第四十六話
お待たせいたしました。
森へ行っていたローズとフェルムが帰ってきた。
時間にして10日くらいだろうか?僕と同じくらいの時間、フェルムは森で過ごしていた様だ。
森から帰ってきたフェルムは、この世の全てに疲れた様な表情だった。虚ろ気に『裏切られた……』と呟いていたので、あの鬼畜兎によって僕と同じ目にあったのだろう。僕にはブルリンが居たからなんとか大丈夫だったけど。
でも帰ってきたフェルムは、なんというか、精神的にたくましくなった感じはする。あくまで気がするだからそうだとは限らないんだけどね。
それと、ローズとフェルムが森へ行っている間、変わった事があった。
まず、ロイド様が各国へ書状を出すという旨を大々的に公言した。まあここらへんは魔王軍との戦いと同じ流れだからそんなに王国にとっては変わった事だけど、僕にとってはそんな騒ぐほどでも無かった。
後は、アルクさんが僕の旅に一緒に来てくれるって伝えに来てくれたことかな?あまり人が多くなると動きにくいので人数は最低限にしてほしいと念の為に城へ戻るアルクさんに伝えておいたけど……そこらへんどうなるんだろう。
あまり大人数での移動は色々な弊害も生まれるだろうし……大体の裁量はよく分かっている人に決めて貰おうと思っている。
そんな事があった一方、僕はローズが帰ってくるまでずっと治癒魔法の訓練に励んでいた。
結果だけ言うならばあまり芳しくない。操作が難しいし、こちらの魔力が保たないのだ。これはもはや直感の領域、自身の魔力が最も安定する形で留め濃度を固定する。
それが果てしなく難しい、数秒程ならば維持できる、だがそれまでだ。
「難しいなぁ」
訓練場の重りに使う岩の上に座りひたすらに魔力を練っても一向に安定しない。
旅に出るのは明日に迫っているというのに目立った進歩を見せられないのは、なんというかこの世界に来てから初めてのことかもしれない。
今までだってローズのおかげで走れるようになったし、治癒魔法も使えるようになった。キツイと感じた事もあるし逃げ出したいと思ったこともあったけど、ちゃんと努力に見合った結果があるから今まで頑張ってこれたのだ。
「ままならない、か……」
胡坐のままひたすらに魔力を手に集め色を色素を濃くするも、集中力が足りないのか今度は簡単に霧散してしまう。
やっぱり、10日やそこらで治せるような奴ではなかったか。
「おいウサト」
「はいっ……って、団長?どうしました?」
音も無く側方から声を掛けられて心臓が止まりそうになりながら、岩から飛び降り声が聞こえた方を向くと、そこには我が団長、ローズがいた。
なんだろう、困惑している?今まで見た事の無い反応を見せた彼女は、無言で僕に近づき治癒魔法を覆っていた手を掴み上げる。
「何時の間に魔力の上乗せなんて覚えやがった?」
「す、すいません!なんかやっちゃ駄目な感じの奴でしたか!?」
「質問に答えろ」
なに、僕なにかしちゃったの、オルガさんも怒ってたしやっぱり危ない感じの訓練だったのかな。取り敢えずローズの言うとおりに正直に話すしかない。
「お、オルガさんの治癒魔法を見て自分なりに魔力の色を濃くできるか試していただけです!」
「オルガァ?……アイツの魔力を見てそうやったのか?」
ビビっている僕の腕をパッと離したローズは腕組みをし思案気に僕を見ている。数秒ほどの沈黙の末、ニヤリと口角を三日月のように歪めたローズが手で目元を隠すように抑え、小さな声で笑い始める。
「ク、ハハハ……」
「あの、どうしました?」
とうとう頭がおかしくなったか。
等と失礼な事を考えていると、ひとしきり笑い終えたローズが僕の頭に手を置き、素晴らしい笑顔でニッコリと笑みを向けた。
スゴイ良すぎて怖い笑み……僕こんな笑顔見た事ない。自然に両腕を自由にし、何が起きても大丈夫なように痛みに備える。しかし、ビビッている僕を余所にローズはぐりぐりと頭を撫でつけ満足気に再び笑みを漏らす。
「そいつは治癒魔法の特性みたいなもんだ。気付いているだろうが、その色素が濃くなるごとに与える治癒の力は強くなり、自身に対する治癒の力は弱まっていく」
「……やっぱりそうだったんですか」
「まだお前ができるとは思わなかった。使う場面間違えると死ぬ可能性もあるからな……まあ、簡単じゃあないが、お前なら数をこなせばいくらかモノにできる。まさか自分で気づくとは流石の私でも予想外だったがな」
―――つまり、現状芳しくないと思ったのは当然のことで、凄い時間のかかる訓練と考えて良いのかな。何だか頑張れそうな気がした。
「あの……何かコツとかはありませんか?」
「数をこなせ、これには近道なんて存在しねぇ。これまでと同じだ。今までできたならこれも出来る筈だ」
数をこなす、即ちそれ以外の方法、コツとかそういうものは無いという事かなら今までのように頑張っていけばいいだけか……。
ようやく前進できるのを自覚した僕は開いた手を強く握りしめる。
……そういえば、ローズは何でここに来たんだろうか、僕の魔法を見て訝しんでここに来たのだろうか?驚いていたから別の用で来たか?
「そうだ、伝え忘れていたが……書状の任が明日に迫った。んでもって、明日何時出発するか伝えられた……だが、お前は見送りとかはあまり好まねぇようだから明朝に門の前で待っていろ。アマコも連れて行くといい」
「あ、はい、分かりました」
「暫くすれば、直ぐに勇者様御一行が来るはずだ。そこで合流し旅へ行け」
見送りって、国の人が見送ってくれるという事だろうか?イメージ的には馬に乗って歓声とともに街を歩いていくって感じだけど、確かにあまり好きじゃないな。先輩と一樹は逃げられないと思うけど。
「荷物とかは?」
「救命団の服とコートは持っていけ、後は必要最低限のものだけでいい……あの熊を連れて行くなら、そいつにも何か持たせておけ。紐で括り付けておけば十分だろう?」
必要最低限の荷物……ローズに貰った本とナイフと手帳とか申し訳程度の携帯食料くらいでいいかな。後は他の人が持ってきそうだ。
「他に何か聞きたいことはあるか?」
「取りあえずは、無いです」
「そうか、それじゃあ明日ここを出る前に一つ教えておくことがある」
「?……なんですか?」
外の世界は危険がいっぱいだからアドバイスしてくれるのかもしれない。基本的にローズの言葉は間違っていないので気を引き締めて心して耳を傾けると、目の前の彼女は拳を掲げ獰猛な笑みを浮かべた。
「治癒魔法を下に見るようなどうしようもねぇ奴と関わっちまった時――――遠慮なくぶっ飛ばしていい」
「それ色々マズイから駄目ですって!!」
アルフィさんが駄目って言っていたから。この人ホント沸点低いか高いか分からないからな、どんな拍子で何しでかすか本当に分からない。
「どうせ表面的なものでしか優劣を計れねぇやつの底なんて知れてるんだよ。一度ぶっ飛ばしたほうが正気に戻るもんさ」
「え、ええぇ……」
とりあえずありがたい言葉を受け取りつつ、その後何度か危うい会話を交わす。
「―――と、大体のことは伝え終わったな。お前は明日の準備をしろ。暗くなってからじゃ遅い」
「はい」
「私は戻る。……書状渡しの旅は良くも悪くもお前になんらかの影響を与えるだろう。―――期待しているぞウサト」
そう何気なしにつぶやいた後、彼女は訓練場の外へ歩いて行ってしまった。
彼女の後姿を見て、僕は何気なしに呟かれた彼女の言葉を反芻するように呟く。
「期待、してるか……嬉しいなぁ、ちくしょう」
僕ってこんなに簡単な男だったっけ。それとも褒められたのはローズだから喜んでいるのか?……そうかもしれない、なんだかんだいって僕はあの人を信頼しているんだ。
この世界の師匠として、ある意味一番尊敬しているかもしれない。
まあ、こんなことを思うのはローズに飼いならされたせいかもという可能性があるんだけどね。
「さて、明日することも聞いたし、準備をしようかな」
ゆっくりと背伸びしながら宿舎の方へ歩き出す。ブルリンに合う革のベルトもこしらえとかなくちゃな。
しかし門の外へ歩き出していた僕の視界、眼前に生い茂る木々の一つの影に誰かが居る事に気付き足を止める。よく見たら肩ぐらいまでに延ばされた銀髪が僅かにはみ出てるから、誰かは直ぐに分かった。
「何やってんの?フェルム」
「うぐっ……」
ギクリとしたような声が聞こえた後に、目をこれ以上なくジトーっとさせた銀髪の褐色肌の少女が木の影から出て来る。肩位にまで伸ばされた銀髪に、釣り目気味な瞳、そして特徴的な救命団の花の刺繍が施された運動着を着ている。
彼女は僕から視線を逸らし、気まずげに手を後ろに回し口を開く。
「休みを貰っても、ボクは街へいけないから散歩しようと思ったら……お前が居た」
「あー、成程。でも何で隠れるの?」
こいつ今は大人しいとは言っても、この前までは敵同士だった。そりゃあ街にはいけないよなぁ。いくら此処の人達が寛容といってもね。
「お前の事が嫌いだからだ」
どうして此処まで嫌われているんだろうか。
まあ、魔王軍から捕獲した僕を恨んでもおかしくはないけど……。嫌われているならしょうがないか、とりあえず僕も明日の準備をしなくちゃいけないから急ごう。暗くなってからでは色々遅いからな。
「はぁ、まあ。折角の休みなんだから、体を休めているといいよ……」
「待て」
「?」
フェルムの横を通り過ぎようとしたら、突然腕を掴まれる。
「お前、明日何処かに行くのか?」
「あれ?そういえば言ってなかったっけ?」
「………教えろ」
「え?」
「何処に行くか教えろって言っているんだ!!」
……嫌ったり、問い詰めたり忙しい子だなぁ。やけに必死に詰め寄って来る彼女にそう思いつつ書状渡しの旅について簡単に説明する。
ある程度話し終えると、彼女は怒ったように僕に詰め寄ろうとしたが直ぐにそれをやめ、俯いてしまった。
「どうしたの?あ、もしかして僕がいなくて寂し―――」
「………」
無言で脛を蹴られる。
どういう理由かは分からないが、この子は何か気に入らない事があると僕の脚を蹴る。この程度の痛みには慣れているので表面には出さないが、魔族ゆえの力のせいか痺れる程度には痛い。
冗談のつもりだったんだけど、本当に寂しかったのだろうか。
「……くっ」
「ちょっと、まさか本当に―――」
「お前だけがこの地獄から抜け出すなんてズルいぞ!!」
「あ、そう……」
僕の顔を一瞬見た彼女は苛立つようにもう一度僕の脚を蹴った後に、僕が歩こうとしていた方向とは別の場所へ走っていってしまう。
二度目は割かし力をいれて蹴られたので少しムカッときた。
「……」
思わずローズ寄りの思考になってしまいそうになる僕だが、ここに関しては一日の長があるので、気を鎮めながら冷静に走っていってしまった彼女を見据える。
……追いかけようと思えば直ぐに追いつけるが、なんだかそっとしておいた方が良いかもしれないな。僕が旅へ行くことは決定していることだし今更変える事なんてできない。むしろ脚を蹴られた腹いせに「お前はここで苦しめこのドジ女がッ」とでも言っておいても良かったかもしれない。
というよりなんだ、この地獄って。
僕の方が地獄味わっているんですけど。むしろグランドグリズリーとあの蛇がいない『森』の中で生活ってすごく楽じゃん。僕、あれだよ?夜は魔物が怖くて浅くしか眠れなかったからね?
「はぁ……」
……ま、ここは広い心で彼女を許し、準備の方に向かおう。彼女のおかげかどうか分からないけど、足取りも若干だけど軽くなったし。
微かに軽くなった脚を進めながら僕はなんとなしにそう思い宿舎に向かうのだった。
次回でようやく旅に出れますね。




