第五十話
お待たせしました。
第50話です。
見られている。
眼前にいる女性の視線にさらされた瞬間、まず僕はそう思った。
差し込まれる光を背に温和な表情を浮かべている彼女は僕達から後ろの扉の前に佇んでいた彼、ハルファさんに視線を移すと鈴が鳴るような優しげな声で労いの言葉を言う。
「ご苦労様でした。ハルファ」
「はい。では私は外で」
お辞儀をし出て行ったハルファさんを一瞥しつつ再び学園長と思われる女性の方を見る。……悪意があるわけじゃないが、興味を抱かれている。その興味の先は僕ではなく隣にいる二人、犬上先輩と一樹。
にっこりと朗らかな笑みを浮かべる女性に何処か居心地の悪さを感じながら、一歩踏み出したウェルシーさんに目を向ける。
前に出た彼女に視線を向けた女性は、懐かしむように口の端を緩めた。
「突然の訪問、申し訳ありません。そしてお久しぶりですグラディス学園長」
「本当に久しぶりねぇ。会えて嬉しいわウェルシー、良ければ後ろに居る子達の紹介をしてくれないかしら?」
「勿論です。では皆さん」
グラディス、と呼ばれた女性に促され一歩横にずれるウェルシーさん。顔見知りなのか、まあ魔法のエキスパートである彼女が魔法を育成する場所に関係ないのがおかしいのか。
なんとなく二人が顔見知りなのを察しつつも僕達三人はそれぞれ自己紹介をするべく口を開く。
「イヌカミ・スズネ、会えて光栄です」
「リュウセン・カズキです」
「ウサト・ケンです」
「……才能に満ち溢れた子達ね。私の名はアイラ・グラディス、ここルクヴィスを任されている者よ」
感心するようにしきりに頷きながら僕達を見渡した女性、アイラ・グラディスさん。
彼女が学園から都市までを統治している人なのか。若いのに凄いな、見た目はローズよりちょっと年上にしか見えないのに。
「で、ただ挨拶する為に来たわけじゃないんでしょう?」
「勿論。今日此処を訪れたのは、この大陸に迫る危機について知らせに……」
懐から件の書状を取出し丁寧にグラディスさんに渡す。
彼女はそれを静かに開き目を通す。
さっくりいっているようにも思えるけど、此処は一応子供も通っている学園だ。
なので書状に書かれている内容としては戦いに協力してもらうのではなく、ある程度の援助を願いだすものなんだけどいやな受け止められ方はしてないだろうか。徴兵みたいに受け止められたら、説明が面倒になるぞ……。
「………」
暫しの沈黙、紙が掠れる音がいやに大きく聞こえる中でひたすらに戦々恐々としていると、ふぅ、と軽い溜息を吐いたグラディスさんが、椅子に背を預けその手に持った手紙を置いた。
「成程、魔王軍ね……戦いは勝利を収めたって聞いたけど?」
「必ず負けていた戦いでした。勝てたのは此処にいる勇者様と治癒魔法使いの彼、そしてもう一人の尽力のおかげと言ってもいいでしょう」
もう一人、とはアマコのことか。彼女がいなければ本当にやばかったらしいからなぁ、僕って危ない橋を渡ってたんだなぁ、ホント。
「はぁー……まさかかの勇者二人を寄越すなんてロイドも本気ってことと受け止めてもいいのかしら?」
「はい、文字だけの書状を送ったとしても意味はないということは痛い程思い知ったので」
「無茶するわねぇ。まあ、それが彼の美点ともいえるけど」
あらかた読み終わった書状をゆっくりと机の上に置いた彼女は思い悩むように腕を組み、改めて一樹と犬上先輩を見る。
「勇者って分かってみれば、見て分かる程の素養にも納得がいくわ。なにせ異世界から選定された者なのだから当然。それに……もう一人の彼は、服装から見て彼女の部隊の……?」
やや訝しげに僕を見た彼女には、僕が此処に居る場違いさを思う意思が感じられた。そりゃそうだ、二人は天変地異さえも起こすことができるであろう勇者の素質、僕は欠陥だらけの治癒魔法、先程会ったハルファさんのように魔力を見る事に長けなければ評価はされないだろう。
いや、素質という点で見れば僕は圧倒的に劣っているからある意味この人の思っている事は正しいか。
「彼はローズ様と同じ治癒魔法使いであり勇者様と同じ異世界の人、それが彼がこの場に居る理由です」
グラディスさんが何が言いたいのかを察したのか、ウェルシーさんが補足するように僕の事を説明した……のだが、説明を聞いたグラディスさんは目を丸くして僕の全身を見る。
「彼女と同じ白い服、もしかしたらって思ったけど……成程。人は見かけによらないということね」
……ちょっと待ってください。
何やらローズの事を知っているようですが、僕は違います。人が苦しんでも眉ひとつ動かさないような鬼畜でもドSな人でもありません。人は見かけによらないって……僕は正真正銘に見かけどおりですから。
少しばかり理不尽な認識をされてしまった事に不満を抱いていると、さらに表情を険しいものに変えたグラディスさんは額を抑えていた。
「少し、待ってもらってもいいかしら?流石にこれだけの覚悟を見せられたら、私の独断では決めあぐねる……話し合う時間が必要だわ。それとも急ぎの旅かしら?」
「いえ、私達はあくまでお願いする身、決定権は貴方様方にあります。なので正式な決定が下されるその時まで、私達は此処に滞在する所存です」
「そう、宿の方はこちらが手配しておくわ。折角の客人を無下に扱う事はできないもの」
「ご厚意感謝します」
……驚くほどスムーズに物事が進むな。
話し合ってくれる分、余地があるし宿まで手配してくれる。僕の旅もこんな調子で進め……ないか。最終目標が人間にとって優しくない場所だからな。
「取り敢えず、後は待つだけだな」
「うん、他にする事も無いしね」
一樹の言葉に小声で返しながら安堵する。ちょっと時間が掛かるようだけど、とりあえずは順調。おまけに泊まる所も紹介してくれて万々歳。
自分でも気づかずに緊張していたのか、どっと疲れた様な気分になっていると、グラディスさんが手に持った光沢のある石に何かを呟いているのが見えた次の瞬間、すぐさま部屋の外に居たハルファさんが挨拶と共に入ってきた。
「さてと……それじゃあハルファ。宿の手配と案内をお願いしてもいいかしら?」
「お任せください。それじゃあ皆さん私についてきてください」
お辞儀をした後にそう言い放った彼は肩程までの灰色の髪を揺らしながら背後を向き、軽やかな足つきで両開きの扉を開き僕達に外に移動するように促してくれる。僕達も倣ってお辞儀をして出て行こうとしたその時、ふと、思いついたかのようにグラディスさんが笑みを深めた。
「あ、そうそう、決定が出るまでの数日間、良かったら我が学園の授業を見てみないかしら?卓越した能力を持ち合わせる貴方達はここの生徒にとって良い刺激になりそうだわ。勿論、拒否しても構わないわ」
あー、そういう提案はある人にドストライクな感じ―――。
「いいんですか!?」
「す、スズネ様!」
案の定食いつく先輩、喜びいさんでいるようだけど僕とカズキは苦笑いだ。グラディスさんも予想外の食いつきっぷりに驚いている。
「ほら、先輩落ち着いて……すいません、こらえ性のない人で。此処に来る途中も大変で大変で……」
「あ、こ、こら離せウサト君!ご、強引な……君はそういうぐいぐい行く方が好きなのかっ……!」
「はいはい」
犬上先輩の腕を掴み、詰め寄ろうとした彼女を引き寄せる。何やらいつも通りにとちくるった事を言っているようだが、深く知る必要はない。これ以上此処にいると先輩の化けの皮が剥がれかねないし、グラディスさんにはまだ礼儀正しい人という印象のままで居て貰おう。
その方が良い。
「それでは失礼しました」
そう言い、犬上先輩の腕を引いた僕はハルファさんに続く様に部屋から出た。……一樹とウェルシーさんは何か凄いものを見るような眼で僕を見ているが、気のせいだろう。やったことは本能に忠実な先輩を連れ出しただけなのだからね。
ハルファさんに案内された宿屋は、学園と目と鼻の先にある建物だった。
去り際に聞いたハルファさんの話によると、どうやらグラディスさんは騎士さん達の事を考慮してくれていたらしく、ちゃんと人数分の部屋を用意してくれた。
アルクさん達も安心して休めるようでよかった……ずっと僕達の事を守ってくれたからなぁ。休憩時間とかに一応治癒魔法を施してあげたとはいえ、精神的疲労はどうしても免れない。
この数日という時間で体と心を休めて欲しい。
取り敢えずは滞在する場所が分かったので、次にやるべきことをやるか。
荷物を運ぶことも大事だけど、まず一番待たせている彼女の願いを叶えなくちゃ。先輩とカズキが宿の中に入っていく姿を見据えた僕は、同じく宿に入ろうとしているウェルシーさんを呼び止める。
「ウェルシーさん、僕がアルクさん達に此処の場所を伝えておきます。それと……今日は僕達の代わりにありがとうございました」
アマコの友達にも会いに行かなくちゃな。
内心そう思いながらウェルシーさんにそう言うと、彼女はぎこちなく笑い頬を搔く。……何で申し訳なさそうな顔をされたんだろ。
「これぐらいはどうってことありませんよ。ウサト様は私よりももっと大変なんですから………」
「僕は大丈夫ですよ。それに大変って言っても僕が自分で決めたことですし、良くしてくれたリングル王国への恩返しでもあるんですから」
「……スズネ様とカズキ様も同じような事を言っていました……」
申し訳なさそうな表情のままそう言い放った彼女の言葉でようやくウェルシーさんが僕達を召喚したことに気を病んでいることを理解する。
……召喚した云々は僕達の中でもう結論は出ている。僕も一樹も犬上先輩も誰もリングル王国の誰一人も恨んでいない。召喚しなくちゃいけない事情もあったし、それ以上に良くして貰った。
「僕はウェルシーさんや色んな人に出会えて良かったと思っていますよ。一樹みたいなイイ奴と犬上先輩みたいな綺麗な人と凄く仲良くなれた。僕にとってはそれだけで十分です」
「それは……スズネ様の目の前で言ってはいけませんね」
「そうですね、だからこれは内緒の話で」
「フフフ、分かりました」
ぎこちなかった笑みを緩めそう言ったウェルシーさんの声には先程の様な暗い感じはない。
元気になったのは良かったけど、本当に先輩に言わないで欲しい、さっきの言葉は自分でもキザすぎた。これじゃまるでプレイボーイだ。
「じゃ……じゃあ行ってきます」
「はい、行ってらっしゃいませ」
先程までの堂々とした態度とは打って変わって情けない挙動でウェルシーさんに背を向け歩き出す。美人のフォローなんて僕のキャラじゃないことはするべきじゃないな。こうやってすぐ後から恥ずかしくなってしまう。
やや顔に熱を感じながら、門から歩いてきた道を戻る。
夕暮れ時近くだからか、昼間より人気が薄れ幾分か活気が収まった大通りを歩く。
「ん?」
路地の方に数人のローブ姿の集団が入っていく。その中には此処に到着した時、親の敵のように僕を睨み付けていた少年の姿。
俯いていて表情は読み取れないが、只事ではないようだ。
「……」
……気になって彼が曲がっていった路地の先を覗いてみると、路地の先は公園に似た広場になっていてそこでは先程のローブ姿の集団が掌から魔法を出してキャッキャウフフと子供の様に遊んでいた。少年は無表情で飛び交う魔法を見るだけだったが、他に可笑しい所はない。
魔法が飛び交っていること以外は、僕達の世界でもあった公園風景だ。
「……気のせいかな?」
もしかして苛めとかそういうのかと思って身構えていたけど、どうやらいらぬ気遣いだったようだ。あの獣人の人に攻撃されてから少し神経質になりすぎちゃったかもしれないな。
これ以上ここに居ても何もならないので、元の大通りに戻り門の方に歩を進める。
……さっきの子は他の子と違ってローブが煤だらけだった。他の子達、といってもアマコと同じかそれ以上の年頃だったけど、ローブは綺麗だった。それが何と言われればそれまでなんだろうけど、どうしてこんなに気になるんだろうか。
奥歯に何か挟まったように引っかかる。
……いや、下手な事には触れない方が良いか、僕を恨むように睨んでいた子だ。変にいちゃもんつけられて絡まれたくないし、ローズが言ったように黙らせなくちゃならない事態には発展させたくはない。
「おっ」
そうこうしているうちに門の近くに到着。
馬車がある厩舎の近くに歩み寄り、アルクさんとアマコ達の姿を見つける。ブルリンも大人しくしていたようで安心しつつも厩舎の方に手を振る。
「ウサト殿!」
こちらに気付いたアルクさんも手を振ってくれる。
……今の内に今日の事について話せるように頭の中で話をまとめておこうか。
「―――成程、学園前の宿ですか。その場所なら知っています」
思いの外説明する事は無かった。
とどこおりなく書状を渡すことができたけど、少し時間が掛かるというのでその間に皆が泊まる所が決まったということ。
隣に居るアマコを一瞥しながらその事を説明すると、アルクさんは少しだけ腕を組み悩んだ末ににっこりと笑う。
「私達の事なら心配いりませんよ。ウサト殿が言ったその宿は私にとって見慣れた場所にある所なので道案内をする必要はないです。だからアマコ殿と共に友人の所に行ってあげてください。久方ぶりに会う友人なら一刻も早く会いたいでしょう?」
「アルクさん……ほら、アマコもアルクさんにお礼」
「ありがとう……アルク、さん」
アマコ、僕にもさん付けしていいんだよ?そういえば僕、君より年上だからね。
ちょっと物申そうと小声でそう言おうとすると、その前にアマコがこちらを向く。
「ウサトにさん付けはなんだか恥ずかしい」
「おい、それどういう意味だ」
予知したからこその台詞のようなのだが、それは好感度的な意味でか?それとも僕にさん付けするのが嫌と言う意味なのかはっきりさせてほしい。……待て、思考が先輩よりになっている、落ちつけ僕、今やることはアマコの友達に会いに行くことだろう。
「ふふ、じゃあ此処に二人ほど見張りの者を任せるので、もしもの時は彼らに言伝を頼んでおいてください。ブルリンの事も私どもに任せてください」
「もう……何から何までありがとうございます。じゃあアルクさんの言葉に甘えて行こうかアマコ」
「うん、じゃあこっち」
やっぱりアルクさんは頼りになる、できる男ってこういう人の事をいうんだね。
アルクさんに取り敢えずの別れを告げつつも、アマコに手を引かれ、街の中に歩いていく。アマコもアマコで機嫌がいいのか、白い外套に隠れた尻尾が揺れているのが分かる。
……でも、アマコに言わなくちゃいけない事があるんだよなぁ。
昼間の襲われた獣人の人の事とか。
「あー、アマコ、ちょっとその友達の所に行く前に話したい事が……」
「彼女達の住んでるところは近くだから、すぐに着くよ。ウサトの事を早く紹介したい」
「いや、その……」
余程嬉しいのか、止めようにも止められない。どうしよう第一印象最悪だ。もし今から会う人が昼間殴って来た人だったら会った瞬間に攻撃されるかもしれない。
どうしたらいいか悶々としていると、何時の間にか広い通りから細い路地へ、急に暗くなった道に気付きビビっていると僕の手を引き歩いていたアマコの脚が止まる。
「ここ」
目の前には淡い光が窓から漏れ出しているボロボロの家屋があった。構造はしっかりしているのか倒壊こそしなさそうなのだが、暗い雰囲気も相まって不気味な感じがする。なんだろ、西洋建築から日本のおんぼろ物件へとコンバートしたような感じだ。
本当にここに人が住んでいるのだろうか。
「私達にとってはこういう所の方が住むのに都合がいいんだ」
「あー、成程ね」
流石にこんな薄暗い不気味な場所には行こうとは誰も思わないよな。それを見込んでの立地と見た目か。
……でも、今の僕にとって人気が無いのは色々まずい。
昼間、明らかに本気じゃなかった彼女が全力で僕に襲い掛かって来る可能性が出てきたからだ。
「……アマコ、僕は此処に居るから水入らずの再会を楽しんできなよ。僕は君が喜ぶ姿を見るだけで嬉しいから」
「何言ってるの?ウサトも会うの。……言い訳しない……ウサトが一緒でも構わない……邪魔じゃない……変だよウサト、何か隠してる?」
「……驚くほどナチュラルに会話を潰してくるね君。僕の言いたい事全部伝わっちゃったよ」
これから交わされるであろう会話を理解される。話す手間が省かれるから楽だ、普段はね。あぁ、僕の次の喋る台詞を予知して言い訳を潰してくるあたり、僕は一生この少女相手に口喧嘩は勝てない事を自覚させられてしまった。
予知って便利すぎだな、僕も予知魔法が使えればローズに……無理だな、身体が反応しないわ。
「はぁ、分かった話すよ……」
僕は昼間の事をアマコに話した。
耳とか髪の特徴を伝えると、アマコはその人が僕に会わせたかったその人だと言い頭を抱えた。そして僕がその人の拳を受け止めた事にまたドン引きされた。
僕は何度君にドン引きされればいいんだろうか。
「事情は分かった。ウサトは私の後ろに居て、誤解は私が解くから」
「年下の少女に面倒をかける僕って……」
溜め息と共に僕の前に立った彼女は古びた家屋の扉を叩く。
……しかし反応が無い―――と思った瞬間、扉の前に居たアマコは突然、ビクリと体を震わせると僕に何も告げずに横に思い切り飛んだ。
……へ?何で飛ん――
「ここを突き止めたか化け物がぁ――――!!」
「あー……なるほどね……」
アマコが扉の隣に飛び退いたその瞬間、扉が蹴破られ箒を持った何者かが僕めがけて攻撃を仕掛けて来た。聞き覚えのあるその声と振り下ろされる掃除用具に色々察した僕はげんなりしつつも治癒魔法を纏うのだった。
アマコが横に飛んだすぐ後に扉が蹴破られ、間断なくその手の箒を僕めがけて叩きつけようと飛び込んで来た獣人の彼女。その切れ長の瞳に怒りが見える事から、昼間の時のように話を聞いてくれる状態じゃないのは丸分かりだ。
成程、アマコはこれを予知して横に飛んだのか。
うん、これは危ない。でも一言くらい何か言って欲しかったな。
「はぁ……」
振り下ろされる箒を横に躱しながら、一歩退がり距離を取る。相手は興奮状態にあるのか、フーッフーッとこちらを威嚇しながら箒の切っ先(?)を僕に向けている。
「あんたがどういう化け物かは知らないけど……ッここに居る仲間には手出しさせない!!」
「待って、まず訂正することがある。僕は人間だ。そう化け物化け物言われると自分でも何だかそう思ってしまいそうだから何か嫌だ」
「自己再生持ちの人型オーガなんて化け物以外の何になるんだ!それに人間だって!?バカにするな!あたしにだって人か化け物かの区別は出来る!!」
「……言っていい事と悪い事があるからね。オーガとかそれ人に絶対言っちゃ駄目だからね?僕じゃなかったら大変な事になってるからね?」
自己再生持ちの人型オーガとかどんな生物だ。流石の僕でもカチンと来たぞ。
アマコ、早く誤解を解いてって……何で僕の顔を見て怯えている。目の前の獣人の人も何で恐ろしいものを見たかのように一歩退がる?
僕はこれ以上なく落ち着いているのに。
あの様子じゃアマコの手は借りられないか。かといって今の興奮状態の彼女じゃアマコの事を出したとしてもまともに話を聞いてはくれないだろう。むしろ火に油を注ぐ形になる。
ならこの状況は僕一人でなんとかしなくちゃならない……か。
「しょうがない、話を聞いてもらえるようにするしかない……」
纏わせていた治癒魔法を薄く体に巡らせつつ、治癒の魔力を拳に集中させる。秘技、治癒パンチ、怪我の残らない優しさが詰まったパンチで大人しくさせてから話を聞いてもらおう。
後腐れなく相手を無力化できる素晴らしいこの技はまさに僕にとって最適の技。
「ふー……」
「……ッ」
どういう訳かさらに相手が一歩退がったが、このまま膠着状態を続ける訳にはいかないので、手っ取り早く得物の箒壊して本体を叩く、まずはそれからだ。
「いくぞ……」
一気に距離を詰めるべく、思い切り足を踏みしめ前に飛び出す。一気に眼前の彼女へ距離を詰め、魔力を籠めた拳を掲げ―――
「ウサトやめて!!」
「!」
飛び出した僕の前にアマコが割って入る。突然の割り込みに驚きつつもその声に従い踏み出した足を地面に打ちつけブレーキをかける。アマコの目の前で止まった僕を見上げた彼女は、僕を諌める様に両の掌を前に掲げた。
「駄目、ウサト」
「いや……取り敢えず大人しくさせようかなって」
「いくら治るからってそれはない、心に傷ができる」
アマコには僕がどういう風に見えているのだろう。流石にトラウマになる程の事はできないし、しないつもりだけど。
「……自覚がないって本当に怖い」
「ん?」
「なんでもない。後は私に任せて」
……ま、アマコも出てくれたし、後は彼女に任せよう。アマコが割って入ってくれたおかげで獣人の人もようやく落ち着いたみたいだし。
「……そ、その声……ア、アマコなの……」
背後に居た彼女はフードに隠れた少女から発せられたその声に呆けた様な表情を浮かべ、その手に持った箒を地に落とした。
「久しぶり、キリハ」
一方で、名を呼ばれたアマコはゆっくりと外套のフードを外した。
露わになる金色の髪と狐を思わせる三角の耳を見せた彼女は懐かしむように友人の名を呼んだその後に、僕の方を一瞥しキリハと呼ばれた少女を安心させるよう言葉を投げかけた。
「この人は敵じゃない……後、一応人間」
…………おい、一応ってどういうことだ。
ライト文芸新人賞 MFブックス部門の二次選考を通りました。
私自身、びっくりしましたが選考が通ったのもひとえに読者皆さんの応援あってのことです。
本当に、今まで読んでくださって本当にありがとうございました。
そしてこれからも頑張って更新していきたいです。