第四百七十五話
お待たせしてしまい本当に申し訳ありません。
今回は四日に分けて四話ほど更新する予定です。
第四百七十五話です。
外もすっかり暗くなったころ、夕食を前に僕はブルリンのいる厩舎に足を運んでいた。
できれば戻ってすぐに会っておきたかったんだけれど、さすがにミリアとベルさんをいきなりブルリンと会わせるのは刺激が強いと考え、時間をズラすことにしたのだ。
「ブルリーン、起きてるかー?」
「グルァ!」
「おっ、ちゃんと起きてるなー」
ふとんのように積み上げられた干し草の上に横になっている青色のクマの前にしゃがみ、下顎を撫でる。
気持ちよさそうに目を細めるブルリンに僕も笑みを零しながら、あらかじめ持ってきていたバケツから、ブルリンのために用意していた果物を差し出す。
「ほら」
「グルゥ」
果物を頬張るように受け取り、そのまま咀嚼するブルリン。
相変わらずの相棒に安心した僕もその場に腰を下ろす。
「僕がいない間はちゃんと運動してたか?」
「グルァ!!」
「……本当かぁ? そういうわりにはまた肉がついたように見えるけどなぁ」
試しにブルリンの身体をつまんでみると、ぐにぃ、と柔らかい感触が返ってくる。
冬眠前のクマかよ、こいつさてはサボって惰眠を貪ってたなぁ?
「また一緒に走り込みだな」
「グゥ……」
「えぇー、じゃない」
見て分かるくらいに不満そうな鼻息を漏らしたブルリンの身体に背中を預ける。
……戻ってからようやく落ち着けてる気がするな。
油断するとそのまま眠ってしまいそうなので、続けてブルリンに話しかけよう。
「カームへリオでは大変だったよ。なんかもう色々とやることが多すぎたし、結局またシアを助けることができなかった」
一つ問題が解決するごとに、また別の問題と謎が出てきてしまう。
次に彼女といつ遭遇するか分からないし、その時に彼女がどうなっているのかも予想できない。
ネアがいつも考えてくれているように、僕も最悪の可能性を———、
「……」
「グルァ?」
「……ああ、ごめん。ボーっとしてた」
少し思い悩んでしまった。
憂鬱な気分を切り替えるべく、頬を軽く叩きながら僕は別の話題を口にする。
「そういえば、ブルリン。お前カームへリオでは馬になってたぞ。青い馬」
「……グルゥ?」
「ははは、そりゃ意味分からないよな」
かろうじて白いたてがみと青い毛並みが同じ分、ブルリンって分かるのが面白いんだよな。
……お土産としてあの人形を買っておくべきだったかな?
「……ん?」
宿舎から誰かがこっちにやってくるな?
先輩かな? と思ったが、彼女の場合僕になにかしらのドッキリを仕掛けようと気配を消して近づこうとしてくるので違うっぽいな。
誰かと思い厩舎の中から外を見ていると、覗き込むように身体を傾けたナギさんと視線が合う。
「あ、ウサト。やっぱりいた」
……。
「ヒナ?」
「うん、私だよ」
なんとなく普段のナギさんと雰囲気が違ってたし、なにより瞳の色が紫だからね。
僕の言葉にヒナが嬉しそうに微笑み、ブルリンに背を預けている僕の隣に腰掛ける。
「私も座るね。ブルリン」
「グルゥ」
「平気だってさ」
「グルァ!!」
べしっ、僕の背を前足で叩くブルリン。
これも最早慣れたじゃれつきだ。
……僕以外にやったら絶対だめだけれど。
「ヒナは、今はナギさんと入れ替わってるの?」
「うん。時々私が身体を動かすようにしてるんだ。ちゃんと今もカンナギの意識はあるよ? その証拠に———」
ヒナの紫の瞳が、青色へと変わる。
同時に雰囲気を凛としたものへと変え、ハッとした表情を浮かべたナギさんは、苦笑する。
「まあ、ずっと私が表に出ているのはアレだしね。時々はヒナも出て君に会いに行くから……まあ、よろしくね」
「僕が言うのもなんですけれど、ナギさんも中々に愉快ですよね」
「……え?」
「……なんでそんなショックを受けるんですか?」
その反応は僕にまで返ってきそうなんですけれど。
「あ、え、い、いや、別に君に愉快って言われたことに驚いたわけじゃなくて……その……うぅ……———おい、カンナギ、困ったからって私に代わるのはやめろ」
「そういう代わり方もあるんだな……」
あたふたとした後に、すんっ、って感じで冷静になるのは傍から見て本当に愉快なことになっていると思う。
また表に出てきたヒナが軽いため息を零す。
「まったく、カンナギも達観しているようで子供っぽいところがあるから」
「そうなの? ……いや、考えてみれば僕より一つ年上なだけなんだよな……ナギさん」
何百年前に生きていた人っていうところで、印象的にすごい年上って感じだったけれど、全然そんなことはなかった。
ナギさんだって先輩やウルルさんと同い年なんだ。
「魔王との戦いの前もすごく頼りになってたから、その印象も強くてあまり考えなかったな」
「あまり褒めないで。カンナギが調子に乗るから」
「いやいや、ナギさんは調子とか乗らないでしょ」
「ウサト達の前では猫を被ってるが、カンナギは浮かれやすい性格だよ」
そうなの? 常に一緒にいるヒナが言うのならそうなんだろうけど、あまりそういう印象はないな。
「まず、ウサトに慕われたくて大人っぽく振舞おうとしている節がある」
「え?」
「朝も実は弱いし、辛いものも酸っぱいものも苦手。でも食べることが好き」
「へ、へぇ……」
「でもデキるように見せたいから、隠してる。全然隠しきれてないのに」
これって僕が聞いていいのか?
なんだかものすごい勢いで彼女の身内? ……身内から恥ずかしいことを暴露されているのだけど。
それに、それを話している時、ヒナの左腕が彼女の意思とは別にものすごい荒ぶっているのも気になる。
あわあわしたり、震えたりせわしない。
「あの、ヒナ?」
「ん?」
「左手がすっごい暴れてるけれど」
傍から見るとすっごいシュールだし、なんならちょっと怖い。
ヒナは左手を右手で押さえながら、軽く笑みを浮かべる。
「ああ、羞恥心に耐えきれず私を止めようとしているだけだから」
「や、やめてあげたら?」
「大人ぶるカンナギが悪いからやめない」
ガビーン、と硬直する左手。
これ以上暴露されるのはナギさんもかわいそうなので、こちらから助け舟を出そう。
「ナギさんが完璧な人じゃないってことはちゃんと分かってるよ」
僕の言葉にヒナがこちらを見る。
僅かに瞳が青色へと変わっているところを見ると、中にいるナギさんも驚いているみたいだ。
それに気づきつつ、話を続ける。
「人並みにショックを受けたりするし、なにより今の……僕達が生きている時代を見て感動したり、楽しんでくれているからね」
完璧だったと思っていた人が実は大きな悩みを抱えていたり、誰よりも人間らしい側面を持っていることを僕はよく知っている。
元の世界にいた時の先輩やカズキが実際そうだったしな。
「それはヒナも同じだろう?」
「……うん。私も今、この場所にいれて幸せだよ」
ヒナだって何百年も暗闇の中にいたんだ。
不遇な生い立ちの彼女が笑ってここにいられることは、僕にとっても本当に喜ばしいことだ。
「グルァ~」
背にいるブルリンの欠伸が聞こえる。
果物を食べて眠くなっちゃったんだな。
これ以上ここにいてもブルリンの睡眠の邪魔になるだろうし、そろそろ宿舎に戻ろうか。
そう思い、もう一度ブルリンの頭を撫でてから立ち上がる。
「さて、ヒナ。そろそろ宿舎に戻ろうか」
「……私は、このまま喋っていてもいいのだけれど……」
名残惜しそうに見上げるヒナに、手を差し伸べる。
「これからミリアとベルさんを歓迎する食事会をやるんだ。アレクもはりきって料理を作っているだろうし、君も行こう」
「……そういうことなら、行く」
狐の獣人特有の耳を動かし、紫の瞳でこちらを見上げたヒナは僕が差し出した手を掴んで立ち上がる。
そのまま、僕達は皆が集まるであろう食堂がある宿舎へと足を進めるのであった。
どうしてもブルリンを登場させたかったので、ヒナとのエピソードに合わせて挟み込みました。
次回の更新は明日の18時を予定しております。




