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閑話 “勇者”の重み

お待たせしました。

今回は閑話となります。


最初は、ガルガ王国、リヴァル視点。

後半からネーシャ王国、ウルア視点に移ります。

 俺は、勇者になりたかった。

 幼い頃から見た勇者である父の後姿。

 粗暴で、厳しくて、父親として駄目な部分ばかりが目立つ父だったが、それでも俺はかつて勇者の名を背負っていた彼に憧れていた。

 努力した。

 勉学にも励んだ。

 だが、それでも勇者になれなかった。

 勇者とは“選ばれた者”だ。

 少なくとも俺の知識の中ではそうだ。

 武芸、知恵、機転、それらを備えた一国最強の者に与えられる誉れある称号は、どうしようもないほどに凡人だった俺に与えられることはない。

 でも、しかし、ああ……。

 鮮明に思い起こされるのは、俺が勇者として選ばれた日のこと。

 訓練課程で勇者の適性なしとみなされ不合格を言い渡された俺は消沈したまま屋敷に戻った。

 そして、元勇者の父にその報告を行った時に言い渡された言葉はなによりも残酷で、あまりにも醜い事実であった。


『リヴァル。お前がガルガ王国の勇者だ』


 なぜ、どうしてだ父上。

 私は適正なしと不合格を……。


『ああ、俺が取り下げさせた。どこぞの無名の騎士を取り立てるつもりだったらしいが……論外だ。そのような田舎者にどうしてこの国の代表を務めさせる? 恥を晒すだけだろう』


 ですが! そのように規則として定められているはずです!!


『建前として定められているだけだ。現実は勇者になる者は最初から決められている』


 最初、から?

 ま……さか、父上が……私を……。


『お前は俺の息子だ。ならば、勇者にならねば箔がつかんだろう?』


 違う。私は……俺は、そんな卑怯な手を使ってなるつもりは……。


『なにを拒む?』


 父の俺を見る目はとても不思議そうだった。

 俺の訴えの意味が分からないと。

 なにをそんなに感情的になっているのか、と。

 長い間、勇者という役目を演じ、その称号を無価値とさえ感じていた男には俺の心情を理解することができていなかったのだ。


『お前が望んでいたことだろう?』


 俺の認識が間違っていた。

 父は勇者だった。

 それは紛れもない事実だが、このガルガ王国においての———位の高い貴族から選ばれた者にすぎなかった。

 実力もなにも関係ない。

 この国の勇者は文字通りの象徴であり、それ以上の意味はなかったのだ。



 “次世代”

 ああ、なるほど言いえて妙だ。

 父の跡をついで勇者になった息子と聞けば、さぞかし響きはいいだろう。

 その実態は、ガルガ王国の体の良い象徴。

 禄に苦労もせず、勇者だった男の息子だからという理由だけで授けられた唾棄すべきものになんの意味があるのだろうか。

 金をあしらった下品な防具を纏って、明らかに他の国と比べて多い従者を従え、国の武力を誇示するような見栄を張ろうとするみっともなさ。

 そして、それは各国の勇者が集まる勇者集傑祭でも同じだった。

 富をひけらかし、軍の強さを誇示する場としてしか認識していない。


———ガルガ王国は、人類を脅かす魔王軍との戦いに我関せずを貫いた癖に


 それは、変わりようのない事実だ。


———勇者なんて、どうでもいい


 それからは、俺にとって勇者という称号は無意味なものに成り下がった。

 武勲も功績も立てずに、有無を言わさずに背負わされたものになんの価値も見いだせず、俺は半ば投げやりになりながらこの祭りに参加した。

 例え、罪になろうが、家名に傷をつけることになろうがどうでもよかった。


『わ、私はこの場に相応しくないんです。国に勝手に勇者にされて、ここにいるのだって私の意思じゃなくて……』


 彼女の言葉が、俺の心に深く突き刺さった。

 フレミア王国のアウーラ。

 フレミア王国の王城勤めの学者だった女。

 既存の魔法を解析し、二つの系統を扱えるようにした功績……いや、偉業を達成し、その功績が認められフレミア王国の勇者に選ばれた。

 俺のような偽物と違って、勇者としてその功績を認められて(・・・・・)称号をもらったのに、彼女はそれをいらないと口にした。


『ふざけてんのか……?』


 それが、認められることが、どれだけ俺が欲しがっているものを持っている癖に……。

 八つ当たりなのも理不尽なことも理解していた。

 勇者集傑祭という中に入ってしまった異物であるみじめな自分を誤魔化すために酒に酔って、恥を晒していることも自覚していた。

 だけど、それでも止めることなんてできるはずもなかった。

 勇者と選ばれたことを嫌がるフレミア王国の勇者へ、また魔王を倒した本物の勇者の一人であるリングル王国の勇者とその従者———治癒魔法使いのウサト・ケンへ食って掛かったのも全て醜い嫉妬だ。


『調子に乗るんじゃねぇぞ。お前のような治癒魔法使いが名を呼ばれたのは、身に余る風聞によるものだ。断じて、お前程度の功績じゃあない』


 ああ、知っている。

 リングル王国救命団、副団長のウサト・ケン。

 戦場を駆け、多くの騎士を救った戦争の英雄。

 身に余る風聞なんかじゃない。

 それどころか、彼の功績が風聞で伝わる程度のもののはずがねぇだろ。


『戦場を駆けまわって人を救った気になってさぞやいい気分だっただろうな。なにせ、お前達治癒魔法使いが最大限に生かされる状況だったもんなぁ』


 騎士が、人が簡単に死ぬ戦場にいて良い気分になれるはずがないだろうがこのクズが。

 醜い嫉妬に苛まれながら、吐き出してしまったどうしようのない言葉に我ながら笑みがこみ上げる。

 お前が言うのか。

 お前が言うのか。

 自暴自棄になった頭の中でそんな自身への罵倒が何回も浮かんでいく。


『この偽善者が』


 俺は、偽善者ですらない卑怯者だ。

 いっそのこと、あの場で勇者としての自分の立場を見る影もなく無茶苦茶にしてもらえればよかったんだ。



 第一の試練、開始直後に従者が腕章を失った。

 その事実に気づいた瞬間、俺は自分の場違いさに気づかされた。

 ここは俺のような凡人がいていい場所じゃない。

 きっと、普通に戦えば俺は抵抗することもできないまま残った金の腕章を奪われてしまうだろう。

 それだけは避けなくてはならなかった。

 腕章一つならまだいいが、全てを奪われるのは駄目だ。

 折られ、諦めに苛まれていた俺の小さな意地が、第一の試練の放棄を許さなかった。


「どこだ……!」


 目立つ集団での行動を避け、少数で行動するために従者一人を引き連れて移動していたところで目撃したリングル王国の従者———治癒魔法使いウサトと、ネーシャ王国の勇者リズ、ミアラークの勇者レオナの戦い。

 あらゆる意味で常軌を逸した三つ巴の戦いを目にしてしまった俺は、ただただ呆然とするしかなかった。


「無理、だ」


 乱入できる気がしない。

 あんな動き人間がしていい動きじゃないし、幾分まともに見える勇者レオナも技術で怪物染みた動きをする二人と互角以上に戦っている。

 勇者リズの振るう槍のような武器は、一薙ぎでこちらにまで届く風圧をまき散らし、

 治癒魔法使いウサトは直撃すればただでは済まない一撃を、流れるような動きで不自然に受け流す。


「無理……だろ」


 あんな嵐のような戦いに参戦してなにができる。

 俺だけではなく、唯一ついてきた従者でさえも戦意喪失する光景に俺は歯を食いしばる。

 ———それでも、ここで折れるわけにはいかない。

 そんな一心で、俺はここにはいない勇者を探すべく路地の奥へと踵を返す。

 そして、あてどもなく試練の場を駆けまわった末に見つけたのが———、


「お前は、ミルヴァ王国の勇者、ランザス……だな」


 嵐の異名で呼ばれるミルヴァ王国の勇者。

 噂では国を脅かす災害を自身の魔法のみで消し去ったという。

 それ以外は調べられなかった。

 謎が多い男だが、彼の功績は実際に行われたものに間違いはない。

 見た目は長身の優男。

 傍らには十代とちょっとくらいの子供を連れているが、そいつは治癒魔法使いだということも知っていた。


「俺と、戦え……!!」


 相手は強大な魔法を操るであろう勇者。

 だが、今回の試練は直接的な魔法攻撃を制限している。

 なら、俺でも戦えるはず……!! 半ば捨て身の思いで木剣を引き抜くと、その宣言をうけたランザスが申し訳なさそうな素振りを見せた。


「申し訳ありませんが、断らせていただきます」

「……は?」


 まさかの答えに呆気にとられたのもつかの間、ランザスは右腕に巻いた腕章を外し俺に見せてくる。


「元より、私は戦うつもりはありませんでした。戦いに身体が耐えられないこともそうですが、この場所では私の魔法を使うには……あまりにも危なすぎるから……」

「おい、なんだ、それ……!」

「ですから、この腕章は差し上げます」


 怒りと焦燥で手が震える。


「勇者様、ここで腕章を受け取れば———」

「ふざけるなぁ!!」


 安堵の声の混じった従者の声を遮りながら激昂する。

 どいつも、どいつもこいつも!!

 どうして、あんなにも俺が手に入れることができなかった名誉を! 期待を! 誇りを! 簡単に捨てることができるんだ!!? 俺が欲しかったものは、お前らにとってその程度のものだったとでも言いたいのか!?

 なんで、俺は……こんな、こんな思いをしてまでここにいなくちゃならねぇんだ!?


「こんな、無様な方法で受け取れるか!! バカにしているのか!! 俺を!!」

「そのようなつもりはありません。私は、この試練で戦う気がないのです」

「お前の都合なんて知るか!! 力で奪い取る!! それ以外の方法を認めてたまるか!!」


 八つ当たりなのは自覚していた。

 自分が勇者という立場として不適格な言動と行動をしていることも自覚していた。

 俺の剣幕にランザスは目を伏せ、怯える従者を背に隠した。


「私にも守るべき従者がいます。貴方が問答無用で攻撃しようものなら、反撃をさせていただきます」


 従者である少年を後ろに庇うランザスは、右腕の服の袖をまくり掌をこちらへ向けてくる。

 その姿が、俺が夢にまで思い浮かべていた勇者像と重なり一層にみじめな気持ちにさせる。


「———ッ」


 俺は木剣を正眼に構え、踏み込む。

 同時にこちらに手を向けたランザスの腕から鮮血が迸る。

 まるで内側から裂けたような裂傷が指先から肘にまでいくつも生じた瞬間———奴の掌から嵐が吹き荒れた。




 話には聞いていた。

 ミルヴァ王国の勇者、ランザスの扱う魔法は常に系統強化の威力を持つ、と。

 規格外の魔力に、生まれついての系統強化並みの魔法。

 事実だけ見るなら恵まれた素養と言えるが……。


「過ぎた力は身を滅ぼすってやつだねぇ。そんな力を彼自身が望んでいないのは……さすがにかわいそうだとは思うよ」


 学者としての立場から言わせてもらうと、ランザスはこんなところで勇者をやらせるのではなく、然るべき環境で療養しなくてはならない病人だ。

 常に膨大な魔力に肉体を蝕まれる苦痛に苛まれ、そして魔法を使う時でさえもとてつもない激痛に苛まれているはず。

 それをミルヴァ王国の連中がさせないのは……。


「彼を恐れているということか。……だけどまあ、この惨状を見たら怖がるのも当然かもしれない、けど。あまりにも愚かだ」


 第一の試練の最中に起こされたランザスの魔法は、ガルガ王国のリヴァルとその従者を巻き込み、街を破壊した。その破壊の跡はとてつもないもので、勇者とウサト達が止めなければ観客席にまで影響があったかもしれない。


「……本当になんなのかなぁ、彼は」


 自慢の教え子であるリズとエリシャがこうも手玉にとられるとは。

 いや、リズは遊び相手みたいな気分で絡み続けていたから満足しているだろうが、彼のおかしな挙動を観客席から見ていたこちらからすれば白目を剥きたくなる。


「弾力を持たせた魔力で、ああも応用してくる? 普通」


 移動中に用いた残像。

 前方に盾のように放ち、相手を怯ませる。

 部分的に作り、攻撃・防御に転用する。

 しかし、それだけじゃない。


「……うえぇー」


 さらに弾力を操り粘性を持たせた技術も目を見張るが、なにより驚嘆に値するのは———リズの魔法を強制的に解除させた技だ。

 恐らく、私と隣のネアを除いた会場の誰もが気付いていない。

 誰が想像できるだろうか。

 治癒魔法使いが、他者の魔法の発動を妨害するような技術を持っているなんて……。

 ……。

 いや、治癒魔法ってなんだ? 彼を見ていると自分の認識が間違っていると思い込まされていく。


「……大丈夫? ネア?」

「あぁぁぁ……」


 隣で頭を抱えているネアに声をかけるが、苦悶の唸り声が返ってくる。

 この様子からして彼が見せた技のいくつかは、彼女が見たことのない———つまりはこの試練の中で編み出したものと考えてもいいのかもしれない。


「私は慣れてるから大丈夫、私は慣れてるから大丈夫……!!」

「自分に言い聞かせてる……」


 つまりそれくらいの頻度でやらかしているということなんだろうなぁ。


「とりあえず、あのおバカには帰り次第話を聞くとして……!」

「そんな苦渋の顔になるほどかな……?」

「……今度、ウサトの技の説明を聞かせてあげましょうか。理解を超えた説明を理解しなきゃいけない体験ができるわよ」

「あ、え、遠慮しておくよぉ」


 そ、それは本当に嫌だなぁ。

 私の反応に、ため息をついたネアは額を押さえながら映し出された映像を見る。

 試練が終わっても尚、ウサト本人は試練の場から戻らず、ランザスの魔法で破壊された区画を移動している。


「……ウサトはなにしているのかな? あれは?」

「巻き込まれた参加者がいないか探しているんでしょ。その証拠に……ほら」


 ネアの言葉と同時に空に緑色の光が打ちあがる。

 それがウサトが放った魔力弾と気付いた直後に破裂し、治癒魔法の緑の粒子が会場に降り注ぐ。

 彼のその行動の実情をしっているこちらからすれば非常に恐ろしい光景だが、この会場にいる大多数の人々にとっては違うものに見えていることだろう。


『きれー』

『見ていてすげぇ楽しいな』

『もっと変なことしろー!』


 祭りを楽しむ一般人からすれば華やかさはないが、彼の勇者を相手にした大立ち回りに興奮を覚えている。

 最初の印象とは全然違うように見られてるなぁ。

 まあ、小説のような貴公子ではなく別方向で人気を博しているのはなんだかなぁ、とは思うけれど。


「ん?」


 と、そこまで考えていると、何かに気づいたウサトが一直線に崩れた家屋へ向かっていき、その見た目から想像もできない腕力で家屋の屋根をひっくりかえし、中から気絶した————ガルガ王国のリヴァルとその従者を助け出した。


「……ネア、あれ……」

「本人は普通の人間だと思い込んでいるわ」


 人間から外れた私と、高い知性を持つ魔物からこんなことを言われる人間は彼くらいだろう。


「そろそろ私たちも移動しましょう」

「……そうだね」


 リズもエリシャも戻ったところだろう。

 途中で別れることにはなるが、私もネアも立ち上がり観客席を降りようとする。

 第一の試練が終わり間近となって、少なからず観客席から移動しようとする人々の間を抜けていくと、すれ違いざまに誰かと肩がぶつかってしまう。


「あ、すまない」

「いえ、こちらこそ。ごめんね」


 フードを被った男性……いや、体つきからして女性か?

 フードから毛先の赤い黒髪(・・・・・・・)を覗かせた少女は、小さく会釈して別方向へ歩いていく。

 ……。

 なんだろうか、不思議な雰囲気を感じさせる人物だったな。


「ウルア、どうしたのよ?」

「え、ああ、すまない。先を急ごう」


 前を歩くネアに声をかけられ、私は観客席のある場所から移動しながら、テントで休んでいるであろう二人の弟子のことを考え、ため息をつく。

 リズはなんだかんだで楽しんで戦えたと思うけど、エリシャは実は結構な負けず嫌いだし、むくれてなければいいんだけどなぁ。

実はがっつり他国の勇者について調べていたリヴァル。

それだけ勇者に憧れていたとも言えますね。


次回の更新は明日の18時を予定しております。

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― 新着の感想 ―
[一言] リヴァルには同情だな。ちゃんと心理描写がしっかりしてて良いね(((o(*゜▽゜*)o)))
[一言] これはキツイなぁ でもこのまま行けば待っているのは父親と同じ……
[一言] 魅せてみろリヴァン 意地を突き立てろ!
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