第五十一話
お待たせしました。
第五十一話です。
「ごめん!あたしっ勘違いしてた!!」
キリハ、と呼ばれた少女の誤解をようやく解くことができたもののその後が大変だった。アマコの……それでもって彼女の母親を助けることができるかもしれない僕に、誤解とはいえ攻撃してしまった彼女は自分を激しく責めた。
それはもうこちらがドン引きするくらいに。
今はそれはもう綺麗な土下座で僕に頭を垂れているが、こちらとしては居心地が悪い事この上ない。そして何気に土下座っていう行為が異世界に存在していることに驚いている。
「大丈夫、ウサトは気にしてないよ。ひねくれてるけど優しい人だから」
「でも、色々酷い事しちゃったし……」
「ひねくれてるは余計だけどアマコの言う通りもう気にしてないよ、君にもちゃんと事情があったんだしね。それにこの通り、僕は無傷だ」
土下座する彼女の前にしゃがみこんで昼間切り刻まれた手を彼女に見せる。魔法で跡形も無く傷はなくなっているから綺麗なままだ。彼女は上半身を起こすと僕の手を取りまじまじと眺めると、感嘆の声を漏らした。
「治癒魔法って分かって見ると納得だけど……正真正銘の使い手はここまで凄いのか……跡形もない」
「僕以外にも知っているの?」
「碌に使わない奴は知ってる」
碌に使わないか……魔法を学ぶ此処でそうだとするならば、結構な事だぞ。できれば詳しく聞きたいところだけど僕の手を離したキリハが先程まで俯かせていた顔を上げたので、それは後回しにしておこう。
僕達がここに来た理由は謝罪を要求する為じゃない。アマコを友達と会わせる為だ。だから僕が襲われたかどうかなんて些細な話題は早く切り上げよう。
「さっきも言ったけどもう気にしてないよ。僕自身、一般の人の獣人の認識は理解しているつもりだ。だから君が人間の僕を『君を捕まえに来た何者か』と誤解して攻撃してしまうのも無理はないと思ってる……。それに僕も紛らわしい態度をとっちゃったしね、お相子だよ」
僕も軽はずみな行動をし過ぎた。
あの拳はわざわざ受ける必要も無かったし、もっと言葉で訴えかけるべきだった。訓練で成長した自分の力を試したいという欲が出てしまった。
僕もまだまだ未熟、ローズの言う一人前にはまだほど遠い。
「は、はは……変な人間だなぁ。どんな要求が来るかびくびくしてたのに。流石、アマコが連れてきたヤツなだけあるよ。本当に……変な人間」
「私の目に狂いはない」
「確かにアマコの目には狂いはないね」
僕の言葉の何がおかしいのか少しだけ笑った彼女はようやく立ち上がり、服と尻尾についた砂埃を落とし始める。
今までさっきの家屋にいたからか、昼間着ていたローブではなく地味な色合いの服を着ている。露わになった頭に生えた耳も尻尾も見える。
……尻尾が全体的に白く先の方が若干茶色い……狐でも犬でもないな、なんの獣人だろう。風の刃が鎌鼬っぽいからイタチかな?断定はできないけど。犬上先輩には紹介できない子だ。
「ウサト、そう言う視線は失礼」
「ははは、ごめんごめん」
「本当に変な人間だね。私の姿を見たほとんどの人間は嫌そうな顔をしているのに」
この世界の人じゃないからね僕は。
それに僕の世界にケモミミとかそういう可愛いのが好きな人が一杯いるから、嫌いな人の方が多分少ない。
そんなくだらないことを考えていると、ようやく立ち上がった彼女がこちらに手を差し出していることに気付く。目を合わせると照れくさそうに頬を搔いている彼女がいた。
横にいるアマコが握手するよう促してくれたのかな……?
ちょっと照れながらも差し出された手を握る。
「………うん、自己紹介、してなかったね。私はキリハ、学園では上級生をやってる」
「僕はウサト、リングル王国の救命団に所属してる治癒魔法使い。ま、これが仲直りの握手ってことで」
これでようやくアマコもキリハと話し合う事が出来そうだ。
「あ、いけない。夕飯を作っている途中だったんだ。もうすぐ外に出ていた奴等も帰って来る事だし………良かったら食べて行かないか?お詫びもかねてね」
―――と思った矢先に思い出したようにキリハが僕にそう話しかけてきた。
「夕飯か……」
ちょっと早いけど……でも宿でも出るかもしれないんだよな……。もうすぐ帰って来るという此処に住んでいる人達も気まずいかもしれないし、アマコも友達と一緒に居るなら僕が居ない方がいいかもしれない。
「あの……て、ん?」
断ろうと彼女を呼び止めようとすると僕の団服の袖をアマコが引っ張ってきた。こちらを見上げる彼女の方を向くと、無表情ながらも懇願するようにアマコが僕に視線を合わせた。
「ウサトも食べよう?」
………。
「……しょうがないな………」
アマコにはとことん甘いな僕はッ。
サルラさんに彼女を任されたからか、どうにも彼女に寂しい思いをさせたくないという思いがあるのかもしれない。
僕とアマコのやり取りを見たキリハももう僕を含めて食事の準備をする気満々だし、今さら食べないという選択肢はないか……。
「あたし達の事なら気にする必要はないよ。さ、豪勢とはいかないけど腕によりをかけてご馳走するから」
蹴り破った扉を持ち上げながらそう言ったキリハに促され、僕とアマコは彼女等が住む建物へと脚を踏み入れる。
―――中は僕が居た救命団の宿舎と似たような内装をしていた。それほど広くはないものの、入った先には十人くらいで座れるテーブルと上へと続く階段が見える。
「良い……所だね」
「嫌味?それとも素直にそう思った?」
「僕もリングル王国では似たような場所に住んでいたからね。素直にいい所だと思うよ、凄い安心する」
フェルム元気かなぁ、ちゃんとご飯食べてるかな。多分、サボってローズにボコボコにされているだろうけど、一応は僕の後輩に当たる子だ。せめて心の中では無事を祈っておこう。心の中でね。
「ぼうっとしてどうしたの?……早く入ろう?」
「ん……ああ、ごめん」
少しボーっとしていたようだ。後ろでドアを立て掛けているキリハを一瞥しつつテーブルと椅子がある場所にまで歩み寄る。む、奥の方からもわもわと湯気が出てる……あそこが調理場かな。
「あははは……流石に扉を蹴破るのはやり過ぎちゃったかなぁ」
「キリハは何時も考えなさすぎだよ。危うく私も当たる所だったよ。というより当たってた」
「だからごめんって……あたしは夕食を作るから自由に座って。直ぐに出来るから」
アマコのジト目に耐えられなかったのか調理場に逃げる様に入っていくキリハ。その様子に苦笑いしつつも、キリハに言われた通りに近くにあった椅子に腰かけ一息つく。
すると、机を挟んだ僕の目の前にアマコが座る。前に泊まっていた時も同じ場所に座っていたのだろうか、懐かしそうに木造のテーブルに手を添え感慨深そうに触っている。
「良かったね、アマコ」
「……ありがとうウサト、私を連れて来てくれて」
「君のお母さんを助けてないから、お礼は早い」
「でも………ありがとう」
……まいったな、そんな神妙そうな表情で言われるとこちらもどんな反応していいか分からないよ。僕はまだ君の要求した事に何一つとして応えられていないのに。
王国の破滅、親友の死を僕に知らせ間接的とはいえ、大勢の人々を救った彼女。
君のおかげで僕もこの世界での帰る場所を無くさずに済んだ。
友達と仲間を亡くさずに済んだ。
礼を言わなくてはいけないのは本来は僕の方だ。
「君は僕の友達二人と大勢の人達を助けてくれた。だから僕は君への恩に報いる……出来る限りね」
「出来る限りって……ウサトって本当にひねくれてる」
だから僕はひねくれているんじゃなくて普通なんだって。
机に頬杖を突きながら続けてそう答えると、アマコは昼間のカズキと犬上先輩時と同じように「それはない」と言いおった。しかも彼女らしくない微笑を浮かべて。
「ようやく笑う様になった途端にこれだ。本当にひねくれそうだ」
「これ以上ひねくれたら大変だね」
言うようになったなぁ……。
最初に会った時の様などんよりとした少女から想像も出来ない程に元気になっていて嬉しいよ。
……さて、どうやって一泡吹かせようか。会話を予知してくるアマコに対してセオリー通りの会話は意味を成さない。やるなら先の先を見越して会話を展開させること。
試しにやってみようかと思い、アマコに話しかけようとすると、肝心の彼女は僕の背後、壊れた扉が立て掛けられている入り口の方を見ている。
僕も背後へ目を見やると、丁度誰かが扉の前に立っていた。
「え?扉が……何かあった……の……?」
「あー、お腹空いた。ん?どうしたそんな所で立ち止まって…………ッ!誰だお前!!」
立っていたのは獣人らしき少女と少年。
一人はアマコと同い年くらいの少女で猫のような耳と尻尾を持っていて、もう一人は僕よりも若干背が低いキリハと同じ特徴を持つ獣人の少年。
少女は僕とアマコを見て呆然としているが、少年は僕の姿を視界に捉えると、脚を大きく広げ敵意を向けて来た。脚にはキリハが腕に嵌めていた籠手と同じような文様が施された脚甲が装備されている。
また攻撃を仕掛けられるのは流石にこりごりなのでややこしいことになる前に降伏しておく。
「ま、待って!僕はアマコの付き添いで此処に来たんだ!決して怪しい者じゃ無い!」
痛みには慣れてるけど、痛みがなくなった訳でも軽減された訳でもないんだ。
避けられるなら怪我はしたくない。
「はぁ、アマコだと?嘘をつくならもっと巧い嘘……を……」
僕の言葉に構わず攻撃を仕掛けようとしていた少年だが、僕の背後に居るアマコを見ると茶色がかった耳をピンと張らし驚愕の表情を浮かべ彼女を指差す。
「アマコ!!お前!生きてたのか!!」
アマコと顔見知りだったようで少年がさらに目を見開く。一方の彼女はかなり軽いノリで手を挙げるだけ。少女の方はアマコの事を知らないのか、少年の後ろに隠れながらも彼女の姿を覗っている。
どちらも獣人……だろうな。逆に人間が住んでたら、目の前の少年もこんな反応しないだろう。
「ん、久しぶり、キョウ。そこに居る人は敵じゃないよ」
「敵じゃないって……見るからに怪しいだろ!!」
「……確かに怪しいけど……彼の事を悪く言わないで」
怪しいって……今のはフォローしてくれたのだろうか。
今治癒魔法の弱点を見つけたよ、治癒魔法は心の傷には作用しないことだね。罵倒をされるのは慣れてるけどこういうさり気ないのは効く……。そうか……怪しいか、この団服。気に入っているんだけどな……。
「くっ……」
アマコにジト目で睨まれ、慄いた少年は苦々しい表情で落ち込んでいる僕を睨んだ。キリハのように直ぐ信用されるとは思わなかったけど、これは思ったより根が深いな。
ま、僕は別に彼のご機嫌取りの為に此処に来たわけじゃないからいいんだけどね。重要なのはアマコを滞在中預かって貰えるか貰えないかだ。
僕達の住んでいる宿より仲間達が居る場所の方がアマコも安心できるだろうし、見た感じ未だに僕を睨んでいる少年もアマコの身を案じていたようにも見える、此処に一先ず預ければ余計な心配は無用だろう。
「じゃ、じゃあこいつは治癒魔法使いなんだろ?こんなナヨナヨした奴で大丈夫なのかよ!」
何が納得いかないのか僕を指さし変な難癖をつけてきた。
特にこれといって反論する事も無いので無言を突き通していると、アマコがむっとした表情を浮かべ何かを言おうと――――
「それこそ心配いらないよ、キョウ。そいつはあたし達が知る治癒魔法使いとは違う」
「姉ちゃん……ッ!?」
会話に割って入る様に部屋にやってきたキリハが、その両手に料理がよそられたお皿を持ち得意げにそう言い放った。
●
「こっちが弟のキョウで、この子が一年位前に此処に来たサツキ。いやー、こんなに早く帰って来るとは思わなかったからさ、少しややこしくなっちゃったね」
あの後、僕達はキリハが作ってくれた料理を囲んで座り食事をしていた。その最中、アマコが目の前に座っている二人の男女、キョウとサツキについて紹介してくれるが……キョウは僕の事が気に入らないのかパンを口に運びつつも僕を睨み付けている。
おかしいな、ちゃんと自己紹介もしてキリハに誤解を解いてもらったのになぜに未だに敵意を持たれているのだろうか。
「こらこら、アマコが心配なのは分かるけどそんなに睨むんじゃない」
「……姉ちゃんは怪しいとは思わないのかよ……」
「そりゃ思ったさ。でもアマコも信頼してるし、何よりあたし達が会った人間とは全然違う。獣人だと分かっても手を差し伸べるし、尻尾や耳を見ても気持ち悪がらない、なによりこれといった見返りも求めない……な、変だろう?」
僕という存在が珍しいのか、僕の肩に手を置いてアマコの隣に居る二人に嬉しそうにキリハはそう言う。キョウの方は「こんな奴が……」とでも言いたげな表情をしている。てか……さっきから何で突っかかって来るんだこの子。もしかしてアマコの事が好きなの?………ないとは言えないな。
小生意気になったとはいえ可愛いと断言できる容姿してるし。
横目でパンを食んでいるアマコを見て、軽いため息を吐きつつスプーンですくったスープを口に入れる。
「ん?美味しいね、このスープ」
ポテトスープみたいなまろやかさと丁度良い位の塩味がある。あの味覚ぶっ壊れ野郎の料理とは比べるまでもない美味さだ。
「……ははは、人間に褒められたのは初めてだよ。うん、ここも変なところだ」
美味しかったので素直に褒めると、驚かれた後にまた変と言われた。
なんなんだ、僕は何をしても変と言われなくちゃならないのか。獣人のテーブルマナーがよく分からない、後でアマコに教えて貰おう。
心にそう決めて、続いてスープを食べようとすると前に座っていたキョウがガタンッと音を鳴らし椅子から立ち上がった。
「……この治癒魔法使いが俺の知ってる人間とは違うのはよく分かった。今の所は認めてやる……でも姉ちゃんとサツキとアマコに変な事しやがったら覚悟しろよ……ッ」
立ち上がると同時に、これ以上ない敵意を僕に向けたキョウがそう言い放つ。
此処でどういう目にあったのか分からないが、どちらにしろ人間を敵視するに足り得る理由があったのだろう。
「正直、君が僕のことを信用しようがしまいがどうでもいいんだ」
「……何だと……?」
「僕がアマコと一緒に此処に来たのは、君達の所に少しの間だけこの子を泊めさせてもらえないかと思ったからだ」
「え?……そうなの?」
アマコ、君は分かっていると思っていたのに。
肝心の本人がキョトン顔しているのをスルーしつつ、訝しげに僕を見るキョウと視線を交わす。彼は僕と目を合わすと気まずそうに逸らし、そのまま椅子に座る。そのまま何も言わない彼から横を向きキリハの方に向ける。
「キリハ、僕達がルクヴィスに滞在中アマコを頼めるかな?僕達の所に居るよりも君達の所に居た方が色々と気が楽そうだからね」
「大歓迎さ!部屋も腐るほど空いてるし食い扶持が一人や二人増えたって変わらないよ」
「そう、良かった……」
人種が違う人たちの中に居るよりも少しの間とはいえ同族の彼等と一緒に過ごしたほうがずっと良いに決まっている。
……それに、この国にとって重要な客人に位置するであろう僕達は嫌が応にも注目を浴びてしまう。その最中にアマコの姿が露見するのは良い事とは言えないからね。
僕達が注目を集めるのは別にどうってことないんだろうけど、不埒な輩がアマコを捕まえようと画策するかもしれない。
「じゃ、二人分用意しなくちゃならないね」
キリハに任せておけば大丈夫だろう。
ちゃんとアマコの事も守ってくれるだろうし、何よりキョウやサツキといった獣人の仲間達がいる。彼らがいるなら、僕が出る幕も無―――って、ちょっと待て。
「二人分?」
二人分?二人分ってアマコの他に誰の分をカウントしているんだ?
我ながらも呆けたような声を出し、キリハに困惑の目を向けると彼女は「え、違うの?」と言いたげな表情を浮かべた。
「あんたも泊まるんじゃないの?」
「………は?」
本当に意外そうな言葉に声が出なくなる。
「姉ちゃん!流石にそれは駄目だろう!!そいつを泊まらせるのは……ま、マズいだろ!!」
呆ける僕の言葉を代弁するように再び勢いよく立ち上がったキョウがそうキリハに言い放った。
どういった解釈で僕が泊まる事になったか僕にも分からないが……キョウッ、衝撃が抜けきれなくてまだうまく話せない僕に変わって言ってやってくれッ。
「いやいや、だってアマコも彼が一緒に居た方がいいだろうし。大丈夫、大丈夫、心配いらないよ。もし彼が私達をどうこうしようというならとっくにしてると思うし……アマコも彼が一緒の方がいいだろ?」
「ア、アマコ……」
「………」
キョウの反対を受け流したキリハがアマコの方にそう質問する。震えた声でキョウが彼女の名を呼ぶが、当のアマコは困惑するように僕を何度か見る。
アマコ、君も14歳くらいなんだから、保護者同伴みたいに僕が居なくても大丈夫だろ?第一、アマコが僕と一緒の方がいいなんて言うはずが―――
「………ウサトが、良いなら」
嘘だろ、アマコ……。
まさかまさかの言葉に思わず手に持ったスプーンを落としてしまう。逆に僕が居たら君が友達とゆっくり出来ないかもしれないのに……。
「ウサト、アマコはこう言っているけどどうする?」
隣を見れば悪戯っ子のような笑みを浮かべるキリハ、目の前には僕を嫉妬の籠った目で見るキョウと僕をじっと見たままパンを啄むように千切って食べる少女、サツキ。
一人は僕と目を合わせず、後の三人は一心に僕を見つめている……なんなんだろうね、この八方塞がり。
何より言い方がズルい。僕が良いならってなんだよ……。
「……早速、騎士さんに言伝を頼まなくちゃな……」
そんな言い方をされたら断れるはずがないじゃないか。