第四百八十話
2024年、最後の更新となります。
第四百八十話です。
ローズとの組手。
それも近距離での戦いに限定された真っ向からのステゴロ。
戦闘経験からして圧倒的に劣っている僕がローズと組手が成り立っているのは、あくまでこの人が僕を鍛えようとしてくれているからだ。
「ふんっ!!」
治癒魔法を込めた拳で殴り掛かる。
勢いをつけた大振りではなく、早さを重視したジャブに近い拳をローズは目視で避けながら、彼女も治癒魔法が込められた拳を繰り出してくる。
———治癒魔法を纏った拳!!
そう頭が認識すると同時にその一撃がフェイントであると判断し、ローズが引き絞った左拳に意識を向けた瞬間———、そのまま治癒魔法を纏った右拳が一直線に僕の額へ叩きこまれる。
「ぬごぉ!?」
「雑に判断すんなァ!!」
「ッ……はいッ」
バカか僕は!! 確かにその通りだ!!
ローズの拳をフェイントと決めつけて対応したんじゃこの組手の意味がない!!
改めて意識を集中させ、続けてローズに近接戦を仕掛ける。
「まだまだ!!」
僕を迎え撃つようにローズがカウンター気味の拳を放ち、それに対して僕が治癒流しで受け流そうと試みる。
「治癒流……ッ」
しかし、掌で受けて回した魔力で受け流すつもりが、バチッという音と共に構えた手が弾かれる。
「ッ!?」
治癒流しとは逆の魔力の回転で弾かれた……!?
前に弱点だって言われていたけれど、こうもあっさりと破ってくるのか……!!
掌を弾き、突き進んでくる拳を片腕で受け止め、後ろにのけぞって追い打ちのハイキックを躱しながら僕は笑う。
「それでこそ……!!」
実戦経験や技術で劣っていたとしても、僕だってそう簡単にやられるつもりはない。
だけど、それでも……!! 悔しいことに……いいや、嬉しいことに!! この人は今も尚、強くなっている!!
でも、その実力差に絶望するなんてことはない。
むしろ僕が目指し、超えるべき壁としてこれ以上にないくらいに最高すぎるからだ。
「治癒崩し!!」
治癒魔法の波動を近距離で放ち、少しでも意識を乱す!
そしてさらに治癒残像拳で拳を増やすフェイントを仕掛け———、
「!」
なにも纏わせていない左拳で最短最速の拳を放つ!!
「———狙いは悪くねぇ」
「なっ!?」
しかし、ローズはフェイントに一切惑わされずに突き出した拳を、ぱしっ、という軽い音で掌で掴んだ。
「だが、分かりやすすぎだ」
「っ!!」
すぐさま思考を切り替え、掴まれた逆の腕を防御に回———す前に、ローズが掴んだ手を強引に引き寄せ、強烈な肘打ちを僕の胸に叩き込んだ。
「ぐおっ……!!」
片腕を掴むことで封じ、力技で身体を引き込むことで防御する挙動すらも封じたところから繰り出された一撃は、面ではなく貫くような衝撃を僕に与えた。
後ろに大きく吹き飛ばされ、受け身を取れずに地面に叩きつけられながらも、なんとか膝をついた僕は自身の胸を押さえてなんとか呼吸をしようと試みる。
「かはっ……ッ、はぁ……!!」
その胸を撃ち抜かれたような衝撃が泥のように残って、まともに呼吸ができない。
治癒魔法で痛む部分を癒しても呼吸が荒くなって、膝をついてしまった僕をローズが見下ろす。
「治癒魔法で傷を癒し、痛みは耐えられたとしても、こういうのは中々に効くだろう?」
「……ッ」
「ついでにその部分の“慣れ”と”対策”もさせてやる」
……っ、体勢を崩された勢いで無理やりカウンターされたのか……!
狙いどころからして内臓に衝撃を通して呼吸を阻害したっぽいけれど、こんなこともできるのか。
「そういう動きもあるんですね……」
「殴り一辺倒じゃ芸がねぇぞ」
「ええ、今痛感してます」
確かに、僕は基本的に拳での攻撃が多いから、そのせいで見切られやすいってのもあるかもしれない。
さっきの攻撃については……受ければその衝撃と痛みは覚えられる。
普通の人から見ればとんでもない訓練だろうが、一度覚えてしまえば次は耐えられる。
「ふぅぅ……」
呼吸を整え、もう一度立ち上がった僕は再びローズと相対する。
彼女も僕が立つことを微塵も疑っていないのか、腕を組んだまま楽しそうに僕を睨みつけている。
「それじゃあ、もっと教えてくれるとありがたいですね……!!」
「ハッ、そんな威勢がどこまで続くのか見物だな」
「死んでも続きますよ」
だろうな、と呆れたように口にしたローズは拳を構え、僕ももう一度呼吸を整え拳を前に突き出す。
純粋な訓練としてもローズとの組手は学ぶものが多い。
未だに攻撃を受けた胸に痛みが走っているが、それでも僕は好戦的に笑いながらローズへと向かっていく。
●
「分かっていたけれど、僕には圧倒的に実戦経験が足りない」
戦いの駆け引き、というべきか……ローズとそれをするにはあまりにも僕は動きと考えが分かりやすすぎるし、治癒感知で動きを最速で察知しても簡単に破られてしまう。
こればかりはローズのいう通りに数をこなしていくしかないってことなんだろうな。
「少し遅れている間にどれだけとんでもないことになってんのよ……?」
ローズとの組手を終え、疲労困憊のまま訓練場の原っぱで寝転んでいる僕を見下ろしたネアは呆れたようにそう口にした。
今この場にいるのは僕とナギさんと遅れてこの場にやってきたネアの三人だけで、ローズは手合わせ後に王城の方に別件の用事があるということで今はこの場にはいない。
「カンナギも大変ね。こいつの訓練に付き合うことになって」
「ははは、全然嫌ではないよ。むしろウサトとローズさんの訓練を直に見れてとても楽しかった」
ネアの言葉に僕の傍に座っていたナギさんは苦笑してそう返す。
もう少し休憩したら次はナギさんとの手合わせだな。
「……ローズさんは優しいね」
「「え?」」
思わず僕とネアの声が重なる。
いや、優しくは……あるのか? それを微塵も表に出さないだけで、僕のことを気にかけてくれることはちゃんと分かっているけれども。
でも、この一連の訓練でボコボコにされる僕を見て優しいとは……?
「君自身が、その攻撃を経験してしまえばいくらでも備えられるでしょ? 初見の攻撃でウサトが窮地に陥らないようにしているんだなーって、私は今回の手合わせを見て思った」
「……まあ、一度受ければ我慢して耐えようとは考えますね」
確かに、そうだな。
ローズは僕が手痛い攻撃をもらって動けなくなるような状況にならないように、今のうちにその体験をさせてくれているってことか。
「一番いいのは攻撃に当たらないことなんでしょうけどねぇ……」
ネアのいう通り、それが理想ではある。
でも僕だって完璧じゃないし、攻撃を受けることだってある。
「そういえば、ウサト」
「ん?」
なにか思い出したような素振りをしたネアが僕に声をかけてくる。
「この訓練って同じ相手とずっと手合わせするってわけじゃないんでしょう? これからカンナギと手合わせするのはいいとして、他に相手は決まってるの?」
「相手、ねぇ。先輩は……」
「スズネはわざわざ聞かなくてもいいでしょ。嬉々として参加してくるわよ?」
それは確かに……。
それじゃあ、それ以外のメンツって考えると……シグルスさんはローズから約束を取り付けてくれるらしいから、僕からだとすれば……。
「カズキかな」
「あー、カズキねぇ。でも彼って今忙しいんじゃないの?」
「そうなんだよなぁ」
彼も王城でたくさんのことを勉強したりしているところだし、僕の訓練に付き合わせるのは申し訳ない。
でも変に遠慮して、カズキになにも聞かないのはもっと駄目だ。
「ひとまず聞いてみるよ。気を遣いすぎるのもよくないかなって思うし」
「……それもそうね」
カズキも息抜きに訓練とかするらしいから、もしかしたら思いっきり身体を動かしたい時があるかもしれない。
今日あたり城に行ってカズキにいつ会えるか聞いてみよう。
内心で予定を立てていると、僕の決定にナギさんが頷いた。
「うん。カズキもスズネに負けず劣らずの実力者だし、むしろ君が得意としない距離を置いた戦いもできるから、経験を積む相手としても申し分はない」
「カズキの魔力弾は僕でも捌ききるのは難しいですからね……」
僕は基本、技を用いることで距離を詰めて自分の戦い方をするけれど、カズキは距離に関わらず自分の戦いができる強みがある。
「一瞬だけ……カズキが無理そうだったらコーガを呼んでみようかなとは考えた」
「彼は今、魔王領なんじゃないの?」
ナギさんの疑問の声に頷く。
「あいつなら呼べば飛んでくるかなって……」
「微妙に否定しきれないのもアレね……」
「うーん……」
さすがにあいつも今は自分の部隊があるし、呼ばないけど。
というより、あいつを真面目にしようとしていた僕が逆のことをさせようとするのは酷すぎる。
「……ウサト、そろそろ大丈夫かな?」
「……え? ああ、大丈夫です」
身体の調子を確かめる。
ローズとの手合わせで疲れた体はもう大丈夫そうだな。
「それじゃあ、よろしくお願いします」
「うん、こちらこそ」
原っぱから立ち上がったナギさんが木剣を手に取る。
彼女と同様に立ち上がった僕はローズと組手をした時と同じ位置に移動する。
「強めにやるけれど、いいかな?」
相対したナギさんの言葉に頷く。
「ええ、遠慮なしで構いません」
「……うん。なにより君の成長のためだ。私も遠慮なく力を出していこう」
木剣を肩で担ぐように構えたナギさんの圧が増す。
ローズとは異なったソレに僕は今一度気を引き締めながら今日二度目の実力者との手合わせに臨む。
2024年も「治癒魔法の間違った使い方」を読んでくださりありがとうございました。
今年もあと少しで終わりとなりますが、どうぞ良いお年をお迎えください。




