第四百三十二話
二日目、二話目の更新です。
前話を見ていない方はまずはそちらをー。
今回はウサト視点です。
銀騎士の正体がアウルさんと理解したと同時に、僕達の足止めを差し向けた張本人が分かった。
意思を持つ亡骸として操られたアウルさんの身体にはかつてのローズの部下たち6人の魔法が埋め込まれていた。
どんな魔術を使ったのかは分からないが、まともな方法じゃないことだけは分かる。
「や、やあ、ウサト」
「シアに、ルーネか」
恐らく、悪魔の魔術で存在を隠していたのだろう。
シアの身体を乗っ取る何者かと、シアのために彼女の傍にいることを選んだ魔族とエルフのハーフ、ルーネ。
シアがいるのは分かっていたが、まさかルーネまでいるとは予想していなかった。
「……」
もう一人隠れているな?
さっきの系統連鎖爆破拳の爆風で広範囲に拡散された魔力が、ここから離れている場所からこちらを伺う何者かの存在を捉えた。
薄っすらと糸のようなものを張り巡らしていることから、遺跡で同行した闇魔法使いの糸使いの片割れだろう。
『おい、ウサト。こいつが……』
『先代勇者の記憶を持つ少女、シア・ガーミオか』
フェルムとレオナさんは初めて顔を見るんだったな。
二人にも僕の治癒感知の情報を共有させつつ、気軽に挨拶をしてきたシアの視線に意識を向ける。
彼女は僕から後ろにいるリズへ視線を向け、困ったような笑みをうかべた。
「えぇっと……それでさ……どうしてネーシャ王国の勇者がここにいるのかな? 私、それだけは想定外すぎるんだけれど」
「むん。森で休んでたらウサトを見つけたのでついてきた」
「??? ……ウサト、本当に君はさぁ。どうなってんのかなぁ?」
なぜか僕のせいにされた。
リズが同行している理由は僕のせいじゃないんですけど。
……いや、そもそもシア本人がこの場にいるのはある意味で好都合だ。
場合によってはとっ捕まえれば諸々の問題が解決する。
「なにが目的だ? アウルさんをあんな風にして」
「彼女の性能確認のためだよ。生きた人間に複数の魔法を埋め込むのは不可能だけど、いくら負荷をかけても問題のない死体ならオーケーかなって思って」
仲間の魔法を一つの身体に集約させたわけか。
言うなれば僕で性能テストをしたわけなんだな。
……。
「お前、それを目にした僕が怒らない確信でもあったのか? なあ、おい? もしかして冗談が通じる仲だって勘違いでもしているのか?」
「ひぇっ」
無表情のままシアを見つめながら一歩踏み出す。
今、僕が問答無用で攻撃を仕掛けないのはお前の身体がシアのもので、傍にルーネがいるからだ。
そうでなかったら即座にとっ捕まえていることを忘れているんじゃないか?
『おお……かつてないほどにキレてるぞ……』
『知り合いの遺体を好き勝手にされているのだ。無理もない』
僕の顔を見てびくりと肩を震わせた彼女は肩にいる小虎状態のルーネを抱き上げるように盾にしながら焦ったように声を震わせる。
「ちょ、ちょっと待って、ここには交渉しにきたんだ?」
「僕とお前に交渉の余地があると? ふざけるなよ」
「カームへリオのことなんだ!!」
……カームへリオがどうした?
声が震えるほどの必死な様子に訝しみ、魔力を籠めかけた手を下げる。
話す余地が与えられたと考えたのか、早口でシアがまくし立てる。
「カームへリオに悪魔が入り込んでいることは知っているよね!? そいつがちょっと面倒なことをやろうとしているんだ! 君達にはそれを止めてもらいたい!!」
「……面倒なこと?」
「勇者集傑祭に乗じて、なにか大きなことをしようとしている。そいつはもうカームへリオ王国内の中枢に入り込んで、着々と準備を進めてるんだ。私は君たちにそれを止めてもらいたいんだ」
悪魔が入り込んでいるのは僕達も知っている。
だけど、シアも悪魔側の人間だと考えれば、なぜ悪魔の計画を阻止してほしいと僕に頼むんだ?
「むしろお前は協力する側だろ」
「前提として私は悪魔勢力じゃない。むしろあの害虫共を邪魔に思っているくらいさ。……そんなやつらが、こちら側にとっても看過できないやらかしを行おうとしているんだ。それをなんとしてでも阻止してもらいたいんだよ」
……情報だけ聞いて捕まえるべきか。
構えを解いて、腕を組みながら話を聞く素振りを見せる。
「その悪魔の名は?」
「エンヴァー。臆病で慎重なやつさ。裏で人を操るのが得意で昔はいくつもの国の重鎮の心を惑わし、戦争を引き起こしたとんでもない悪魔だ」
来歴もそうだけど、名前も普通に答えられるのはなんでだ?
悪魔の名前ってのは有名なものなのか? シアの身体を乗っ取っているのが悪魔じゃないのか?
頭にいくつもの疑問が浮かぶが、それを尋ねてもこいつは答えないだろう。
「そもそも、どうして僕達に協力を依頼してくる?」
「君達じゃなくて、君だよ。だって悪魔に対して有利に戦える君が適任だから」
『確かに、悪魔以上に悪魔だもんな』
フェルム、シャラッップ。
普通に納得したフェルムに内心でツッコミをいれながら頭を押さえる。
「あとは私はまだ悪魔と直接戦えるほど強くないからね。それは君が一番よく分かっているだろう?」
「……僕達を利用するつもりか?」
「もちろんこちらも相応の対価を払うつもりだ。悪魔に関しての情報も提供するし、荒事になった時は私達も力を貸す」
悪魔を止めるという目的は一致しているが、まだ腑に落ちないな。
「僕達にこんな提案をするためにこんなまどろっこしいことをしたのか?」
「アウルの力を確認するのはついでだよ。別に君たちを足止めする必要もなかったし、なんなら君たちがこの先の村を調べ終わった後に話を持ち掛けてもよかった」
……。
「ここで調べられて困るものがない、と?」
「うん、ないよ?」
断定するシアに訝しむと、彼女は続けて話し出す。
「確かに、この先にある村には君たちが掴んだ情報通りにシアが口にしていた家族がいる。でも聞いたところで意味がないし……いっそのこと今から調べに行ってみるかい?」
「……」
「私は一向にかまわないよ? どうせ、なにも分からないし。謎だけが増えるだろうからね」
なにも分からない? 妙に引っかかる言い方だ。
彼女の目的はなんだ? 僕の足止めか?
にしては、あまりにも杜撰すぎる感じはするけど。
「それで、どうする? 協力してくれるかな?」
「駄目だ。信用できない」
当然、信用できるはずがない。
第一、今のシアの中にいる誰かの正体すら分かっていないんだ。
そう簡単に受けられるはずがない。
「ここで君をとっ捕まえた方が早い」
「だとしたら、こちらも抵抗するけど構わないかな?」
「闇魔法の糸使いが潜んでいるのは分かっているから奇襲は無駄だぞ」
「……」
まさか伏兵まで見抜かれているとは思わなかったのか、シアの余裕の顔が崩れる。
「ついでに言うなら人数で優位に立てると思うなよ」
「……あぁもうクッソ! 本当に厄介だよなぁ君!? 伏兵も全然意味ないじゃんかぁ!! やってらんないよ!?」
悔しそうに頭を抱えたシアは、大きなため息をついた後に両手を上げる。
「こ、交渉を続けさせて。この先の町で知りえないシアの真実を教える」
「話にならない」
「うぐっ……じゃあ、追加だ。ミルヴァ王国のあの勇者……たしか、ランザスだったっけ?」
「……彼がどうした? 君には関係ないだろう?」
動揺を顔に出さずに睨みつけると、腕を組んだシアは人差し指を立てる。
「どうせ、お優しい君のことだ。彼の身体の状態をなんとかしようと考えていたんだろう? 君は、そういうやつでしょ?」
「……」
「ほら、図星。君って嘘とかつくの下手ってよく言われるでしょ? 君のそういう善性を実は好ましく思っているんだよね。……まあ、そこがやりづらいともいえるけどね」
ぼそり、と何かを呟きながらシアは自身の掌に光魔法を浮かべる。
以前に見た時よりも幾分か安定しているように見える魔力を僕に見せながら、シアは揚々と話を続ける。
「彼の魔力、私の系統強化で抜き取ってやってもいい」
「……」
「君、ファルガと魔王に頼ろうとしているだろ? 多分、間に合わないぞ。ランザスの身体は限界が近い」
否定したいが、シアの推測は当たっている。
ランザスさんの身体の中で渦巻く膨大な魔力はいくら治癒魔法で癒し続けていたとしても着実に彼の命を蝕んでいる。
彼を救うには文字通り、魔力そのものを減らすしかない。
「魔王もファルガも大概デタラメだから間に合うかもしれないけど、可能性は五分五分だろうね」
「……」
ランザスさんのことを考えるなら願ってもない提案ではあるけど、安易に受けるにはあまりにも不用心すぎる。
「君が彼の魔力を悪用しない保証は?」
「じゃあ、封印した魔力は君たちに返却するよ。そして、その魔力に関してもこっちから不干渉、無断で封印を解いたりしないし人質にしたりもしない」
「その約束を反故にしないって言いきれるのか?」
「ネアがいないのに、すごい慎重だなー……まあ、当然か」
むしろネアがいない分、僕がしっかりしなきゃいけないからな。
ここであっさり受けようものなら翼を振り回して激怒されてもおかしくない。
「私もリスクを背負わずにはいられないか。……ああ、分かった! 分かったよ! もう、しょうがないなぁ!」
取り乱したシアは、腰に差していたカトラスとは別の刀を手に取り、それを僕に見せてくる。
それは、紛れもなく彼女が僕から奪った籠手だったもの。
今は白を基調とした日本刀へ変わってしまっており、鞘に納められた鍔には赤いリボンのようなものが巻き付かれている。
「約束を破らない証として、こいつを担保として君に預ける」
「……元々お前のものじゃないだろ」
「いいんだよ。今は私のだ。それでどうする? 受けるか? 受けないか?」
……。
「アウルさんを解放するって条件は———」
「あの子は駄目だ」
「……どうしてだ?」
「君とローズへの対抗手段が一つなくなってしまうからだよ」
僕とローズへの……?
意味が分からないとばかりに首を傾げると、シアは苦い顔でため息をついた。
「君達、治癒魔法使いなのに異質すぎるんだよ。ローズのデタラメさもそうだけど、特にウサト、君は自由すぎる。国に縛られている勇者以上にどこにでも現れるし……魔王の断片を争奪する上で、高確率で遭遇するのが君なんだよ」
「……」
「仮にアウルの解放を条件にするっていうなら、君の治癒魔法を……いや、言わなくていい。君のことだから迷いなく差し出しそうだから……、……えぇと、あぁ、代わりに君と同化しているフェルムと交換ってことになるよ?」
『はぁ!?』
そもそも解放する気すらないってことか。
このまま問答無用に解放させても今のアウルさんの状態からしてまともなことにならない可能性の方が高い。
「フェルムは僕にとって大切な仲間だ。差し出すつもりはない」
「あくまで例え話だよ」
例え話にしても性質が悪すぎるだろ。
だけど、これ以上の問答は意味がないんだろうな。
……見た目こそは変わっているが、シアの手にあるのは紛れもなく僕が使っていた籠手だったもの。
これはこいつにとっても必要なものだということは、分かっている。
それを渡してくるということは、本当にカームへリオに潜む悪魔の計画を阻止してほしいと思っているのか?
「……カームへリオに潜伏する悪魔をなんとかしろって話だな」
「! うんうん」
まだ状況には納得できない。
できないけど、今はシアよりもカームへリオでなにかを起こそうとしている悪魔の対処の方を優先させるべきか。
僕が手を差し出すと、シアが鞘に納められた刀を差しだしてくる。
「もうある程度私用にしちゃったから、籠手には戻せないよ」
「そうなのか」
「……」
「……」
「ねえ、神龍のトンデモ武具に一切の執着を見せないのはさすがに怖いんだけど……? 少しくらい名残惜しそうにしろっ!」
なぜ僕はよく分からないところで恐怖されながら怒られたのだろうか? なんか理不尽では?
そもそも僕の神龍の武具は突き詰めれば果てしなく硬いだけの籠手だし。
刀を受け取り、闇魔法で作り出したベルトに取り込む。
「交渉成立だね。……ルーネ、アウルの氷を溶かしてあげて」
『……分かった』
炎に包まれた小虎のルーネから、青黒い炎が放出されアウルさんを拘束する氷の檻を溶かす。
それと同時に氷を砕きながら脱出したアウルさんは、無表情のままシアの後ろに控える。
「少し話をさせてあげるよ」
シアが目配せをすると、アウルさんの表情が引き攣ったものに変わる。
彼女の意思が自由になったことを察した僕は拳を震わせる。
「ウ、ウサト君、えぇとまた変な技を使うようになっちゃってまあ……」
「アウルさん、すみません……! まだ貴女を団長の元に引き摺り出せそうにないです……!! 申し訳ありません……!!」
「あの、ウサト君? 引き摺り出すのはおかしくないですか? そこは連れていくとかじゃないのかな?」
「次は逃がしませんから……!!」
「いたいけな少女の身体を乗っ取っているクソ悪魔!! 一回私の身体を自由にしてウサト君をド突く許可をいただけないでしょうか!?」
「え、えぇ……?」
僕と同じように悔しいのか、アウルさんも全身を怒りで震えさせている。
さすがはローズの部下だった人。好き勝手に操られても精神的には大丈夫そうだ。
……とりあえず、それだけ確認できただけ安心だな。
「さて、と」
シアの足元で遺跡で見た転移系の魔術が発動される。
それと同時に、隠れていた糸使いの少女もシアの傍に出てきてこちらを見る。
「気付かれてたみたい」
「はぁ? 嘘でしょ? ……前とは違う闇魔法使いと一緒ね。本当、変な奴」
その得体の知れない生物を見る目はやめてほしいんだが。
なんで死んだ目でも分かるくらいの困惑の視線を向けられなくちゃならないんだ?
「情報はルーネに渡させる。悪魔への対処、任せたよ」
「協力するのは今回だけだ」
「分かっているさ。刀、なくさないでね?」
魔術が発動し、シアを含めた面々がこの場から転移する。
完全な静寂に包まれた森の中で、僕は大きなため息をつく。
「はぁぁ、面倒なことになったな」
『ネア、カンカンだな』
『いや、君の選択は間違ってはいない。あの状況では仕方がなかった』
どちらにせよ、戻ったらすぐに相談だな。
「……その前に」
まだ問題が残っている。
もう一度ため息をついてから僕は後ろを振り返る。
そこには暇そうに地面を蹴っているリズがいる。
「リズ、さっき聞いた話だけど……」
「ん、分かってる。誰にも喋らない。あと、手伝えることがあったら手伝う」
「いや、君を巻き込むわけには」
「カームへリオでなにか起きるなら私も無関係じゃない。エリシャも先生も君も私にとっては家族だから、見て見ぬふりはできない」
「……そっか」
正直、実力者である彼女が協力してくれるのは心強いものがある。
この様子なら強く口止めする必要もないかな、と思っているとリズが僕の元に近づいてくる。
「あと、もう一つ」
「うん?」
「興味ないって言ったけれど、やっぱり教えて。父のこと」
「……あぁ、分かった。帰りながら話そう」
一応、村の方を確認しておこう。
さすがにこんな夜に村の人に聞き込みをするわけにはいかないが、それでもこのまま帰るよりはマシだろう。
その後は帰って先輩とネアに報告だ。
そう判断した僕は、そのままリズと共に村へと向かうのであった。
首を縦に振ろうとしないウサトに本気でビビっていたシアでした。
次回の更新は明日の18時を予定しております。




