第四百六十九話
お待たせいたしました。
第四百六十九話です。
怖い顔で怪力の怪物が僕だった。
傍から見たら僕の風評はそんな感じなんだと自覚はしているが、まさかナックの妹にもそんな風に認識されているとは思いもしなかった。
「とりあえず、もう一度自己紹介させてもらおう。私はイヌカミ・スズネ。リングル王国の勇者であり、今はナックが所属する組織、救命団の団員の一人なんだ」
「お兄様と同じところに……!? え、ゆ、勇者!? あの魔王と戦ったという!?」
今度は自分の身分を明かした先輩に驚くミリア。
どのような反応をされるのが怖いけど、僕もちゃんと話さなくちゃな。
「僕はリングル王国、救命団副団長のウサト・ケン。ルクヴィスで君のお兄さんであるナックを救命団に推薦した治癒魔法使いなんだ」
「え、そう、なのですか? あっ、そういえばお姉さまの文にもウサトさんの名前が書いてあったような気がします。ものすごい風に書かれていたので特殊な魔物の種族名かと思っていましたが……」
「『ぶふぅ!』」
今、噴き出した使い魔と魔族っ娘。
あとで治癒同調の実験台にしてやるから覚悟しておけ。
「やはり、そうでしたか」
「ベルさんはお気づきでしたか」
「お二人のご活躍は有名ですから。カームへリオの馬車に乗っておられたところを見るに、勇者集傑祭からご帰還なさるところでしょう?」
「ああ、その通りだ」
この人は僕と先輩のことは気づいていたようだ。
いや、僕はともかく、リングル王国の勇者である先輩のことをミリアが知らないことの方が疑問に思えるが……。
「ベルは知っていたのですか……?」
「申し訳ありません。旦那様から坊ちゃま……リングル王国に関係する話題に触れないように徹底されていましたから……」
「そうことでしたか。はぁ、まったく……」
貴族ってなんだか怖いな。
自分の子供であるはずのナックのことを、耳にいれるべきではない余計な情報として扱っていたのか。
重いため息をついたミリアは、こちらに改めて向き直る。
「ありがとうございます。ウサトさん」
「え?」
「お兄様を助けていただいて」
突然お礼の言葉を口にし、頭を下げてくる彼女にびっくりする。
正直「私のお兄様にどのような仕打ちを?」くらいには責められると思っていたので、逆に困惑してしまう。
「もしお兄様が酷い目にあっていたらどうしようと不安に思っていましたが……高名な治癒魔法使いである貴方が導いてくださったというならその心配もなくなりました」
「高名だなんてそんな……。訓練自体が大変なものだということは事実だし」
「あのままお兄様がルクヴィスにいても、幸せにはなりませんでしたから」
それは……そうだな。
あのままナックが僕達と出会わずにルクヴィスにいたら、完全に心を折られていたことだろう。
その可能性を改めて認識していると、ミリアが大きなため息をついた。
「でも、お姉さまときたら……」
「あー、もしかしたらだけど、君の言うお姉さまって……ミーナのことかな?」
「……はい」
先輩の質問にミリアが頷く。
ルクヴィスでは彼を虐げていた幼馴染。
本人は酷く反省しているらしいけれど、それを含めてもあの二人の関係性は複雑すぎて面倒くさいんだよなぁ。
「お聞きしたのはミーナお姉さまからでしたので」
「結構仲がいい感じ?」
「私にとっては実の姉のような存在でした。強気なところはありましたが、引っ込み思案な私にも色々と気を回してくださいましたから」
ちょっと意外な事実だな。
でも、ミリアとも仲がよかったと考えると、ナックとミーナの関係をどこまで知っているのだろうか?
「ご心配なく、私はルクヴィスでミーナお姉様がお兄様にした仕打ちを知っています」
「知って……いるんだ? それはミーナ本人から?」
「はい。他ならないミーナお姉さまからルクヴィスでのことはお聞きしました」
ちゃんと伝えたんだな。
この子に責められる覚悟もしていたのだろう。
あえて、僕はミーナについて深く切り込んでみる。
「君は……ミーナがナックにしたことについてどう思っているのかな?」
「もちろん許しません」
「「え」」
即答するミリアに僕も先輩もびっくりする。
「どのような理由があったとしてもミーナお姉さまがお兄様にしたことは許されないことです。いくら反省してようが後悔してようがどうでもいいです。私からは絶対に許すつもりはありません」
ミリアの膝に置かれた手が強く握りしめられる。
感情を抑え込むように声をおさえながら、彼女は続けて言葉を口にする。
「お兄様がどのような想いでルクヴィスに追い込まれたか、どのような想いで毎日を過ごしていたのか。私は……ミーナお姉様がお兄様を助けてくれると信じていたんです」
「……」
ナックとミーナの問題については僕達が勝手にどうこう言えるものじゃない。
でも、妹であるミリアからすれば信頼していたミーナに裏切られたような心境なんだろうな。
「ミーナお姉様からその旨を知らされた時は、頭に血が上ってお手紙に十枚ほどお説教をまとめて送りつけました」
「え、それでどんな返事が……?」
「私への謝罪がまとめられた文が戻ってきました」
あのミーナがこの子に必死に謝罪を?
手紙を交わすってところで友人関係に近い間柄なのだろうか?
「……私個人はミーナお姉さまのことを実の姉だと思っていました。ですが、それとこれとは話は別。私自身が、お姉さまに悪感情をぶつけることはありませんが、線引きはします」
「そこまでやるのかい?」
「それだけのことをしましたから。縁を切ることになることも視野にいれております」
……すごいなこの子。
意固地になっているわけでもないし、冷静にミーナとナックの問題についてよく考えている。
「……ですが、説教はすれど、私がミーナお姉様を責める資格はありません。あの家で、一人っきりになってしまったお兄様に私はなにもすることができなかったから……」
「君はまだ幼かっただろう? 仕方のないことじゃないか」
「それでも……なにもできなかったことは事実です」
ナックを取り囲む状況が酷くなった時、多分ミリアは十歳になっていなかったはずだ。
「そして、断じてあってはならないのが、私がミーナお姉さまと仲良くしているからお兄様が遠慮して、なあなあになってしまうことです。それは問題が解消したのではなく、見えなくなっただけです」
「……だからこその線引き、か」
……きっちり因縁は解消しなくちゃ先へは進めないって言いたいんだろうな。
ナックとミーナの問題は長引けば長引くほど、気まずくなるし引くに引けなくなるように思える。
「お兄様にミーナお姉さまが、反省して、素直に、ちゃんと、しっかりと、謝ってそしてお兄様がそれを受け入れた時、私も許します。それができなくても、私はその結果を受け入れます」
強い意志で言葉にしたミリア……だけど、その後に彼女は大きなため息をつく。
「……しっかりしているんだな、君は」
「そんなことはありません。結局私も、お兄様の支えになってあげられませんでしたから……」
『こんなこと言ってるけど、言動が十一歳じゃないな』
「精神的に大人にならざるをえない状況にいたからかしらね……」
そもそも子供であるミリアがナックの取り巻く環境をなんとかする方が難しいだろう。
この子自身も、ナックを見捨てた両親に囲まれて大変だっただろうし。
「申し訳ありません。話が長くなってしまって」
「いいや、聞けてよかったよ」
先輩の言葉に僕も頷く。
いつかは知らなきゃいけないことだったし、ここでナックの妹であるミリアと話せたのもなにかの縁だしね。
「ねえ、ウサト」
「ん?」
小声で肩にいるネアが話しかけてくる。
「この際、私とフェルムの正体を明かしちゃっていいんじゃない? リングル王国に戻ったらどちらにせよキーラとか会うことは避けられないし」
『……大丈夫なのか?』
「ナックの妹だし平気でしょ」
……ネアの言う通り、どちらにせよ会うことは避けられないな。
なにより、ナックと一緒に訓練しているのはキーラだし、今のうちに説明したほうがいい。
「先輩、いいですか?」
「うん。私も平気だと思うよ」
よし、先輩からの許可ももらったしミリアとベルさんに話すか。
「ミリア、ベルさん。これから僕の仲間を紹介します」
「え、でもここにはウサトさんとイヌカミさんしか……」
「きっと、驚くと思いますが……ネア、フェルム」
僕の声と同時に肩のネアがフクロウから黒髪赤目の団服姿に変わり、僕と同化していたフェルムが魔法を解除し、座っている僕の隣に現れる。
「ネアよ、よろしくね」
「フェルム。……あー、ボクは魔族だ」
「!!??」
「まあ……」
自己紹介をする二人にミリアは、なぜか僕を二度見して驚く。
ベルさんは、さすが侍女を任されるだけあって目を見開くだけで済んでいるようだ。
「なんでウサトさんから魔族の女性が? しかもかわいいフクロウさんも? え、それじゃあウサトさんも……」
「僕はこれが真の姿だよ」
「……も、申し訳ありません……」
フェルム、ネア なにがおかしい?
僕は今おかしなことを言ったかね?
「ネアはウサト君の使い魔で、フェルムは魔族。どちらも救命団員なんだ」
「リ、リングル王国は亜人をごく普通に受け入れている国で有名とは聞いておりましたが……あ、私も全然気にしてませんから! ベルも大丈夫だよね?」
笑顔のまま表情が固まる僕に、見かねた先輩がフォローしてくれる。
ミリアも驚きはすれど、すぐに我に返りながらベルさんへと声をかけると彼女もこくりと頷いた。
「はい。ウサト様のお噂はわたくしもよく耳にしておりました。もちろん、イヌカミ様のも」
ベルさんが噂を耳にしているのが怖いなぁ。
どんな噂なのかなぁ。
動揺していないってことは結構知っていそうではあるけど。
「……鷹ではないのですね」
「「……っ」」
ボソッと呟かれた言葉に僕と先輩に緊張が走る。
エンヴァー戦ですらついぞ抱くことのなかった戦慄。
先ほどフクロウ姿だったネアを鷹ではなかったと言うのは———僕が貴公子になって先輩が乙女になってブルリンが馬になった、あの小説のことを知っている者に限られる。
「救命団員ということは、皆様はお兄様と同じところにいらっしゃるということなんですねっ」
「っ、あ、ああ、その通りさ」
動揺しながらも先輩が返答する。
「それじゃあ、お兄様は救命団で普段どのようなことをしているかお聞きしたいです!」
「「「……」」」
ミリアの質問に、先輩、ネア、フェルムが一斉に息を呑む。
笑顔のまま固まった三人に首を傾げながら僕は、救命団にいるナックの日常風景を簡単に話すことにした。
「ナックは治癒魔法使いとして日々訓練をしているんだ」
「やっぱり治癒魔法を……!」
「ああ、僕の立場からいうのも変だけれど、治癒魔法を鍛えるなら救命団が最適だからね。ナックは診療所の手伝いをしたりして頑張っているよ」
「わぁぁ」
兄が頑張っていると聞いてミリアも嬉しそうにする。
「あとは走り込みや鍛錬を頑張っていたり」
「治癒魔法使いが走り込み……?」
「ん? ああ、救命団は体力づくりが大事だからね」
「……確かに、人を癒すことが役目ですもんね。それじゃあ体力も大事ってことですね」
「うん。最近入った新入りの子に触発されて、より一層訓練に励んでいるよ」
ナックもキーラも同年代だし、僕と強面共みたいに張り合って訓練できるのは実はかなりいいんだよね。
なにより「負けてたまるか!」って頑張れるのがいい。
「競い合うというより罵りあってたわよね」
「どっちも救命団色……いや、ウサト色に染まっちまったよな」
僕を感染源みたいに言うのはやめろ。
まだ僕と強面共みたいなことにはなってないだろ。
「……日も暮れてきたな」
なんだかんだで結構話していたみたいで、空が暗くなってきた。
「先輩。そろそろ夜営の準備をしそうなので、僕は護衛の騎士さんのところに移動します」
「気にしなくていいと思うんだけれどなぁ」
「こっちが気にするんです」
外を見ながら僕が先輩に話しかけていると、ミリアも反応する。
「え、ウサトさんは外で?」
「僕がいたら気まずいだろうからね」
男の僕がいたらミリアもベルさんも気が気じゃないだろう。
僕としては別に野宿でも全然平気だし、カームへリオの護衛の騎士さんとも色々と話が聞けて楽しいので全然問題ない。
申し訳なさそうにするミリアに、ネアとフェルムが僕を一瞥して口を開く。
「申し訳なく思う必要ないわよ。こいつどこでも眠れるから」
「その上、なにが近づいても速攻で起きるからな。心配するだけ無駄だぞ」
「まったく、ウサト君はしょうがないなぁもう」
君達はもっと僕の心配をしろ。
そして先輩はさりげない謎の幼馴染ムーブはやめてください。
そして、ちょうど馬車が止まると隣にいたフェルムが護衛の騎士さんに見られないように僕と同化する。
「それじゃあ、僕は外に行きます」
「また夕食の時にねー」
手を振ってくれる先輩に頷きながら僕は馬車を降りる。
外を見回せば護衛の騎士の皆さんが夜営の準備を進めている。
「……まさか、ナックの妹と会うなんてね」
『心配だったんだろ。少し前までリングル王国は魔王軍と戦争状態にあったわけだしな』
確かにそうだろうなぁ。
実の兄が戦いがあるところの近くに住んでいたらきっと不安で仕方ないかと思う。
「それじゃあ、ナックも妹と再会できそうでよかったな」
『……』
「ん? フェルム?」
なぜか無言になるフェルム。
『……いや、再会すること自体はいいんだけど、ナックの変わりようを見て倒れないかちょっと心配してる』
「そこまで変わってないから大丈夫でしょ」
『いや、ウサトと比べると誤差みたいなもんだけど。お前とローズは、キレたら人の顔してないじゃん』
とてつもなく失礼では?
しかし、ナックは僕視点でそこまで豹変しているわけじゃないから全然平気だと思うけど。
でも……まあ、そうだね、キーラと訓練している時のナックを見たら結構驚くかもしれないな。
リングル王国に行く時点でどうあってもショックを受けることが避けられないミリアでした。
今回の更新は以上となります。




