第四百六十七話
二日目、二話目の更新です。
前話を見ていない方はまずはそちらをお願いします。
宴があった翌日。
今日は僕達を含めた各国の勇者・従者たちがそれぞれの国に帰る日だ。
僕達はタイミング的に最後の方で帰ることになっているので、それまで見送りをすることになっている。
最初に帰るのはガルガ王国のリヴァルとフレミア王国のアウーラさん、カーフ王国のクロードさんだ。
『お前には色々と世話になっちまったな。いきなり意味不明に走らされたり、とんでもない目に合わされたりはしたり、試練では散々滅茶苦茶に付き合わされたりしたが……まあ、楽しくはあった』
『俺を勇者として認めてくれているあいつらのために、まずは自分を肯定することから始めてみるつもりだ。そして後は……俺は、俺だけの勇者の在り方を見つけていきたい』
このカームへリオで大きく成長したリヴァルが、僕にそう話してくれた。
きっと、今のリヴァルなら従者たちだけじゃなく、彼のいる国でも注目されるくらいの凄い勇者になってくれる、とそう予感させてくれた。
『国に戻り次第直談判して勇者を速攻でやめてきます』
『ご心配なく。今回の勇者集傑祭で我ながら情けない結果だったため、国でも勇者に相応しくないという声が大きくなっているらしいので』
『待っていてください。我が新天地、リングル王国……!!』
アウーラさんはもう……なんか意気込みがすごかった。
この様子なら普通に勇者をやめて、そのままの勢いでリングル王国にやってきそうではある。
『カーフ王国に立ち寄ることがあったら、うちに遊びに来な。お前さんならいつでも大歓迎だ』
『この祭りの間、楽しかったぜ。お前さんは見ていて飽きないし、なによりいい弟子だからな』
『……チッ、頷かなかったか。ハハッ、冗談だよ冗談。……』
僕には分かる。
クロードさんはまだ諦めていない。
笑顔だけど、目はマジだった。
でも、クロードさんの指導を受けられたことは僕にとってもいい経験になった。弟子入りは難しいけれど、いつか彼の道場にお邪魔させてもらうのもいいかもしれない。
ガルガ、フレミア、カーフの三王国の勇者と従者を乗せた三台の馬車を見送った次は、ミアラークのレオナさん達だが、その前に僕にはやるべきことがあった。
『カームへリオに滞在するのも今日で終わりだな。なんかすっごい長くいた気がするぞ』
「色々あったもんな……」
城内の通路を歩きながら同化しているフェルムの声にそう返す。
先輩とネアは先にレオナさんのところにいて、フェルムと同化した僕はレオナさん達とミアラークに同行するランザスさんとレインを迎えに行っているところだ。
『リングル王国は大騒ぎだな。特にあの王様とかびっくりしてそう』
「今回もロイド様に心配をかけてしまったな……」
しょうがない話だけれど、ロイド様にはあまり心配をかけたくないんだよな。
『リングル王国に戻ったらどうするんだ?』
「とりあえず、少しだけ休みたいかな」
体力的には既に回復したけれど、今回の一件はちょっと色々ありすぎた。
正直、色々と考えをまとめる時間が欲しい。
「まあ、訓練はするけど」
『それは休みとは言わないだろ』
自主的に訓練することと、必要に駆られて戦うのとでは全然違うからな。
好きで勉強するのと、テスト日ギリギリで必要に駆られてテスト勉強するくらいの違いがある。
……この例えはちょっと分かりにくいか。
「それに……」
今回の悪魔との戦いを考えると、今後も似たようなことが起きないとは限らない。
その度に行き当たりばったりに技を編み出して対処してもどこかしらで限界が来る……かもしれない。
なら、今度から僕が意識することは戦いの基本と実戦経験を磨くこと。
「……とにかく、当分はファルガ様と魔王からの連絡を待つだけだから、リングル王国に戻り次第、急いで別のところに向かう……ってことはないと思うよ」
『ここに来たのだって、魔王領から戻ってすぐだもんなー』
思い返してみれば我ながら結構ハードだったかもしれないな。
呆れた様子のフェルムに苦笑していると、ランザスさんとレインの待つ部屋に辿り着く。
護衛の騎士に挨拶をして、中に入れてもらう。
「ランザスさん、レイン。準備はできていますか?」
既に準備ができていたのか、入ってきた僕に気づいた二人は椅子から立ち上がる。
「ええ、同行してくださりありがとうございます」
「ウサトさん!」
この日まで限られた関係者以外に存在を隠されていたランザスさんは、正体を隠すための頭まですっぽりと覆うようなローブを着ており、レインも旅の服へと着替えていた。
「では、ミアラーク行きの馬車まで送りましょう」
「ええ、レイン。行きましょう」
「はいっ!」
ミルヴァ王国がランザスさんにした仕打ちを考えると、彼をこのまま国に帰すのはあまりにも危険。
なので、彼とレインはこれからミアラークでファルガ様に診てもらい、それからヒノモトで療養してもらうことになる。
「とりあえずミアラークに行くまでは顔は隠してください。レインもね」
「はいっ」
ミルヴァ王国に存在がバレると中々に厄介なことになるらしいからな。
大丈夫とは思うけれど、一応注意して僕達は部屋を出て通路を進む。
「ウサトさん」
「なんだい、レイン」
声をかけてくるレインに振り返る。
ランザスさんが元気になったことで、レインも明るさを取り戻したようだ。
「これから向かうかもしれない、獣人の国ってどういう場所なんですか?」
「あー、気になるよね」
レインとランザスさんからしてみれば閉鎖的な獣人族の里は未知すぎる場所だ。
でも、僕から獣人の国のことを多く話すのは、あまりいいことではない。
「あまり僕の口から多くは喋ることはできないけれど、いいところだよ。なにより空気が美味しいし療養するにはもってこいの場所だと思う」
そしてなにより、ミルヴァ王国は絶対にヒノモトに干渉することができないってのもいい。
「でも昨日、獣人の国にいる僕の友達に文を送ったから、もしかしたら断られるかもしれない。返事はミアラークに連絡が行くようにしてあるから、そこで確認してほしい」
「は、はい」
「その時は、魔王にお願いするから安心してくれ」
「安心とは?」
結構僕としても無茶なお願いをしているのは分かっているので、ハヤテさん……というかヒノモトの方針で断られてもおかしくないと思っている。
その時は僕が魔王に借りを作ればいいだけだ。
「ウサトさん……何から何まで、本当にすみません」
困惑するレインの隣でランザスさんが、静かにお礼を言ってくる。
その言葉に僕は首を横に振る。
「僕は救命団ですから、自分で助けた人の面倒は見ますよ。じゃなきゃ師匠にぶん殴られちゃいますからね」
「でも……」
「ランザスさん」
立ち止まった僕は、後ろへ振り返りランザスさんと視線を合わせる。
「これからの人生。貴方にとって初めてなことが沢山あると思います。なにせ、生まれてからずっと感じていた痛みのない毎日がこれから待っているんですから」
「え……」
「助けた人から謝られるなんて気まずいですよ。謝られるくらいなら、元気な姿を見せてください。僕もその方がずっと嬉しいですから」
戦争の時、助けられなかった騎士の人達や、僕の目の前で事切れてしまった人達のことを知っているからこそ思う。
誰かを助けた時、一番嬉しいことはお礼を言われた時じゃない。
助けられた人の元気な姿を見てようやく「この人を助けることができたんだ」と思うことができるんだ。
僕の言葉に目を丸くしたランザスさんは、不安げに見上げるレインの頭に優しく手を置いた後に顔をあげて微笑んだ。
「あぁ、そうだね。ありがとう、ウサト」
「ええ」
もうランザスさんの心は大丈夫だろう。
少なくともこれから先なにがあっても、彼にはレインがついている。
●
それから僕達はレオナさん達のいる馬車へと辿り着いた。
そこには先輩とネア、レオナさんとミルファさんを筆頭にした二人の従者、そして彼女達に急遽同行することになったリズ、エリシャ、ウルアさんの三人がいた。
「特に何事もなかったようだね。ウサト君」
「ええ、ちょっと安堵してます」
肩に飛び乗って、何も言わずに同化するネアを確認しつつ先輩の言葉に頷く。
いや、一息つく前にランザスさんとレインをこのまま人目のある場所に立たせるわけにはいかない。
「ミルファさん、この二人が乗る馬車はどれですか?」
「君のすぐ隣の馬車だよー」
「ありがとうございます」
近くで荷物の積み込みを行っているミルファさんに確認してから、ランザスさんとレインへと振り返る。
「二人とも、荷物は僕が積んでおきますから、人目につかないうちに馬車に」
僕の言葉に二人が頷く。
「ウサトさん、今日まで本当にありがとうございました。近いうちに文を送ります」
「僕も送りますから!!」
「ええ、楽しみにしていますね」
馬車に乗り込んだ二人を見送った後に、馬車の後ろに二人の荷物を積み込む。
馬車の扉を閉めたところで、既に荷物を積み終えたリズ達が僕達の元にやってくる。
「リズ……いや、ウルアさん、エリシャ。ヒノモトに文は送りましたが、返答はミアラークに送るように伝えているので、勢いで向かわせないようにしてください」
「うん。なにからなにまでありがとう。ウサト」
「その時は、縛っておくので大丈夫です!」
特にツッコミもなく頷くウルアさんとエリシャにガビーンと驚くリズ。
「ウサト? なんで今私を除外したの? ウサト?」
いや、待ちきれずに一人で湖を超えて単身で獣人の領域に突っ込みそうではあったから。
ジト目で僕を見るリズ、しかしここでなぜか先輩が突然悔しそうなうめき声を発する。
「ぐぬぬ、まさか先を越されて獣人の国に行くとは……」
「ふふん、どういう場所かほとんどよく分からないけど」
「獣人の国にリンカって子がいるけど、その子、私の妹だから」
「嘘を吹き込まないでください」
リンカは一人っ子でしょうが。
いや、普通にお姉ちゃん呼びを受け入れた珍しい例ではあるけれども。
「ウサト」
「うん?」
「獣人の国の次はリングル王国」
「うーん、一旦、自分の国に帰ろうね?」
なんか言い方が侵略っぽいのはなぜだろうか。
でも、自意識過剰でなければこんなに懐かれることになるとは思いもしなかった。
思い返してみても僕、別にこの子に何もしていないんだけどなぁ。
「私、諦めてないから」
「僕を従者にするのを?」
「それはついで」
「ついで……? え、本命は?」
勇者の従者にするのがついでなら本命は何……?
真面目に疑問に思う僕に笑みを零したリズは、エリシャとウルアさんに目配せする。
「ん、そろそろ行く時間みたい。先生、エリシャ」
「そのようだね」
「皆さん、お元気で!!」
別れの言葉を口にしながら三人が別の馬車へと乗り込む。
リズ、本当に不思議な子だったけれど、ある意味で自分の心に忠実な子だったなぁ。
性格とかは全然違うけれど、サマリアールのエヴァにちょっと似ていたかもしれない。
「ウサト、スズネ。間もなく出発する」
出発の準備を終えたレオナさんがそう伝えてくれる。
僕と先輩は改めてレオナさんの方を向く。
「帰りも気を付けてね」
「二人のこと、よろしくお願いします」
「ああ。二人のことは私が責任を持ってミアラークまで送ろう」
レオナさんがこう言ってくれるなら安心だな。
改めてレオナさんと別れの言葉を交わした後、彼女たちが乗る馬車を見送る。
「さて、私達もリングル王国に帰ろうか!」
「ですね」
そして、最後は僕達の番だ。
ミアラーク行きの馬車が完全に見えなくなったところで、僕達は自分達をリングル王国にまで送り届けてくれる馬車まで移動する。
勇者を乗せていた馬車がほとんどなくなり、寂しくなった広間に僕達を乗せる馬車が用意されている。
「荷物はもう積んでいるんですよね?」
「うん。あとは私達が乗ればいつでも出発準備完了って感じだね」
……なんだかんだで何週間も滞在していたし、長いお祭りだったなぁ、勇者集傑祭。
でも他の国の勇者や従者の皆との縁ができたし、悪魔関係抜きにして楽しい催しだった。
「おや?」
「? どうしました?」
先輩の驚いた声に前を見ると、見えてきた馬車の近くに見知った赤色の髪の女性、ナイアさんが待っていることに気づく。
「ナイア、見送りにきてくれたのかい?」
馬車の傍で僕達を迎えてくれたナイアさんはにっこりと微笑む。
「はい。皆さんにはとても助けられましたので」
「助けられたのは私達もなんだから、気にしなくてもいいのに」
「では、純粋に友人を見送りにきました」
「うーん、それならなにも言えないねー」
やや茶目っ気のあるナイアさんの返しに、先輩もしてやられたと苦笑する。
しかし、すぐになにかを思い出したのかナイアさんが表情を硬くする。
「……あの、今更気になってしまったのですが、私のような立場から友人と言われるとやっぱりご迷惑とか……」
迷惑?
あー、立場が上の王女様に友人とされて僕たちが迷惑と思ってないか、か。
彼女の不安に僕と先輩は特に気にした様子もなく答える。
「いや? そんなことないよ? 私もリングル王国のお姫様と友達だし」
「ええ、僕も同じですよ」
『どこが同じだ』
『こいつの交友関係控え目に言ってぶっ壊れているから、今更王女くらいじゃ全然怖気づかないわよ』
こいつら、いつものひそひそ声じゃなくてナイアさんにも聞こえるように言ったぞ。
事実だから否定できないけれど……!!
「ふふ」
何も言えない僕を見て、ナイアさんがおかしそうに笑ってくれる。
まあ、僕がオチにされることで場の空気を和ませたなら、それでいいか。
「あまり、長く引き留めるわけにはいきませんね。心苦しいですが、そろそろお別れとしましょう」
そこで一旦言葉を切り、口を開いた。
「スズネさん、ウサトさん、ネアさん、フェルムさん。今日までこの場所を守ってくれてありがとうございます。また、会える日を楽しみにしております」
「こちらこそありがとうございました。なにかあればいつでも頼ってください」
「また会える日を楽しみにしているよ」
別れの言葉を交わし、名残惜しく思いながら僕達は馬車へと乗り込む。
扉を閉めて、少しすると馬車が進みだし都市の外へとゆっくりと進んでいく。
「色々あったけれど、お祭りは楽しかったね」
「お前とウサトはものすごく楽しんでいたよな」
同化を解除したフェルムとネアが馬車の席に座りながら、胡乱な視線を向けてくる。
その視線に先輩は否定することなく、うんうん、と頷く。
「フェルムも美味しいものいっぱい食べられてよかったね!」
「だからボクを食いしん坊みたいに言うな! なんでそう思われてんだボクは!!」
「そりゃあ、美味しそうにご飯を食べる姿がかわいいからさ!!」
「かわいいって言うな!」
顔を赤くさせながら否定するフェルムにほっこりする先輩。
そんなやり取りをする二人を見て、僕はふと昨日のことを思い出す。
「そういえば、先輩」
「んー? なにかな?」
「昨日、ナイアさんと話していましたよね? あれって結局なんの話だったんですか?」
祝宴の際にナイアさんと話があるといっていたし。
世間話かもしれないけれど、なんというかあの時の先輩からは真面目な雰囲気を感じ取った。
僕の質問に先輩は「あー」と悩まし気な声を漏らす。
「ちょうど話そうと思っていたんだ。皆も聞いてくれ」
なにか大事な話なのかな?
ネアとフェルムも外の景色から先輩の話へと意識を切り替える。
「ナイアと、ちょっとした認識のすり合わせをしていたんだ」
「すり合わせ……?」
「うん。ナイアが悪魔の存在に気づいた事件があったよね」
「え、ええ、謎の意識不明事件ですよね」
カームへリオに悪魔の魔の手が迫っていると最初に気づいた時のことだよな。
その時のことで先輩がなにか気になることでもあったのだろうか?
「ウサト君が魔王とファルガ様と話していた時、ちょっと引っ掛かりを覚えたんだ」
「引っ掛かり?」
「ナイアに悪魔の魔力で影響を及ぼしていたのは、恐らくエンヴァー本人だろう。でも思い返してみれば、そんなエンヴァーがわざわざ表立ってそんな行動に出るかなーって」
こちらへの挑発のために無関係の人間を襲っていた、とか?
そんな危険を冒して自分の正体を知らしめるような、人間を舐めた奴……いや、そんな奴ではあったけれど……。
考える僕の隣で、一緒に思考していたネアが口を開いた。
「……その時点で憑りついていたランザスから離れて、一般人を襲う意味がないから、かしら?」
「そう、ネア。そうなんだよ」
その時点ではカームへリオにランザスさんは到着していない。
単純にその時は別行動をしていたって可能性もあるけれど、そうじゃなかったとしたら?
「もちろん、この話があくまで可能性の域を出ないし、元から悪魔とは関係ない話ってこともありえることはナイアに話している」
しかしだ、と言葉を続けた先輩が人差し指を立てる。
「もし、ここで最初に起こっていた事件が、エンヴァーにより引き起こされたものではなかったとしたら―――いったい、誰が人知れずカームへリオの人々を気絶させていたのか?」
既に終わった事件の裏で、また不可思議なことが起こっているかもしれない。
その事実に僕はなぜか薄ら寒いなにかを感じずにはいられなかった。
今回で第十七章は終わりとなります。
閑話、登場人物紹介の後に第十八章へと移りたいと思います。
今回の更新は以上となります。




