第四百三十八話
突然ですがご報告いたします。
書籍版『治癒魔法の間違った使い方』の続編の発売日と表紙イラストがMFブックス公式サイトなどにて公開されました!
続編のタイトルは『治癒魔法の間違った使い方Returns』です。
発売日は12月25日を予定しております!
詳しくは活動報告を書かせていただきましたので、そちらをご覧ください!
そして、お待たせしてしまい申し訳ありません!
第四百三十八話、リヴァル視点でお送りいたします。
本当に意味が分からなかった。
リングル王国の勇者イヌカミの従者、ウサトに内心を吐露したら肩に担がれ、様子がおかしいあいつらと一緒に訓練場へ連れ出された。
それからすぐに待機していた従者全員が並々ならない気迫でやってきた。
『『『ウサト殿!! 此度はよろしくお願いいたします!!』』』
『うむ』
なんだこれ?
どういうこと?
従者のあいつらは揃って会食のために着ていた上着を脱ぎ捨て、黙々と準備体操を始めている。
「それで、君はどうする?」
「どうするって……なんで走らなきゃならねぇんだよ」
「君の従者が他ならない君のために走ろうとしている。……もう一度言う、君はどうする?」
いや、あの、なんか走る云々は本気で意味が分からないんだが。
……。
リングル王国、救命団の話は知っている。
埒外の訓練で肉体を極限までに鍛え上げ、その過程で傷つけられる身体を治癒魔法で癒す。多くの治癒魔法使いが心を折り逃げ出した———が、今俺の目の前に唯一の達成者がいる。
「……」
俺はウサトの問いに答えず、無言で立ち上がり従者たちと同じように準備体操をする。
別にこいつの言う通りにするわけじゃない。
従者であるあいつらが治癒魔法使いの訓練に臨んで、主である俺がそれから逃げるのはあまりにも無様すぎるからだ。
「やる気は十分だね」
「勘違いすんじゃねぇ。俺は、お前の言葉関係なく走ってやる。お前も———手加減なんてするんじゃねぇぞ」
乗せられて口にしてしまった言葉。
その言葉にウサトは面を食らったように驚いた後に、笑みを零しながら白色のコートを脱ぐ。
「加減はしなくてもいいんだね?」
「ああ」
「本当に?」
「本当にだよ」
「本当の本当に? 後悔しない?」
「くどいわ!? 何回聞くんだよ!!」
ここまでくるとしつこいぞ。
そう言ってやると、ウサトは軽く深呼吸をする。
「分かった。君がそこまで言うなら僕もそれなりの厳しさで臨もう。……ネア、頼む」
「ホッホホーウ……」
どこからともなく現れた黒いフクロウ……恐らく、噂に聞いた使い魔に着ていた白い服を渡し————深呼吸の後に髪をかき上げる。
「……」
瞬間、彼の纏う雰囲気ががわりと変わり、先ほどまで温厚だった様子から見る者を威圧するようなものへと様変わりする。
もう人相どころか別人になってない……? ってレベルの変化に出しかけていた文句の言葉も引っ込んでしまった。
言葉を失う俺に、ウサトは指先から俺の胸に緑の魔力弾を撃ち込んだ。
「ぬお!?」
突然の胸元に響く軽い衝撃に呻きながら、衝撃のあったところを見るとそこには卵ほどの大きさの緑の魔力弾がくっついていた。
接している部分から安らぐ感覚が全身に伝わっていくのを感じながら、俺は困惑の目でウサトを見る。
「な、なんだよこれ……」
「治癒粘着弾。これをつけていれば効力が続く限り走っても疲れないはずだ」
「……は?」
呆気に取られている間に、ウサトが従者たちに魔力弾をくっつけていく。
全員が肌に触れる部分に魔力弾をつけたのを確認すると、彼は肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべた。
「さあ、走るぞ」
●
俺がバカだった。
正直、従者のあいつらには本当に申し訳ないと思ってる。
あの人畜無害な顔をした治癒魔法使いは、温厚な性格から一瞬にして風貌すら変わりながら激怒の声を飛ばしながら———俺達を追いかけはじめた。
『足を止めるなァ!!』
こういうのは普通ウサトが先導するものだと思っていた。
後ろから感じる威圧感がもう凶暴な魔物に追いかけられている時と同じものだ。
『疲れた演技は意味ねぇぞ治癒魔法をかけているからなァ!!』
この走るという訓練の恐ろしいところは疲れないことだ。
もっと正確に言うなら身体を動かし疲労するという感覚は確かに感じるが、その疲労を感じた直後に治癒魔法で癒され、強制的に体力を回復させられる。
『ハッ……アゥッ!!?』
『へ、ヘンリィィ!!』
『リヴァル様ァ!! ヘンリーが走ったまま気絶しました!?』
『ヘンリィィ!? た、倒れないように支えろォ!?』
あまりにも壮絶なウサトの剣幕に器用に走ったまま気絶した従者の一人ヘンリー。
慌てて、従者たちで支えようとした瞬間、後方を走っていたはずのウサトが音もなく俺の隣を並走していた。
『うわぁぁぁ!?』
『気絶したのか!』
思わず情けない悲鳴を上げてしまうが、それに構わずウサトは気絶したヘンリーを走ったまま軽々と抱える。
『大丈夫かァー!? 今起こす!! オラァ治癒ショック!!』
『あばばば!!!? ———ハッ!?』
そして謎の方法によりヘンリーは身体を痙攣させ強制的に目覚めさせられる。
間近で白目を剥いて痙攣する仲間を目の当たりにした俺は泣きそうになった。
『お、俺はいったい……』
『目覚めたか!』
『———え?』
『じゃあ、再開だ!!』
夢を見る暇を与えることなく強制的に目を覚ましたヘンリーにウサトが絶望を突きつける。
治癒魔法で身体が疲れない、と聞けばいくらでも訓練し放題と思っていた。
だけど、実際は違っていた。
確かに身体は癒されるが、肉体が疲労する感覚は確かに感じてしまう。
それを意味することは、訓練が続く限り疲労する感覚に延々と苛まれ続けなければならないということだ。
———肉体ではなく精神を試す。
疲れているのに疲れないという不可解。
今の加減されているであろう訓練でさえもこれなのに、ウサト自身が行った救命団の訓練はどれだけ壮絶なものなのか。
最早、考えるだけでも恐ろしく思えた。
「———ハッ!?」
気づくと、俺は仰向けで横になっていた。
いつの間にか眠っていたのか、ぼんやりとした頭のまま天井を見つめる。
「……俺、は」
天井が高い、ような気がする?
不自然なほどに身体に疲れはない。
むしろ全快状態ですっきりしているくらいだが、どうしてここにいるのか寝起きのぼんやりとした頭ではまだ理解できない。
とりあえず、目元を押さえて起き上がり自身の掌を見つめる。
「ハッ、ハハハ……なんつー夢だ」
従者シャッフルでウサトと組んで変な夢でも見たのか?
しかし、夢とはいえ現実みたいだったなー。
やってる内容は現実とはかけ離れた常軌を逸したものだったけど。
「酔いつぶれて変なところで寝ちまった……の……か……」
自分の寝ている場所を見て身体が硬直する。
先ほどまで俺が横になっていた床には組手の訓練用に用いる敷物が下にしかれており、寝ていた俺の身体には大きめの敷布がかけられていた。
いや、俺だけじゃない。
周りを見ると、俺以外にも従者たちも同じように寝かせられていた。
窓から見える外の明るさからして早朝か?
「……あぁ……」
……。
夢じゃなかった。
夢じゃなかった……!!
世にも恐ろしい訓練が現実に存在していた!!
「嘘だろぉ……」
本当に無茶苦茶だった。
気絶したやつが痙攣と共に目を覚ます光景は怪談以上に怖かったし泣きそうになった。
それに、余計なことを考える暇もなく必死にさせられたこともそうだが———ん?
「誰か戦ってんのか?」
俺達のいる訓練場内でなにか音が聞こえる。
見れば、俺達のいる場所から少し離れた訓練場の端で何者かが戦っているのが見える。
目を凝らすと、戦っているのはウサトと———橙色の髪の女、ネーシャ王国の勇者リズだ。
『フッ!』
獣人としての証である耳を露わにさせた彼女は、喜色の表情でウサトへ回し蹴りを仕掛ける。
獣人の身体能力から繰り出される回し蹴りを片腕で受け止めたウサトは、逆に足を掴み取り勇者リズの身体を軽々と放り投げた。
『ぬんっ!』
『っ、ハハ!!』
空中で体勢を整え着地した勇者リズは床を蹴り、一瞬でウサトへ肉薄———そのまま互いの腕をぶつける形で激突する。
「……」
魔法もなにも使わないただの組手にも関わらず凄まじい動きをする二人の姿に俺は思わず魅入られる。
高い身体能力から互いに繰り出される強烈な打撃はこちらまで音を鳴り響かせ、その嵐のような攻防は連続して交わされていく。
「すげぇ、な」
分かってはいた。
だが、いざこの目で見てみると言葉を失ってしまう。
俺が呆然と組手を見ていると、勇者リズの拳を受け止めたウサトが構えを解いた。
『一旦ここまでだね』
『やだ、もっとやりたい』
『朝ごはん』
『……食べる』
起きた俺に気づいていたのか、勇者リズからこちらへ体を向けたウサトはこちらへ近づいてくる。
……そして、なぜか勇者リズも小鴨のようについてきている。
「目覚めたようだね。体の調子は?」
「不自然なほどになんともねぇよ。……これはお前がやったのか?」
「さすがに床で寝かせるわけにはいかないからね」
そうさせたのはお前なんだけどな……。
「お前は? 戻って寝たのか?」
「僕もここで寝たよ」
変なところで律儀なやつだな、本当に。
しかも昨夜あれだけ走った後に、こんな早朝から勇者リズと組手をしている元気さまであるとか理不尽だろ。
なんというか、昨日の走ったときの剣幕も相まって余計ウサトという人間が分からなくなる。
「どう? 頭はすっきりした?」
「……」
……正直に言えば、走っている間はなにも考えずにいられた。
勇者として背負われた重荷も、従者のこいつらに対する罪悪感も、俺を取り巻く全てなにも考えずにいられた。
今、この時だって昨日ほど後ろ向きなことを考えていない。
「もう大丈夫そうなら、もう走らなくてもいいよ?」
「……」
もう走らずに済む、とは考えない。
ここで断ってもウサトはなにも言わないだろう。
だが、それじゃあ俺は昨日の俺に戻っちまう……そんな気がした。
「いや、続ける。ここでやめたらお前に負けたみたいだろ」
「そっか、うん、分かった」
俺の答えにウサトは満足そうに頷く。
その反応になんだか気まずくなって何かを言おうとすると、訓練場へ入る扉が開かれ、そこから台車に何かを乗せた宿の従業員の制服を着た奴らが続々と入ってきた。
その先頭にいるのは、黒髪の女———まさかの、勇者イヌカミであった。
「ウサトくーん、朝食持ってきたよー!」
「ありがとうございます。従業員の皆さんも無理を言ってしまって申し訳ないです」
ウサトが宿の従業員に礼を言っている姿を見て、台車に乗せられた大鍋から香る匂いに気づく。
持ってきたのは朝食か……。
スープがいれられた大鍋と、大きめのバスケットに詰められた焼きたてのパン、それぞれの大皿によそられた香草に包まれた焼き魚、野菜などなど食欲をかき立てるメニューが並んでいる。
その匂いに従者の奴らも目を覚ましていくのを目にしながら、俺はウサトを見る。
「まずは朝飯から済ませよう。それから一旦、君たちは部屋に戻って汗を流してくるといい」
「……ああ」
猛烈に腹が減っていることは確かなので従者の奴らを全員起こしてから、朝食をよそる。
テーブルなんてはなからないので、ほぼ床で食べることにはなるが……まあ、候補生時代の野外演習で慣れているのでそれほど苦はない。
「思う存分に動ける上にご飯まで食べれる。早起きっていいことだらけ。はじめて知った」
「僕も先輩もびっくりしたよ。エリシャから君が朝に弱いって聞いていたから」
「頑張った。撫でていいよ」
「では遠慮なく」
「お前じゃない~~髪をわしゃわしゃするな~~」
ぐいっ、とウサトに頭を向けた勇者リズが、その隣にいた勇者イヌカミに頭をわしゃわしゃされる。
というより……。
「こいつらなんで俺の近くで食ってんだ?」
「え、駄目?」
「……はぁ、別に構わねぇけど」
謝りはしたが、ウサトや勇者イヌカミからしても俺はいい印象はないはずだ。
だが、今の反応を見てもどちらも全く気にしていない。
従者も変わっているなら主の勇者も変わっているんだな……。
「それで、お前はどうすんだよ?」
「なにが?」
俺の言葉にウサトが不思議そうにする。
「この後、俺達はいったん戻るが……」
「ああ、僕は着替えとかは朝の訓練前に済ませてきたから、このあとはこれから来る別の子達の訓練を見る予定」
マジかよこいつ。
この期に及んで他の面々の訓練も見るつもりか。
「俺が言うのもおかしい話なんだけどさぁ、お前ここに何しに来たんだよ」
「ははは……。お、来たみたいだね」
訓練場の入口の方を見るウサト。
パンを口に含みながらそちらを見る。
「おー、こりゃまた随分と人が多いな」
「え、ガルガ王国の皆さん……? ど、どういうこと?」
勇者クロードとその従者ロア。
そしてもう一組は、ネーシャ王国の勇者リズの従者二人。
「うーん、昨日参加しないだけでこんな状況が変わることってある?」
「来なかったのは先生が面倒くさがったからでしょ? ……でも、なんか人が増えて……え?」
勇者リズの妹がこちらを見て固まる。
やや遅れてからもう一人の女性も同じ反応をしてから、口いっぱいに飯を頬張った勇者リズが軽く手を上げる。
「おはよ、エリシャ、先生」
「お、おおおおお姉ちゃんが早起きしてるゥゥゥゥゥ!?」
「まさか、そんなことが……私でも矯正できなかったのに!?」
早起きしただけでこんなに驚かれるか? 普通。
ここに来てから……というより一度走って変な先入観が抜けた今になって思うが、勇者って実は変なところがあるのが普通なのか、これ……?
気絶しても痛みもなく簡単に起こせる治癒ショックでした。
次回の更新は明日の18時を予定しております。




