第五十三話
中途半端な所で切るのもアレかと思ったので、三話ほど更新します。
僕達の手を引く先輩の脚は止まらずに一直線に学園の入り口近くにまで到着した。
きょろきょろと学園の周りを見渡すと、初めて会った時のようにハルファさんが気配を感じさせずに入り口から出てくるのが見えたので、僕達はすぐさま彼の居る入り口近くにまで歩み寄って話しかけた。
「昨日ぶりです、ハルファさん」
「おはようございますウサトさん。昨日は違う宿に泊まられたそうですが、大丈夫でしたか?」
「大丈夫でしたよ。……一応ですけど」
「?」
家主に罵倒を貰って、攻撃を加えられそうになりましたとか口が裂けても言えない。
笑顔を保ったまま首を傾げたハルファさんに苦笑いを返す。
「んー……まあ大丈夫な様で何よりです。それではイヌカミさんもお待ちかねなようなので早速案内しますよ」
幸い不審に思われなかったようで、そのまま後ろを向いて案内をはじめてくれるハルファさんに安堵しつつも彼の後ろをついていく。
昨日見た大広場を通るのは同じだけど、朝だからか昨日のように学生の姿は無く少し閑散としている。
僕たちの居た元の世界の学校のように決められた時間に授業とか入っているのかもしれない。
「授業か、どういう事を教えているのかなぁ」
「やっぱり魔法の使い方とか応用とかじゃないの?」
「それもありますがここは魔法以外にも武術・学問等の多岐に亘る分野を学ぶことができるんですよ。ここを卒業する者達には冒険者、騎士、学者といった人々もいるのでそういった分野を学ぶ機会が与えられているのです」
高校というより大学という感じか……。
自分がなりたい職業に合わせて学びたいものを学ぶ、元の世界と此処とで同じようなシステムなのはなんだか凄いな。
校舎の中を何気ない雑談をしながら数分程進んでいくと、この世界の文字が刻み付けられたプレートが張り付けられた木製の扉がいくつか並んでいる通路に出た。前を先に歩くハルファさんは、思案げな表情で扉の前を歩いていくと一つの扉を見つけこちらに振り向いた。
「ここにある部屋の中では、魔法の基礎課程における授業が行われていて、ここに魔法を学びに来た方々がまず初めに受ける授業がこれです。勿論、この私も受けました」
「魔法の基礎……俺と先輩はウェルシーさんから基礎を教えて貰ったからどういうものか興味あるな」
僕はどうやって覚えたんだっけか。ずっと走っていた覚えしかないな……確か、魔法を扱えるように訓練する時ローズに言われた言葉は「走りながら魔力を感じろ」だったかな。
今思うと、何で魔法が使えるようになったか自分でも意味が分からない。
「しかし残念ながら……目的の場所はここではなく、私が所属しているクラスの授業の見学なんです」
「ハルファの?」
「ええ、今日は丁度私のクラスで魔法での実技訓練があるので、皆さんにはその訓練を見学、または参加してくださればいいかなーと」
「私達が参加してもいいのかな?訓練の邪魔になるかもしれないよ?」
「他ならぬ学園長が許可したので大丈夫ですよ」
一樹と犬上先輩は参加してもいいけど、僕は無理だな。魔法の実技訓練ってどう考えても魔法での攻撃力を練習するものだからね。僕の治癒魔法じゃ、治す事は出来ても壊す事が出来ない。
物理攻撃がありなら、殴ったり蹴ったりできるけどそれは魔法じゃなくてただの暴力だし。
「ウサトさんは参加なさらないのですか?」
「僕は……ほら、治癒魔法だし。出ても意味がないですよ」
「そうですか……残念です」
何であからさまにシュンとする。見て分かる程に落ち込んでしまった彼にちょっと変な罪悪感を抱いてしまったじゃないか。
治癒魔法使いの僕に何を期待しているのだろうか……僕はアレですよ、走るか殴るか治す事しかできない魔法使いですから。
「君の実力を見せつける時が来たという事だな……ウサト君」
ここで犬上先輩が得意げにそんなことを言いだした。
相変わらず、僕に対しての言動がぶっとんでますね、ある意味安心しますよ。
「だから僕は先輩やカズキみたいな魔法は使えないんですって。できることといえば、パンチとかキックとか……」
「……そのパンチとキックが凶悪すぎると思うんだけどね……」
今、ボソッと先輩が何かを呟いたような気がしたけどよく聞き取れなかったな。
……いや、本当は聞こえてた。僕だって手加減くらいは知ってる。
でも、どう考えても僕の魔法ありきの技は物理攻撃と変わらないから、王道な魔法を使う人たちにはあまり見せたくはないんだ。
「む、ちょっと時間をかけすぎました。そろそろ進みましょうか」
名残惜しそうな笑みを浮かべたハルファさんはくるりと後ろを向いて通路の先へ歩き始める。
うーん、僕が魔法の実技訓練に参加しないと言った時、何故彼は残念そうな表情をしたのだろうか、僕なんかより勇者であるカズキや犬上先輩の訓練を見た方が良い筈なのに。
もしかして、僕を参加させたい理由がある……?
「深読みしすぎだな……」
僕を参加させる理由も価値も見つからないし。
「自意識過剰かな?」と小さく呟きながら苦笑した僕は前を歩くハルファさんの後ろをカズキと先輩と共についていく。
景色は小奇麗な通路から移り変わり外へ。
学校でいう昇降口のような場所から大きな広場へと移動した僕達はそこで、ようやくこの学園の『授業』を目撃することができた。
学園内にある広場で見た様な各々の魔法が自由に飛び交う光景ではなく、それぞれ定められた的に学園の生徒である魔法使い達が自らの魔法を放っていた。
『燃やしつくせ!!』
『はぁぁぁぁぁ……』
まず目に入った男の子はその手から火球を放ち、眼前の地面に打ち付けられた丸太程の大きさの白い的にぶつけ火花を散らし、隣で練習していた女の子は地面に手を置き地面から噴出させるようにつぶてを飛ばす。
昨日見た広場のように、自由な感じではない。気迫も何もかもが全然違う。
「~~~~っ!!」
「先輩、嬉しいのは分かりますが叩かないでください」
先輩とかもう大変だ。
何が大変とかもう言う必要が無い程に大変な事になっている。
高揚して声が出そうになっているのか僕の顔を見て何かを訴えかけながら肩をどついてくるのだ。正直、鬱陶しいことこの上ない。
「カズキ、この先輩をなんとかして……」
「ははは、無理だな。頑張ってくれ」
そんな楽しそうな笑顔で言わなくても……。
カズキからも見放され、ただひたすらに興奮冷めやらぬ先輩にどつかれていると、訓練している学園生たちを見渡せる場所にまで案内したハルファさんがこちらを振り向く。
「ここが私が所属するクラスです。といっても今日は下級生との合同訓練の日ですから、全員が私のクラスメートという訳じゃないんですよ?」
「下級生?……確かに、一回り小さい子もいるな……」
ホントだ、よく見れば二、三歳くらい離れている子達が上級生らしき人達の横で見学している。
「……ん?」
広場の端の方で見知った顔が魔法の訓練をしているのが見えた。あれは……キョウとキリハか?二人もハルファさんと同じクラスだったのか。
キリハは手甲を突き出し幾重にも撃ち出した風の刃で的を切り刻み、キョウの方は脚甲が装備された足を大きく蹴り上げる事でキリハとは違う形の大きな風の刃を作り出し的を斜めに切り裂いた。
「風か……」
かっこいいなぁ、と思いながら何気なく二人の方を見ていると、あちらにいるキョウも僕に気付いた。遠目には分からないが、驚いた彼は隣にいるキリハに声を掛け僕の方を指さしこちらへ向けさせる。
こちらを向いたキリハにとりあえず手を振っておくと、彼女は目を丸くして呆然としながら小さく手を振り返してくれた。
「彼等とお知り合いなんですか?」
キリハ達の方を向いていると、斜め前に居たハルファさんが驚いた声でそんなことを訊いてくる。あまり深読みされないように「知り合いです」と答えると彼は何故か感心するように僕を見た。
「キョウとキリハは滅多に人間と関わろうとしないので……正直、かなり驚いています。話しかけても邪険にされるだけですからねぇ」
学園ではそうなのか。……まあ、僕が首を突っ込んでいい話じゃない。
ふーん、と何ともなしにキリハ達の方を見ようとすると、何時の間にか落ち着きを取り戻した先輩が僕の肩を軽く叩いた。
「あの二人がアマコの友達?」
ハルファさんに聞かせない為の配慮なのか、囁くように言われたので、僕も声を潜ませ応対する。
「ええ」
「良い獣耳だ。後で紹介して」
「お断りします」
にっこりと笑みを浮かべ即答する。折角得た信頼を常にハイテンションの貴方に崩される訳にはいかない、非常に心が痛むが先輩にはもう少し辛抱して貰おう。
「何故だ!何故なんだウサト君ッ!」と肩を掴み揺さぶって来る先輩とそんなやり取りをしていると、僕達の居る場所に学生とは違った服装の女性が小走りで駆け寄って来た。
「ハルファ、連れて来てくれたか!」
長身でいかにも教師然とした女性。
ハルファさんは目の前にまで来た女性を紹介するように斜めに立って僕達の方を向いた。
「この方は僕達の先生――」
「カーラだ」
何か、ローズを思い出させる男らしい女性だな。いや……あの人ほど粗暴な感じはしないけど。
「グラディス学園長からは話は聞いている。リングル王国から良く来てくれた。今日は思う存分に見て行ってくれ、興味があるなら参加していってくれても構わない。魔王軍との戦いの最前線を往った君達ならば生徒たちにとって良い刺激になるかもしれないからな」
「刺激って、俺達はそんな……」
「此処に居るハルファと学園長の眼の良さは知っているつもりだ。それに君達の魔法の師匠もな」
サッと、師匠って言った後に僕の方を見るカーラさん。
うわぁ、この人ローズと知り合いっぽいぞ……、粗暴な感じはしないって思ったけど、絶対気が合うような関係だ。この人には良い顔しておこう、怒らせたらローズみたいにアイアンクローが飛んでくる可能性がある。
くっ、隣国に来てまで僕はローズという呪縛に縛り付けられなくちゃいけないのかッ……でもそんなに嫌じゃないのが悔しいッ。
「と、その前に生徒たちに紹介した方が良いか……」
内心悶絶している僕を余所に、背後へ振り返ったカーラさんは『集合ッ!!』と広場全体に聞こえる程の声を張り上げた。その声で運動場で練習している生徒達は彼女の前へ集まって来た。
見知らぬ僕達へ奇異の視線が向けられる。
「下級生との合同訓練だが、今日はリングル王国からやってきた三人の魔法使いが見学することになった。ここの生徒じゃないと思って甘く見るな、彼らはお前達よりも強く、そして実戦慣れしている」
ごくりと生徒達が緊張するが、その中で胡散臭いものを見るような視線がちらほら……というよりその視線の大多数が僕へ向けてのものだった。因みにキョウもそんな目で見ていると言っておこう。
実際、美男美女のカズキと先輩の中に僕というフツ男が入っていればだれでも不思議に思うのはしょうがない。むしろ強さも実戦慣れも二人の方が上なので、全然悲しくないもんね。
『……あ!あの白い人……昨日、キリハに殴られてた人だ……!』
ザワつく集団の中でそんな声が聞こえた。
昨日って何時の話をしている?昼間の方ならその言い方は悪意がある。案の定、『殴られてた』の意味をはき違えた複数の生徒により疑惑の視線が僕へ突き刺さる。
「昨日何かあったのか?」
「誤解があったんだよ……」
隣にいるカズキからの質問に額を抑えながら答える。
身から出た錆……というのだろうけど、あの状況じゃ誰かしらに見られてもしょうがないし、先輩やカズキに疑いの目がいかなかったことを良しとするか。
『その人達がわたし達よりも強いんなら、どんな魔法が使えるか実践してもらっても大丈夫ですよねー』
―――しかし、安堵したのも束の間。
下級生が並ぶ方からそんな声が聞こえてきた。幼く、高い声、それでもってどう捉えてもこちらを胡散臭そうな輩と見ているツインテールの少女が手を挙げ、カーラさんにそう物申した。
その少女を見たカーラさんは小さく舌打ちし、口元を押さえ――
「……小娘が」
僕にギリギリ聞こえるくらいの声で―――っておい教師。
今の声を聞いたらローズに似た悪寒を感じたんすけど。何だ……この突き刺さる疑惑の視線よりも僕の背筋を凍らせたドスのきいた声は。カーラさん凄く怖い。
いや、カーラさんの怖さは今はどうでもいいんだ。……いや、どうでもよくないけど……この状況は少々不味い、何が不味いかというよりこういう状況で真っ先に動きたい人が―――
「構わないよっ!いいよやろう!!どこに魔法をぶつければいいんだい!!」
「………はぁ……」
たきつけた少女よ、君は一つ間違いを犯した。それはファンタジーに並々ならぬ情熱を抱く勇者を合法的に訓練へ焚き付けてしまった事だ。
意気揚々と前に踏み出した先輩に、ニィと笑みを強めたカーラさんは声高に彼女を訓練へ参加させる許可を出したのを見て思わず額を押さえてしまうのだった。
訓練の内容は単純、魔法での攻撃に耐性のある白い丸太のような的に魔法での攻撃をぶつけるだけ。
それなら普通の魔法の訓練と違わないじゃないかと思ったが、この訓練は僕の思っていたものよりも少し違っていた。
「うーん、この木剣はちょっと使いにくいね……」
「魔法に耐えられる特別製だからな、扱いにくいのは我慢してくれ」
武器を用いての魔法。
徒手空拳でも剣でも手甲でもなんでもアリ。勿論、魔法での単体攻撃力だけでもいいのでかなり自由度が高い射的だと思えば結構分かりやすいのかもしれない。
よく思い出してみればここの生徒達も的は傷つける事はできれども、破壊するに至らなかった。それほど魔法に強く、頑強なものなのだろう。
訓練場に立てつけられた的の一つの前に立った先輩と、その後ろで今か今かと先輩の魔法が披露されるのを待っている学生達、その中にはハルファさんとキリハ達の姿もある。
そして学生達から少し離れたところで僕とカズキが居る。
「ねぇ、カズキ……」
「ん?」
「先輩、手加減……するかな……」
「……してくれるさ、俺達の先輩だったんだぜ」
目の前の光景から目を逸らしながら言わなければ安心していたところだよ。
「でも……先輩もやり方はどうあれ、ウサトをバカにされたのを許せなかったんだと思う」
「……先輩が……」
先輩が僕の為を思って出てくれるとは……ちょっと感動した。
木剣を持つその手をぐるぐると回して電撃を迸らせ、意気揚々と構える先輩を見る。
「いや、待て待て」
感動するのはいいとして、先輩が手加減無しに訓練をしていいとの答えにはなっていない。せめて、手加減を―――と声を掛けようとするも既に先輩は駆け出していた。
「シッ!」
軽い助走と共に的に向かって駆け出した彼女は一瞬で的の目と鼻の先にまで接近し、弓矢の如く引き絞った電撃を纏わせた木刀を勢いよく突き刺す。
雷と見間違うほどの素早い彼女の挙動に、見物していた生徒達は一体何が起こっているのか分からなかったようだが、先輩が木剣で的を貫通させたことでようやく彼女が攻撃を行ったことを理解する。
『……は?』
生徒の誰かが素っ頓狂な声を出すのも無理はない。
ローズとの訓練を終えた僕でさえ、ようやく捉えられる速さ。
「まだ終わりじゃないさ!!」
何を思ったのか、的に突き刺した木剣を手放し後ろへ飛び退がった先輩。手放した木剣には先輩が流したと思われる電撃の魔力がまだ滞留しており、先輩の手を離れても尚放電を放っている。
ある程度後ろへ退がった先輩は、木剣に開いた手を翳し得意げな表情を浮かべると―――
「おまけの一撃!」
決め台詞らしき言葉と共に開いた手を指鉄砲の形にして、指先から電撃を放ち木剣へ直撃させる。電撃が直撃した木剣は、爆発するかの如く目も眩むほどの放電を発した。
数秒ほどして眩んだ目が元に戻ると、先程までそこにあった的と特別製の木剣は消し炭へと変り果てていた……。
「………」
やり過ぎだよ!?
黙ってずっと見ていたけど、誰がここまでしろと言ったの!?というよりさっきの恐ろしい技何ですか!?あんなの人が食らったら跡形も残らないじゃないですか!
周りの生徒達も目の前の光景に声も出ないでいる中、当の先輩は周囲の困惑そっちのけで成し遂げたと言わんばかりに腕を組みうんうんと頷いている。
「流石はリングル王国の勇者、予想以上だ。……君達もどうだ?彼女に続いてうちの生徒の鼻っ柱をへし折ってみるか?」
静寂が支配する訓練場、その中で少しも驚いた様子も見せずに僕とカズキの方へ歩いてきたカーラさんは、僕達にそんなことを言ってきた。
「僕はそういう魔法を使いませんから……」
「この訓練は剣でも体術でも魔法が使われればなんでもありだ。普通は素手で的をぶっ壊そうとするやつなんぞいないが……な」
これ完全にばれちゃってますね。
でも僕の意思は固い、先輩の後とかどれだけハードル上がっている状態でやらなくちゃいけないんだ。絶対嫌だ……ここは僕の代わりにカズキに出て貰おう。
「い、いや、僕よりもカズキが行った方がいいですよ。僕の魔法より派手ですし」
「うーん、ウサトも色々な意味で派手だと思うけどなぁ。……まあ、ウサトが嫌だって言うなら代わりに俺が行くよ。俺もやってみたいって思っていた所だし」
押し付けたみたいでカズキに申し訳なくなってくるな……。
しかし、僕の魔法のどこをどうみたら派手というのか、爆発もしないし威力も無い地味なだけなのに。カズキの言う派手がどういう事を指しているのか疑問に思っていると、カズキがカーラさんに訓練に関する指示を言い渡されていた。
「よし、やるならイヌカミの隣の的を使え。イヌカミと同様に壊しても構わん、武器は使うか?」
「いえ、今回は魔法だけでお願いします」
先輩のように木剣を持たずに的へ歩いていくカズキ。
そんなカズキと入れ替わる形で犬上先輩が帰って来た。多くの生徒達の視線を集めて僕の隣にまで近づいた彼女は満足気な表情を浮かべていた。
「次はカズキ君か……ウサト君はやっぱり出ないのかな?」
「ハードルが高すぎますって、先輩は僕にあの的を撃ち砕いて欲しいんですか?」
「……フフ、出来なくはないだろう?あんなの森であったブルーグリズリーや魔族達と比べたら紙みたいなものさ」
そんな突拍子もない例を挙げられてもどんな反応していいか困りますって。第一僕は、ブルーグリズリーを撃ち砕いていないし、魔族は……フェルムを治癒パンチで殴り飛ばしてしまったものの同様に撃ち砕いてはいない。……いや、彼女の鎧は撃ち砕いちゃったかもしれないけど。
「……お」
的の前に立ったカズキが前触れも無しにピンポン玉くらいの大きさの魔力でできた光の玉を三つほど生成していた。
光系統の魔法―――強力且つ希少な魔法に先輩の時以上のざわつきを見せる生徒達だがカズキは光弾の操作に集中しているのか掌から視線を逸らさない。
「むむ、あれは見た事が無いな」
「魔法を遠隔で操作しようとしているのか……面白い発想だ。バカスカ撃ちたがるうちの生徒には良い手本になる」
カズキの扱う光球を見て感心するカーラさん。
僕としては魔力を遠隔で操作することが可能な事に驚いている。火とか雷のように存在するものとは違ってカズキの光とか僕の治癒魔法の光は自分から切り離したら霧散してしまうものだと思っていたけど……、僕も頑張れば飛ばせるかな?
治癒魔法弾ッみたいな感じで遠くに居る人を治せたら便利そうだ。
『行けッ』
その手を振るい光弾を的へ飛ばすカズキ。
飛ばされた光の球は未だにカズキの支配下にあるようで、ぎこちなさはあるものの確実に的の方へ飛び、その上方で停滞する。
『俺の魔法は危ないから……下へ!!』
上方へ停滞した光弾を見たカズキは掲げたその手を握り振り下ろすと同時に、三つの魔力弾がとてつもない速さで下方の的へ降り注いだ。
カズキの繰り出したこの技は、先輩のように派手ではなくむしろ地味とも思えた。でも先輩以上に危ない技という印象を僕に抱かせた。
何せ、的へ降り注いだ光弾は炸裂も爆発もせずに、的をくりぬくように地面へ突き刺さったのだから。
「どうやらカズキ君は黒騎士との戦いを経て自分の弱点を補う術を見つけたようだね……」
「………え、えぇ……」
何二人ともえげつない技を編み出しているんですか。
勇者二人による魔法―――それは先程まで疑いの目を向けていた彼らの目を覚ますのに十分だったらしく、皆一様に先輩とカズキに畏怖するような視線を向けている。
「言っていなかったが……この二人はリングル王国の勇者であり、魔王軍との戦いという修羅場をくぐりぬけた強者だ。……勿論、もう一人もな」
此処で僕を出す必要があったのか。
先輩とカズキへと集中していた視線が僕に集められた。
『どういう魔法を使うんだろう……』
『他の二人と違って弱そうなんだが……』
『パッとしないのに実はって感じ?』
なんとも酷い言われ様である。
僕だけ魔法を披露していないからというのもあるが、見た目だけでこんなにボコスカに言われるのはどうなのだろうか。幸いなのは、こちらに戻ってきたカズキにこの声が聴かれていない事である。
『あの、彼はどんな魔法を使っているんですか?』
とうとうそんな質問がカーラさんへ飛んで来た。
その質問に額を押さえたカーラさんは、僕を横目で見る。多分だけど……僕の魔法がこの生徒達に知らされた後の反応を分かっているからこその面倒臭げな表情なんだな……。
予想するに、面倒くさいのは生徒の反応であって僕の心配は全くしていない。だってローズの弟子って知っている時点でそれがどういう意味を持つかあの人は理解しているだろうから。
「はぁ……」
しょうがない。
先輩とカズキが自身の魔法を明かしたとなれば、残りの一人である僕が明かさないという選択肢はない。思わずため息が漏れてしまうが、どうせこの授業を見に来た時点で避けられない事態だったんだろう。
隠し通すのは無理だな……。
溜め息を吐いた僕は団服の襟を正し、一歩踏み出す。
「僕はリングル王国の救命団に所属する治癒魔法使いだ」
さあ、どんな反応が来る?
理不尽と罵倒の中で成長した僕に多少の嘲り程度は少しも傷つきはしないぞ。
次話もすぐさま更新致します。