に入れた土地を守るために、戦って、戦って戦って、どちらかが滅びるまで戦いが終わらないという可能性すらあった。
「その点で言えば、今は奇跡みたいな状況なんですね」
ウサト君が滅茶苦茶やってくれたおかげで今がこうなっている。
魔王様も以前より、今の方がずっと生き生きとしているように思える。
……まあ、魔王様に関してはウサト君という絶対に話題が尽きることのない娯楽があるからだろうけど。
「……私も、頑張りますか」
今の状況は、私が……私の妹が求めていた平和なものだ。
互いに助け合い、争うことのない、善意を裏切られた私がくだらないと吐き捨てたもの。
正直、今でも心のどこかでは陰るものはあるけれど、それでもまたもう一度裏切られるまでには、また善意で行動していいって思えた。
「それもこれもあのヘンテコ治癒魔法使いのせいですね」
「え、今、治癒魔法って言いました? まさかウサトさんがどこかに!?」
治癒魔法、という単語に過剰に反応するノノに苦笑する。
さすがにこんな魔王領の上空を飛んでる私たちのところに……いや、言葉にすると本当に出てきそうだし、なんなら前は空を飛んでるところにぶっ飛んできてたわ……。
ノノが挙動不審になって飛竜も困っているので、話題を変えてあげましょう。
「ま、私たちはこの親書をただ渡してちょこっと話して帰ればいいだけです。なんにも難しくはない単純な仕事です」
「こうやって楽しく空にも飛べますしね。ゆっくり景色でも見ながらいきますよ」
「それもいいですね」
現地に到着したら、エルフからなにかしらの珍しい植物の種子とか土とか貰っていこうかな。
重いものは飛竜に乗せればいいし、それくらいの役得はあってもいいはず。
「あっ……でもエルフの隠れ里でウサトさんがいたらどうしよう……」
なんかノノが変なことを言い出した。
彼がエルフの隠れ里にいるわけないでしょ。
行く理由がないし、もし居たとしても本当に意味が分からない。
「気にしすぎです」
「そして出合頭に強制的に訓練をさせられて、それで……!! ひぃぃぃ……!」
「もう新手の怪異かなにかですか?」
出合頭に訓練をさせてくるって魔物とか人間とは別の存在だろう。
というより、ノノ……そういうの、あんまり言うと本当に現実になりそうで怖くなってくるからやめてくれない?
あの人の場合、なんの脈絡もなくそこにいてもおかしくない挙動しているんだから……。
ウサトと同じくらいフラグを立てまくるノノでした。
次回も閑話。
更新は明日の18時を予定しております。




