第四百十七話
お待たせいたしました。
第四百十七話です。
勇者とその従者たちが泊っている宿舎に繋がっている訓練場。
そこは屋外に作られた運動場ではなく、完全な室内に作られたいわば二回りほど大きな体育館のような作りになっている場所だ。
昨夜、ミルヴァ王国のランザスさんに彼の従者であるレインの訓練をする旨を了承する文を送り、その指導の場所を訓練場に指定することにした。
「結構……いや、かなり広いな」
「本当お金かけてるわねー」
早めの朝食を済ませてから僕は肩にフクロウ状態のネアを乗せて訓練場にやってきていた。
フェルムはそもそも朝が弱く留守番、先輩はフェルム一人部屋に残すわけにはいかないということで、彼女も部屋で読書に耽るそうだ。
「フッ、この空間で訓練か」
「満足そうなのはいいけど、今日は訓練だけじゃないのよ」
「分かってる」
今の期間は勇者関連の人だけが使用することが可能だからか、まだ僕以外に人はいない。
だけどまあ、レインがまだ来ていないから空いている時間で僕も軽く見回ってみようか。
「攻撃を当てる用の的、木製の武器、訓練用の重り……かなり充実しているね」
「祭りの期間以外では兵の訓練場として使われているんでしょうね」
つまさきで軽く床を叩くと硬質な感触が返ってくる。
地面じゃないのはちょっと不安だけど、この硬さなら多少力を籠めて踏みしめてもいいな。
「さて、それじゃあレイン……いや、レイン君か。彼が来るまでウォーミングアップでも……ん?」
「どうしたのよ?」
訓練場に誰か来た。
背丈からしてレイン君ではなさそうだ。
目を凝らしてみると背丈超えるほどの木製の棒を手にした老人は……カーフ王国の勇者のクロードさんだ。
彼は僕達に気づいていたのか、まっすぐこちらに歩いてくると親し気な様子で片手をあげてくる。
「おう、おはようさん。若いのに早いな」
「おはようございます。そちらは訓練ですか?」
身の丈を超えるほどの棒……いや、先端に十字に組まれているから、練習用の十字槍ってやつなのかな?
それを持ったクロードさんを見てそう尋ねてみると、彼は快活な笑みを浮かべながら頷く。
「おうよ。ジジィの日課みてぇなもんだ。ん? その肩にいるのは……」
「僕の使い魔です」
「ほーう。これまた面妖なもんを連れてんなぁ」
「ははは、分かります? こいつの面妖さ」
クロードさんの言葉に動揺しながら笑うと、肩にいるネアが抗議するように僕の頬を叩いてくる。
「しかし感心だな。うちの倅はガキん頃は早起きもできねぇでぐーたら文句垂れていたってのに大したもんだ」
「救命団ではこれぐらい早く起きなきゃ団長にドヤされてしまいますから」
「救命団団長つーとあの緑髪の嬢ちゃんか?」
ローズを嬢ちゃん呼ばわり……!?
クロードさんの年齢を考えると全然おかしくないけど、あの人を嬢ちゃん呼ばわりとは……なんか違和感が凄いな。
「御存じなのですか?」
「ハハハ、忘れられるはずもねぇさ。9……いや8年前か? うちに道場破りに来たとんでもねぇ嬢ちゃんさ。うちの若ぇの全員なぎ倒していきやがって度肝抜かれたわ」
「あー、えーっと、うちの団長がすみません……」
「いやいや、気にすんな。むしろいい経験を積ませてやったくらいさ」
ローズって昔は結構道場破りとかやんちゃしてたのかな?
……うん、普通に想像できちゃうし、なんなら武者修行がてら色々なところに喧嘩を売っていてもおかしくないとさえ思えてしまう。
「どれ、ここで会ったのも何かの縁だ。やっていくかい?」
「! ええ、願ってもないです」
レイン君が来るにはまだ早いので、クロードさんと手合わせする時間はある。
以前、四王国会談の時にハイドさんとした模擬戦を思い出すな。
「勇者同士の手合わせは試練開始までご法度だが、従者となら話は別だからな。いっちょ軽くやっていこうぜ」
「よろしくおねがいします!」
くるん、と手元で木製の十字槍を回し、距離を取るクロードさん。
僕も彼も二日後に第一の試練を控える身なので、本気ではいかずに魔法なしで軽く手合わせしていこう。
「ネア、ちょっと離れてて」
「まったくしょうがないわねぇ」
肩からネアが離れていくのを確認し、僕も軽く準備運動をする。
「素手か? 噂じゃ籠手を使うと聞いていたんだが」
「今は無手です。まあ、元から殴る蹴るしかできないので」
「そういうとこまであの嬢ちゃん譲りか」
僕が剣や槍を持っても力任せに振り回すことしかできない。
指導を受ければ素人に毛が生えた程度にはなるだろうけど、今更これ以外の戦い方をするつもりはない。
「いつでも大丈夫です」
「おう」
クロードさんが木製の槍の穂先を僕に向けるように緩く構え、僕は足を半歩開き、半身に構える。
互いに構えてから数秒ほどの静寂———瞬間、力強い踏み込みと共にクロードさんが槍を突き出してきた。
「!」
迷いなく、真っすぐ胴目掛けて突き進む槍。
目で追える、追えるけれど、槍は奇妙な加速と伸びを見せ、虚を突いてきた。
「ッ、これは……!!」
「ふっ!!」
身体を傾けて槍を避けるが、凄まじい速さで槍が引き———再び同じ構えをとったクロードさんにより、弓から放たれた矢のように槍が打ち込まれる。
目で追えるけど、反応しづらい……!!
僕の動きを先読み、且つ避けにくい箇所を的確についてくる!
木製の刃の部分を掴んでしまえばいいだけの話だけれど、手合わせをしている以上相手の攻撃を本物と考えていかなきゃ意味がない。
ならば、槍が引いた瞬間にこっちから接近する!!
「ふんっ!!」
「むぅ!」
床を強く蹴り、槍が苦手とするクロードさんの近くにまで飛び込む。
まず動きを封じるべく、開いた手でクロードさんの槍の柄を掴もうとするも、鮮やかに持ち手を変えた彼は槍の柄の部分をくるりと半回転させ、踏み込んだ僕の足を払いにかかる。
「っっと!?」
全然動揺しない!! いや、当然か!!
この人は僕以上に戦いを経験しているし、修羅場も潜っている!!
あらゆる状況への対応手段をあらかじめ用意していても不思議じゃない。
「……」
「……」
後ろに下がった僕とクロードさんがにらみ合う。
たった十秒にも満たない攻防だけど、それだけで彼がどれだけの修羅場を潜り技術を磨いてきたのかを分からされた。
にらみ合って十秒ほどたったところで、僕達は同時に構えを解く。
「いや、久しぶりに肝を冷やした」
「それはこちらの台詞ですよ……」
「嘘つけ、こちとら理性のある猛獣を相手取っている気分だったわ。あの距離で微塵も動揺せずに避けるかフツーよぉ」
理性ある猛獣て。
どんな風に見えているんだ僕は。
「短いが手合わせはこれで十分だな」
「はい。ありがとうございました」
「そっちこそジジィの暇つぶしに付き合ってくれてありがとな。噂に違わぬ傑物だぜ、お前さんはよ」
クロードさんに褒められてちょっと嬉しくなる。
ほんの十数秒の攻防だったけど、得るものはあった。
クロードさんは特別な動きとか技を使った様子はなかったけど……なんというか、基本をがっちがちに固めた上で、あらゆる状況に対応できるように練り上げた……って感じだな。
もしかすると、先輩の雷獣モードも対応してしまうかも……。
「お前さん……」
「はい?」
思考をまとめていると、不意にこちらを見ていたクロードさんが話しかけてくる。
「俺の弟子にならんか?」
「え……?」
で、弟子?
いきなりどうしたとは思ったけど、これに対する僕の答えは最初から決まっている。
「嬉しいお誘いですが、僕にはもう師匠がいますから」
「ハハッ、まあ、そうだろうな。……うーん、ホントに駄目?」
「未練たらたらじゃないですか」
快活に笑ったクロードさんに、僕も内心の驚きを落ち着ける。
「でも、いきなり弟子って……も、もしかして僕に槍の才能とか……?」
「いんや、才云々は普通だな」
あ、やっぱり普通なんだ……。
隠された才能とかちょっと憧れているところがあるので、ちょっと残念。
「だが、お前は努力ができるやつだからな」
「??」
「なにを当たり前をって顔をしているが、俺が教える技術ってやつはひたすらに基礎を突き詰めるもんなんだよ。突き、払い、薙ぎの三つの動きと状況に合わせた姿勢と踏み込み。それをただひたすらに何千何万と繰り返させていく。魔法との応用なんてその後のすっっっげー地味な修練」
基本を積み上げた技術の恐ろしさは先ほどのクロードさんとの手合わせで体験している。
彼も本気じゃなかったし、あれにさらに魔法が組み合わされたら初見じゃ対応できないだろう。
「だから魔法戦士やら勇者の肩書を夢見た武芸者は、最初の繰り返しと反復練習に嫌気が差してやめちまう。その点、お前は多分疑問なんてもたずに延々とやり切るだろ?」
「それが必要なことなら……」
「そういうところを嬢ちゃん……いや、お前の師匠は評価してると思うぜ?」
負けず嫌いなところは元の世界から変わらない僕の長所ですからね。
その反骨精神だけでローズに食いついてきたといっても過言ではない。
「でもお弟子さんなら普通先ぱ……僕の主とかの方がいいと思うんですけど」
「いやぁ、ありゃ駄目だろうなぁ」
駄目? 先輩ならスポンジみたいに吸収して教えやすいと思うのだけど。
不思議に思う僕にクロードさんは、ハッとした様子で手を横に振る。
「あぁ、悪い。別にお前の主が悪ぃとかそんなんじゃねぇけど、ありゃ一度見れば大抵の技はモノにしちまう類だろう?」
「……あー」
そういう意味での駄目かー。
僕の系統劣化も聞いただけの情報で身に着けちゃっていたし、先輩ならやりかねない。
「教え甲斐もねぇし、なにより技術を習得する過程の気づきが見込めねぇのがなぁ。いや、それが必要ねぇくらいに完成されているってやつなんだろうな」
「……」
なんとなくだけど理解はできる。
先輩は見聞きしただけでも覚えちゃうけど、その過程で見つかるであろう欠点も改良点も後になってからじゃないと分からないんだよな。
「ま、単純に俺が教え好きなジジィなだけなんだけどな!」
「結局好みの問題じゃないですか」
「かはは」
楽しそうに笑うクロードさんに僕も苦笑していると、近くで見ていたネアが僕の肩に泊まってくる。
ぽんぽん、と頬を翼で叩いてきた彼女は、もう片方の翼を訓練場の出入り口へと向ける。
そこには背丈の低い男の子が、所在なさげに立っていた。
「ウサト、来たわよ」
「ちょうどいい時間だね。……クロードさん」
「ん? ああ、待ち人がいたのか? 俺のことは気にせず行ってもいいぞ?」
彼は変わらず槍の練習をするようなので、改めて一礼した後に彼———レイン君に手招きする。
さーて、ナックの時とは違って肉体訓練ナシの、純粋な治癒魔法の訓練だ。
結構荒っぽくなるけど、僕も気合をいれなきゃな。
前話を見返して改めて第一の試練でウサトに制限を設けるとしたらってどんなものになるか考えたら
「系統強化の暴発禁止」
「治癒魔法の禁止」
「素手禁止」
という他の参加者と観戦者から見れば意味不明でしかないピンポイントメタしか思いつきませんでした……。
次回の更新は明日の18時を予定しております。




