第四百七十九話
お待たせしてしまい申し訳ありません。
今回は実質二話分です。
前半がミリア視点、後半からウサト視点ででお送りいたします。
私がリングル王国にお世話になってから三日が過ぎた。
お兄様と再会したり、救命団のものすごく濃い人たちと交流したり、彼らの訓練風景を見学させてもらったり、本当に色々なことがあった。
実家の屋敷での暮らしとは全然違う変化と刺激だらけの毎日に私自身、ついていけるか心のどこかで不安に思っていたけれど、そんな不安なんか抱いている暇なんてないくらいに楽しいと思えていた。
「はやくおきちゃったな……」
朝、カーテンの隙間から差し込む日の光で目が覚めてしまった私は、手で光を遮りながら身体を起こす。
寝ぼけたまま窓の外に視線を向けてみれば、まだ太陽が出始めたばかりの時間帯なのか、外はまだ少しだけ夜の面影があるように見える。
「うーん……」
二度寝でもしようかな? と少し思い悩んだ後に私はなんとなくベッドから降りることにした。
リングル王国の朝の景色を見ておくのも悪くないかな、と考えたからだ。
そうと決めたら外に出てもおかしくない程度に身だしなみを整えて、外へと繰り出す。
「やっぱり屋敷とは違うなぁ」
少し肌寒い程度の木々に囲まれた道を進んでいく。
深呼吸するように澄んだ空気を吸って、軽く吐いた私は昼間とは違った朝の景色を視界に映しながらほのぼのとそう呟く。
「……本当にいいところね、ここは」
あの訓練風景はものすごくおかしいけれど、環境自体はとてもいいところだと思う。
先日ベルと一緒にリングルの城下町の方を散策したが、街の人々も活気に溢れていて素晴らしかった。
「訓練がものすごいことを除けば……」
ルクヴィスでウサトさんがお兄様に施した訓練について本人から話を聞いた時、引いてしまうと同時に納得もした。
ミーナお姉様の魔法は強力なことに加えて、それを操る技術も相応に高い。
そんなミーナお姉様にお兄様が勝つなんて不可能に近いから、それだけの無茶が必要だった。
「それに……あんなに分かりにくい人、はじめてかも」
———ウサトさんは、考えていることが分かりやすい人ではあるけれど、なにをするかは分かりにくい人だ。
貴族という家にいる都合上、人の良し悪しを判断したり思考を読むことに秀でている自覚はある。
ウサトさんは誠実で義理堅い人という印象な一方で、時折とんでもない一面を見せたりする。
分かりにくいという点ではスズネさんも同じだけど、常識と非常識の切り替えの境目が分かりにくい点ではウサトさんの方が圧倒的に厄介だと思う。
『……ォォォオオ!!』
「……?」
今、なにかの雄たけびみたいなのが聞こえたような……?
確かに聞こえた人ではない声に、耳を傾けた私は声が聞こえた方に進んでみることにした。
救命団の近くだし、特に危険はないだろうけどなんなんだろう? 徐々に声も近くなっているし———、
『そうだ、もっと来いブルリン!!』
『グルァァァ!!』
『はいよいしょぉぉぉ!!』
……。
「えっ?」
人間が、クマを、放り投げて……いる。
突然視界に飛び込んで来た光景に我ながら初めて聞くくらいの呆然とした声が漏れてしまう。
『グルォォ!!』
『ふんっ! ……はぁぁ!! ……ぬぅん!!』
青いクマの体当たりを真正面から受け止め、横に放り投げてを繰り返す。
そのあまりの非現実的な光景に頭が真っ白になりながらも、正気を取り戻し慌てる。
「ひ、ひひひひ人がクマに襲われてるぅ!!?」
王国の中で!? なんで!? い、いけない! 誰かに助けを呼びにいかな……ん!?
待って、よく見るとあの人……?
「……え、ウサトさん?」
あろうことかクマの組み付きを真正面から受け止めているのは、ウサトさんだった。
そしてよく見ればクマの方も、先日紹介されたブルーグリズリーのブルリンと呼ばれるウサトさんの相棒の魔物。
「いやいやいや……どうしてブルーグリズリーと取っ組み合いを……? げ、幻覚? 知らないうちに幻を見せられて……?」
目を擦ってみても見える光景は変わらない。
そもそも、ブルーグリズリーは危険な魔物だ。
魔物としても格が高く、その対処に騎士団を派遣しなければならないほどに強い。
そんな魔物を相手に、どうして身体一つで受け止めているのだろうか、あの人。
しかもどうして楽しそうなんだろう。
『グルァァァァ!!』
『食って力がついたかァ! ブルリン!! ただ惰眠を貪っていたわけじゃないわけだなぁ!!』
ブルーグリズリー……ブルリンの二つの前足を両腕で受け止めていたウサトさんは、体勢を変えるように懐に潜り込むと同時に———あろうことかその巨体を背負うようにして、投げた。
『ぬぅん!!』
『グルァ!!』
多分、何十年とこの先を生きる人生で空中を舞うブルーグリズリーを見るのは、これが最初で最後だろう。
人生で一番の衝撃的な光景を目にし唖然とする私を他所に、空中を舞ったブルリンは危なげもなく地面に四つ足で着地すると同時に、またウサトさんへと襲い掛かる。
『グルァァァ!!』
『オラァ!!』
ウサトさんの蹴りとブルリンの前足が交差するように激突する。
彼らの一撃は拮抗し合い、弾かれるように互いに距離が空くも再度ブルリンからの攻撃が仕掛けられる。
『フッ……!!』
『グルゥ!?』
ウサトさんの両手が緑の光に覆われると同時に、その腕がブルリンの振るった前足に激突し———不自然な軌道を描くようにして攻撃が流される。
『———治癒流し』
「……え? は?」
先日のハルファさんとの模擬戦のように目にもとまらぬ戦い、というわけじゃない。
まだかろうじて目で追える速さだけれど、明らかにおかしい。
見た目は軽く受け流しているように見えるが、ウサトさんが受け流した前足が樹に叩きつけられ———抉り取るように木片が弾ける光景を見て、認識が歪まされる。
『力押しは通じないぞ!!』
『グルァッ!』
ウサトさんの挑発にブルリンが獰猛な唸り声を上げ、上から叩きつけるように前足を振るう。
その攻撃に対してさきほどと同じように受け流すように構えたけれど、すぐにその挙動をやめて振り下ろされる一撃を正面から受け止める。
『……ッ、上からの打撃……!! やるな!!』
いや、真正面から魔獣の振り下ろしを受け止めてるのは人としてどうなの?
両足とか地面にめりこんでいるし……!
『治癒残像拳!』
攻撃を受け止めた状態でどういうわけか二重に増えるように分身して動き始めるウサトさんと、構わず猛攻するブルリン。
……これは、もう魔法とか体術とかで済ませられるものなの?
もっとこう、得体のしれない技術を使っているようにしか見えなくなってきた。
『グラァ、ラァァ!!』
『……!』
もう色々と思考を放棄しかけていると、視線の先で城壁すらも破壊できそうなブルリンの突進が見える。
それを真正面から受け止め、地面を削りながらウサトさんが止めたところで、双方がようやく動きを止める。
『……グルァ!』
『そうだね。ここまでにしようか』
『グル……』
『うん。分かってるよ』
動きを止めたウサトさんが、唐突にこちらへ振り向く。
間違いなく、樹の影から様子を伺う私と視線を合わせた彼は申し訳なさそうに頭に手を置いた。
「……嘘、この距離で気づいた……?」
ブルリンの嗅覚……?
結構離れていたのに前触れもなくこちらに振り向いたウサトさんと視線が合ってしまったことに驚きながら、私は樹の影から彼の前へ歩み出る。
「ごめん。うるさかったかな?」
「い、いえ、偶然早起きして気分転換に歩いていたら……その、クマに襲われている貴方がいて……」
「あー……ははは、ごめん。勘違いさせちゃったね。ちょっとじゃれあってただけだよ」
「チョット……?」
「なあ、ブルリン」とウサトさんが明るく声をかけ、それに対してブルリンが前足で彼の脚を叩く。
ガッ、というどう見ても軽くど突いたじゃ済まない音に、思わずウサトさんの顔を見るがどういうわけか堪えた反応は一切ない。
……じゃれあうとは?
「えぇと、毎日こういうことを?」
「いや、たまにはブルリンと運動しようってことと、今日の訓練への準備運動ってところ」
「準備運動ってなんでしたっけ?」
横目で抉られた樹を見ながら呟く。
魔物と素手で激闘を繰り広げることが準備運動とは。
「ちなみに……今日はどのような訓練を?」
お兄様を含めた団員の皆さんの訓練は走ったり身体を鍛えたりというものだったが、今日から訓練解禁らしいウサトさんの訓練はどのようなものか。
興味本位でそう尋ねてみると彼は困ったような笑みを浮かべる。
「……まあ、色々と覚悟を決めなきゃいけないもの、だね」
「……?」
●
救命団に帰ってから三日、今日はローズが宣言した訓練の日。
その間はしっかりと休息をとるようにし、身体が鈍らない程度に軽く走ったり初心にかえって魔力回しを行ったりしていた。
内容的にボコボコにされるような目に合うのが確定しているようなものなので、その前に調子を取り戻すために久しぶりにブルリンとの訓練を行い準備運動自体は整っているが———、
「あれ? 今日はナギさんも参加ですか?」
いつもの林に囲まれているタイプの訓練場。
その場所に呼び出されたのは僕だけではなくもう一人、金髪の狐の獣人であるナギさんもいた。
僕と同じく救命団の訓練着を着た彼女は、僕の質問に答えてくれる。
「私はローズさんに来るように言われていてね。多分、ウサトの訓練の手伝いをするんだと思う」
「……なるほど。では、今日はよろしくお願いします。」
「うんうん、こちらこそよろしく」
ローズが呼ぶということは、それだけ大事なことなんだろう。
ナギさんは、僕以上に実戦を積んでいるし、戦いの技術も遥かに上だからな。
「ウサトはいきなりの訓練で大丈夫そう?」
「フッ、ご安心を。今日のために早朝にブルリンとの手合わせをして、準備運動はばっちり済ませています」
「あぁ! ブルリンとなら君も遠慮せずにできるもんね!」
気心知った相棒ということもあるが、いい意味でブルリンは遠慮がないからな。
多少本気で戦っても重い怪我も負うことはない。
この場にフェルムとネアがいれば、今のナギさんと同じ反応をしたに違いないぜ……!!
「集まっているようだな」
納得したナギさんに僕も自信満々に頷いていると、僕達のいる訓練場にローズがやってくる。
「おはようございます! 団長!!」
「おう」
朝の挨拶をした後に、僕はローズと相対する形で訓練場で向かい合う。
ナギさんは僕達から少し離れたところに移動し、まずはローズから今回の訓練の内容について説明があるようだ。
「今回の訓練についてだが、お前の中である程度の察しはついているか?」
「……当たっているかどうかは定かではありませんが……」
三日前団長室で受けた一撃を僕が無警戒に当てられたという謎はある。
その謎は一旦置いといて、考えられる可能性としては———、
「……フェイントに近いものですか?」
答え自体はすぐに出ていた。
問題は、僕がなんの反応もできずに無防備にそのフェイントに引っかかってしまったこと。
「間違ってはいねぇな。ただお前も、今更その程度のことをわざわざ教えるとは思ってねぇだろ」
「それはまあ……」
正解とは言わなかったが、全くの的外れってわけでもないのか。
フェイント自体はミアラークでレオナさんに見せてもらったし、そんな単純なものではないだろう。
「訓練をする前に、はっきりさせておくことがある。ウサト」
「……はい?」
「お前の強みはなんだ?」
突然の質問に僕は少しだけ首を捻る。
僕の強み……強み……負けず嫌い、は強みかどうか微妙だから……。
「……根じょいだぁ!?」
真面目に根性と答えたら額にデコピンを食らった。
久しぶりの脳天を揺るがす衝撃に踏みとどまっていると、ローズは呆れた表情を浮かべていた。
「バカが。誰が精神論を言えっつったよ。……カンナギ、お前が答えてみろ」
「えっ、私ですか?」
急に話を振られたナギさんは僕とローズの顔を交互に見てから、考え込むように腕を組む。
「ウサトの強みといったら、やっぱり治癒魔法と身体能力に……変な……たくさん技を持っていること、かなぁ?」
今、変な技って言いかけませんでした?
自覚しているし、そこまで言いかけるならもう変な技でいい気が……。
「正直、戦っている相手からしてウサトの戦いって異質なんだよね」
「異質……」
「初見だと確実に意表を突かれるし、戦い慣れていたとしても気づいたら知らない技が飛び出してくるからね。ましてや、君の情報だけ知って戦うとしたら確実に君のことを侮ると思う」
傍から聞いたら相手を回復してしまう魔法を拳に纏わせて殴っているようなものだからな。
ナギさんの考えは間違っていなかったようで、ローズはまた僕へと視線を戻す。
「ざっくりまとめんならお前の強みは対応力だ」
「対応力ですか?」
「自覚はねぇだろうが、お前は状況・相手に合わせて技を編み出している。……まあ、環境に順応する生来のモンもあるだろうがな」
確かに言われてみれば、ローズの言った通りだ。
これまでの窮地は、その場その場で技を編み出して切り抜けたことも少なくはなかった。
「それを可能にしているのが、お前自身の発想力と、魔力回しにより練り上げられた卓越した魔力操作にある」
「……」
え、こんなに直接的に褒められてるの初めてな気がする。
ど、どうしよう素直に喜んでいいのだろうか? い、いや、喜んだ瞬間にデコピンを撃ち込まれそうな気がするからやめておこう。
内心の嬉しさを顔に出さずに僕は疑問を口にする。
「でも、それがフェイントとなんの関係があるんですか?」
「それを説明する前に、お前が私の攻撃に反応できなかった理由を教えてやる。———構えろ」
「……ッ」
反射的に右腕を前に構え、治癒感知を発動させる。
同時、視線の先にいたローズの姿が消え、瞬時に僕の眼前で拳を繰り出してくる。
———緑の魔力が込められた拳!!
飽きるほどに食らった一撃に対する防御を固め———、
「ッ!?」
いや、僕はなにをバカ正直に見え見えのフェイントに引っかかってんだ!?
目の前の拳に気を取られ、我に返ると同時に治癒感知が捉えていた足払いが僕の足元を捉える。
「———っ!!」
まるでフェイントそのものから意識が無理に逸らせないような不自然な感覚に、地面に手を突きながら僕は混乱する。
「理解できたか?」
ローズの言葉に僕は立ち上がりながら、頷く。
「今のは、団長の攻撃に無理やり僕の意識を向けさせられた……ってことですか?」
「おう」
いや、「おう」って答えるのは簡単ですけど、その原理が分からないんですけれど?
一番肝心のことを説明されず微妙な顔になってしまっている僕に、ローズは拳を軽く掲げる。
「最初にお前をぶん殴った時、お前が治癒魔法が込められた右拳以外に意識を割けなかった理由は———」
「理由は……?」
ごくり、と生唾を飲み込む。
僕が無理やり意識を攻撃に集中させられるとんでもない技術だ。
どんな魔法じみたものが出てくるか……!!
「訓練の一環で私が山ほどお前を殴り飛ばしたからだ」
……は?
「え、僕を殴り飛ばした……から?」
「ああ。さんざん食らった一撃だ。骨の髄にまでこいつの恐怖は沁みついてんだろ?」
……。
……、……。
「はぁぁぁぁぁ!?」
「うるせぇ」
「理不尽!?」
足で小突かれ、地面を三回ほど転がってから起き上がり、理不尽と怒りに打ち震える。
視界の端に見えるナギさんも、ドン引きするように笑みを引きつらせているのも見えてしまった。
「じゃ、じゃあ技術とかじゃなく、シンプルに僕がビビッて隙を晒したから無警戒に食らっただけってことですか!?」
「だからそうだっつってんだろ」
「じゃあそれって僕が対処できないのあんたのせいじゃん!!」
思わず敬語が吹っ飛んでしまうくらいの理不尽!!
あんたの治癒魔法付きの凶悪な拳による地獄巡りの訓練が僕の心身に多大なトラウマとして刻み込まれているからじゃん!!
この三日間めっちゃ悩んだ時間なんだったんですか!?
「そんなのアリですか!? じゃあ、もう絶対防御するの無理じゃないですか!! だってトラウマになっているんですから!!」
「どうせ、何回か繰り返せば慣れるだろ」
「トラウマは更新されることをご存じでない!?」
僕の訴えにローズは面倒くさそうな素振りを見せる。
種はなんだと思ったら予想の十倍酷いものだったとか予想外すぎるわ!
「そもそもこいつは技術じゃねぇって言っただろうが」
……確かに、言っていたかもしれない。
一旦、心を落ち着けローズの続きの言葉に耳を傾ける。
「私はお前が意識を向けざるを得ない“治癒魔法を込めた拳”を囮にした。それは理解できてるな?」
「それは……はい。でも、それじゃあ僕以外に通じないんじゃ?」
「さっきカンナギに言わせたお前の強みをもう忘れたか?」
……僕の強みは治癒魔法と身体能力に、対応力。
「お前にとって無視できねぇ拳が、私の拳だってんなら……テメェがこれまで戦ってきた相手にとって、一番厄介な攻撃はなんだ?」
僕の治癒魔法を応用させた技。
癒す力はあれど、相手の意識を欺いたり乱したりすることのできる技の数々。
「つまり、相手が嫌だと思う技さえもブラフにしてしまうわけですか?」
ローズは治癒魔法を纏わせた拳だったけれど、僕はこれまで編み出してきた技を囮にすることができる。
僕の答えにローズはにやりといつもの獰猛な笑みを浮かべる。
「この一年、二度の戦場を生き抜き、実戦を積んだテメェなら手加減もこなせるだろうよ」
「……はい」
「相手によって技を編み出し対応するのはいい。だが、そこで止まるのは三流だ。やるんなら、その技すらも囮にしろって話だよ」
これは僕の戦い方に少なくない変化をもたらすとんでもないものだ。
既存の技でもいいし、相手に合わせて編み出した技を使って、警戒させてから囮につかってもいい。
なんなら、治癒魔法を纏わせた攻撃そのものを警戒させるってのもできる。
そしてこの一年間数多くの戦いを経験してある程度の手加減を身に着けている今なら……。
「治癒魔法だから攻撃されても癒される? 死ぬことはねぇ? テメェを相手にしてそんな甘っちょろいことを考えるバカに、こいつは普通以上に響く」
「うわぁ……」
ナギさんも理解できたのか、口元に手を当てて顔を青ざめさせている。
殴られる、と思い歯を食いしばって顔の痛みと衝撃に備えているところに、いきなり無警戒のお腹を殴られる……って感じか?
治癒残像拳でも似たようなことはしたことがあるけれど、こっちは本当に真正面から不意を打つ感覚っぽいな。
「まあ、こいつはあっさり身につくもんじゃねぇ」
「と、いいますと?」
少しだけ嫌な予感を抱きながら訪ねてみると、ローズは拳を軽く掲げる。
「数をこなせ。やることはこれまでとなんら変わらねぇ。ウサト、お前は今日から通常の訓練に加えて実戦を想定した模擬戦をやってもらう」
このフェイントは意識して出すものじゃなく、実戦を繰り返して身体で身に着けるものってことか。
というより、反射的に出せるようになるにはそれくらいの無茶が必要なことも理解していた。
以前の回避を身に着ける訓練の時を思い出すけれど、今回は多分それ以上に地獄になるだろうなぁ。
「相手はやはり団長、ですか?」
「私だけじゃねぇよ。そもそも、同じ相手とやってもただ動きに慣れるだけだろうが」
「いや、貴女の動きとか慣れるとかそういう次元じゃ———なんでもないです……」
嫌な予感を抱きすぐに謝る。
そもそも恐怖を植え付けられている時点でローズと模擬戦闘しているだけじゃ身につくもんも身につかないよな、うん……。
反省する僕に呆れたため息を零したローズは話を続ける。
「一定の技量があり、お前とやれる相手が望ましい。救命団に限定すりゃ私を除いて、カンナギとイヌカミの二人だな」
「ああ、だからナギさんがここに……」
ローズに比肩する実力を有するナギさんと、天才肌の先輩の二人。
戦うとすれば、むしろ僕の方が翻弄されるであろう相手だ。
「それ以外だとすりゃ、奴が適任だろうな」
「え、どなたですか?」
奴? 救命団以外と考えるとカズキかアルクさん? でもなんかローズの言い方からして違うような気がするな。
「シグルスだ」
「シ、シグルスさん!? 騎士団長の!?」
い、いや、確かにあの人はリングル王国の騎士団長を任されるほどで、カズキと先輩の剣の師匠にあたる人って聞いている。
実力的には十分以上だし、むしろこっちからお願いしたいくらいには強い人だ。
「でも、お忙しいのでは……?」
「戦争が終わった今なら、ある程度の時間が作れるだろうよ」
それにだ、とローズは言葉を続ける。
「奴もお前に恩を感じているだろうからな。むしろ喜んで協力するだろ」
「えぇ……」
どうしよう、あまり面と向かって深く話したことが少ないから魔王領にいたネロさんと話す時よりも緊張しそうな気がする。
「だが、まあ……今日のところは私とカンナギとだ」
そんなことを考えて勝手に緊張している僕を他所に、ローズが拳を鳴らす。
その素振りを見て、これから本格的な訓練が始まることを悟り、僕も意識を切り替える。
「まずは、テメェの身体に叩き込んで教えてやる」
「いつもと変わらないってことですね……ハイ」
まあ、どんな訓練でもやることは変わらない。
何度も何度もぶっ飛ばされながら、数をこなし、身に着ける。
それが救命団の、ローズの弟子である僕の———治癒魔法使いとしての訓練だ。
なんだかんだでこれまでやらなかったブルリンとの組手でした。
そして今回の技をシンプルにまとめると、変な治癒魔法でぶん殴ってきてた奴が、突然不意打ち気味に素の怪力でぶん殴ってくる感じです。
今回の更新は以上となります。




