第四百十一話
遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
2023年も治癒魔法の間違った使い方をよろしくお願いいたします<(_ _)>
そして、お待たせしてしまい申し訳ありません。
第四百十一話です。
カームへリオに来た最初の夜。
色々ありすぎた街の散策から戻った僕たちはレオナさんと別れ、そのまま宿の部屋へ戻ることになった。
ほぼ買い食いしただけで僕が買ったものと言えばブルリンの人形(馬)くらいのものだったが、ネアと先輩の二人は結構な冊数の本を買っていた。
『ぐっ、あっ、ぬおおお!?』
『本読みながら悶えるくらいならやめればいいのに……』
戻ってから早速本を読み苦しみだした先輩にネアが呆れた声を投げかけると、彼女はソファーの上で身体を捩じりながら器用に声を発した。
『私じゃない私が正統派ヒロインみたいなことしてるぅぅぅ……私が乙女と化してるぅぅぅ』
『ちなみにウサトは?』
『解釈不一致の貴公子ウサト君』
『あははははは!!!』
なんだかんだで長い付き合いだけどネアが大口を開けて大爆笑するところは初めて見た。
しかも僕と本を見比べて笑うもんだからさすがに灸を据えるべく、ネアには治癒足ツボマッサージで地獄を見てもらった。
「広い部屋だなぁ」
とても宿とは思えない個室をベッドの上から見回しながら呟く。
そうであってほしくなかったけれど、カームへリオでは僕は結構な知名度を誇ってしまっているようだ。
幸いここでの僕の人物像は名前以外どれもあてはまらないものだけれど、それでも不特定多数の人々に僕のことを知られているってのは不思議な気分だ。
「……この流れじゃ僕も本格的に祭りに参加する方向かもしれないな」
先輩のおまけ程度って立場がよかったけど、ここまで名前を知られているとなれば僕も祭りに参加する覚悟を決めた方がいいかもしれない。
『ウサトー、起きてるー?』
「ん? どうぞー」
扉をノックする音とネアの声が聞こえ返事をする。
どうしたのかな? と思い扉を開けたネアを見ると彼女はなぜか桶のようなものを持って部屋に入ってきた。
「どうしたの?」
「ウサト。今からスズネとフェルムと浴場に行こうと思うんだけど」
「ん? 入ってくればいいじゃないか」
あれだけ広い浴場なんだし、三人で入ってもおかしくはないだろ。
なぜネアがわざわざそんなことを言っているのか不思議に思っていると、彼女は持っていた桶を僕に差し出してくる。
「この桶に治癒魔法弾つめこんでくれない?」
「なんで……?」
なんで桶持っているんだろうって思ったけど、治癒魔法弾いれるためのやつだったの?
素直に困惑する僕にネアはふふん、と得意げに笑い人差し指を立てる。
「決まっているじゃない。お風呂に治癒魔法弾をいれるのよ」
「……んー、そういうことね」
お風呂にゆずとかバラとか入れる感じね。
この場合匂いとかじゃなく純粋な治癒の効能を楽しむということになるのだろう。
そういうことならと思い、掌を桶に向け一つずつ作り出した治癒魔法弾をいれておく。
「救命団にもあるけど、やっぱり大きいお風呂なら堪能しなきゃねー」
「そういう感性は若々しいんだね」
「いつだって若々しいんですけど? 失礼しちゃうわね」
新しいもの大好きだし若々しいのは間違いないか。
吸血鬼基準でも若い方らしいし。
ある程度まで治癒魔法弾をいれた僕は桶から手を引く。
「おまけで治癒爆裂弾も混ぜておいたから気を付けて」
「はいはいどうせ噓でしょ」
普通にからかうための嘘が見破られてへこむ。
桶の中で緑の光を発する複数の治癒魔法弾を覗き見て満足そうな笑みを浮かべたネアだが、すぐに悩ましげな表情を浮かべる。
「本当に瓶詰めできないかしら」
「まだ諦めてなかったの?」
「下手をしなくても一財産築けるわよ。だって作るのが体力・魔力操作お化けの貴方だし」
生産ルートが僕オンリーだからブラックどころじゃないだろそれ。
でもたくさんの人に気軽に治癒魔法をいきわたらせるようになるのはいいと思う。
「ま、どっちにしろ無理そうだし今は考えるだけにしとくわ。じゃ、お風呂いってくるわー」
「はい、いってらっしゃい」
上機嫌に部屋を出ていくネアを見送った僕は苦笑しながらベッドに腰かける。
「魔力の練習でもするか」
休んでいる時間も勿体ないし、魔力回しでもして暇を潰そう。
そう思い僕はベッドの上で胡坐をかき、意識を集中させる。
●
魔力回しの訓練を始めてから10分くらい経った頃だろうか。
魔力の放出を行いながら、部屋を治癒の魔力で満たしていた時、不意に僕達が泊まっている部屋の呼び鈴が鳴らされた。
先輩たちはまだ大浴場にいるので僕はすぐに個室を出て、訪ねてきた人を出迎えることにした。
「……」
一応、治癒感知で扉の先にいるのが誰かを把握してみる。
一人はナイア様で、他にもう一人いるけど知らない人だ。……護衛かな?
警戒を解きつつ扉を開けると、そこには治癒感知で把握したとおりにナイア様がいた。
人目を避けてきたのか黒いローブを羽織った彼女は小さく微笑んだ。
「こんな時間に申し訳ありません」
「いえ、もしかして今後のお祭りの予定についてですか?」
「はい。———ウサトさん」
表面上は普通に会話しながらナイアさんがさりげなく差し出した手を握り、治癒同調を行い悪魔の魔力に影響されていないか調べる。
なんの影響もないと確認した僕が頷くとナイアさんも安心したように肩の力を抜く。
「よかった。……この子もお願いしてもいいでしょうか?」
「この子というと……ん? 君は」
ナイアさんの後ろに控えていたフードを被った少女。
誰かな、とは思っていたけどフードを外すと僕の見知った人物であった。
「ケイトさん?」
「はい……! 魔王軍との戦い以来ですね、ウサト様……!!」
魔王軍との三度目の戦いの際にカームへリオ王国から派遣された治癒魔法使いのケイトさん。
最初はカイル王子とその周りの人々の差し金で救命団の実態を調べさせようと送り込まれたらしいけど、色々と正直な子だったので、その目論見はナイア王女に伝えられてしまったはず。
とりあえずケイトさんも悪魔の魔力の影響を受けていないか確認したところで、二人をリビングに招き入れ話を聞くことにする。
「貴方を見て、治癒魔法使いは重要な存在だと認識させられたので彼女には私のところで働いてもらっているのです」
「はい!! なんか気づいたらものすごい成り上がっていました!!」
「正直すぎるのも困りものですけどね」
見たところかなりいい関係を築けているようだ。
まあ、ケイトさんはいい意味で裏表のない性格だからナイアさんも気負わなくてもいいんだろうな。
「他の皆さんは?」
「今は全員浴場にいってますよ。多分、もうちょっとで出てくると思います」
「……こんな時間に申し訳ありません。やはり私自らが伝えた方が安心かと思いまして……」
さすがに王族であるナイアさんに何も出さずに座らせるわけにもいかないのでとりあえず紅茶でも淹れようとすると、すぐに察したケイトさんが代わりに淹れに行ってくれる。
「ここに来て大丈夫なんですか?」
「その点は心配ないです。元より私と皆さんは以前から見知った仲ということもあり、他の大臣、貴族から見れば私がリングル王国の勇者を支援していると思われているはずなので、ここに訪ねること自体が不自然ではないんです」
「なるほど……」
「あとは私が王族として変わり者ということもありますね」
少し照れくさそうにするナイア様に僕は苦笑する。
変わり者ではあるだろうけど、行動力がすごい思い切りがいい人ってのが僕の印象だな。
「それで、この時間にお伺いしたのは勇者集傑祭についてです」
「今後の予定とかなにか分かったんですか?」
「王城での顔合わせが二日後。その際に各地からやってきた勇者の皆様方と接触することになるでしょう」
……意外と早いな。
それじゃあ明日あたりには勇者がカームヘリオに揃うってわけか。
「集う勇者は七人。そして今回の祭典の顔合わせの際には従者の同行が認められることになりました」
「確か、以前までは認められていなかったん……ですよね?」
「はい。これは恐らく、ウサトさんがいるからだと思います」
僕だけ特例で参加を容認するのはまずいから、いっそのこと従者オッケーにした感じかな?
まあ、他の従者の人も来るなら僕だけが悪目立ちすることがないからまだマシか。
「お紅茶でーす」
「ありがとう、ケイト」
と、ここでケイトさんが紅茶を淹れて持ってきてくれたので僕も彼女に礼をいいつつ、ナイアさんよりも先に紅茶を口に含み毒見をしておく。
……大丈夫そうだな。
「王城で行われると聞きましたが服装とかは決まっているんですか? やっぱり、ちゃんとした服とか……」
「いえ、正式な場ではありますが服装自体は各国に合わせたもので構いません。ウサトさんの場合は救命団の制服で大丈夫ですね」
そ、それならよかった。
堅苦しい服とか着させられたらどうしようと密かに気にしていたんだよな。
「ケイトさんは相変わらず元気そうですね」
「はいっ、それはもう毎日楽しいです!! 治癒魔法の訓練、ナイア様の補佐!! 忙しくもあり、充実した毎日を送らせていただいております!!」
「そ、それはよかった……」
なんだろう、前以上に元気さに磨きがかかっているような気がする。
元の世界で言うオタク気質……のような感じなケイトさんにちょっと押され気味になっていると、彼女の視線がソファーの近くに置かれている本へと向けられる。
「え、まさかウサト様。これを読んだのですか!?」
「いや、僕は……」
「ウサト様本人からすると創作要素が強く元ネタのキャライメージも全然違いますけど、私はこれはこれでありだと思うんですよね!! 魔王軍軍団長と死闘を繰り広げたとか事実なところがありますし、でも威圧だけで魔物を怖がらせたりってくだりは現実味がないって言われたりするんですよねー!!」
「……」
めっちゃ語るじゃん……。
もう僕が言葉を挟む隙がないくらいに話し出すケイトさんに白目をむきかける。
早口すぎて半分くらいなにを話しているか分からなかったが、僕の精神衛生上よくないことが起こっているのは分かる。
「ケイト、落ち着いてください。彼が困っています」
「……ハッ、も、申し訳ありません! つい力が入ってしまい……」
「は、はは」
ナイアさんに諫められ冷静になった彼女に乾いた笑いを零す。
そんな僕にナイアさんはやや同情が籠められた視線を向けてくる。
「……見つけてしまったのですね」
「え、ええ、僕は見てないですけれど先輩が……」
「あー……」
なんだ……? いったいあの本になにが書いてあるんだ?
でも読みたくない。
読んでいないからこそ僕は今冷静さを保っていられるんだ……!!
もし読んでしまったら僕はカームヘリオで精神的な弱体化を強いられるかもしれない……!!
「以前ケイトが救命団に派遣されたとき、救命団と貴方のことを探るように言われていたことはご存じですよね?」
「え、ええ、覚えています」
「それをカイルに促した者達の大半が救命団の実態を探ろうとした者達で、それ以外が勇者に近しい存在を確認するためのものだったのです」
「えぇ……」
もしかして政治絡みじゃなくて熱烈な支援者ってやつ……?
カームヘリオって勇者信仰のイメージがある場所だったけど、一気にイメージ変えさせられるな……。
「幸い、ケイトは私の元に来てくれたので下手に情報が広まることがなかったのですが、ウサトさんの風聞はおかしなことに……クマがウマに変えられたり、ネアさんがタカになったりとか……」
「は、はは。まさかクマに乗って戦場を走ったとか信じられませんからね……」
多分、クマではなくウマの聞き間違いだと判断されちゃったんだろうな。
僕も我ながら普通じゃないことをしているのは自覚しているのでそこらへんも含めて大衆向けにされたって考えられる。
「因みにナイアさん」
「はい?」
「この本には目を通しましたか?」
「……」
なぜ目を逸らすんですかナイアさん?
その赤らんだ気まずそうな顔はどう判断すればいいんですか?
読んだ? ばっちり読んでいる感じですかこれ?
「因みに、何巻まで?」
「……きゅう」
がっつり最新刊まで……!?
お忙しい身なのにこの長編小説をがっつり読み込んでいる……だと!?
内容を確認するだけなら一巻だけでもよかったのでは? と追及しようとすると浴場に続く扉が開かれ、そこからネアと先輩が出てくる。
「いやー、待たせてしまってすまない」
「そうねー」
既に髪も乾かしたのだろう、着替えを部屋に戻してからこちらにやってきた先輩はソファーに座り、ネアは席を空けた僕の隣に座る。
その際にネアは僕の肩に手を置き———彼女と同化していたフェルムをこちらに移してくる。
『でかい風呂だった』
まさかフェルムに三歳児みたいな感想をされるとは思わなかった。
フェルムの存在はナイアさんには伝えてないからな。
前もって気づいてくれてよかった。
「スズネ様、お久しぶりです!!」
「ああ、ケイトも久しぶり。ここに来たのはお祭りの内容についてかい?」
「はい。先ほどウサトさんにもお話しましたが、勇者集傑祭に際しての城内での顔合わせについてお話しに来ました」
ナイアさんが僕に話した内容を先輩とネアに伝えていく。
「恐らく、使い魔のネアさんは連れていくことはできませんね」
「えー、残念ねぇ。他国の勇者の顔を見ておきたかったんだけれど」
『どうせこいつ同化してついてくるだろ』
ネアのことだから僕に同化してでもついてくるな。
……やっぱり同化の闇魔法って反則気味な魔法だ。
そうして、あらかた話も終わって話題はお祭りの内容から、特に関係のない雑談へと変わっていく。
「そういえばウサト君、やっぱり治癒魔法の可能性は無限大だよ……!」
「? ……フッ、他ならない僕が一番理解していますとも」
「貴方のは可能性云々じゃないと思う」
ネアのツッコミを受けながら、急に先輩はどうしたのか? と彼女を見る。
「さっき浴場に治癒魔法弾を持っていったわけだが、凄まじい効果だった!! 疲れもとれるし治癒魔法特有の穏やかな感覚に危うくゆでだこになるとこだったよ!」
「思った以上の効果が出たようですね……」
自然的ではなく、人工的にお湯に効能をつけられる感じなのかな?
治癒魔法を持つ僕自身そんなピンとは来てないけど、それ以外の人からするとそうではないのだろう。
僕達の話を聞いていて興味を持ったのかナイアさんも話に参加してくる。
「どういうお話なのですか? 治癒魔法でなにかをしたのですか?」
「ウサト、見せた方が早いんじゃない?」
「え、ああ。ナイアさん、これです」
ネアに促され、弾力を持たせた治癒魔法弾を掌に作り出しナイアさんとケイトさんに手渡す。
恐る恐るそれを受け取った彼女は不思議そうに魔力弾を眺める。
「私の知る治癒魔法はほぼ形のないものですが、これは……なんというか袋につめた温水を触っているようです。……ケイト、同じものを作れますか?」
「えっ、無理無理! 無理です!! どうやってこんな弾力持たせているのかも意味不明ですし、教えられたってできませんよ!!」
「そうですか……残念」
本気で残念そうにするナイアさん。
なんか僕が思っている以上に治癒魔法弾……治癒スライムを欲している人は多いのだろうか?
なにげにがっつり読んでいたナイア王女でした。
ケイトは第八章で登場したカームヘリオの治癒魔法使いですね。
次回の更新は明日の18時を予定しております。




