第四百九十三話
二日目二話目の更新です。
前話を見ていない方はまずはそちらをお願いいたします。
ウルルさんが本格的に救命団の宿舎に移ることになった。
といってもそこまで大きな変化があることでもないし、ウルルさんが診療所勤めなのは変わらない。
でも、先輩たちのいる第二宿舎の方はより賑やかになるのは間違いないだろう。
部屋にウルルさんの荷物を運びこんだ後、自室でネアに借りた本を読んで時間をつぶしたり、アレクと一緒に夕食の下ごしらえを手伝ったりと穏やかな時間を過ごした。
「シグルスさんの家は、城下町の城に近いところみたいですね」
「そのようだね」
夕方、空がだんだんと暗くなってきた時間帯に訓練着ではない普段着を着た僕は、同じく普段着の先輩と共にリングルの城下町を歩いていた。
今から向かっている場所は、夕食に招待してくれたシグルスさんの家だ。
「君は今日はゆっくり休めたかな?」
「ええ、しっかりと」
隣に並んで歩く先輩がふとそんなことを聞いてきたので頷く。
「本を読んだり、部屋の掃除とか色々してあっという間にこの時間になっていましたね」
「あるある」
基本訓練が趣味なところもあるので無趣味というわけではない。
でもしっかりと体と心を休める時間が重要なのは理解しているので、今日は自分なりにゆったりと過ごさせてもらった。
「ウサト君って寝坊とかってしないよね」
「こっちに召喚されてからは全然してないですね。なんかもう早く起きるのが身体に沁みついてる感じです」
寝坊するとローズに怒られるし、なにより同室にトングがいるからな。
「それに寝坊しそうな時はトングにド突かれて起こされますからね。まあ、今じゃ滅多にありませんけど」
「は、はは……そういう意味では相部屋というのも便利だね……」
今の時点でもそれほど不便に思ったこともない。
「でも……そのせいで、休日とかも早く起きちゃうのが難点ですね。実際今日もそうでしたし」
「フッ、いいことだと思うよ? せっかくの休日を昼まで寝すぎるとなんだかものすごく時間を無駄にした気持ちになっちゃうからね」
「いやに現実味がありますね」
でも分かってしまう。
夜更かしした分、昼間を消費したって考えればいいのだけど、なんともいえない勿体なさがあるんだよなぁ。
救命団の生活に慣れてしまった今、今後そういう感覚に苛まれることはないんだろうけど。
「因みに私は元の世界にいた時の土日はいつもそんな気持ちになってた」
「へー、意外ですね」
「アニメとゲームに私の人生を捧げてた」
「意外でもなかったわ」
いったい生徒会長時代のこの人はどれだけ抑圧された日常を送っていたのだろうか。
過去の話を聞くだけでもじわりじわりと闇が出てくるのでちょっと怖い。
「それでよく成績落とさなかったですね」
「フッ、伊達に英才教育を受けていたわけではないさ。この世界に来るまで誰一人として、私の裏の顔に気づくものはいなかった……」
「どんなテンションで話しているんですかそれ」
裏の顔て。
いや、確かに僕も学校内で聞いた先輩の評判は完璧超人みたいなものだったし、副会長をしていたカズキも全く知らなかったから本当に隠すのが上手かったんだろうな。
「だが、そんなオタク文化に造詣が深い私でも君の発想力には及ばない」
「いや、そんなことないと思いますけど」
「謙遜はよしたまえ。先日編み出した君の新技術である魔力弾回しは非常に興味深い」
魔力弾を体表を高速で移動させるだけの技なんだけどなぁ。
魔力回しという下地があって初めてできるとはいえ、そこまで注目されるものでもない気がする。
「ただ背中に魔力弾をストックさせてるだけですけどね」
「重要なのはシンプルさだよ。複雑な手間をかけるよりも工程を省き、手軽に繰り出せることこそが最大の利点さ。———なにより、拡張性に優れているのがキモだと私は思うな」
「……」
さすがに鋭いな……。
多分、魔力弾回しによるストックでどんな応用ができるか、いくつか予想しているのだろう。
「君の技術を見て私もちょっと考え付いたんだ」
「え、そうなんですか?」
「といっても君のを参考にしたんだけれどね」
僕の技術で先輩がもっと強くなるならむしろ大歓迎だ。
別に僕としても隠しているつもりなんて全然ないし。
「ふふふ、どういう技か予想してみる?」
「僕の魔力弾回しを参考にした技……うーん」
先輩は僕と違って魔力を遠隔で操作するのが苦手ってわけじゃないからな。
だとすれば、自分の体から少し話した場所に魔力弾を留まらせ、状況に応じて雷撃を操る———シグルスさんに近い使い方になりそうだ。
「風神雷神でいう雷神様の背中の太鼓みたいな感じで魔力弾をストックするとかですか?」
「……ぇっ」
「いや、その上で配置した魔力弾を雷獣モード中の外付けバッテリーみたいにするって使い方も考えられますね。こう、雷獣モードが切れたら魔力弾を握りつぶして充電完了ってやる感じで!」
「ァ、ソノ……」
「見栄え的にもぴったりだし、先輩と相性がいい。なにより電撃系統の先輩と雷神様ってところも繋がりがある」
「ひぃん……」
「……ん? 先輩?」
そういいながら先輩を見れば、小刻みに震えていることに気づく。
ちょっと様子がおかしい先輩に疑問に思っていると、彼女は引きつった笑みを浮かべて僕へと振り返る。
「せ、せせせ、正解だ。私も、私もね? 雷神様みたいなスタイルでいこうかなぁって、考えていたんだよ?」
「……なんかすみません。正解してしまって」
「は、はははは、き、気にすることないさ! まあ、そのね!! むしろ一発で正解してくるとは君の発想力を侮っていたようだ!!」
どうやら普通に正解を当ててしまったようだ。
なんだろう、結構前にネアと初めて会った頃に彼女の正体を言い当ててしまった時を思い出す。
なんというかちょっと気まずくなったので無言になってしまう。
「そうか、電撃のチャージを外付けにして……腰回りじゃなくて雷鼓みたいな感じにすればいいのか……く、うぅ、発想力で完全敗北してしまった……!! もう発想全部私の上位互換……!!」
「え?」
「な、なんでもないよ! あれ、もうすぐ着くんじゃないかな!?」
小声でなにかを呟いていた先輩が、歩いていた道の先を指差す。
背の高い建物が並ぶ通りの一角、他の建物とほとんど変わりない民家が視界に映り込む。
先日、シグルスさんからもらった地図と目の前の家を見比べて、そこが目的地と確認した僕は、未だに挙動不審気味の先輩と視線を合わせる。
「えぇと、とりあえず行ってみましょうか」
「そうだね……うん、そうしよう……」
いや、どれだけショックを受けているんですか。
ちょっと涙目になっている先輩に、軽く引きながら僕はシグルスさんの家へと進んでいくのであった。
●
招待された家は想像していたよりも、リングルの城下町にありふれた普通の家だった。
騎士団長という立場にいるので、それなりに大きな屋敷に住んでいるとばかり思っていたのでちょっとだけ意外に思ってしまった。
「おお、ようこそお越しいただきました。ウサト様、スズネ様」
少しだけ緊張しながら扉を叩くと、すぐにシグルスさんが家に招いてくれた。
いつもの騎士としての姿ではなく私服の彼に僕も先輩も驚きながら家の中に足を踏み入れると、すぐに家の奥の方から奥さんと思われる女性と、7,8歳くらいの男の子が僕たちを迎えてくれた。
「はじめまして。シグルスの妻のアンと申します。こちらは息子のアッシュです」
「アッシュです!! ななさいです! こんばんわ!!」
アッシュブラウンの長髪を後ろでひとくくりにした女性、アンさんの傍でぺこりとお辞儀をしたアッシュ君。
僕はアンさんに軽く頭を下げた後に、アッシュ君と視線を合わせるように床に膝をつく。
「こんばんわ。僕はリングル王国救命団副団長のウサト。よろしくね、アッシュ君」
「私は同じく救命団所属のスズネだよ。招待してくれてありがとね。私のことはスズネお姉ちゃんでいいよ」
「うん!! ウサトお兄ちゃん!!」
「あれ?」
まさかのスルーに先輩が首を傾げる。
でも、礼儀正しくていい子だな、アッシュ君。
なんかこの世界でこの年頃の子供に会うときに何度も思うけど、ものすごくしっかりしてるなぁ。
感心していると、アッシュ君が僕の手をとって軽く引っ張ってくる。
「こっちだよ!」
「おっとっと」
アッシュ君を転ばせないようにできるだけ抗わずについていく。
彼が向かった先はテーブルと椅子が並べられたリビングであり、事前に用意されていたであろう席の前に案内される。
「どうぞ!」
「こら、アッシュ。ダメでしょ? 申し訳ありません、今すぐ食事の用意を済ませますのでどうぞお掛けになってください」
「あ、はい。ではお言葉に甘えて……」
先輩と一度視線を合わせてから、椅子に座らせてもらう。
それから対面の席にアッシュ君、そしてその隣にシグルスさんが座る。
奥さんはそのまま食事の準備に向かったのか、台所の方へ行ってしまう。
「息子が突然、申し訳ありません」
「いえいえ、元気なお子さんですね。このくらい元気な方がシグルスさんも安心できるでしょう?」
「それは……ははは、そうですね。その通りです」
それに怖がられるよりこれくらい元気でいられる方が僕としても全然いい。
すると、隣に座った先輩がシグルスさんに話しかける。
「奥さんと息子さんの存在こそは知っていたけれど、今日初めて会ったよ」
「私自身、多忙な身でありましたからね。正直なところ最近になってようやく早い時間に家に戻るようになりまして……ははは」
騎士団長としての立場もあるから忙しそうだもんなぁ。
今は大分余裕ができたとは思うけど、戦争があった時なんて騎士たちの指導や軍備とかあれこれで家に帰れない日もありそうだ。
「一時はアッシュに顔を忘れられていたくらいですから」
「えー、そうだったっけ?」
「……家に戻った時、お前に知らないおじさん呼ばわりされた時はこの世の終わりかと思った……」
「「わぁ……」」
どんよりと落ち込んだ初めて見るタイプのシグルスさんの表情を見た僕と先輩は声を揃えて同情する。
「アッシュ君はどうして僕に会いたかったの?」
「ん? んー」
アッシュ君ぐらいの子が僕のことを知る機会なんて正直あまりない気がしたので聞いてみる。
すると、少し考える素振りを見せた彼はシグルスさんの方を見上げながら口を開いた。
「お父さんがたくさん話してたから!」
「そうなんですか?」
「そこまで話していなかったような……いえ、まったく話していなかったわけではないのですが、むしろカズキ様やスズネ様の方が話題に挙げることが多かったような気がします」
確かに家族への話題として挙げるなら先輩やカズキだよな。
……いや、僕のことを話すってどういう状況なんだろう。
「お酒のみながら泣きながら話してた!!」
「そうなんですか?」
「そう……だったのか……?」
まさかのお酒の席だった。というより、シグルスさんってお酒とか飲むんだ。
当の本人も若干焦った様子なので、記憶にないのかもしれない。
シグルスさん自身もまさかの酔った自分の発言だとは思ってもいなかったので「子供の前で酔いつぶれていたとは俺は……俺は……」とものすごく自責の念に駆られていたところに、台所の方から飲み物をおぼんに乗せたアンさんがやってくる。
「この人ったら、少し前にようやく早い時間に家に戻れるようになって、珍しくお酒を飲んで酔いつぶれてしまっていたんです」
「そ、そうなのか……」
「その時、酔ってウサトさんのことをこの子に話して……。たくさんの騎士の皆さんを救っていただいた恩人だって。指導した教え子たちが今いるのは救命団と貴方のおかげとも仰っていましたよ」
「……ア、アン」
シグルスさんにそこまで褒められていたとは、彼だけではなく僕も何も言えなくなってしまう。
動揺しながら食事を運んできてくれたアンさんを見たシグルスさんは、どこか意を決したような表情に変わると僕の方を向く。
「……。酩酊していた状態での発言ですが、本音であることには変わりはありません。救命団……ウサト殿には多くの騎士を救っていただきました。リングルの騎士である彼らは私が指導し、鍛え上げた教え子といってもいい者たちです」
「教え子……」
「そんな彼らを戦場から生きて帰してくれた。だから、ウサト殿にはどれだけ感謝の言葉を尽くしても足りないとすら思っております」
僕自身、戦場では共に戦う騎士さんに危ないところを何度も助けられた。
助けられなかった人もいたし、目の前で力尽きてしまった人の顔も今でも覚えている。
「僕にとっても助けた人たちが無事に家族のもとに戻ってくれて、とても安心しました」
「皆、ウサト殿と救命団に恩義を抱いております。他ならない私自身も」
それでも今のシグルスさんのお礼の言葉を受け入れないのは、救命団として駆けたあの日の自分を否定することになる。
シグルスさんの言葉を受け取り肩の力を抜いていると、不意に隣の先輩が腕を組んでうんうんと頷く。
「私も死にかけたからね、気持ちはものすごくよく分かるよ」
「自信満々にいいますか? 先輩」
ちょっと重苦しくなった空気も先輩がいれば一瞬で軽くしてくれる。
彼女が隣にいることをありがたく思っていると、彼女が自身を指差す。
「控えめに言って、8割くらい魂抜けてたと思う!!」
「子供の前でリアクション取りにくい冗談はやめてください」
「きゃうん……ごめん」
あの時は本当に焦った。
フェルム……黒騎士の闇魔法の反転を食らって先輩も致命傷を負っていたし、カズキも剣で貫かれていたし、あの時は本当に血の気が引くどころじゃなかった。
———あの状況が僕にとっての運命の分かれ道でもあったんだから、今考えてみても恐ろしいどころの話じゃないな。
「でも、アッシュ君はそれで僕に会いたかったってことなの?」
「うん。街の人にね。ウサトお兄ちゃんのこと聞いたら、みんなすごいすごいって言うし」
「僕の場合のすごいは色々な意味が込められてそうで怖いな……」
訓練風景とかそのあたりとか意味を含んでいそう。
さすがに自覚ができてしまっているので、どんな方向ですごいのか怖くて聞けないわ。
「あと、魔法とか教わりたい!!」
「魔法を?」
「すごい魔法を使うんでしょ! これもお父さんが言ってた!!」
ああ、またシグルスさんが頭を抱えてる。
うーむ、魔法を教わりたいか。
正直、この子の年で魔法を教えるのはちょっと危ないのでは? と考えていると、すぐに立ち直ったシグルスさんが、アッシュ君の頭に手を乗せる。
「アッシュ、お前はまだ魔法を扱うのは早い」
「えー!?」
「魔法の扱いには危険が伴う。例え、無害な系統だったとしても魔力の扱いを間違えれば、取り返しのつかない怪我を負うことだってありえる」
系統強化の暴発を日常的に扱っている僕からするとすっげぇ耳が痛い。
治癒魔法ありきとはいえ、レオナさんが青ざめるほど危険なことをしていたからなぁ、僕。
「シグルスさんの言う通り。君にはまだ魔法を扱うのは早いんだ」
「……うぅ」
でも自分のやっていたことを理解しているからこそ、魔力の暴発がどれだけ危険なことか分かる。もし、なにかの間違いで系統強化の暴発に似た現象を引き起こしてしまえば、手足を失っていてもおかしくない。
魔力回し程度は……七歳ではまだ早いのかな? そこらへんは改めてシグルスさんに確認を取らなきゃ分からない。
分からない。
断る僕に泣きそうになるアッシュ君に「でも」と続ける。
「君がシグルスさんに魔法を扱うことを認められたら、僕の魔力の扱い方を教えるよ」
「……本当?」
指切り、は通じないかもしれないので握手のように手を差し出す。
アッシュ君も遠慮気味に手を掴んでくれたので、普通の握手ではなく、腕相撲をするときのような形の握手をして約束を交わす。
「絶対、約束だからね!」
「ああ、もちろん。約束だ」
アッシュ君の言葉に深く頷くと、彼は嬉しそうに隣のシグルスさんを見上げる。
その視線にシグルスさんも苦笑いを返しながら、僕に向かって軽く頭を下げてくる。
「ありがとうございます。息子のためにそのような約束までしてくださって」
「僕としても教えるのは結構好きですから」
「ハハ……貴方のそういうところもローズに似ている。やつもなんだかんだで面倒見のいいやつですから」
「それはまあ……分かります」
僕は団員としては比較的に超普通だったけれど、あの強面達を救命団員として鍛え上げた人だし。それに、アウルさんとかつての部下たちも相当な問題児らしかったし、それを含めても本当に面倒見がいいんだなってことが分かる。
「そういう意味では少しは影響されているところがあるかもしれませんね」
「……少し?」
「ウサト君、少しとは? 結構の間違いじゃない?」
対面のシグルスさんと隣の先輩が疑問の呟きをする。
その呟きをスルーし、僕は改めてアッシュ君とのさっきの約束について考える。
「約束、か」
この子もいずれシグルスさんのようにリングル王国を守る騎士になるかもしれないって考えると、そんな子に僕の技術を伝授するのもこの国のためになる。
その時、僕がどうなっているのか全然想像ができないけれど……フッ、将来が楽しみ———……いやいや、まだ十代なのになんかおじさんっぽいこと考えてるな。
「安心してウサト君。君はまだまだ若いから」
「先輩、心を読まないでください」
「通じ合ってるね、心」
「僕には貴女の心が分からないです……」
この人無敵か? ……多分、また顔に出てしまったんだろうな。
この場でもボケ倒してくる先輩にツッコミ役を余儀なくされていると、すべての料理がテーブルに運び終わったようで、アンさんがシグルスさんの隣の席に腰掛ける。
「ありがとう。アン」
「ふふふ。ウサトさんもスズネさんも遠慮なく召し上がってください」
「「はい!」」
最初は目上の人でもあるシグルスさんの家に招待されたとあって多少緊張していたが、彼とその息子のアッシュ君と話しているうちに緊張も解け、幾分か自然体で話せるようになった。
シグルスさんとアンさんに促され、僕と先輩は作ってくださった料理に舌鼓を打ちながら賑やかな夕食を楽しむのであった。
先輩の予想を超えてくるウサトでした。
今回の更新は以上となります。