第四百八十九話
ご報告いたします。
今月3月25日より、コミカライズ版「治癒魔法の間違った使い方」第16巻が発売いたします!!
新たな舞台となる獣人の領域でのウサトたちの活躍にこうご期待をー!
そして、三日目三話目の更新となります。
前話を見ていない方はまずはそちらをー。
分かっていたけれど、強い。
最初の攻防を交わしただけだけど、シグルスさんの強さはローズやナギさんのような相手を圧倒する強さではなく、レオナさんや、ニルヴァルナ王国の戦士長のハイドさんのような技量と経験に重きを置いた強さだ。
そして、あの炎の魔法。
ただ浮いているだけだと思っていたら接近した僕を巻き込むように燃え上がったり、剣に纏わせたりと応用性が計り知れない。
極めつけは、僕が放った治癒爆裂弾を消し飛ばした剣。あれはまさしくアルクさんが使う炎の剣と同じ……いや、彼が扱う炎とはちょっと違う。
炎を纏わせていたはずの木剣が、燃えていない。
アルクさんが意識を集中してようやく繰り出せる炎剣をシグルスさんは木剣で且つ一瞬にして発動できるのは、それほどまでに炎の扱いに長けているということだ。
「さて」
炎を払ったシグルスさんが構えた木剣を下げる。
それに合わせて僕も構えを解く。
「軽く手合わせしましたが、互いがどれだけ動けるかはよく分かりましたね?」
「僕も炎への耐性は問題ないようです」
『耐性関係なしに対処してたわね』
即座にネアがそうツッコむと、フェルムも同意するように頷く。
『やっぱあれ残像とかそういう技じゃないだろ。治癒脱皮拳に変えろ』
「……」
治癒脱皮拳か。
ちょっと爬虫類感があるけど、いや、でも残像拳とやることは変わらないけど……うーん。
「アリ、ではあるな」
『フェルム!! この人、センス終わってるんだから余計なこと言わないの!!』
『本気にするとは思わないだろ!?』
誰がセンスが終わっているだ。
でもまあ実際、一瞬の炎なら治癒残像拳で受け、脱ぎ捨てることで対処することができる。
傍から見れば愉快な一人芝居をしている僕に、シグルスさんは微笑ましいものを見るようにする。
「ははは。では早速指導に入りましょう」
手合わせも有意義な時間ではあるけど、本来の目的は僕の訓練。
ローズに教えられた相手の意表を突く動きを自分のものにすることが、最終目標だ。
「ローズが教えようとしているのは、相手の意識の裏をかく戦い方ですね」
「はい。ですがこれが全然うまくいかなくて……」
「それは非常に難しいことですからね」
本当に感覚で覚えるって感じなんだよなぁ。
相手の意識していない不意を打つのって。
「先ほどの手合わせの最中にも、そのような動きをしている素振りが見えました」
「全然駄目でしたけどね……ははは」
そう、合間合間にフェイントをいれていたのだけど、シグルスさんは微塵も引っ掛からなかった。
むしろ、逆に僕の動きを制限することになってやりづらくなってたくらいだ。
「では、今度は速さを落としてもう一度手合わせしましょう」
「……はい」
「ウサト殿から攻撃してください」
シグルスさんに言われたとおりに、先ほどよりも遅く、流すような感覚で攻撃を仕掛ける。
踏み込みと共に拳をシグルスさん目掛けて放つ―――が、僕の目の前に炎を纏った木剣を構える彼がいて、僕は僅かに躊躇する。
「ここです」
気づけばシグルスさんの持つ剣とは逆手の左掌が僕へ向けられていた。
「実戦なら確実に貴方に防がれていましたが……なぜ貴方が躊躇したのか理解できましたか?」
「僕がアルクさんの剣を知っているから、ですか?」
僕の答えにシグルスさんがにっこりと微笑む。
「アルクに剣の指導をしたのは私です。そして、彼の剣の強さを貴方はよく知っている」
ローズの攻撃に反応できなかったときは、僕が散々殴られたせいで恐怖を刻みつけられていたから目を逸らせなかった。
今回は僕がアルクさんの炎の威力を知っているから、そっちに意識を持っていかれた。
理由は違えど、僕が意識を逸らせなかった理由は同じだ。
『なるほどねー。この技はやばい!! って思わせれば嫌でも注目しちゃうものね』
『問題はどうやってそう思わせるかだってことだろうが……まあ、そういうのはウサトは得意だろ』
それはもう悪口じゃないかフェルム?
でも、相手に危機感を抱かせる攻撃か。
「無理にローズのようなやり方をする必要はありません」
「え?」
「貴方には貴方の強みがある。それを生かすことは、この意識の裏をかく戦い方にも応用できるはずです」
僕の強み、か。
真っ先に思い浮かぶのは鍛えた筋肉と、今まで編み出してきた技だな。
「相手によって効果的な技を切り替えたり、編み出す……か」
例えとしては、正確かは分からないけど処方箋みたいだな。
患者によって薬の種類や量を変えるように、戦う相手に合わせて適切な技を繰り出す。
「少し、掴めた気がします」
「うむ。ではもう一度」
「今度はそれなりの速さでいかせてもらいます!!」
もう一度距離を取り、呼吸を整えてから構えを取る。
先に動いたのはシグルスさん。
掌の上に作り出した魔力弾を目の前に浮かせ、その手に持った木剣で軽く薙ぐと放射状に広がる炎を飛ばしてくる。
「っ、流石に対応してきますね!」
治癒滑りはあくまで点の攻撃に対応できる技なので、広範囲に及ぶ面の攻撃には無意味だ。
眼前に迫る炎に僕は、手刀にした左手を弾力を持たせた魔力で覆い―――力任せに振り下ろすようにして三日月状の魔力弾を飛ばす。
「治癒弾力拳!」
弾力脚と同じ弾力付与によるものなので当然切断力はない!
でも当然衝撃はあるので放射状の炎を両断するように散らし、シグルスさんへの道を開いてくれた。
それに合わせて彼へと向かって接近を試みる。
「そう来ますか!」
当然、シグルスさんも浮かばせた魔力弾から火の粉を飛ばしてくる。
僕が動いている状態ではタイミングを合わせるのが難しい治癒流しはまだ使えない。
なので、拳で叩き落しながら接近を試みながら―――、
「———!」
―――腰だめに構えた拳に魔力を集中!
踏み込みと共に3メートルほど先にいるシグルスさん目掛け、拳を突き出し魔力弾をさながら散弾のように放つ。
「ぬぅ!」
治癒魔法乱弾。
以前までは複数の魔力弾を同時に投げつけるだけの技で、技を出すまでの独特の溜めが必要だった。でも魔力回しによる効率化と系統劣化の魔力節約によって、より使いやすい技になった。
威力はほぼないが、衝撃波は当然あるのでシグルスさんは剣を薙ぎ払い、炎を壁のようにし魔力弾を防いだ。
「ここだ……!!」
炎の壁で視界を遮られたところを狙い、治癒コーティングに包まれた右腕を炎に突っ込みシグルスさんの胸倉を掴む。
「甘い!」
だが、それをシグルスさんが予想していないはずがない。
すぐに掴んだ手を逆に掴まれ炎で反撃を食らいそうになるが、こちらも数秒もあれば十分!
「治癒振動拳!!」
「っ!? な!?」
溢れようとした炎の魔力が一瞬で掻き消え、シグルスさんの表情が驚愕に染まる。
これは僕の魔力を流し込み、相手の魔法の発動を妨害する技。
無理やり作った隙に、片腕でシグルスさんを振り回すようにして放り投げる。
「ローズを思わせるな……!!」
彼が着地すると同時に再度接近。
いつもの拳を突き出す構えから、姿勢を低く且つレスリングや柔道のように緩く開いた右手を前に構えて掴みにかかる。
「掴み……!?」
どう見ても掴む気満々の僕にシグルスさんの表情が強張る。
シグルスさんなら、あからさまな構えをしている僕に最適な行動をとるはず!
「ここだァ!!」
手を伸ばした僕を迎撃しようとするところで、さらに強く踏み込み魔力を纏わせた右手と入れ替えるように左拳を突き出す。
左拳は無防備なシグルスさんの顎に吸い込まれ―――、
「駄目、でしたか」
拳を寸止めすると同時に、僕は脇腹に当てられた木剣を見る。
ほんの少しの差だったけれど、シグルスさんの方が速かったな……。
「いいえ、これでいいのです」
気落ちする僕にそう言ってくれたシグルスさんが脱力するように木剣を下ろす。
拳を下ろしながら、僕も心を落ち着かせる。
「反省点は分かりますね?」
「僕が左の拳を出すのが早かったことですね?」
「ええ。あと少し遅れていたら、今の攻撃は成功していたことでしょう」
ここらへんもタイミングがシビアだな。
見極めも必要なら、治癒感知の感覚だけで見た方がいいか?
いや、戦闘中にそこまで意識を割くのはあまりいいとは言えない。あくまで、自然と繰り出せるレベルの動きにしたい。
「しかし、魔力が乱されるなんて初めての経験です。今のは?」
「僕の治癒の魔力で相手の魔力回しに干渉する技です。シグルスさんは、目で見て分かる技なら大体対応してくるだろうと思って」
「なんと……」
でもこの技は、シグルスさんのような実力者相手では通じにくい技だ。
今回通じたのは初見だったってだけの理由に過ぎない。
「実のところ、貴方相手では初見でしか通用しない技でした。触れてから妨害まで数秒ほど必要ですから」
「ふむ……こちらからすれば触れれば魔力が乱されるという前提ができてしまったことから、対応せざるをえなくなった、ということですか?」
「はい」
重要なのはシグルスさんに振動拳が通じるかどうかじゃなく、僕自身がなにか掴むものがあったかということ。
「いやはや、貴方に投げられた瞬間……肝が冷えました」
「あはは……すみません」
あの短い隙の間で追加で攻撃することは無理そうだったので、普通に腕力に任せて投げてしまった。
苦笑いする僕に、シグルスさんは怒っているわけでもなく嬉しそうな反応をしてくれる。
「本当に師弟ですな。技もなにもかも違うのに、根底は正真正銘あやつの意思を受け継いでいる」
「そう言ってもらえて光栄です」
まあ、ローズの背中に追いつくのは全然遠そうだけど。
でも、逆を言えば僕はまだまだあの人から学ぶことができるってことだからな。
「今一度、先ほどの攻防の反省点を洗い出しましょうか」
「あ、それじゃあ見てくれていたウェルシーさん達の意見を聞きましょう」
「おお、それはいい考えですな。では早速———」
互いに頷いた僕とシグルスさんが、意気揚々と観戦してくれていたウェルシーさん達の方を見て……同時に固まる。
「魔力を乱す? 自分の魔力を送り込んで? 魔力回しに干渉するとしてもどのような感覚で?」
「他者へ送り込んだ自身の魔力の操作権はウサト様にあるのでしょうか? 調べねば、調べねば……」
「ウッ……ウゥ……へ、へへ、ちゃんと見えましたよ……慣れてくればこんなのへっちゃッ―――ウッ」
「リングル王国に来てよかった……でへへ……」
「最高ですね……リングル王国……」
地獄絵図とはこういうことを言うのか。
ウェルシーさんを筆頭とした人々全員がものすごい目で先ほどの一連の戦闘を記録しているし。
中には桶に顔を突っ込んでいる人もいる。
「シグルスさん……どうしましょう」
「ひとまず、もう一度ウサト様が技を繰り出せばいいのでは?」
「それ火に油を注ぐようなもののような気が……」
シグルスさんもしかして天然か……?
目の前の混沌とした状況を今一度見た僕は、とりあえず桶に顔を突っ込んでいる方に治癒魔法をかけに向かうのであった。
前傾姿勢のまま掴む気満々で突っ込んでくるウサトという恐怖。
今回の更新は以上となります。
ここまで読んでくださりありがとうございました。




