第四十七話
お待たせいたしました。
最近は少し忙しかったので間が空いてしまいました。
更新です。
書状渡しの旅へ出発する日の朝、この国の人々が起き始める少し前の時間に僕はアマコの住む果物屋の前に立っていた。
「すぐに慣れるから我慢してね……」
僕の服装は救命団の真っ白なコート、それに必要なものを詰め込んだリュックといった大変目立つような格好だが、それより目立つのは傍らでグルグル呻いているブルリンの方だろう。
ブルリンの体には荷物を固定させるためのベルトが動きを阻害しない程度に巻かれている。極力荷物は僕が持つようにはしたけど、慣れないベルトのせいかやや不機嫌なご様子。
僕は苦笑いを浮かべつつブルリンの鼻を撫でつけ、果物屋を見やる。
店の奥からアマコとサルラさんが出てくる。やや店から離れている僕には聞こえないが、サルラさんはアマコに一言二言何かを言い聞かせた後に、優しくアマコを抱きしめた。目を瞬かせながらも驚くアマコだったけど、直ぐに尻尾と肩を震わせながら俯いてしまった。
「―――っ」
アマコにとってもサルラさんにとってもつらいだろう。
しんみりとした気分になりながらも、できるだけ邪魔をしないように二人を見守っているとアマコから手を放したサルラさんは、こちらに体を向け深く頭を下げた。
―――この子をお願いします―――
なんとなくだが、そう言われたのは理解できた。あまり確実性のないことはきっぱりと言えない僕だけど、これは守らなくちゃいけない。アマコをこれまで守ってきたのはサルラさんだ。それならば、彼女からアマコを任された僕はアマコを守る、という重要な任を背負ったということになる。
書状渡しも、旅も、アマコのお母さんを治して、んでもってアマコを守る。
「……重いなぁ」
そう自分に言い聞かせるように小さく言葉にして、サルラさんに促されこちらへ歩み寄ってきたアマコを見る。目が潤んでいるアマコにどういった言葉をかけていいか分からない自分が嫌になりながらも、必死に言葉を捻り出し口にしようとすると、アマコに服の裾を引っ張られる。
「ん?」
「気の利いた事は言わなくていい、けど……ありがとう」
数秒先の未来を見た彼女は素っ頓狂な表情を浮かべる僕の顔を見て僅かに微笑を浮かべる。
からかわれたことに気付いたのはその数秒後、僕は安堵とも疲労ともとれる様なため息を吐きながら歩き始める。
「ウサト」
「今度はなに?」
アマコに合わせてゆっくりとした歩調で門まで歩き始めた矢先、アマコに声をかけられる。
「私、またここに戻ってきてもいいのかな?」
「………」
それは、どういう意味なんだろうか?
もう此処には戻ってくるつもりはないのか?それとも戻れないという意味なのか?
思わず首を傾げてしまうと、アマコはやや視線を下に向けながらポツリポツリと言葉を紡ぎだす。
「何時でも、帰ってきてもいいって……もうここは私の家だって……」
「サルラさんがそう言ったんだね?」
「……うん、でもまた帰ってこれるか分からない。もしかしたら一生帰れなくなっちゃうかもしれない」
一度、ローズがアマコのことを『時詠みの姫』と呼んだ。それに関係することかもしれないけど、もしかしたらアマコの立場は僕の思っていたよりもずっと重要な場所にいるかもしれない。
そう理解したら下を向いてしまったアマコに何も言えなくなってしまった。彼女に課せられたものの大きさをよく理解できていない僕は、彼女に対しての慰めの言葉すら思いつかなかったからだ。
「情けないな」
そう自嘲気味に呟きながら眼前に見えてきた門を見据え僅かに足を早めた。
「ウサトは行ったか……」
救命団の宿舎、団長室にてローズは外を見ておもむろにそんな事を呟いた。視線の先には外と国を隔てる堅牢な門がそびえ立っており、国と外を行き来するにはそこを通るしか手段はない。
その門を通って、ウサトは今日、外の世界に行ってしまう。
外の国々はリングル王国のように甘くはない。
凶暴な魔物の生息する地域もある。
盗賊が見張っている道もある。
人の売り買いを生業にするろくでなしどもがわんさかいる。
何時かはこうなることはなんとなく理解していた彼女はウサトの事をそれほど心配してはいなかった。ろくでなし共にやられるような鍛え方はしてないつもりだし、外の世界を見て経験を積み、目で見て感じて来させるのも悪くはないと思ったから―――。
「……くく……」
窓に手を掛けながら彼女は笑みを深める。
正直、ウサトは予想を超えて化けた。ローズの人道ギリギリの過酷な訓練を今や苦も無く行う事ができる胆力はまさに常識外れと言っても過言ではないだろう。
王国で初めて会った時の印象は、少しばかり情けない顔をした小僧、勇者二人に比べれば華も無く他を魅了する覇気も何もない。初めて訓練した時には、ウルルにさえ劣るレベルだった。
だが、ウサトは見事に適応して見せた。
切っ掛けはあの出来損ないの蛇と戦った事だ。森と言う過酷な環境の中での生活の中で見つけた脅威。わざわざ立ち向かわなくても良い筈なのに戦おうとしたウサトは、他から見れば大馬鹿野郎に過ぎないだろう。そもそも治癒魔法使いが戦おうなんて認識からして間違っている。
―――それでいい―――
ウサトが蛇と戦っている最中、ローズは半ば高揚しながら彼を見てそう言い放った。治癒魔法使いが戦うという認識が間違っているのではなく、戦えないという認識がそもそも間違っているのだ。
―――魔力が尽きるまで動き続ける戦士。
ローズが目指す、治癒魔法の終点。
彼女が求める、”死なない部下”。それは斬られても、殴られても、突かれても、砕かれても、折られても、決してその歩みを止めず、どんな状況でも朽ちることなく立ち上がる不死身の烈士。
「ん?」
窓の外を見ていると、見覚えのある銀髪の少女が宿舎から出ていく姿が視界に映る。周囲を警戒して歩いていくその姿に失笑するローズ。
ゆっくりと腰を上げて馬鹿者をひっ捕らえに行こうとすると―――。
「失礼します」
「ああ?」
―――扉が叩かれ、やや渋めな声が聞こえた。
コートを着ながら「入れ」と言うと、背の高い強面の男、アレクがこちらにお辞儀し入ってきた。
「何だ?」
「すいません、フェルムの姿が何処にも見えないのですが……?」
「ああ、そんな事か」
ニィと獣のように口を歪ませた彼女が窓の外を見やると、其処にはこそこそと隠れながら救命団の宿舎から出ようとしているフェルムの姿が見える。お世辞にも大きくない荷物を背負っている所から、ウサトが出ていくのに乗じて自分も出て行こうと画策しているだろうが……。
―――まだこの段階では出す訳にはいかない。
「成程、ウサトを追って出て行こうとしている、という訳ですか」
「だろうな」
窓を開け放ち、脚を掛け飛び降りる。
常人を遙かに上回る身体能力を有するローズは、たった一跳びで不審者さながらに出て行こうとしていたフェルムの前に降り立った。
おどおどしながらゆっくりと歩いていたフェルムは目の前に突然ローズが降ってきた事に、一瞬状況が理解できずに、立ち竦んではいたが……。
「……っ!」
「まあ、待て」
我に返ると同時にローズに背を向け駆け出す。
だが、案の定服の襟を鷲掴みにされ片手で持ち上げられる。
「ご、ごめんなさい……っ」
「いまさら謝られてもなぁ」
顔をこれ以上なく青褪めながら脚と腕を脱力させるフェルム。普段は尊大な態度を取る彼女がへりくだった応対をするのは無理もない。
今、彼女の襟を掴み持ち上げているのは、地獄に住まう悪鬼、ローズ。そんな態度をとったら即座にボコボコにされるのは身を以て理解しているのだ。
「ウサトを追って行こうとしたんだろうが……」
「ち、違う……」
「何が違うんだ、あぁ?」
情けない声を上げながら声を震わせるフェルムににっこりと笑みを浮かべ、そのまま宿舎の方へ歩き出す。
別にウサトにこいつを任せておくという手も無かった訳ではない。世間知らずの気があるフェルムに人間の常識を知ってもらうといういい機会にもなると思ったが、いかんせん今回ウサトが任された事が重要な為に、足手纏いは連れて行かせることはできないと判断した。
「どちらにしろ今のお前じゃ門はおろか門番ですら越えられねぇだろ」
「……ぼ、ボクだって……」
「ボクが何だって?」
「何でもないです……」
反論しようとするも、背後から感じる怒気が大きくなったことに気付き顔を真っ青にしながらがっくりと肩を下ろす。
「さあ、勝手にこっから出て行こうとした馬鹿にお仕置きしてやらなきゃなあ」
「……ひ」
分かっていた事だが、命乞いしてもローズは許してくれない。フェルムは一度、ウサトがそれをやって問答無用でぶっ飛ばされたのを目撃しているのだ。魔王軍に居た時は怖いもの無しだった彼女でさえ今では恐怖で震えあがるくらいに恐ろしい存在になっている。
恨むぞ……ウサトぉ。
内心、ここから出て行ったウサトへの恨み言を呟いた彼女は地獄という名の訓練場へと連行されていく。
窓の外からその様子を見ていたアレクは、やや呆れ気味に「何時も通りだな」と言葉にし自身の訓練の方に戻るのだった。
門に到着してから半刻ほど過ぎた頃だろうか。
街から聞こえる人の声が大きくなってきた時、城の前で待っていた僕の視界に馬に乗った集団の姿が見えた。
人数にして十数人くらいだろうか?その集団を注視していると、その中の集団に引っ張られている馬車から顔を出した青年がこちらへ大きく手を振って来る。
「ウサトー!」
「あ、一樹か」
移動手段については特に聞いてなかったけど、ルクヴィスには馬車で行くのか。よく目を凝らすと馬車の周りには数人の騎士と思われる軽装の鎧を纏った人達が馬車を守る様に配置されている。その中にはアルクさんの姿も見える。
「ブルリン、お前……乗れないけど大丈夫?」
「グゥ……!」
大丈夫な訳ねぇだろ、とばかりに脚を殴られる。
「お前、だんだん遠慮が無くなってきたな」
「ウサトが頑丈すぎるんだよ」
「グゥ」
アマコの言葉に同意するように頷くブルリンに、イラッとしたので取り敢えず鼻先をデコピンしてからこちらへ近づいてくる馬車の方へ歩みだす。
後ろで、初めてブルリンと会った時のような本気の威嚇とアマコが焦る声が聞こえるが、無視無視。
「おはようございますアルクさん」
「おはようございます!」
バッと瞬く間に馬から降りて、胸に拳を置き挨拶を返してくれる。相も変わらず元気な人だなぁ、と思っていると、アルクさんがこちらに両手を差出してくる。
「お荷物は自分が積んで置きますので、ウサト殿とお連れの方は馬車の方へッ」
「あ、ありがとうございます。それでブルリンは……?」
「申し訳ありませんが、我々と一緒に外で移動する形となります」
やっぱりか、まあ……ブルリンが馬車に入れるとは思っていない。アルクさんに背の荷物を渡しながら、アマコと一緒に馬車の入り口の方へ移動する―――その前に、グルグル~と何か言いたげな目で僕を睨み付けるブルリンに乗せられた荷物を取り外す。
「あまりアルクさんに迷惑かけるんじゃないぞ?」
「……グルァ」
「何その保証できないって感じの鳴き声」
……多分大丈夫か。もしもの時は僕が外に行けばいいだけだし。
ブルリンに乗せた荷物を近くの騎士さんに手渡し、馬車の中に入り込む。中は十人くらい人が入り込んでも余裕があるくらいの広さで、なんというかイメージよりも大分質素な感じがした。
軽く見渡した後に奥の方に目を向けると、一樹と犬上先輩、そして白いローブを纏った水色の長い髪が特徴的な女性、ウェルシーさんが座っていた。
「おはようございます。皆さん」
取り敢えず挨拶をする。目の前の三人も僕とアマコに挨拶を返してくれた。
「話すのは久しぶりですね、ウサト様」
「ええ、ウェルシーさん。貴方もこの旅にご同行を?」
貴方の事は凄く印象に残ってますから。
僕の魔法の適性を見るや血相変えて走り出した事とか、ローズに滅茶苦茶ビビっていた事とか。
「はい、全部が全部勇者様たちに任せておくにはあまりにも申し訳ないと思ったので、ルクヴィスまでですが私もお力になります」
「そうなんですか……」
僕達だけで行かせるとは思っていなかったけど、王国お抱えの魔法使いであるウェルシーさんを寄越してくれるとは、ロイド様も太っ腹だなぁ。
「私としてはウェルシーさんが来てくれるのは頼もしいよ」
「いえいえいえ、私の力なんて微々たるものです」
「俺と先輩の魔法の師匠なんですから、もっと自信を持ってください」
二人からの信頼も篤い、魔法の師匠ってことはこの人が僕にとってのローズに当たる人という事になるのか、少しで良いからこの人の小動物的なオーラを分けて欲しいね。ローズは肉食獣的オーラが凄すぎて睨むものすべてをビビらせるから。
本人の前で言ったら絶対ボコボコにされるであろう戯言を思い浮かべていると、隣で嫌に沈黙していたアマコが僕のコートの裾を引っ張ってきた。アマコに目を向けると彼女は不安そうな目でウェルシーさんの方に視線を向けていた。
なんとなくだが察した僕は隣に居るアマコに声を掛ける。
「この人は大丈夫だよ。むしろ先輩の方を警戒しなくちゃ」
「………うん」
「ん?今、さりげなく私が危ない人みたいな扱いになっていたのだけど……?」
納得いかないっ、みたいな顔をしている犬上先輩の言葉をスルーする。
馬車の壁に背を預けると、ガタンと馬車全体が揺れ車輪が回るような音が聞こえる。
「歩き出したようだね」
「そうだね……ウェルシーさん。書状の方は」
「ちゃんとお預かりしていますよ」
やや小ぶりなリュックのようなものから数枚の手紙に似た何かを取り出すウェルシーさん。
「スズネ様とカズキ様は確認していると思いますが、これが各国へ渡す予定の書状です。今の所は私が預かっておりますが、ルクヴィスからそれぞれ出発する際に皆さんの分を配りますので、今は気にしなくても大丈夫です」
「出発する時?ルクヴィスに書状は渡さないんですか?」
「ルクヴィスに限り、私が書状を渡します。と言いましても、スズネ様方が御一緒なのは変わりません」
……つまり、最初はウェルシーさんがお手本を見せてくれるという認識でいいのかな?それなら助かる。いきなり偉い人に会って書状渡して、はいさよならーな訳ないからね。
元の世界で生徒会に入っていた一樹と先輩ならともかく、僕はそういうことに慣れてないから結構不安だったんだ。
とりあえずの憂いもなくなり、安心した僕は背もたれに背を預け脱力しながら馬車の窓から外を見る。外は緑色の木々が見えるだけ。まだこの距離では見慣れた景色だろうが、後数時間もすれば僕がまだ見たことの無い景色に変わる。
旅の始まり―――新たな場所。
未知と危険を孕んだ大冒険。
良くも悪くもこの世界に馴染んでしまった僕はこの先どうなるのだろうか、と馬車にゆられながらもぼんやりとこれからの旅についての思いを巡らせるのだった。
ルクヴィス編へ突入ですね。
フェルムは留守番です。流石に一応の捕虜扱いの彼女を簡単に外へ出す訳にはいかないので、彼女には旅に出てしまったウサトの代わりにローズにしごかれる役目を任されて貰いました。




