第四百七十三話
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そして、お待たせいたしました。
第四百七十三話です。
オルガさんが結婚するという衝撃的すぎる知らせを聞いてしまった僕は、すぐにオルガさんの結婚相手を察した。
魔王軍との二度目の戦いの際に、他国から救援に来てくれた治癒魔法使いの一人、シャルンさん。
以前ウルルさんから、オルガさんとシャルンさんが文通をしていたということも聞いていたし、オルガさんと彼女が良い仲だということは別におかしいことではないことも理解していた……けれど。
「なんというか、早いですね。会ってから一年も経ってない気がしますけれど」
「そうなんだよねー。でもお兄ちゃんもお義姉ちゃんも波長があっているみたいでね」
イントネーションからして、これお姉ちゃんではなくお義姉ちゃんって言っているよなこれ……?
救命団へ続く道を上機嫌に歩くウルルさんに、続けて質問を投げかけてみる。
「シャルンさんはもう診療所に?」
「うん。二人が帰ってくる少し前に来てくれたの。その時はもう、お兄ちゃんがソワソワしててすごかった」
こんなに早く関係が進んでいるだなんて思いもしなかったけれど、喜ばしいことではある。
思いもしなかった祝事に嬉しく思っていると、僕の隣を歩いていた先輩がウルルさんに話しかけた。
「えぇと、ウルルはいつそれを知ったのかな? その人がリングル王国に来るってこと」
「スズネとウサト君がお祭りに行く少し前かな? そんなに関係が進んでいたんだって思いもしなかったから私もびっくりしちゃった」
話自体は文通で色々まとまっていたのかな?
僕達が知らなかったのも、タイミングが合わなかったからだろう。
その時を思い出したのか、苦笑いするウルルさんを見て、アマコが僕を見上げ話しかけてくる。
「街ではすっごい話題になってる。診療所はたくさんの人が利用しているから、オルガさんがいい人を迎えてめでたいって」
「さすがに大袈裟だとは思うんだけれどね……あはは」
アマコの言葉にウルルさんは苦笑する。
「でも、ウルルも無理して宿舎に移り住むことはないんじゃないか?」
「あれ? スズネは私が宿舎に住むのは反対?」
「いや? 調理当番が増えるしむしろ大歓迎だが???」
「ふふ、ならよかった」
即答する先輩に少しだけ不安そうにしたウルルさんだが笑顔を見せる。
「……調理当番か。こっちはアレクが主にやってくれているからな。僕達は皿洗いとか、食材を切ったり手伝ったりすることが多いね」
「彼は料理上手だよね。元料理人なんだっけ?」
先輩の疑問にウルルさんが答える。
「うん。前の仕事場で色々あって辞めたところに団長さんと遭遇したらしいよ」
「僕と同じように攫われた光景が容易に想像できますね……」
救命団に連れていかれて地獄の訓練を施され、死を覚悟するという点では多分、危険な肉食獣と遭遇した時とそう変わらないと思う。
「あはは……。まー、今住んでいる診療所の部屋の空きにも余裕があったし、私も変わらず住んでいてもよかったんだ」
「でも、宿舎に移動するんですよね?」
「うん。お兄ちゃんもお義姉ちゃんも私のことを迷惑になんて思わないこともよく分かってる。でも、二人を見て私も思うところがあってね……私もそろそろかなーって」
そろそろ?
ウルルさんの言葉に疑問に思う。
「私も兄離れしなきゃな……ってこと」
「兄離れ、ですか」
繰り返すように呟く僕に、こくりとウルルさんが頷く。
「お兄ちゃんには私がいないと駄目だなー……なんて別に思って……あ、ううん、普通に思っていたけれど」
「思ってはいたんだ……」
「だって結構ズボラだし、自分のことは後回しにする目が離せない兄だからねー」
目が離せない、か。
なぜか先輩とアマコがほぼ同時に僕を見て静かに頷いたことが気になったが、ウルルさんはずっとオルガさんのことが心配だったんだろうな。
「でも、なんだかんだで私もお兄ちゃんに甘えてたんだなってお義姉ちゃんといるお兄ちゃんを見て気づいた」
「だから宿舎に?」
「うん。あと、今までできなかったことをやってみようって思い立ったから」
ウルルさんがこちらを振り返り、僕を見る。
「ウサト君についていって魔王領を見に行った時、今まで知らなかったものをたくさん見れたんだ。その時に、あっ、私って自分が思っていたよりも狭い世界で生きてたんだなって知ったの」
「魔王領に行ったことも無駄ではなかったってことですね」
「うん!」
僕としても魔王領にウルルさんが一緒に来てくれてとても助かったし、なにより魔族の人々と打ち解けていくウルルさんを見て、安心もしていた。
「今度は自分の脚で歩いて色々なことに挑戦しようって決めて、その手始めとして救命団宿舎に移動することにしたってわけ!」
これまではオルガさんと一緒に診療所で働いていたウルルさんだが、これからのオルガさんにはシャルンさんがいてくれるから、ウルルさん自身も診療所の仕事以外の別のことに挑戦できるようになったわけだ。
「あと……ね。宿舎に移動した他の理由があるんだけれど……」
「ん?」
先ほどの明るさから一転して、影のある笑みを浮かべるウルルさん。
「ぶっちゃけると、気まずい。すっごい気まずい」
「え、えぇ……」
穏やかな様子から一転して、真顔になったウルルさんはそのままわなわなと震え始める。
「だって、私傍から見たら新婚夫婦の家に居座る妹だよ!? 二人っきりの時間も邪魔しちゃうし、それでお兄ちゃんたちに気遣われるのが一番心にきちゃうし……。というより、いやだよ!? 小姑みたいに居座る私のせいで二人の関係が悪くなったら!? そんなのもう耐えられないよ……!!」
「せ、切実だね……」
「考えすぎな気がするけれど……」
ちょっと切迫がかったウルルさんの言葉に先輩とアマコがちょっと引いている。
でもそれくらいウルルさんは、オルガさんとシャルンさんの関係を応援しているってことなんだろうな。
●
救命団宿舎に到着し、一旦ウルルさんの荷物を送り届けた後に、僕とアマコと先輩の三人でナギさんの元へ移動することにした。
時間的には夕暮れ近くになっていたが、彼女はまだ鍛錬を続けているようで、木々に囲まれた林の中で刀を振るっていた彼女はすぐに僕達に気づいて出迎えてくれた。
「ウサト、スズネ。おかえりなさい」
「ただいま帰りました。ナギさん、それにヒナもね」
刀を納めてこちらに歩み寄ってきたナギさんの両手が、彼女の意思とは別に動くように僕の手を取る。
それがナギさんのもう一つの人格、ヒナのものと理解しているので僕も手を軽く握り返す。
「勝手に身体を動かさないでって……はぁ、まあ仕方ないか。アマコも来てくれたんだね」
「うん。私もカームへリオでなにがあったか気になってたから」
ナギさんにはシアとミオのことを伝えておかないと。
きっと、彼女も気になっているだろうし、早めに情報を共有しておきたい。
「……カームへリオで騒ぎに巻き込まれたのは伝わっているけれど、他になにかあったみたいだね」
「ええ、ここで話しても大丈夫ですか?」
「うん。そこで座って話そう」
ナギさんが近くにある並んだ切り株に座るように促してくれる。
そこに4人で座ってから早速、シアについて判明したことを事細かに説明する。
「———シア・ガーミオは、ヒサゴ本人じゃない、か」
「それは確かだと思うよ。確認できる限り、彼女の人格は魔女と呼ばれたシアと呼ばれる者と、村娘だったミオの二つだ」
先輩の言葉に僕も頷く。
ナギさんも苦々しい表情のまま組んだ腕に力を籠める。
「私達と同じ……ようで違うんだろうね。融合といっても私とヒナは魂をくっつけたようなものだけれど、多分シアとミオは魂が混ざり合っているような状態にあるんだと思う」
「僕が戦った悪魔、エンヴァーがランザスさんと融合しているような状態でしょうか?」
「私はその悪魔を見ていないけれど、話を聞いてみた感じ近いとは思う」
村娘だった時に命を落としてしまったミオの魂を魔術で呼び戻し、自身の魂と融合させる形で正気を保たせた……というのがファルガ様と魔王の考えだったはず。
「結局のところシアという人物が何者か、ということを知らなくちゃならないんだろうね」
「そう、ですね」
「今、疑問に思うことがあるとすれば……最初に遭遇した時に彼女が私のことを知っているような言動をしていたこと」
あの時の会話はおぼろげにしか覚えていないけれど、よく考えれば不自然だよな。
ナギさんのその言葉にアマコもハッとした顔になる。
「あ、確かに何百年も前に生きていたカンナギのことを知っているなんておかしいね」
「な、なんだかその言い方だと私がすごい長生きみたいな感じに聞こえるけれど……まあ、そうだね。少なくとも私はシアのような奴と会ったことはない」
「それに関しては二つの推測ができる」
「スズネ?」
先輩が「まず一つ目の推測」とつぶやきながら人差し指を立てる。
「シア・ガーミオは勇者ヒサゴの記憶を有している。これはウサト君がシア……いや、後になって考えるとミオ本人から聞いた話だろう?」
「ええ、その通りです」
魔王に頼まれ、毒が蔓延する領域に足を踏み入れた時に遭遇したシアからその話を聞いた。
「単純にその記憶を読んでいたから君のことを知っていた」
「……それは、確かに。……それじゃあスズネ、もう一つの推測は?」
顎に手を当てて納得した素振りを見せたナギさんに、先輩はもう一つ指を立てる。
「こっちはもっと深く踏み込んだものになるけれど、シアという人物は先代勇者ヒサゴに近しい人物だった、という推測だ」
「……え?」
ナギさんにとって予想外な言葉だったのか、呆気にとられた声が漏れる。
「もし、亡くなった彼から記憶を抜き出したとしたら、今の時代までほとんどの足跡を後世に残していない彼の死に目に立ち会った……と考えられるからね。そんな立場にいれるとすれば、彼と少なくない親交がある可能性が高いんじゃないかな?」
「……どうしよう、すっごい複雑なんだけれど……?」
「ま、まあ、君からすれば複雑だろうね……」
突然、父親代わりだった人物に見知らぬ親族が現れたようなものだろうからな……。
ナギさんとしてはどんな反応していいか分からないよなぁ。
「うあー、あのオヤジなら身寄りのない子供とか助けても全然おかしくないのがな。……でも、それなら最初のあれは、敵意じゃなくて嫉妬? どっちにしろ複雑すぎるぅぅ……」
「それじゃあ、血の繋がらない義理の妹がいたかもしれないってこと」
「アマコ!? 話をもっとややこしくしないで!?」
涙目でツッコんだナギさんに、アマコはにこやかに微笑みながら続けて言葉を発した。
「節操なく妹を増やすのが好きだね。カンナギ」
「私を娘認定したのは君のお母さんだよ!」
そういえば、アマコの母親、カノコさんはナギさんを娘同然に受け入れたんだったな。
そう考えると、アマコもナギさんの義理の妹みたいになってしまうのか。
頭を抱えてもだえるナギさんに僕も苦笑いしながら、もう一つ伝えておきたい懸念について話しておこうと思った。
「ナギさん。彼女の人格が、シアとミオの二つだけとは限りません。僕の気にしすぎかもしれませんが、彼女には……まだなにかあると思うんです」
「君がそう感じるってことは、本当になにかあるんだろうね……」
はぁぁ、と大きなため息をついたナギさんが肩を落とす。
急いで話しておきたいことは大体話せたので、そろそろ救命団宿舎に戻る頃かな?
「訓練の時間も終わりそうですし、宿舎に戻りましょうか。僕も団長の方に報告に行きますし、なにより今日はナックの妹の歓迎会……みたいなこともありそうですから」
「え、ナックの妹? あの子の妹がここに来てるのかい?」
「ええ、しばらくそちらに泊まるらしいので、ナギさんもよろしくお願いしますね」
「あ、ああ、分かった」
立ち上がって、林に囲まれた訓練場から救命団宿舎へ続く道を進んでいく。
帰ってから色々とやらなきゃいけないことも多いが、ようやくローズに報告しに行けるな……。
シアはカンナギにとって面識のない義妹のようなものになってしまうのか、微妙に判断しづらいですね。
今回の更新は以上となります。




