閑話 夜も更けて
三日目、三話目の更新となります。
前話を見ていない方はまずはそちらをー。
今回は前半がウルア視点、
後半から闇魔法の糸使いさん視点でお送りいたします。
都市の外の森に行ったリズが戻ってこない。
いつもはちょっと夜が更けた頃に帰ってきていたリズが、ようやく戻ってきて安心したのもつかの間、彼女の着ている衣服は土埃にまみれ、お腹の部分はなにかをぶつけられたように汚れていた。
特に目を引いたのは長袖に包まれた右腕で、斑に血が付着している。
どう見てもなにかあった様子のリズに、私とエリシャは当然問い詰めにかかった。
「お姉ちゃん! いったいどこをほっついてたの!!」
「森で寝てた」
「寝てそんなボロボロになるはずないでしょ!?」
「服はボロボロだけど、体は無傷。むん」
血のにじんだ右腕の袖を拭うと確かに傷一つない。
だけど、私が言いたいのはそういうことじゃない。
この血の付き方はよく知っている。
「リズ、系統強化を使ったね?」
この子の系統強化は未完成だ。
リズの成長を歪めてしまう可能性がある上に、使い手であるこの子自身を大きく傷つけてしまう。
「使ってない」
「使ったんだね」
「……つ、使ってない」
「バカ弟子ぃ?」
「ふふぁってないぃぃぃ……」
こ、こいつぅ!? いつもは頬を引っ張るだけで白状するのに、今回は謎の意思の強さを見せている!?
涙目でそれでも白状しないリズに私とエリシャは驚愕する。
私たちにも隠すとなると、大抵は後ろめたいことをした時に限られる。
リズが系統強化を使うほどの強敵と遭遇した……ということはまずは置いておこう。
「この子が確実に系統強化を使ったとして、それが綺麗さっぱり治療されているということは……」
「……あっ」
恐らく私とエリシャの脳裏に同じ人物がよぎったことだろう。
系統強化により傷ついた重傷を短時間で完治させることができる凄腕の治癒魔法使いといったら一人しか思い浮かばない。
その証拠にリズも手を口元に当て顔を青ざめさせている。
「バカ弟子? ウサトとどこに行っていたのかなぁ?」
「い、言えない……夜に起こったことは誰にも言わないって約束したから」
……ここまで強情だと、ウサトが約束させたとみてもいいのかな?
だが、解せない。
どうしてリズがウサトと行動を共にしている?
もし私たちになにも言わずにリズに協力を依頼して、利用していたというならこちらも相応の対応をするつもりだけど……。
「はぁ、秘密なのは分かった。じゃあ、これだけ聞かせてくれ。……ウサトに協力を求められて、君は彼と行動を共にしていたの?」
「ん、違う」
「……なにが違う?」
それは協力を求められてないってこと? それとも行動を共にしていないってこと?
どちらともとれる短い返答に深く尋ねてみると、リズは答える。
「会ったのは偶然。森の中で涼んでたらウサトに似た匂いを見つけて、追いかけてみた」
「……追いかけた?」
「うん。そしたらウサトがいた」
「……それで?」
「私が無理についていった」
「……」
それじゃあ悪いのはこっち側じゃん!?
むしろ無理についていってしまったリズが悪いよねこれ!?
「ウサトは乗り気だった?」
「仕方ないって感じだった」
相応の対応に出るどころか、こっちから直接出向いて謝罪しなくちゃいけないくらいの失礼を働いちゃってないこの子!?
のほほんとしているリズに思わず頭を抱えていると、隣で口元を引きつらせていたエリシャがハッとした表情を浮かべる。
「先生」
「ん? どうしたのかな? エリシャ」
「実は今日の朝———」
エリシャがいうには今日の早朝訓練にウサトと勇者イヌカミの元に、カームへリオの第一王女のナイアが尋ねたらしい。
様子からして普通じゃなかったからあまり深入りしなかったらしいけど、ただならない様子だったらしい。
「彼もここに来た目的があったようだね……」
「そこでお姉ちゃんが偶然居合わせてしまった、と」
なんてことだ。
思いっきり迷惑をかけた上に、治癒魔法をかけてもらって帰してくれたとは。
「なにか悪いことをしていたわけじゃないんだよね?」
「うん。それは保証する」
「なら大丈夫か……」
リズは抜けているところがあるがバカじゃない。
その類まれな嗅覚と直感もあって、人の良し悪しを見極めることにかけては右に出る者はいない。
戦闘云々があったことはまあ置いといて、リズが悪事に加担したわけじゃないことに安心する。
「あと、ウサトから聞いたことがある」
「ん? なにを?」
ここまで来てこれ以上驚くことはないでしょ。
そう思い、乾いた喉を潤すために杯にいれた水を口にしながらリズの次の言葉を待つ。
「私の父を知っているって」
「ぶふぉっ」
「お姉ちゃんのお父さん!?」
口に含んだ水が逆流しかける。
な、なんでリズの父親のことをウサトが?
リズの来歴については当然私も知っているが、彼女は獣人の国から川を流され人間の領域にまで流れ着いた獣人。
そんな特殊な出自なわけだから、父親どころか母親すらも見つけることは不可能だ。
「え、なんで? 君の父親って獣人だよね? ジンヤって名前の!?」
「うん。私の父は獣人族の先代の族長だったらしい」
んんん!? とんでもない情報を叩きつけてきたね!?
「どうしてウサトは君の父親のことを知っているんだい……?」
「なんか、その人。少し前に魔族と協力して人間との争いを扇動しようとして、ウサトと今の族長の人に阻止された悪い人だったらしい」
「さらっととんでもない事件について聞いてないかい!?」
魔族と協力して、ということは魔王軍と戦争していた時期、だよね?
リングル王国が勇者と彼に書状渡しの旅をさせていた頃か? ウサトの情報から考えると、彼の旅路はサマリアールにミアラーク……いや、ミアラークは獣人の国と隣接しているからその時行ったのか?
……なんのために? 真面目に意味が分からなくなってきた。
「え、そもそも彼は獣人族とどんな関係なの? 明らかに普通じゃないよね?」
「ウサトは今の族長と友達なんだって」
「トモダチ……?」
彼は亜人への差別意識とかまったくないからおかしな話じゃない。
実際、噂には金髪の獣人の少女と行動を共にしていたっていうものもあった。
でも、獣人族の族長だって? 一国の主と同義なんだよ? それと友達ってどういうこと?
「私が望めば手紙を出してくれるって言ってた」
「お姉ちゃんは、お父さんに会いたいの?」
「ううん? 悪い人みたいだし、特に会いたいとは思わなかった。でもどんな人か一応聞いておきたかっただけ」
リズの反応はあっけらかんとしたものだった。
密かにエリシャが胸を撫でおろしているのを見ていると、リズは続けて言葉を発する。
「これは話していいって言われたから大丈夫」
「ウサトがそう言ったのかい?」
「うん」
なんか、本当に申し訳なくなってくる。
でも気にはなるんだよなぁ。
彼がこんな夜遅くに都市の外に出てまでなにをしていたのか。
手っ取り早いのはリズに質問攻めして、うっかり口にさせるのがいいんだけど……そこまでさせると、さすがにリズがかわいそうだからねぇ。
「本当に、驚かせてくれるなぁ」
奇しくもネアの言っていたリングル王国の学者たちと同じ心境になってしまう。
これがリングル王国の日常だとすると……うん、想像するだけで鳥肌が立つね。
●
ついこの前まで死体だった私が、今はシア・ガーミオという変な女の配下として動いている。
生前から誰かの下につくというのは気にいらない性分の自分が、この女と行動を共にしていることに普通なら不快感を抱くはずが、どういうわけかそういう気分にはならなかった。
上下関係とかそういう面倒くさいものがないということもあるが、恐らくそれ以上に私がおかしくなっているからなんだろうな、と我ながら思った。
姉の死体が意思を持たなかった。
私とは違い、あの時の、あんな最期に満足したと言わんばかりに姉の形をした物言わぬ屍は私の前に立っていた。
あんなに殺し合ったのに。
もう後戻りできない私を止めると言ったのに。
それなのに、私だけがこの未来の時代に意思を持った屍として目覚めてしまった。
その事実に私は激怒した。
殺意すら抱いたが、その姉は意思なき亡骸で言葉すらも発さない上に、中途半端に肉体にこびりついた残留思念が私を止めようと勝手に動きだそうとする。
そんな姉の姿に、私はまた腹立たしい気持ちと寂しさを抱えた。
――だから、私はおかしくなっているんだろう。
ずっと私の殺意と怒り、そして悲しみと愛情は姉に向けられている。
他のことに向けられないほどに、夢中になってしまっているんだ。
それが私、半身を失った闇魔法使いエスタなんだろうな、って思う。
「エスタ。おーい、エスタ」
「……なに?」
私達は治癒魔法使いの連中と接触した後、カームへリオ内の仮の拠点である宿に転移した。
カームへリオ内といっても都市の端っこの端っこの安い宿だが、生前いた環境よりもマシなので文句はない。
「いや、物思いに耽っているようだからどうしたのかなって」
「別に、少し昔のことを思い出してただけ。そっちはアウルを移動させたの?」
「うんうん。あの子結構面白いから戦闘以外は自我を縛らないようにすることにしたんだ。なにせ、私の周りには蝙蝠気質の駄目駄目悪魔、不愛想な闇魔法使い、もう一人の私が大好きな闇魔法使いしかいないからねぇ」
「不愛想で悪かったね」
やれやれと肩を竦めるシアにため息をつく。
「で、大丈夫なの?」
「んー? なにが?」
「奪った武具、返しちゃったようだけど?」
返したというのはちょっと違うか。
あくまで信用されるために貸しただけだろうけど。
ちょっと気になって聞いてみると、シアが目に見えて落ち込む。
「全然大丈夫じゃないに決まってるじゃん……」
「大丈夫じゃないのかよ」
「でもああするしかなかったんだよなぁ。あー、アウルの試運転をさせたのはまずかった。でも彼と同じような戦い方をする実力者なんて絶対に存在しないから……はぁ」
……本当に想定外なんだな。
「私の推測ではイイ感じに互角に戦ってくれると思ってたんだよ!? でも結果を見ればアレだよアレ!! また意味不明な技術使っているし、複数属性の魔法を相手に魔力操作と系統強化の暴発だけで全対応してくるの頭おかしすぎじゃん!?」
「前とは別の闇魔法使いもいたみたいだしね」
前は空を飛ぶ闇魔法使いの子供だった。
それで、今度は姿を見ていないがウサトの身体を鎧? 服? のように覆っていた闇魔法使い。
この時代でも闇魔法使いの扱いは悪いということを理解しているが、奴に限ってはどうにもその常識に当てはまらないようだ。
「それに勇者が二人もおまけみたいについてくるのおかしいでしょ!? 私、てっきりフェルムとネアがウサトと同化して来るって想定で待ち伏せしてたのに、そもそもネーシャ王国の勇者はなんであの場にいたの!? 本当に意味不明なんだけどぉ!!」
「落ち着きなさいよ」
こいつもこいつで待ち伏せ前は上機嫌だったのに、終わってみるとこうだからなぁ。
「そもそも交渉なんてせずにあんたがその悪魔を片付ければよかったでしょ」
「今の私じゃ無理だねー。いくら光魔法が使えてもそれを完全に扱いきれていないし、なにより相手はいくつもの国を滅ぼし、その上ヒサゴ……先代勇者に一泡吹かせた最悪の悪魔なんだよ?」
「……最悪の悪魔? そんな危険なやつなの?」
こいつが悪魔に対してこういう言い回しをするのはちょっと珍しい。
依然としてこいつの正体を知らないし興味もないが、基本悪魔を見下している印象なのでよりそう思った。
「サマリアールの悲劇。邪龍の災厄により、被害を受けた罪なき数百人の民を魔術の生贄にさせた国王と魔術師……をそそのかしたのがそいつだよ。ま、そそのかすだけして自分だけ逃げだした卑怯者でもあるけどね」
「ふーん」
過去にもとんでもない奴らがいたもんだね。
その国王も魔術師も人間ながらとんでもない人でなしだ。
「私としても始末したい悪魔なんだけどねぇ。用心深い性格すぎて同族相手でも姿を見せない徹底ぶりさ」
だけど、確実にカームへリオでなにかをしようとしている、と。
面倒だなぁ、姿が分かれば私の魔法で切り刻めるんだけどなぁ。
「ちなみにウサトも無関係じゃない」
「えぇ、あいつ何百年も生きてるの? いよいよ化物じゃん」
「ははっ、いやいや違うよ。この時代のサマリアールで魔術師の呪い……魔術を破壊したのがウサトなんだよ。魔術師の施した呪いで短命だったお姫様を救ったーって話」
なんか掘れば掘るほど変な話ばかり出てくるな。
本当に私のいた時代にいなくてよかったわ。生前、能天気だった姉が感化されて変なことが起きそう。
「じゃあ、あいつにも話せばよかったんじゃない? もっとやる気になったと思うけど」
「うーん、必要ないかなって」
「なんで?」
そのことを話せばもっと協力的になったと思うんだけど。
そう聞いてみると、シアは口の端を釣り上げ、さっきとは違った笑みをうかべる。
「だって私がずっと消し去りたいと思ってた悪魔なんだもん。ウサトに言ったら殺せないでしょ?」
……あぁ、なるほどね。
「因縁ありなのはあいつだけじゃないってことね」
「そういうこと」
なにかしら企んでいるとは考えてはいたけど、本当に協力を求めていたんだな。
最初にあいつの知り合いであるアウルを戦わせて怒らせているから、なにがしたいんだと思っていたけど、シンプルに迂闊だっただけっぽい。
「まあ、なにはともあれ今回に限っては彼がいてくれて助かった。冗談抜きで彼は悪魔に対して無敵みたいな精神性をしているからね」
「でも今回見て思ったんだけど、協力関係を結んでもあいつがあんたの思い通りに動くとは限らなくない?」
「……」
「無言にならないでくれない?」
まあ、遺跡で短時間ではあるが奴と行動を共にした私からすれば、絶対にシアの思い通りの行動をしないとは思う。
それを理解しつつも、私は言葉に詰まり、冷や汗をかくシアにそれ以上なにも言葉をかけようとはしなかった。
カームへリオに潜伏する悪魔の設定については、今章に登場予定だったエヴァ関連の名残りみたいなものですね。
エスタにと彼女の姉ついては第十五章登場人物紹介に簡単な来歴? みたいなものがありますので興味のある方はそちらをー。
今回の更新は以上となります。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。




