第四百六十六話
お待たせいしてしまい申し訳ありません。
第四百六十六話です。
シアの正体は村のはずれに住んでいた魔女と呼ばれていた女性で、僕達がシアと思っていた人格は数か月前の嵐で亡くなった村娘、ミオであった。
正直、ややこしくて訳が分からなくなってくるけれど、彼女が抱える問題は僕達が想像していた以上に難しく、それでいて厄介なものだということは理解できた。
今の段階ではシアのことをこれ以上知ることは難しいと判断したファルガ様と魔王は、彼女の件を一旦自分たちに任せ、僕達は目の前のことに集中するように、と言い渡した。
「……お祭りの終わりか」
日も暮れて、カームへリオの街並みに明かりが灯された頃、僕は団服に袖を通して出掛ける準備をしていた。
シアの正体が判明してから三日。
その間にようやく都市が落ち着きを見せ、僕達も十分に休息を取ることができた。
そのままそれぞれの国の勇者と従者たちが帰国……というところで、ラムダ王から僕達の元に急ぎの通達が届いた。
『勇者集傑祭自体は不完全な幕切れとはなってしまったが、このままなにもなく活躍した勇者・従者たちを帰らせるのはあまりにも失礼だ。諸君らへの感謝の気持ちとして、ささやかながら宴の席を設けさせていただきたい』
今回のパーティは前回の貴族の方々はおらず、王族関係者と勇者・従者の面々だけで行われるとのこと。
僕達としても、このまま今日まで関わってきた勇者の皆に何も言わずに別れるのもな、という気持ちもあったので、快く参加することに決めた。
「……よし、行くか」
服装におかしいところがないか確認し、いざ自室から出ようとしたところで不意に窓のある方向からコンコンと何かを叩く音が聞こえる。
「ん?」と思いそちらを見ると、カバンのようなものを背負った青いハト、フーバードが窓の外からこちらを覗き込んでいる。
「お、来たのか」
獣人族の族長、ハヤテさんと僕とで個人的な使い魔契約を結んでいるフーバード。
すぐさま窓を開けると、ばさり、と羽ばたいて僕の腕に留まってくれるので、そのまま治癒魔法をかけて癒してあげる。
「ごめんね。急いで来てもらっちゃって」
「クァー」
なんだかんだでハヤテさんとリンカとも連絡は取っているし、手紙を送るのも慣れたものだ。
あらかじめしたためていた手紙を机の上から取り出し、フーバードの背中の小さなカバンに入れる。
「これでオッケー。大丈夫重くない?」
「クァ、クァー」
むん、と自信気な顔になったフーバードは、ぴょん、と腕から僕の肩に飛び乗る。
翼で柔らかく頬を撫でてくるフーバードに、相変わらず人懐っこいなぁ、とくすぐったく思いながら窓際へ近づく。
「それじゃ、ハヤテさんによろしくな」
「クァー!!」
僕の肩から飛び立ち、元気よく羽ばたくフーバードを見送る。
姿が見えなくなるくらいにまで見届けた後に、僕も窓から離れて部屋を出る。
「ウサト、遅いわよー」
「遅いぞー」
部屋を出るなりリビングでくつろいでいたネアとフェルムに生意気を言われてしまう。
そんな二人に一緒で待っていた先輩は苦笑いしているが、待たせてしまった手前悪いとは思っているので素直に謝る。
「ごめん。待たせた。皆はもう準備はできているの?」
「ええ、いつでも行ける……ん? ウサト」
「ネア? どうした?」
こちらを見て一瞬固まったネアが、ジト目のまま立ち上がりこちらへ近づいてくる。
なぜか睨まれて困惑していると、こちらに伸ばされたネアの手が僕の肩にある何かを掴み取った。
「ウサト、なによこれ」
「え?」
ネアの指に摘ままれていたのは、青い羽根。
先ほどフーバードに翼で撫でられた時に団服についてしまったものだな。
「どこの鳥の羽根よ……!!」
「フーバードだけど」
「また私の肩に留まらせたわね!?」
「前にも言ったけど、いつから君のになったの……?」
止まり木か僕は。
しかも、今のネアはフクロウの姿ではなく黒髪赤目の少女の姿なので非常にややこしいことになっている。
羽根を握りしめたネアは窓の外を睨みつけながらわなわなと震えはじめる。
「またあの泥棒鳥……!! これは私に対しての宣戦布告と言ってもいいわね……!!」
「傍から見ると、フーバードに嫉妬してるやべーやつだぞ、お前」
「フェルム、これは私と奴との戦争よ」
「何言ってんだこいつ」
あの子が絡むとなぜかちょっと変な独占欲を見せるネアに普通に引くフェルム。
独占欲の方向先が僕の肩なのがちょっと微妙な気持ちになるけど。
「え、ウサト君。その羽根ってフーバードだよね?」
「あ、はい。……あれ? 先輩、言ってませんでしたっけ? 僕がハヤテさんと個人的に契約しているフーバードのこと」
そう聞いてみると、先輩は首を横に振る。
「初耳だよ? ……ねえ、ウサト君。まだ私に話していないことがあったら、今度話してくれないかな? 機会は必ず設けるから……!!」
「なんでそんな切実なんですか?」
「君から不意に明かされる情報でこっちの情緒がめちゃくちゃになるからだよぅ!」
笑顔、ではあるが笑みが引き攣っているし声も震えている。
特に先輩に隠していることはないので、話すといっても……。
「……えーっと」
「嫌なの!?」
「いえ、どれから話せばいいか」
「数えきれないくらいあるのぉ!?」
「噓です」
「なんだ嘘か……え、どの部分が嘘……? ウサト君……?」
本当に隠しごとなんてないので、なにも言うことはない。
なんか深読みして震えだした先輩に慌てて弁明した後に、ようやく僕達は部屋を出るのであった。
●
祝宴が行われる場所は、以前行った場所と同じ城内の広間。
豪勢に作られた食事がビュッフェのように並べられたその場に集まった各国の勇者・従者たち。
そんな僕達の前で、カームへリオ王国の王、ラムダ様はグラスを片手に祝宴のはじまりを告げる言葉を口にしていた。
「勇者集傑祭は中途半端な形で終わりを迎えてしまったが、此度の事件の裏で起きていたことを考えればそれも仕方のないことだ。……いや、競技としての試練よりも貴殿ら勇者、そして従者の皆の活躍により、我が国の民の命を救ってくれたこと、誠に感謝する」
よく通る声でそう口にしたラムダ様はフッと笑みを浮かべる。
「本来は私もこの後に貴殿らと言葉を交えたいところではあるが、非常に、非ッ常に残念なことに王としての仕事が残っているので、この杯だけとさせてもらおう」
事態は収束したが、それでも王様の仕事は立て込んでいそうだもんなぁ……むしろ、ここに顔を出してくれただけでも結構な無理をしているんじゃないかって思えてくる。
「……いや、だが二杯までなら」
「陛下。一杯だけです。飲んだら王妃様にご報告いたしますので」
「くっ……ママは怖いからな」
「陛下、人前でママ呼びはやめて。本当に」
手元のお酒を見てちょっと揺らいだラムダ様にナイアさんが釘を刺す。
ナイアさんの隣には、初日以降めっきり姿を見なかった彼女の弟であるカイル王子もいる。
げっそりしているあたり、あの日から結構な勉強漬けだったのかもしれない。
「では、乾杯」
ラムダ様の声で静かに宴が始まる。
極力人払いがされた広間で各々が動き出す中、僕もフェルムに食べさせるために料理を取りに行こうとすると、僕達の元に真っ先にナイアさんとカイル王子がやってくる。
「ウサトさん、スズネさん」
「ナイアさん? カイル王子も」
真っ先に僕達のところに来るなんてどうしたんだろう?
「やあ、スズ—――」
「やめなさい」
「———ぐへぇ!?」
先輩を見て、気軽に声をかけようとするカイル王子のわき腹に手刀をいれるナイアさん。
鮮やかすぎる手刀に悶えるカイル王子に、先輩も苦笑いしている。
「まだなにも言ってないよ姉上ェ!?」
「存在」
「俺の存在が駄目って言った今!?」
なんかげっそりしていたけど、元気そうだな。
抗議するカイル王子を無視したナイアさんは先輩ではなく僕に顔を向けてくる。
「ネアさんとフェルムさんは、もしかして今も中に?」
「え、姉上? 誰が中に?」
「はい、いますよ?」
当然、フェルムとネアも僕に同化してこの場に来ている。
僕の返答にナイアさんは微笑みながら答える。
「ここではお二人は姿を現しても大丈夫ですよ」
「え、いいんですか?」
「はい。この場にいる面々はフェルムさんの存在を知っていることですし、この会場の警備も信頼する者に任せておりますので、問題はありません」
「姉上? ここになにも知らない弟がいるのですが? え、もしかして分かってて無視されてる?」
「はぁ、仕方ありませんね。ウサトさん」
ナイアさんに促され、僕はカイル王子の方を向く。
「カイル王子。説明します」
「あ、ああ」
「僕は今、フェルムっていう魔族の子と闇魔法で同化している状態にあって、その能力の応用で僕の使い魔であるネアもまとめて同化しているんです」
「……姉上、俺、まだバカみたいだ。勉強して賢くなっているはずなのに、なにも分からなかった」
事実を言ったのになぜか落ち込まれてしまった。
落ち込んだカイル王子に苦笑したナイアさんに頷き、僕はフェルムに同化を解除するように促す。
「フェルム」
『えー、ボクは別にこのままでも構わないんだけど』
『折角許可をもらえたんだから、出たらいいじゃない』
僕の身体から飛び出すように現れたネアとフェルムに、カイル王子はあんぐりと口を開ける。
「ま、ままま魔族と美女が出てきヴェ!?」
「静かに驚きなさい」
「理不尽!! 姉上は一度家族愛という単語を調べて!!」
「……。家族?」
「俺は家族のカテゴリに入っていなかった……?」
こてんと首を傾げるナイアさんにショックを受けるカイル王子。
そんなやり取りをスルーしたフェルムは、僕の方へと向き直ると料理が並んでいるテーブルを指さす。
「ウサト、あれって皿に盛りつけていいんだろ?」
「ああ、いくらでも食べていいんだ」
「いや、ボクそんなに食いしん坊じゃないんだけど」
「ネア、ついていってあげてくれ」
ネアにそう言うと、彼女は仕方ないといった様子で肩を竦める。
「はぁー、しょうがないわねぇ」
「お前らボクを目が離せない子供だと思ってないか?」
ぶつくさ言いながら料理を取りにいくフェルムとネア。
その様子を見送ったナイアさんは、こちらへ顔を向ける。
「お二人も宴の方を楽しんでください」
「ああ。君も今日まで協力してくれてありがとう」
「いいえ、こちらこそです。皆さんのおかげでこの国は救われたのですから」
悪魔関連の事件が解決したからか、彼女の表情もそこはかとなく柔らかく見える。
彼女の言葉に先輩も笑みを浮かべる。
「ああ、そういえばナイア。少し君と話したいことがあるけれど、構わないかな?」
「? 構いませんよ」
訝し気にするナイアさんに頷いた先輩が僕を見る。
「ウサト君、私はちょっとナイアと話してくる」
「了解しました。暴走しないようにお願いしますね」
「ウサト君は私をなんだと思っているのかな……!!」
冗談です。
なんだかんだで先輩もはっちゃける時は場所を弁えているので心配はしていない。
ナイアさんと共に先輩が離れると、ここで隣にいたカイル王子が大きなため息をついた。
「はぁ、それじゃ俺も戻るとするか」
「もう行っちゃうんですか?」
「俺は王子として顔を出しただけだから。そもそも今日まで祭りの時以外は勉強漬けだったし、今更王子として顔を出してもみっともないだけだろ?」
「そんなことはないと思いますけど」
カームへリオに入った直後にレオナさんを口説いていた時は、そこまで変わった様子はなかったが、今はちょっと落ち着いた感じにはなっているんだな。
「また姉上に怒られたくないし」
「……」
「……そんな目で見るな」
絶対それが理由では?
胡乱な視線を向ける僕にそっぽを向いたカイル王子はひらひらと手を振りながら、僕に背を向け行ってしまう。
「僕もなにか飲み物でもとりに行こうかな」
とりあえず水のいれられた杯をもらい、それで喉を潤す。
それからなにかお腹にいれようかな、と続けて考えると僕の元にリズにエリシャ、そしてウルアさんの三人がやってくる。
「うふぁと」
「お姉ちゃん、口に物を含んで喋らない」
エリシャに注意されながら、食べ物をしっかりと呑み込んだリズは大盛によそられたお皿を手にしながら、僕の隣に移動してくる。
さも当然のように隣に居座り、またご飯を食べ始める彼女に苦笑していると、ウルアさんが僕へと声をかけてくる。
「あの子が君と一緒にいた魔族の子かな?」
「ええ、フェルムって言います」
「闇魔法使い……ということは知っているが、とてもそうは見えないね」
上機嫌に皿にご飯を盛り付けているフェルムと、その隣でネアは「もっとバランスよく食べなさいよ」と声をかけている。
「頼もしい仲間です。今回もずっと助けられっぱなしでした」
「むぐぐ……ごくん……本当にずっと一緒にいたよね」
「やっぱり、お姉ちゃんは気づいてたんだ」
「秘密にするようにお願いされてたから」
自信満々にそう口にするリズ。
ちゃんと約束を守ってくれていたんだなぁ。
「しかし、リズの父親の件、こっちは大変だったよ」
「あー……すみません」
かなり無理やりな話だとは思ったけれど、やっぱりウルアさんに迷惑をかけてしまったか。
謝る僕にウルアさんは、苦笑して手を横に振る。
「責めているつもりはないさ。この子の父親のことが関係しているとなればね」
「ウルアさん的にはどう思われました?」
「君の意味不明さに驚いたね」
「あれ?」
リズの父親であるジンヤさんについて聞いたのに、僕の意味不明さに驚かれてしまった。
ま、まあ、いいか。
「先ほど、ハヤテさん……獣人族の長に文を送りました。リズがジンヤさんの娘だということも伝えました」
「手間をかけさせてしまってすまないね」
「ランザスさんのこともありますからね。返答については、ミアラークの方に送ってもらうように伝えています。なので、獣人の国に行くということなら、一旦ミアラークに滞在することになります」
ここらへんも既にランザスさんのことと合わせてレオナさんとファルガ様に伝えたけれど、この後レオナさんに改めてお礼を言いに行こう。
「ま、私個人としては閉鎖的な獣人の国に行けるかもしれないってことになって、かなりワクワクしているところだけどね」
「先生は別にこなくてもいいびゃひゃひゃ!?」
「そんな悪いことを言うのはこの口かー?」
笑顔のまま、リズの頬を引っ張るウルアさん。
仲良しだなぁ、と微笑ましく思いながらふと周囲を見回してみる。
「先輩は、まだナイアさんと話しているみたいだな」
クロードさんとロアは、リヴァルと従者たちの皆に囲まれてる。
アウーラさんと二人の従者は、栄養を蓄えるような勢いで料理を口にしている……あれは多分、国に戻った時に待つであろう修羅場に備えているんだろうな。
ランザスさんとレインの二人はこの場にはいないから……あっ。
「ウルアさん、ちょっとここを離れます」
「ん? ああ、構わないよ。話に付き合わせてしまって申し訳なかった」
ウルアさんに断りをいれてから、彼女達の元を離れる。
向かう先はレオナさんの元、ちょうどミルファさんと二人で話しているようだ。
「レオナさん、ミルファさん」
「ん? ウサトか」
とりあえず声をかけてみると、まず振り返ってこちらを見たミルファさんは、一瞬で僕とレオナさんを交互に見た後に「オホホ!」と口元に手を当て、笑う。
「それじゃあ、私お料理の方を取りにいくわね。ウサト君、見たところ貴方もまだなにも食べていないようだから、一緒に持ってきてあげるわ」
「え、でも」
「いいのいいの遠慮しないで。それじゃあ、レオナ。ここは頼むわねー」
ものすごい勢いで料理を取りに行くミルファさん。
思わず呆気にとられる僕に、レオナさんは額に手を置く。
「あいつ、余計な気を遣って」
「え?」
「いやっ、なんでもない」
僕とレオナさんが話せるように気を遣わせてしまったということなのかな?
それなら、ミルファさんの厚意に甘えてこのまま話してしまおう。
「ランザスさんとリズの件について、ありがとうございました」
「ああ、そのことか。気にしなくてもいいのに」
「いや、ランザスさんのことはともかく、リズのことは結構僕の私情とか入っているようなものですし」
ドライな言い方をすれば、リズのことは後回しにしてもいい話なのだ。
それなのに快く受けてくれ、本当に助かっているんだ。
「聞けば、リズの父親は君にとってあまり好ましくない人物だと聞いているが……」
「……ええ」
獣人族の前族長のジンヤさん。
彼はカノコさんから予知魔法を奪い、それだけに留まらずアマコも狙った。
彼が予知魔法を求めなければアマコも単身で治癒魔法使いを探す旅に出なくてもよかった。
「それでも、リズにとって血の繋がった父親かもしれないんです。どんな形であれ、あの子には知る権利がありますから」
こればかりは実際にリズが会ってみないと分からない。
リズ自身、自分の過去に納得が欲しいだけなのだろうが、ジンヤさんがどんな反応をするのか全く想像ができない。
「変わってないな」
「え?」
「いや、やっぱり君はミアラークで初めて会った時から変わってないなって」
「そ、そうですか? このところ怪物呼ばわりだとか人間扱いされないことの方が多くなったような気が……」
でも割と当時でもネアに化物扱いはされてたな……。
「自分を勇者と認められず、捨て身の策に出ようとしていた私に君は真正面からぶつかってくれた。そして今もそれは変わってない。それは、私にとっても本当に喜ばしいことなんだ」
なんだかそう言われて気恥ずかしくなる。
当たり前のことをしている、とまでは言わないけれど放っておけないって気持ちが強いんだなって思う。
「私が自分を勇者として認めることができたのは、君のおかげだ。目の前の誰かを助けるために進み続ける君を知ったからこそ、今の私がある」
「レオナさん……」
だから、と続けて彼女は口にし、こちらを見る。
凛とした表情のレオナさんと視線が合う。
「君が助けを求める時はいつでも呼んでくれ。すぐに駆け付けるからな」
「……それなら、レオナさんも困ったときはいつでも僕を呼んでくださいね?」
「ああ、もちろんだ」
変わらないのはレオナさんも一緒だ。
やっぱりこの人は、ミアラークの頃からずっと頼りになる勇者だ。
どんな時も安定しているレオナさんでした。
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