第四百二十二話
お待たせしてしまい申し訳ありません。
第四百二十二話です。
試合という展開上、視点が移り変わる頻度が少し多くなります。
最初はクロード視点でお送りします。
長年武芸者として鍛錬を積んできたが、ああも自己研鑽に対して真摯に向き合っている奴は初めて会った。
リングル王国のローズ……彼の師匠がそうさせたのか、はたまた元からそうだったのかは知らねぇが、末恐ろしいとは思った。
断言できるのは奴が天才肌だとかそういう言葉で片付けられるような単純な存在じゃないことだ。
なにせ天才ってのは“そうやってきてもおかしくない”という事前認識があるからだ。
天才だからこれぐらいのことはやってのける。
天才だからなにをしても納得しちまう。
だがその天才以上に恐ろしいやつってのは、いざ目の前で戦うまで“なにをしてくるかまったく予想がつかないやつ”のことだ。
そうやってくるような理由も素養もない凡人が、予備動作もなしで横っ腹に拳を叩きつけるようなことを平然と繰り出してくる。
彼、ウサト・ケンという少年がそういう類の人間ってのを先日の手合わせで分かった。
『勇者の皆々よ!! 己の矜持を賭け!! 互いに競い!! 勝利を目指してほしい!! では第一の試練、開始ィィ!!』
「始まっちまったかー……」
毎度恒例の王様の張り切った開始の合図に苦笑しながら、試練の場となる街中へと進み出る。
刃に当たる穂先を木製の安全なものにさせた十字槍を肩に担ぎ、周りを見て見るとあたりは視界が制限された街中。
「少数精鋭は遊撃。従者引き連れた奴は挟撃かな?」
「師範、私たちはどのように行動しますか?」
と、思考している俺に話しかけたのは従者としてついてきた門下生……俺の孫娘のロアだ。
若い時の俺と同じ亜麻色の髪を後ろでまとめた頭二つ以上低い孫娘。
学者になった倅と違い、武芸者を志すようになった孫娘の声に俺は軽く答える。
「基本、遭遇次第戦闘開始だな。今回は余程追い詰められでもしねぇ限り、無茶なことをしでかす勇者はいねぇだろうしお前も肩の力を抜いておけ。……あと、気にしなくてもお爺ちゃんとよんでもいいんだぞ?」
「公私は分けてますから」
「頑固なところはあいつ譲りだなぁ」
まだ15にもなってねぇのにしっかりしているのはいいことだ。
そういう意味で倅に似てよかった……が、柔軟性がちとねぇのが弱点だな。
今回の祭りでなにか見えてくるモンがあればいいんだが……。———ッ。
「なんだ?」
なにか緑色の光が空へと打ちあがるのが見える。
……ありゃぁ、治癒魔法の光か? だとするとウサトの仕業か?
頭上を突き進んでいった魔力弾は膨れ上がり、緑の大きな輝きと共に弾け———快晴の空を緑の花火のように彩っていく。
雪のように降ってくる癒しの粒子に、ロアは年相応に目を輝かせる。
「わぁ、綺麗ですね。暖かくて心地良い……これが治癒魔法……」
頭上に意識を逸らさせた?
いや、そんなことのためにコレをしたわけじゃねぇ。
癒しの波動で思考が鈍る。
これが試練じゃなければ、腰痛やら色々と治療を願い出にいきてぇところだがそうもいかねぇ。
「ッ」
沈静化する意識と緊張する身体の齟齬に独特の嫌悪感を抱きながら、俺は警戒を完全に解いてしまった孫娘に声を張り上げる。
「ロア! 気を緩めるんじゃねぇ!!」
「うぇッ」
穂先を木製にさせた十字槍を構え、最大限の警戒を露わにさせる。
この不可解に降り注ぐ治癒魔法の粒子以外になにも異常はない、が……この纏わりつくような緊張に間違いはねぇ。
確実になにかが来る。
俺のただならねぇ様子にロアも慌てて槍を背中から取り出そうとした瞬間、俺はロア目掛けて十字槍を突き出す。
「えっ」
狙うのはロアの隣。
僅かな電流が走るのを目にし構わず突き出された槍は———眩い電撃を身に纏った勇者スズネが払った木剣によって先端が弾かれる。
奴の手には既に三つの銀の腕章———既に三つやられたってことか!!
「やるね!」
「とんでもねぇな! おい!!」
こちらが槍を戻す前に勇者スズネはロアの腕章を剥ぎ取り、瞬時にその場から消えてしまった。
残されたのは呆然とする孫娘と、若者にしてやられたジジィだけだった。
「……ハッハッハッ! してやられたぜ!!」
「え、あ、わ、私、腕章っ、なぁい!?」
腕章が奪われた自身の腕を見て素を露わにして動揺するロア。
そんな孫娘に軽く声をかける。
「気にすんな。ありゃ素で反応すんのは無理だ。できたら人間超えてるぜ」
「おじいちゃんは反応してた!!」
「勘だ。反応できちゃいねぇよ」
若ぇ頃はいざ知らず、今の俺じゃあ直感頼りだ。
勇者イヌカミの魔法による高速移動は事前に知っていたので理不尽とは思わねぇ。が、納得できねぇのはどうやって俺らの位置を正確に把握していたのかってことだ。
「……やってくれたのは、お前さんかい? ウサト」
確証はない。
だが俺の中の疑心にしっくり当てはまるような感覚があった。
「さあ、こんだけ挑発されたんだ。いっちょ奪い返しに行こうぜ」
「うん! ……あっ、はい!!」
何度も思わされていることだが、本当に人生ってのは面白い。
これが勇者として参加する最後の祭りになるかもしれねぇと考えていたが、俺が想像した以上に面白いことになりそうだ。
●
僕が放った治癒拡散弾は都市上空で破裂し、拡散された治癒の魔力がフィールド全域に降り注ぐ。
それにより僕の治癒感知に勇者と従者全てが反応し、その位置を全て把握した――――その上で他者と魔力回しを繋げる治癒同調を発動、先輩に僕が感じ取っている情報を共有させる。
あとは、共有した情報を把握した先輩が、一度限りの雷獣モード2を発動させ、一瞬で腕章を刈り取る。
「これで私たちは9点。最高の滑り出しだね」
「ええ」
見晴らしのいい家屋の屋上で、作戦が成功したことを再確認する。
先輩の手にはそれぞれの従者が持つ六つの銀の腕章。
僕の1点と先輩の2点分を合わせて9点と言う圧倒的なアドバンテージを得ることができたわけだが、逆を言えば全勢力から狙われることを意味する。
「誰かに反応されましたか?」
「君の警戒の通りに、クロード、レオナ、リズが反応してきたね。クロードとリズは不意打ちだったから従者からギリギリ奪えたけれど、レオナはさすがだね」
感心しながら軽く右手を上げた彼女の手は霜に覆われており、怪我こそはしていないけど攻撃を受けたことが分かる。
狙いを従者に絞ったのは正解だったかもしれないな……。
「彼女の魔力感知だね。見たところ感知範囲は君と同じ、だけど物理的な冷気を持っているからかなり厄介だ」
「多分、僕の治癒拡散弾を見たあたりで対策されてしまったんでしょう」
それでもしっかりと反撃してくるあたり流石すぎる。
先輩が差し出した手を癒した僕は、彼女から受け取った腕章を全て腕につける。
「でもこれ僕だけで持っていてもいいんですか?」
「私の制限がなかったら私が持っていてよかったんだけどね。でも、本気で勝ちに行くなら君だけが持っていた方が絶対にいいと思ったのさ」
まあ、今の先輩はこの試練で雷獣モード2を使える時間を全て使ってしまったからな。
それなら守りも逃げもできる僕が持っていた方が効率的か。
「さて、それじゃあ迎え撃とうじゃないか」
「ええ」
手筈通りに先輩の前に立った僕が軽く中腰になり、先輩が僕の背中に乗り両肩に手を乗せる。
先輩をおぶるような形になった瞬間、背後の会場でざわめきと歓声のようなものが聞こえたことに気づかないようにする。
「名付けて、タンクウサトくんだ!」
「じゃあ、貴女はキャノン先輩ですね」
「そこはキャノンスズネでよくない……? いや、スズネキャノンか?」
タンクって……いや、間違ってはいないんだろうけど。
気を取り直してしっかりと先輩を固定する。
「足は君に任せる。固定砲台は私に任せろ!!」
「ええ、任せてください……!」
「では、ウサトくん発進!!」
床を蹴り前に飛び出す。
先輩を背負ったまま家屋を飛び降り、落下しながら弾力付与を纏わせた右足で壁を蹴り加速。家から家へと弾けるように加速を繰り返していく。
「弾力付与もここまで扱えれば最早魔法だな!」
「最早というより、これも魔法です、よっ!」
軽く先を行くと右の路地から複数人の声。
やってくるであろう路地の壁に治癒魔法弾を投げつけ、先輩に治癒感知を共有させる。
「人数約15人、どうします!」
「勿論突破だ! 勇者がいれば腕章を奪う!」
「了解!!」
僕達が路地に辿り着くと同時にガルガ王国の従者たちに接敵。
こちらに気づいた彼らは、動揺しながらも刃引きされた剣を引き抜く。
「なんだ!? なにを背負ってる!?」
「勇者だ!! 背中にいるのは勇者だ!!」
「面妖なぁ!!」
ん? リヴァルがいない?
彼らはガルガ王国の勇者の従者たちのはずだけど、どうして勇者の彼がいない?
いや、よく見れば最初の治癒探知で確認した人数よりも二人少ない。
「リヴァルは従者一人と別行動をしているようですね!」
「ああ、なら彼らを相手取る必要はないってことだ!」
そうと決まれば、と弾力付与を纏わせた右足を力強く踏み込み、従者たちの頭上を飛び越える。
彼らの後方に着地した僕達を目にした彼らの一人は目を剥きながらこちらに掌を向ける。
「お前達、魔法だ!」
「し、しかし……!!」
「ここまで失態を繰り返して、このまま済ませてやるものか!! 全員放て!!」
明確な攻撃の意思で魔法を放ってきたか。
十を優に超える属性の魔法が一斉にこちらに殺到すると同時に背中にいる先輩が白い電撃を纏い、手を指鉄砲のような形にして前方に構える。
「“雷獣モード0”」
先輩の指先から瞬時に稲妻が何度も輝き、こちらに迫る魔法が全て貫かれる。
「精密射撃特化、これぞイヌカミ・サンダー……!」
反射と運動神経を底上げした精密射撃!
モード2ほどの派手さはないけど、名前もかっこいいな……!
「それじゃ今度は僕が!!」
先輩に続いて僕は弾力付与を纏わせた右回し蹴りを前方へ放つ。
狙うのは彼らの足元!!
「治癒弾力脚!!」
「は!? 治癒魔法が足から飛ッ……ぐっ!?」
「!?」
「な、なんだと!?」
三日月状へと変化した魔力が彼らの眼前の地面に叩きつけられ、弾けた衝撃で彼らが転倒する。
治癒魔法の衝撃波ならギリギリ攻撃判定はないはず!! 多分!!
「よし、先に行こう!」
「ええ」
先輩を背負い直してその場から跳躍しようとする……が、そこに上方から三本の矢と不可視のなにかが降り注いでくる。
治癒感知でそれを察知した僕は咄嗟に横に飛んで避けると、地面に落ちる前に不可視の攻撃は消え、矢じりのない矢が突き刺さる。
「お姉ちゃん! 避けられた!!」
「むん」
僕達と同じように家屋を蹴りながら現れたのはネーシャ王国の勇者リズ、そして彼女の背中には———弓矢を構えたエリシャが背負われていた。
互いに相方を背負って走っていることに先輩とエリシャが声を上げる。
「私たちと同じ!?」
「フッ、ウサト君。やはりこの戦術は効果的だ! なにせ実践している者が他にいるのだからな!!」
ネアとフェルムにはバッシングを食らったこの作戦だが、同じ作戦をしている人がいるなら彼女達も文句は言えまい。
「エリシャ」
「うん!」
! エリシャがリズの背からジャンプした?
垂直に飛んだエリシャが空中に投げ出されるが、彼女はそのまま矢を構えた状態で見えない足場を踏むように空中で跳躍し、こちらに矢を放ってきた。
「空気を蹴った……!」
「避けます!!」
後ろに下がりながら矢を避けるが、警戒すべきはこちらに接近してくるリズの方だ。
彼女はこちらに駆けながら腕を大きく振るうと、袖口から複数の黒色の棒が飛び出し———それらを全て繋ぎ合わせ、2メートルを優に超える棍棒へと組み上げた。
その先端は刃のような形状をした鉄製のカバーが覆われているが、どう見ても非殺傷武器という建前を無理やり取り付けた武器にしか見えなかった。
「え、なにあれやばくない!?」
先輩の驚きの声に構わずリズは、ぶんぶん、と軽々と武器を回転させながら力任せに棍棒を地面へ叩きつけた。
瞬間、街道の石造りの地面はクモの巣状の罅が走り、地面を大きく揺るがす。
「あれどう見ても槍と弓の勇者じゃないでしょ!?」
「柄が長いから槍と伝わったんだろうけど、あれ思いっきり大刀だね!! 三国志とかでよく見る方のやつ!! しかも君の直感大当たり!! 彼女ゴリゴリのパワータイプだ!!」
リズは片手で軽々と大刀を振り回し、街道の障害物ごと僕たちを薙ぎ払おうとする。
それに対し、僕は後ろに下がり対応するが、リズの背中に戻ったエリシャが番えた矢を連続して放ってくる。
「矢は私に任せて!!」
それも先輩が木剣で落としてくれるが、彼女達を相手に先輩を背負って鬼ごっこをするのも難しい。
「ウサト君! ドッキング解除!!」
「了解!!」
先輩が僕の背中から跳躍し、大刀を掲げたリズへと向かっていく。
先輩がリズの相手をするなら、僕は……!!
「ひとまず、こっちか!」
「腕章返して下さーい!!」
エリシャがどのような魔法を使うかまだ分からない。
そういう意味では現状力任せな戦い方をするリズ以上に正体不明だ。
脚から斬撃もどき放つわ、ぼよんぼよん飛び回ったり観客席視点で考えると本当に意味不明な挙動しかしていないウサトでした。
次回の更新は明日の18時を予定しております。




